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実物で学ぶことと、その発展   

単に、広島に二つの世界遺産、原爆ドームと厳島神社、と覚えてしまっても中学受験的にはすむところ…

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そこにわざわざ行く。このことの意味はなんだろう。

意味は、もちろんあるに決まっていて、広島風お好み焼きはおいしかったし、鹿と遊べたし、Aさんと会えたし、新幹線は快適だったし、だからそういうことではなくて、中学受験的な意味

ひとつの意味は、とにかくただ暗記したのと違って絶対忘れないこと。いくら暗記苦手のはなひめだって、男鹿半島とか竿灯祭りとか忘れないし、原爆ドームと厳島神社を忘れることはないだろう。

でも、仮にそのことだけがメリットなのだとしたら、あまたある、覚えなきゃいけない事柄の中の、ほんの針でつついたぐらいの、「原爆ドームと厳島神社」分しか効かないということになる。この効率で中学受験社会を制覇しようとしたら全国行脚しなければいけなくなるが(^^;;

だから、そういうことではなくて、旅行をして実物を見ることは、テキストに載っていた「原爆ドームと厳島神社」という無味乾燥な文字が、どんな「実体」から抽出されたものであるか、つまり、実際に見聞きしてきたものと、知識としてまとめられたものの対応を実感する、体験するということなのだと思う。

その体験をすべてについてすることは物理的に不可能。でもその体験を何もしないで暗記をしてしまったら(つまんないし)寂しい。中学受験的ということではなく、人生における意味がない。

旅行をするくらいの、とことん手間をかける「具体→抽象」の体験は、できる数が限られている。しかし、それだけの体験をした場合はまず、その体験そのものを広げていくことでカバー範囲を増やすことができる。

たとえば、一番印象に残ったものがたとえば「原爆ドームと厳島神社」であっても、途中で見聞きしたもの…食べたもの…いろいろとたどっていけば、牡蠣をじゅうじゅう焼いていたこと、自動車関連工場が多かったこと、あるいは新幹線が通ってきた途中の駅、そこから見えた風景、東京から名古屋はどのくらいかかり、名古屋から大阪はどのくらいだったか。トンネルばっかりになって外が見えなくなったのはどの駅間だったか…

広島周辺については、ちらっと見たものをきっかけに発展させていくと気候・産業も含めてあらかた「生き生きさせる」ことができるし、通り過ぎてきた地域についても、限定的ながら自分の見聞と結びつけることができる。

そういう「つながる・ひろがる」体験があれば、たとえばニュースや、物語で見聞きした内容から知識を抽出するという「中ぐらいの具体→抽象」のときにも、そこはかとなく「地に足の着いた」感じで受け止めることができるような気がする。

だから、旅行のような体験は、
・そのものから発展して広げていくこと
・ほかの、二次的情報から知識を抽出する能力(気合)を高めること
という二つの方向から作用して、社会音痴の改善に役立つと思うのだ。

というか、私自身がね…旅があんまり好きでなく(面倒だから)、地理が大嫌いだった(覚えられないから)ことを考えると、人生損してきたなぁと思うから。この年になってちょっと、違う道が見えてきました。

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by an-dan-te | 2011-07-29 08:03 | 中学受験

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