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「東大合格生のノートはかならず美しい」なんて   

…んなわけあるかっ(-_-;;
ま、「かならず」とつけた時点で、嘘であることは明らかなので筆者もわかってやってるんだろうけど。売るためのタイトルとしてはよくできてるのかな。

もしかしたら、筆者の手元に集まったノートはあらかたしっかりしてたのかもしれない。その一方で、提供してあげようにもノートがない人が多数いたに違いない(笑)

そもそも保存用のノートをとる習慣がないとか、いくら「きれいなノート」は「字がきれいなノート」のことではないとはいっても、ものには限度があるだろう(判読できないほどの字)なんて人も多そうだ。理系と文系では違うのかもしれないけど、特に理系。

例えば、授業は適当にその場で聞くだけのことが多くて、いざいよいよメモしたいことがでてきたとき、あれーノートがみつからないとかいって、適当なレポート用紙とかにぴらぴら書いて、なくしちゃう人。演習とかはノートに書くけど、間違った問題はその場で直して、問題集に印をつけるだけでノートのほうは使い捨て(後日見ることがない)という人。

先日、美しいノートの話を書いたが、このような見られるノートを書ける人を、この方のほかに思い浮かばないくらい(^^;; ぶっちゃけた話、男子でノートがきれいな人は少ないし、理系は男子比率が高いということもあるかも。

むしろ、ノートがやたらきれいなんだけど、時間かけるわりに点数とれない人ならたくさん思い浮かぶ (東大に、という意味ではない)。たぶん、圧倒的に女子に多い。

私は、自分に保存用のノートを作る習慣がなかったので、子どもたちがいい加減なノートを作ることにはかなり寛容なつもり。それでも許せないことは…

ひとつの問題を解く範囲で、思考の流れがわからないノートは論外。賞味期限は一日でいいから、途中式を書いて図を描いて、迷子にならずに解き進めろといいたい。

またろうの場合、字を書くこと行為自体なかなか敷居が高かったこともあって、中一、中二のころは連立方程式を解くときですら暗算(母、とてもじゃないけど暗算できません)だった。それで「かなり」当たるのが不思議といえば不思議だけど、計算問題は9割合ってればいいというものではないから「かなり」じゃすまない。

親が口でいっても、それどころかバトルしても、母と父と塾で結託して追い詰めても、途中式を書くことができなかったまたろうだが、公文では定型的に書かされるのでようやく「書こうと思えば」書けるようになってきた。今でもときどき手がとまって(暗算して)るので「書きなさい!!」というと「ちょっと紙がいっぱいになってたから~」とかわけのわからんことをいうが(-_-#

おとうさんだって、美しいノートは作れないけど途中式は書けるんだよ。ここまではできないとゼッタイ困ります。

こじろうは、またろうと違って読める字を書くし、ノートも(あまり)なくさないので、N塾でのノートで、「黒板を写したとおぼしき」ものであればわりとまともだ。後日、演習をするときの参照用にも使っている。つまり、ある程度「あんなことが書いてあった」と頭にインデックスがあって、活用できる状態らしい。

まっさらから、例えばこの単元のまとめを自分で作ろうとかそういうことは一切ない。母もそんなことを指導してる場合じゃないと思うからスルーしている。でも、御三家狙いだったら、「自力まとめノート作成」もできないと射程に入ってこないような気は確かにする…授業中のノートというより、自分が考えるためのノートね。

まぁでもそのことは今はおいとくとして。とりあえずは「演習」中に迷子にならないノート(外部メモリー)作成が課題である。前は、途中式を書かなかったものは全部やりなおし!!と宣言したこともあったがあまりに抵抗が強くて実現できず今に至っている。今はせいぜい、途中式を書かないせいで答えを間違えたときにはねちねちイビリたおし、途中式を書いてあって間違えたときは、間違えたところがすぐわかってすぐ直せてお得だったわね~と盛り上げることにしている。

当面の中学受験に関してはなんとかなっても、途中式が書けないままでは高校の数学で必ずつまづくので、そのうち直るかなと(あるいは直らないなら勉強ができないということだが)生暖かく見守る構えで、ま、しばらくは。

by an-dan-te | 2008-11-08 08:19 | 高校受験

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