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内申というもの。   

昨日の記事で、「高校受験に比べれば」ということを書きましたが、高校受験だと余計疲れるという要因、そのある大きな一部を占めているのが「内申」です。

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お住まいの地域によって事情はいろいろだと思いますが、東京都の場合、まず、主要な進学先である都立高校の入試では内申が重要です。またろうは第一志望が国立でしたが、やっぱり内申が加味されます。私立難関校であれば内申は関係ありませんが、私立でも、あらかじめ押さえておく併願などの状況ではやはり内申が重要になります。

入試が、「学力一発勝負」的なものだけで決まらず、ほかの観点を入れるということ自体は、ぶっちゃけまたろうにとっちゃ不利だった(^^;; ということはさておき、趣旨としては理解できます。高校生活を無事に送るためには、学力の高低だけが問題になるわけではなくて、まじめに授業や課題に取り組むことや、周囲と協調していくことなど、いろんな資質が関わってくると思いますから。

だから、内申の場合は、「数学」の評点といってもそれは、数学の学力のみを測っているわけではありません。またろうは数学がいくら得意でも、なかなか内申で5を取ることはできませんでしたが、それは
・定期テストはやさしい問題しか出ないので、ポカミスは命取り。
・定期テストでは、先生の指示どおりの用語や解き方を使う必要があり、そこをきちっと詰めるのが苦手で、ついでに漢字もあやふやなまたろうには、なかなかいい点が取れない。
・ノート提出ができないのは論外(-_-;;
というような事情からです。

授業をきっちり聞き(聞くだけでなく積極的に参加し)、ノートをきれいに取り、期日どおり提出し、定期テストでもよい点数を取る。そういう方向の努力をすることが必要です。でも、そういうスキルも人生のいろいろな場面で役に立つから、まぁ努力したっていいんじゃないか、そういう考え方はあると思います。

先生が生徒を評価することの意味は、入試に使われる指標になるということを除けば、正しい(先生が意図する教育の方向に沿っている)努力を示すということです。評価を上げる努力をすることが、教育目標に近づく、これについて透明性があって公平性があるというのが、よい評価の条件といえます。

昔は、透明性についても公平性についてもほとんど問われなかったものですが(私が中学生のころ)、今は説明責任があることが前提のようで、観点別に何を評価するかなどは明確化されているようです。ただ、教育的意図があって先生自身が自分のやることに自信を持っていれば、評価の観点や基準を当然生徒にもクリアに説明してしかるべきだと思いますが、そういう先生はあまり多くありません。

どういう評価がされてこうなったか、上げるには何を努力したらいいかを(クレームということではなく)、教えてもらいにいっても、拒否する先生がかなりいます。何のための評価なんでしょうね??

またろうのときの内申も、謎が多かったですけど、なにしろまたろうに隙がありすぎますから(-_-;; 先生のせいばかりじゃないと思います。ただ、もっと非の打ち所のない子でも、不可解な点数がつくことがありますし、どこまでいってもそんなに透明な世界ではありません。

実技教科になると不透明度はハンパなく、たとえば、音大に行くため本格的な勉強をしている子、全国大会クラスのスポーツ選手など、あきらかにうまい子に5をつけるのか、才能はなくてもその年のがんばりが大きかった子に5をつけるのかなどの考え方の違いが出てきます。要するに、ペーパーテストの割合が低い分、実技の評価が重要になりますが、実技の何をもってAとするかは、その先生のセンスなのです。絵とかになると、見る人が見ればものすごくうまい…でもその先生の好みではない、ということで低い点をつけられればそれでおしまいです。

そのように、同じ学校の中で、生徒たちにどういう順番をつけて評価するかについてもなかなか難しい問題がてんこもりなのですが、複数の考え方がある中で、あるひとつの「公平さ」に過ぎないとしても、少なくとも昔よりはかなり誠実に評価がなされていたような気はします。少なくとも、そのような(先生側の)努力が是とされていたという感触はあります。

しかしここでさらに、学校間の格差という問題があります。(長すぎるので、つづく)

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by an-dan-te | 2012-10-11 13:03 | Comments(6)

私学の価値2: 中学受験があり、高校受験がないこと   

これは、私学の価値というより、私学コースを選ぶ場合の特徴ということで。国立であれ、公立一貫であれ基本的に同じだけど、中学受験があり、高校受験がないことのメリットを考えてみる。

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高校受験がないことのメリットは、六年間同じ学校で過ごせて一生の友人を作りやすいとか、部活の継続とかでイメージされていることが多いと思う。一方、中学受験があることは「メリット」と考えられていることは少ないかもしれない。

小学校の勉強というのは、特に公立小であれば、ほんとに「ちょぼちょぼ」であって、読み書きそろばんにちょいと毛が生えたようなものだ。そして中学校になると、急に中身がぎっしりしてきて、本格的になってくる。

なんの準備もなく中学校に行くと、ここで勉強がわからなくなって置いてきぼりになることもあるが、そこからフォローをしようとしても、中学生は部活だなんだで時間がないし、第一、素直に先生や親のいうことを聞く年でもないので難しい。

一般的に、抽象的な思考が急速に発達してくるのが10歳過ぎるころといわれている。そのあたりから、中学受験用の勉強という、非常によく練られていて教材も豊富なカリキュラムを生かして、ひととおりの勉強をしてしまうと、中学過程はとても楽になる。

中学受験では、社会は嫌いだから取らないことにしよう(笑)などという選り好みができず、しかも、穴があるとあからさまに不利なので丁寧に穴を埋めていかなければならず、その点、大学受験より高校受験より「がちがち」なのだ。そこがたいへんともいえるし利点ともいえる。要するに、中学受験にコツコツと取り組んでおけば、広く浅く勉強の基本(考え方も、知識も)を固めることができるのだ。

勉強の中身に加えて、勉強の仕方というものも、親や塾の力を比較的無理なく借りて身に着けることがしやすい。この点に関しては、「鉄は熱いうちに」である。中学になって慌てても遅い。稀に、自力で勉強の仕方の勘所をつかめる子もいるけど。ほんとうは、公立中に行くんでも、勉強の基礎と勉強の仕方はあらかじめある程度身につけておいたほうがいいに決まっている。でも、受験という目的(プレッシャーともいう)がなくてそれが地道にできるかというと…うちでは難しい…というか、少なくともまたろうにはやってやれなかった(-_-;;

それなら、中学受験をしたけれども、結果として公立中に行って、また高校受験もすると一番勉強できるか?? ってな発想もあながち間違いとはいえないけど、そんなに受験ばっかり続けるのはほかの活動がしづらいし、モチベ的にどうなのよってのもあるから、さすがに好き好んでそうしたい人はあんまりいないだろう。もっとも、諸々の事情からそうなってしまった場合は、一番行き届いた勉強ができるチャンスだと前向きに捉えてもいいと思う。実際、中学受験の経験があって高校受験もする場合は、上述の理由から、とても有利なスタートが切れる。

ただ、高校受験というのは、中学受験と異なり、当日入試一本勝負というわかりやすいものではないから、だいぶ様子が異なる。特に難関校をめざす場合であれば、当日の試験というのも非常に重要なので、塾に行くとか(あるいは同等の勉強を自力でするとか)そっちの勉強も非常に大事だし、一方、都立も受けたいとなれば内申を取ることも手を抜けない。どっちも勉強じゃないかといえばそうなのだが、この、方向が微妙にずれたり、微妙じゃなくずれたりする努力が、やっかいなのだ。

引き裂かれた価値観の中に身を置くのは、ほんとうに疲弊します(-_-;;

正直いって、私がこじろうの中学受験とまたろうの高校受験をダブルで面倒みた年の感想は
「中学受験はいいけど高校受験は二度とやりたくない」
だった。もっともこれは、またろうがまたろうだからであって、よそ様ではここまでひどくないに違いないけど。

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by an-dan-te | 2012-05-11 07:51 | 中学受験 | Comments(14)

ダブルスクールからの脱却   

なんでこんなに日々慌しいのだろうかといえば、それは言うまでもなく、ダブルスクール状態だから。

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小学校ではふつうに毎日授業があり、さらには朝練だの宿題だの土曜授業だの居残りだの。
そして塾は塾とて週五日で、土日はぎっしり。

この二つの、カリキュラム上なんのつながりもない学習の場が、ごたごたと進んでいく。その両方を追いかけるんだから、物理的にも学習的(っていうのかなんなのか)にも、たいへんに決まっている。

このダブルスクール状態を避けようとするなら、
(1) 中学受験をしない。
(2) 塾にはいかず、家勉する。
というようなことが浮かぶといえば浮かぶが、(1) は結局高校受験のとき(中学生時代)にダブルスクールになり、(2) は塾よりさらにたいへんだ。

いや、たいへんかどうかは人によると思うが…
通う必要がないという意味ではダブルスクールとはいわないけれども、結局、大手塾でやっているような内容をカバーしようと思えば、結局、勉強時間は同じくらいかかる道理である。楽なわけではない。

家勉で中学受験させる人はいるだろうけれども、学校の学習に沿ってその定着や補足をするというような、学校を軸にした家庭学習で中学受験をめざす人はあんまりいない。いるとしたら、公立中高一貫狙いかな? まぁそれはそれとして、家勉であれ、塾勉であれ、中学受験をするなら「ダブルスクール状態」は程度の差こそあれ、避けられない。

では、
・中学受験のための、小四~小六ダブルスクール状態と、
・高校受験のための、中一~中三ダブルスクール状態と、
さぁどっちがマシ?? といったら、これは微妙な問題で、人によって違う感じ方があると思うけれど、私は両方同時進行でやらせてみて(←これはお奨めしません…っつか疲弊します)、圧倒的に前者がマシという結論に達した。

別に前者が楽とまではいわないんだけれども。高校受験塾より、中学受験塾のほうが拘束時間長いし。勉強も、中学受験生のほうがだいぶしなきゃいけないし(あれ??)。時間的なものでなくて、精神的なもの。

中学生のダブルスクールって、ねじれた方向にある二つのベクトルに沿ってがんばらなきゃいけないみたいな、しんどさがあるのよね。私立難関校とか、都立でも自校作成問題出すところとか、そういう入試できちっと点を取れるようにする勉強と、学校でよい成績をとるための勉強が、不必要にずれてるというか、いらっとさせられる。

小学生のほうは、もちろん学校生活(勉強も行事も)をきちんとやるにしても、自分的にきちんとしてればOKで、評価を気にする必要はないものね。これってぜんぜん違うことだ。

ま、ともかく、ダブルスクールをダブルでやってたまたろう・こじろうの受験が済み、いっぺんにダブルスクールが解消されると、これは霧が晴れたように…すっきり。ダブルスクールがシングルスクールになったとたん、生活はシンプルに、時間は余裕たっぷり。青春は、こうでなくっちゃ!!

中高一貫校に入れば、少なくとも中学校のうちは、晴れてダブルスクール解消。こじろうは、その後も引き続き、大学受験がないので学校の勉強をしっかりすればよい。
(注: しっかりしないとどうなるかというと、学部が選べなくなってしまう)

これはほんとによかったとは思うんだけど、はなひめはとりあえず大学つきのところじゃなくて進学校をめざしている。そうすると結局、高校になるとダブルスクールという場合も多いけどね…

私の母校とかと違って、もうちょっとカリキュラムとか授業内容とかしっかりしていて、ダブルスクールにしなくてもいいくらいのところに行けたらいいんじゃないかと今は思っているけど、それで塾に行かないで済んだという話もあんまり聞かないし、最後まで塾なしで大学受験をするというほどの期待はしていない。ま、でも、なるべく「ダブルスクール」の時期をぎりぎりまで延ばせたらいいかなと思っている。せっかくだから、六年間(になるべく近く)めいっぱい「シングルスクール」で楽しめるところがいいな。

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by an-dan-te | 2012-02-28 22:17 | 中学受験 | Comments(3)

ぶっちぎりの苦手科目をどうする!? そしてその後   

ちなみに、はなひめには「ぶっちぎり」というほどの苦手科目はありません。平均をとれば明らかに社会が苦手ではありますが、そのときの調子で他科目と逆転したりする程度です。

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一方、またろうにもこじろうにもハイパー苦手科目がありました。またろう(高校受験ですが)は社会と英語、こじろうは国語。

「中学受験: ぶっちぎりの苦手科目をどうする!?」
(本館ブログ 2009年12月04日)

こじろうの算数と国語で、六年センター模試平均偏差値の差は12ポイント。
またろうの数学と英語は、そんな差じゃすまなかった。30差とかあった回もある(同じ人には思えない)。

なんとなく、男子のほうが「ぶっちぎりの苦手科目」を抱えている率が高いような気がするのは気のせい!? 発達の特性にもよるものかもしれません。そこまで科目間に差がある場合は、ちょっとした好き嫌い、向き不向き程度のことというよりは、そもそも学習に必要な何かの能力がまだ揃ってないという場合があると思います。

またろうの場合、社会はどうにも、話も把握できないし固有名詞は覚えられないし漢字は書けないし、あまりに目鼻がつかず手がつけられない状況。しかし、早々に都立高受験を断念したあとは、高専にも私立にも入試科目には社会がなく、もちろん内申の中では微妙に足をひっぱっているとしても、そんなに社会のことは気にしなくてよいことになりました。いわば戦わずして撤退。

しかし英語は…英語が入試にない学校なんてないわけで、逃げようがありません。それで、単に塾に通わせるだけでは済まなくて、毎日のようにまたろうをとっつかまえては母のテコ入れが入りました。その甲斐あって、どん底(平均点未満)からは浮上して市進偏差値60弱のところにつけられるようになりましたが、そのためにはどれだけの(母の)時間をつぎこんだか、どれだけ母子の関係を悪化させたか(^^;; ということを考えるとあれでよかったのかどうかわかりません。

ということで、「逃げ」の手を使った社会、あくまで果敢に戦いを挑んだ英語と、扱いは両極端に分かれましたが、それで受験後はどうなったかというと…

高専に入ってからも、社会科系の科目では苦戦の連続で、特に日本史ではDをとったことがあります。話がこちゃこちゃしているのと、漢字オンパレードなので、倫理や政経よりまたろうにとっては厳しい科目です。

英語ももちろん良いはずはなく、ただ、高専生はまたろうでなくても英語があまり芳しくない子が多いので、相対的に目立たないようです。中学校のときに、文法マニアの母にしつこく叩き込まれた部分は、だいぶ抜けながらも多少は役に立っている模様で、そうひどくはなく、よくもない程度で推移しています。

ところが、驚いたことに、今年に入って急浮上したのが日本史で、D→Aの大躍進を遂げました。これに関して私は何もしていません。ただ本人が突然「つながった」というか目覚めたんです。詳しくは本館ブログの記事(「またろう流日本史ストーリー勉強法」)をご覧いただくとして…要するに、本人の状況が「準備OK」になると、いともたやすく壁を越えていくということがあります。

本人が壁を越えていない間に必死に努力するのは、非常にコスパが悪いというか成果が出なくて空しいです。もっとも、悪あがきでもなんでもしないことには受験に間に合いません。

男子の国語苦手というよくあるパターンも、空気を読むとか人生経験とか、いろんな面で準備が追いついていないことがあるようにみえます。

我が家では、漢字や語句などの、こじろうにとっては「やれば成果の出る」部分だけを徹底的に「毎日まいにち」で練習し、どうにもならない読解はほぼ放置するというスタイルをとりました。いわば半分撤退です。といっても漢字や語句は読解にも多少は効きますから、受験的にもやらないよりはよいでしょう。また、その後(受験には間に合わないにしても)浮上してくるかどうかに、そういった語句的基礎力があるかないかということは密接にかかわってくるでしょうから、これはやはりがんばりどころかと思います。

そして国語苦手の男子たちも、中学生または高校生になって、徐々に「つながって」くると、特に何もしなくてもふつうとかそれ以上になることがあります。

というわけで、結局本質的な解決は本人の成長待ち、ともいえる「ぶっちぎりの苦手科目」対策ですが、無駄と知りつつあがいてみるかどうか…受験までの期間や、何がどのくらい点数に響いているかを見ながら、限定してテコ入れ。でも、親子関係に響かない程度になるべく…といった感じでしょうか。

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by an-dan-te | 2011-07-20 08:13 | 中学受験 | Comments(4)

トップ都立は、どのへんの私立に相当するの?   

「出口」だけで比べてみたとき、トップ都立は、ぶっちゃけ日能研結果R4偏差値でいってどのあたりの私立中高一貫に相当するのか?? という話です。はっきりいって数字遊び。そういうの好きじゃない人はスルー推奨。

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まずは6/24記事「トップ都立の「国立四校」「A率」」に載せた表を再掲します。
(卒業生の数が不正確だったんだけれど、結局複数情報あってはっきりしなかったので、当初のままにしています。大勢に影響はない)
トップ都立は、どのへんの私立に相当するの?_f0185839_23312390.jpg

先日書きましたように、「国立四校」の率でいうと、
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まずややこしいことを考えずに「国立四校」の現役データを他の中高一貫と単純に比べますと、日比谷も西も、雙葉・武蔵・フェリス・早稲田・サレジオ・攻玉社あたりと横並びです。ちなみに筑駒52%、開成31%、聖光41%、桜蔭26%、女子学院17%となっています。

もし、都立については浪人でもよしとして集計すると、日比谷16%、西22%となり、女子学院、桜蔭あたりの現役合格率と似たあたりになります。
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ということで、あくまで現役にこだわって比較するなら、日能研偏差値60~63相当? ただし浪人まで計算に入れると、64~67相当くらいになる。

つまり、「国立四校」に入れるポテンシャルのある子は、なんとなく65相当の学校と同等の密度で存在するといってもいい。

ただし、A率に目を向けるといきなりランクダウンして、
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日比谷は66%、西は33%となり、日比谷は公文国際・横浜雙葉・学芸大附属・晃華あたりと、西は吉祥女子・カリタス・逗子開成・国学院久我山あたりと並びます。
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てなことになっちゃう。もちろんこれは現役に限った数字ですけど、これを浪人まで入れるとなるとまた何を見ているやらわからないことになっちゃうからね(浪人して私立でよければどのみちかなりの子が届くから)。

それに、A率を比べて日比谷と西が大差ついてるのもあまり納得いかないんじゃないだろうか。別段、ここまでのレベル差がある学校じゃなかろう。

ここで思い出してほしいのは、A率だけで比べると、私立だけを並べたときも、結果R4との相関はそんなにきれいじゃなかったということだ。国立四校グラフと比べると、ばらつきが大きくて解釈しにくい感じである。

なぜそういうことになるかというと、「現役のうちにたくさん受けるカルチャー」があるかないかで、この率は大きく開いてしまうからだ。

そこでひとつ思いついたのだけど、学校の出口レベルをざっくり並べたければ、「A率」を単独で見るより、「A率/B率」を見るのがいいんじゃないだろうか。「現役のうちにたくさん受けるカルチャー」があると、A率とともにB率も増えることが多いから具合がよい。つまり、現役合格者数でいって、「東大+早慶上智」と、「GMARCH+理科大」のどっちのほうが、その学校にとって「主流」なのかを知ることができるということだ。

そう思ってみると、日比谷はやや1より大きく、西はジャスト1となっている。一方、私立校でいうと、ジャスト1となるのが豊島岡(59)、頌栄(56)あたり、1をほんの少し越えているのがサレジオ(59)、攻玉社(55)など。入り口の割に出口のよさが光る世田谷学院の場合、A率はなるほど難関校並み(75%)だが、B率がさらに高く(120%)てそっちが主流であることがわかる。
(ちなみに、偏差値はいずれも六年前の結果R4。資料は、2010年10月の進学レーダーです。)

その他の学校ともつらつら比較してみて、ずばり(つまり乱暴に)いってみると、

・上位層の密度は、N65に相当する。
・ボリュームゾーンは、日比谷がN59くらい、西がN56くらいに相当する。

どうかな?? ざっくりこんな感じで。

え?? だから何なのかって?? えーと、なんなんでしょ…中受か、高受か迷ったときに、ほんの参考に??…あんまりならないけど。

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by an-dan-te | 2011-07-06 23:31 | 中学受験 | Comments(2)

小入・中入・高入   

こじろうの学校を選ぶときって、あえて条件をつけるとすれば、小入・高入がないところ、と思っていたことがあった。最初のころ。

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それはなんというか単純に、自分がいた場がそうだったから、それが居心地よかったから、ということに過ぎず、特に比較検討してどうこうというようなものではなかったけど。中学受験で入った子のみで構成され、小入・高入なしというのは、とても私立らしい形態というか、たぶんある意味究極の私立らしさを生かせる学校かなとは思う。

固定面子で六年間、もはや誰が同じクラスだったか違うクラスだったかの記憶もあやふや、あるのはただいっしょの学年だったという一体感だけ。生涯の友人をじっくり作るにも、六年通しで部活に打ち込むにも、いい環境だよね。

大学受験ということを考えた場合も、すっきりそのまま六年間をまとめて考えてカリキュラムを組めるわけだから有利だ…と想像する(^^;; ここで突然歯切れが悪くなるのは、私がいたのはあんまり大学受験方向に目を向けている学校じゃなくて、がんがん先取りとか組まれていたわけじゃないから。この利点はあまり生きてたとはいえないかも。でも、先取り以外の意味でも、途中で入ってくる子たちの都合を考えることなく、通しで考えられるのはやりやすいし無駄がない、とは思う。

でもまぁ、だいたい最初に並べた「単なる条件」どおりにはならないとか、惚れちゃったらあとは関係なくなるとか、結局のところなんか結婚の話に似ている。

こじろうの場合、第一志望候補が二校とも、小入・高入ありだったからその条件では比較にならなかったんだよね。ただおそらく、高入のありかたはこの二校でだいぶ異なっているはず。進学校である一校のほうは、基本的に中高一貫教育のところへ比較的少人数が入っていくようなイメージで、数学では先取りしている内進生に合わせるため、高入生には別授業が組まれる。

一方、こじろうの学校は、高入の人数もとても多く、どっと入って混ざって新たに高校が始まる感じ。部活もいったん引退して新たに高校での部活を選ぶような形式を取る。「無駄なく大学受験勉強」という要素がない分、中学から高校へがらりと人間関係も変化し、雰囲気も変わるはず。

こじろうは、高校になっても部活を変えるつもりはさらさらないらしいが、新たに強い子が入ってくる(スポーツ推薦の制度があるからその可能性は高い)ことをちょっと楽しみにしているようだ。あと、例えば外部模試を受けたときに、自分の学校に高校から入れる偏差値というのが目安になるから、わかりやすく励みになる。

高入なく、ひとつながりの六年間を大切にする考えも
高入あり、節目をむしろ生かす考えも


要するに、その学校の中で、制度が「生きて」いて「実」を結んでいればいいのかなと思う。

もちろん、小学校から中学校になったときも、人数が倍くらいになったわけで、雰囲気はがらりと違うものになっただろう。それがどんなふうに受け止められたのかは、そっち側じゃないからわからないけれど、少なくともこちら側からいうと、もともとがっちり仲良く固まっている(ようにみえる)ところへ入っていくのは不安もあり…でも実際に部活経由で馴染んでしまえば小入も中入もあったもんではない。子どもはただ気の合う同士でつるんでいるし、親もまた然り。

もちろん、カルチャーの違いはあって、特に小学校から来た人はだいたいおしなべてサラリーマン家庭とは経済的ランクが違うし(^^;; それから、難関小学校入試を突破してきただけあって、子どもをものすごく大切に育てている(ような気がする)。それはそれでいろいろな発見があっておもしろいし、とても気配りがあって気持ちのいい人が多いので、別に経済的ギャップで困ったことはない。

学力のほうは、たぶん小学校から来たほうが幅広いんだと思うけど、これまたごちゃまぜになってしまってそんなに顕著な差はないものらしい。強いていえば中入のほうが「ペーパーテストで点を取るコツ」については訓練済みというくらいか。よく、小学校から来た子のほうがいちばん下といちばん上を占めているという俗説を聞くけどそんな感じなのかな。

ということで結局、これも入ってみたら快適だったからいいや、というちょっとしたひとつの状況にしかすぎないのだった。

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by an-dan-te | 2011-07-04 13:10 | 中学受験 | Comments(11)

中学受験を成功体験として終えること   

はなひめの中学受験やら、こじろう・またろうの勉強状況に親がどのくらい手出し口出し介入するかについて、夫婦間で意見の相違があったときに、

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またろうは、「なるべく本人に任せるのがよい。失敗してもそこから何かを学べばよいので、中学受験を失敗したら高校受験、高校受験を失敗したら大学受験、大学受験で失敗したらまたその次の年に、失敗を生かして本人ががんばればよい」というような意見を述べた。ま、それはそれで筋が通っているというか、ひとつの見識なのだけれど。

でも私は、「大学受験ならそれでいいけれど、中学受験は違うと思う。中学受験は、全部ダメで公立中に行くような終わり方ではなくて、行きたいと思えるところに合格して、ちゃんと私立に通えるのがいい。中学受験を『しない』のはありだけど、するなら合格で終わるように親もサポートしないと」と主張してここから話がどわーっと広がった。

意外に強く反応したのがこじろうで、「ぼくも中学受験を失敗で終わらせるのは絶対よくないと思う。合格するかしないかはすごく大きな分かれ道だから…。はなちゃんの受験も、うまくいって終わってほしいと思う」。

こじろうがこう思うのはある意味自然なことで、それは誰しも自分の通った道を後づけでもなんでも「よかった」と思うようにできていて、またそうでなくっちゃ人生やっていけないから。こじろうは、日能研に通って二年間を過ごし、第一志望にきっちり合格し、押さえの学校からも特待をもらって、中学受験を成功体験として終わらせることができた。しかも入ってみたら事前予想を越えてさらに居心地よく部活もノリノリで、高校受験のプレッシャーも大学受験のプレッシャーもなくのびのび青春してるんだから、そりゃ自分の通ってきた道がよかったと思うに決まっている。

中学受験を成功で終えたことによるデメリット(慢心とか、根拠のない自信とか)がもし今後出るとしても、それは現在はまだ誰にもわからないことだ。

しかし逆に、中学受験を全敗で終わらせた私も、「失敗は成功のもと」などといって自分の経験を肯定する気にはまったくならない。失敗は、その後に生きなかったわけではないけれど、挫折感というか、自分の能力とツキに関する不信感は、深くあとまで尾を引いた。そのことは決してよいことではなかったと思うのだ。ここから自分を確立させていこうという12歳の春、十分な自己肯定感を持った出発ができるかどうかは大きな違いになる。

必要以上に自信を失うことは、人付き合いのあり方にもよくない影を落とし、それをプラスに転じるには長い年月がかかった。それに、結果的に半年後、JGに拾ってもらえたのはまったくの奇跡というべきもので、もしもあのまま、しんどいことの多すぎる公立中生活三年間ののち、群制度真っ只中、内申重視の高校受験はどう転んでいたかわからない。

そしてよしぞうは、「どのくらい介入するか」の部分には夫婦間で大きなズレがあるものの、大学受験と異なり、中学受験は失敗で終わらせてはいけないという部分については同意見だそうだ。

理由は、中学受験は親が誘導して始める受験であるから。親主導で始めておいて、本人任せで(←必ずしも悪い意味ではないが)進めさせ、失敗で終わったら「残念だったね。次がんばってね」ではちょっと無責任ではないかと。

もちろん我が家でも形としては、こじろう本人の意思を確認して中学受験を選択したということになっているが、それが実は親の誘導によるものであったというくらいのことは、こじろうもわかる年齢に達している。ただそれを現在のこじろうは強く肯定し、「やってよかった中学受験」と思っているけれど、これが失敗に終わって公立中に通うことになり、現在高校受験勉強の真っ最中だったらどう思っているだろうか。

ともかく。中学受験経験のないまたろうを除き、我が家でよしぞう・こじろうと私の三人は、「中学受験を成功裏に終わらせるべき」ということでは意見一致した。

それならば、親の誘導でレールに乗せ、本人の意思の形をとって走り始めた中学受験、子どもを支配しすぎることなく、成功に導くためにはどんなことができるのだろうか??

・志望校の選定
・併願の組み方
・勉強のしかた
・どのくらいの時間を勉強に費やすか

どこまで?? どういうふうに?? (この話、つづくのかどうか不明)

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by an-dan-te | 2011-06-27 12:52 | 中学受験 | Comments(9)

トップ都立の「国立四校」「A率」   

我が家にはさしあたって何の関係もないのだがつい…

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グラフを見ると血が騒ぐ(?)もんだから、やっぱり出してみました。トップ都立の大学合格実績。

まずはおさらいです:
国立四校率 = 東大・京大・東工大・一橋大現役合格者数 ÷ 卒業生数 × 100
A率 = 東大・早慶・上智現役合格者数 ÷ 卒業生数 × 100

まず数字を出す前からわかることですけど、都立は浪人率が高そうですから「現役」に限ると不利になりそうですね。ということで、浪人を入れた場合の計算も出してみました。

トップ都立の「国立四校」「A率」_f0185839_12134643.jpg

(昨日の夜、がーっと写したんでなんか間違いがあったらご指摘ください。直します。)

元データはそれぞれの学校のページです。
日比谷2011大学合格実績
西2011大学合格実績
卒業生の人数は、西のほうには例年約320人とありますのでそれを使っています。日比谷には特に書いてなかったのですが、入試要項のほうで317人募集とあったのでそれで出しています。

まずややこしいことを考えずに「国立四校」の現役データを他の中高一貫と単純に比べますと、日比谷も西も、雙葉・武蔵・フェリス・早稲田・サレジオ・攻玉社あたりと横並びです。ちなみに筑駒52%、開成31%、聖光41%、桜蔭26%、女子学院17%となっています。

もし、都立については浪人でもよしとして集計すると、日比谷16%、西22%となり、女子学院、桜蔭あたりの現役合格率と似たあたりになります。

次にA率のほうで比べますと、日比谷は66%、西は33%となり、日比谷は公文国際・横浜雙葉・学芸大附属・晃華あたりと、西は吉祥女子・カリタス・逗子開成・国学院久我山あたりと並びます。つまりあまりこの値に深い意味はなさそうですから、浪人まで入れてみますと日比谷101%、西85%となり、難関私立中高一貫校と並びます。

ということで、「国立四校」の指標で考えることにしますと、日比谷と西はあくまで現役で考えるなら「雙葉・武蔵・フェリス・早稲田・サレジオ・攻玉社」、都立で安かったんだから浪人でもいいと考えるなら「桜蔭・女子学院」と並ぶ実績を出しています。

近年、高校で両方受かった場合に、「開成より日比谷」という流れがあるとするなら、それは単純に難関大の実績で比べるのではなく、共学とか、高校でみんな一緒に入学できるとか、校風とか、伝統とか、そういったことを総合的に判断しているものでしょう。

ところで、日比谷と西のデータを並べてみますと、国立四校率では競っていますし、現役+浪人でいうと2011年は東京大の合格者数が同じですから、まさに横並びの都立トップ校といってよいと思いますが、顕著な違いがあります。

それは、日比谷は現役が強く、西はより浪人をあてにしているということです。想像するに、高校生時代にどちらが勉強するかといえばやや日比谷で、西はまだ勉強しきっていないというか…あとは高校卒業してから!! になるのかなといったところですね。

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by an-dan-te | 2011-06-24 12:50 | 高校受験 | Comments(12)

高校受験向きの子   

実際に中学受験させるかどうかは、どういう中学生生活を送らせたいかとか、近くに気に入った学校があるかとか、経済的な条件とか、いろんなことによって決まるわけだけれども、ここではとりあえず単純に、「中学受験と高校受験のどちらのほうが『難しい学校』(*)に受かりやすいか」ということを考えることにする。

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この単純な条件でいうと、まったく迷いなく間違いなく高校受験向きであったのは、我が家の中では、またろうということになる。小学校時代の彼にとって世界はすべてまだ茫漠としており、ペーパーテストに向き合ってそれを効率的に埋めるなんてことからははるか遠いところに住んでいた。

中学生になってしばらくして、先生の話を聞けるようになり、塾に通えるようになり、漢字が覚えられるようになり、計算も「書いて」できるようになって数学の成績うなぎのぼり。

だから、この狭義の「高校受験向きの子」がまたろうほどあてはまる例は滅多にない、といえる。

・発達がゆっくりのんびりな子
・算数より数学が得意な子

そして、またろうとはまったくタイプが違うのだけれども、私もまた「高校受験向き」であった。高校受験はしてないけれども。

小学六年のとき、四谷大塚に通い、それなりの成績はとっていたものの、勉強ムラが多くて穴だらけ、計算は不正確で算数のひらめきはない。結局、中学受験は不発だったわけだが、中学に入ってみると、算数のこちゃこちゃしたパズルのようなものから解放されて、数学はめっさ簡単になるわ、新登場の英語は六年のときにやってた「ラジオ基礎英語」のアドバンテージで楽勝(そんなことやってるから落ちたんだともいうが)、国語はもとから得意だからノープロブレム。

もちろん、数学は徐々に難しくなってくるのではあるけど、なんというか難しくなりかたが算数とは違う。ふつーにわかってれば別にそんなひらめかなくてもある程度までいけるというか…高校受験はしてないけれど、高一で駿台の単科をとるようになったころのテスト状況からいうと、そのころの数学は四谷大塚時代の算数よりはだいぶマシになっていた模様。

というわけで
・英語が得意な子、英語の先取りをしてある子
・算数より数学が得意な子

一方、こじろうは小学生のころから時間感覚と「いざのときの」集中力に優れ、算数が得意で、しかしまたろうほどの深い理解やセンスを感じさせるところがなかったので、後伸びしない? と思っていたけれども、何度か高校受験向けの模試を受けさせたりしてみたところ、ぶっちゃけ同じくらいのレベルは行けそうである(たとえば、こじろうの行ってる学校に高校入試で入れそうという意味)。…意外にも(←失礼)。

こじろうの場合、中学に入ってから英語をまじめに積み重ねていないところが難点ではあるけれども、公文のおかげもあって算数から数学への離陸が無事に済んだこと、国語がなぜかわりとできるようになってきたこと(勉強をしたからではなくて純粋に本人の成長)がプラスに働いている。

というわけで
・国語が成長とともにマシになってくる子

というのを付け加えてみたいと思う。

今までに挙げたものをまとめると
・発達がゆっくりのんびりな子
・算数より数学が得意な子
・英語が得意な子、英語の先取りをしてある子
・国語が成長とともにマシになってくる子
ということになるけど、どうかな?? この、全部でなくてもいくつか当てはまれば。

あ、あと重要なことを忘れていた。
・提出物が期日どおりに出せる子
・自分で勉強をすることができる子

これじゃ、またろうの真逆(^^;; またろうの場合は、他条件が強烈すぎて、こんなもんを吹き飛ばして「高校受験向き」といえるくらいではあったのだけど、やっぱりこの最後の二条件が揃ってない中で高校受験を漕いでいくのはつらいよね。っつか、つらかったです。二度とやりたくない。

そして、はなひめは中学受験向きか、高校受験向きか??

・英語が得意な子
には当てはまるんじゃないかと思う。推測にすぎないけど。ほかはどうもまだよくわからない。もしかしたら、「算数より数学が得意な子」にはなるかもしれない。ただ、はなひめがどちらに「より」向いているかは関係なく、ここなら行きたい・行かせたいと思う学校に行ける程度に「中学受験向き」でありさえすれば私立に行かせるつもりなので、別に迷ってはいないけどね。

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(*)『難しい学校』というのは、ぶっちゃけ「偏差値表でなるべく高いところに載っている学校」と思ってください。
中受と高受の偏差値が直接は比べられないのですが、「仮」に比べられるように、
「トップ都立高ってどのくらいで合格できるんだろう」
http://dandanto.exblog.jp/15195361/
に書いたような換算をイメージしております。

by an-dan-te | 2011-06-16 08:04 | 中学受験 | Comments(15)

中学受験と高校受験比較(勉強編)   

先日書いた「受験に分断されない六年間」の続きで、中学受験のメリット・デメリットを考えるシリーズ第二弾。

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今度は、中学受験と高校受験、どちらかでは「受験」という形で勉強すると仮定した場合、この三年分のずれによってどんな違いがあるかをまとめてみよう~

高校受験に比べて、中学受験は…
(1) 発達段階のより手前の時期で「受験」勉強を体験する。
(2) 「受験」勉強にかける期間・時間が長い。
(3) 親の関わる余地が大きい。
という違いがある、と思う。

(1) について。自分がやってみて思ったのは、その時期に「中学受験」という形で一通り広く浅く勉強しておけば、中学高校と過ごす上で、そんなに努力しなくても「勉強をすることができる」素地ができるってことかな。

たとえば、
・時間を区切って集中することができる
・自分に合った暗記方法がわかっている
・自分の身についているところ、あやしいところの弁別ができる
・広く浅く知識があって、いろんなものをひっかける「クギ」がある状態になっている
・基本的な読解力、計算力がある
というような。

要するに、中学受験は「勉強の仕方の練習」みたいなところが多分にあるので、その練習を早いうちにしておくと、勉強の仕方がわかった状態でより長く過ごすことができるというイメージである。とはいっても、じゃあもっと早いのはどうかって…そんなの、やってみたことはないからわからないけど、早ければいいってもんでもないというか無理だろうから、一般的にいって抽象思考の入り口に立つという10歳かそこらで始める中学受験というのは、まぁいい線なのかな??

もっとも、発達段階というのは子どもによって大差があるので、無理な子にはまだ無理(例: またろう)ってことがあるけど。

(2) は、もちろん人によるだろうけれども、四年生で塾通いというあたりが中学受験のスタンダードだとすると、中学生はどうかすると三年生から塾通い、あるいは部活が終わった三年夏から!! なんて場合もあったりして、まぁ早めで二年生かな。となると「受験」を意識する期間は中学受験より短くなりがち。

しかも、学校に部活に定期試験に提出物に忙しいから、「受験勉強」にかける時間もたいてい、中学受験ほどじゃないんだよね…。
(定期試験とか提出物とかって「受験勉強」に入らないのかって。そりゃ、入らないでしょう。小学校の勉強が、中学受験勉強の勘定に入らないのと同じです。無関係ではないけれど。)

これは、中学受験がやりすぎなのか、高校受験がやらなすぎなのか?? つまり、この違いがメリットなのかデメリットなのかっていうことは、まぁなんともいえませんね。人生観の問題というか…あともちろん、高校受験でも大手塾利用中学受験スタンダードくらいの時間をかけて勉強する子ってのも稀にいるかも。

(3) は、年齢が違うから当然ですね。小学生ではまだ自分を客観的に見られる目が育ってないし、なにかと親の助けが有効。あと、現実問題、本格的に反抗期に入られちゃうと、よくも悪くも手の出しようがないというのもある。またろうの場合、中学生になってからもまだ親の助けがあれこれ有効な段階にあったのだけれども、学校や塾がすでに親の介入を前提としていないので、手出しはやりにくかった。

だから、親がなんらかの形でひっぱりたい、誘導したいなら中学受験のほうが適当。とはいえ、これはメリットかデメリットかわからない…親が手を出すことで伸びる部分もあり、スポイルされる部分もあり、なにしろやり始めるととかくやりすぎちゃうもんだから、いいんだか悪いんだかね(*)。


こうして並べてみると、(2)と(3)はどうとでもなるというかどうなるかわからないというか、やりようなので、諸条件が許すならば(1)のメリットを取りに中学受験をやってみればどうだろうか、と私は思っている。もちろん、諸条件が許さない(経済的に苦しい、私学のない地域、あるいはまたろう族であるとか)という場合もあるだろうし、中学受験という形をとらないままこのメリットを取りにいく(勉強はする)という方法もあるかもしれないけどね。ただ、それはそれで現実問題難しそうで、できる人は限られていそうな気がする。

中学受験というのは、(1)のメリットを享受できるわかりやすい「パッケージ」なんだよね。まとめて勉強をしてみるという、環境や教材や、それと合格という「目標」も揃って、利用しやすい。そのあたりが、私が「なるべく中学受験コースでいこうかな」と思う理由のひとつです。

(*)このあたりについては、語りだすときりがないからまた別途。

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by an-dan-te | 2011-02-26 11:24 | 中学受験 | Comments(17)