予習こそほんとうの勉強   

集団授業の効率と、レベル分けの関係について、何度か触れてきた。レベル分けの意味は大きいけれども、一人ひとりに完璧に合うってことは、ないものだ。

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私が高校のときに通った駿台は、集団授業(それも相当な大人数)の形式をとっていた。しかしそれで効率が悪いと感じたことはない。それは、予習が中心の勉強方法だったからではないだろうか。

予習というのは、まったく自分ひとりの作業で、数学なら問題を自分で解こうとするし、英語であれば辞書の助けを借りながら一人で読み進めて、たとえば訳を作る。そこの部分については、先生のしゃべるスピードにも、ほかの生徒の理解のあり方にもまったく関係なく、自分のペースに合わせて、自分の考え方で進めることができる。

結局、教材を手がかりにして、自分で考えたり、調べたり、疑問点を明らかにしておいたり。そういう作業がほんとうの勉強なので、それに比べれば授業は付けたしというか確認というか。

予習がきちんとできていれば、授業は「仕上げ」に近い。この部分は大人数の授業であってもよい。大人数のほうがよいとまでは言わないけれども(ディスカッションとかはできない)、大人数のメリットというのはコスパだろう。比較的安い月謝でも、ものすごく魅力的な講師が確保できるということになる。

そういえば、最近はビデオ授業みたいなのがさかんに行われているらしい。これは、そのようなメリット(一人の優秀な講師が一回授業をすれば、何人でも何回でも見られる)を最大限に生かしているし、場所も時間も超えられる、めっちゃ便利な形態であるけれども、あれはどうなんだろうか?? 私の場合、大人数はかまわないけど、ライブでないと燃えない、萌えないんだけどねぇ。旧世代だから?? (音楽だって、ライブとCDはまったく別物だと思っている)

それはともかく。勉強の中心が予習であるからして、この時間がたっぷり取れないようでは意味がない。いわゆる「コマ」を取りすぎて、予習をする暇がないくらいであったら、そんなのは効率を下げるだけだ。

私の場合、一年二年では英数をそうやって、「薄い教材、少ないコマ数、じっくり予習」のスタイルで勉強したことになる。これは勉強の成果という面からもたいへんよかったし、勉強方法の手ごたえをつかむという意味でもよかった。

高二では、「プレ東大模試」みたいな(?名称不正確)テストがあって、それは英数国のみで判定をするんだけど、東大行けますよ的な判定が出ていた。今から思うと、その時点の英数国判定に何の信頼性もないんだけど(笑)、それならいっちょやってみようかなと思うきっかけになったことは確かだ。それまでなんとなくずっと、早稲田に行こうと思っていたので。

東大もいいよね。近いし、安いし

そんなこんなで、高三のときには、駿台に月曜日から金曜日までびっしり通う、高三東大理系総合コース(これまた名称不正確)を選び、自分の大学受験勉強は、これに賭ける!! ということにしたのである。

(つづく)

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by an-dan-te | 2012-04-09 08:25 | 中学受験

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