中学受験を成功体験として終えること   

はなひめの中学受験やら、こじろう・またろうの勉強状況に親がどのくらい手出し口出し介入するかについて、夫婦間で意見の相違があったときに、

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またろうは、「なるべく本人に任せるのがよい。失敗してもそこから何かを学べばよいので、中学受験を失敗したら高校受験、高校受験を失敗したら大学受験、大学受験で失敗したらまたその次の年に、失敗を生かして本人ががんばればよい」というような意見を述べた。ま、それはそれで筋が通っているというか、ひとつの見識なのだけれど。

でも私は、「大学受験ならそれでいいけれど、中学受験は違うと思う。中学受験は、全部ダメで公立中に行くような終わり方ではなくて、行きたいと思えるところに合格して、ちゃんと私立に通えるのがいい。中学受験を『しない』のはありだけど、するなら合格で終わるように親もサポートしないと」と主張してここから話がどわーっと広がった。

意外に強く反応したのがこじろうで、「ぼくも中学受験を失敗で終わらせるのは絶対よくないと思う。合格するかしないかはすごく大きな分かれ道だから…。はなちゃんの受験も、うまくいって終わってほしいと思う」。

こじろうがこう思うのはある意味自然なことで、それは誰しも自分の通った道を後づけでもなんでも「よかった」と思うようにできていて、またそうでなくっちゃ人生やっていけないから。こじろうは、日能研に通って二年間を過ごし、第一志望にきっちり合格し、押さえの学校からも特待をもらって、中学受験を成功体験として終わらせることができた。しかも入ってみたら事前予想を越えてさらに居心地よく部活もノリノリで、高校受験のプレッシャーも大学受験のプレッシャーもなくのびのび青春してるんだから、そりゃ自分の通ってきた道がよかったと思うに決まっている。

中学受験を成功で終えたことによるデメリット(慢心とか、根拠のない自信とか)がもし今後出るとしても、それは現在はまだ誰にもわからないことだ。

しかし逆に、中学受験を全敗で終わらせた私も、「失敗は成功のもと」などといって自分の経験を肯定する気にはまったくならない。失敗は、その後に生きなかったわけではないけれど、挫折感というか、自分の能力とツキに関する不信感は、深くあとまで尾を引いた。そのことは決してよいことではなかったと思うのだ。ここから自分を確立させていこうという12歳の春、十分な自己肯定感を持った出発ができるかどうかは大きな違いになる。

必要以上に自信を失うことは、人付き合いのあり方にもよくない影を落とし、それをプラスに転じるには長い年月がかかった。それに、結果的に半年後、JGに拾ってもらえたのはまったくの奇跡というべきもので、もしもあのまま、しんどいことの多すぎる公立中生活三年間ののち、群制度真っ只中、内申重視の高校受験はどう転んでいたかわからない。

そしてよしぞうは、「どのくらい介入するか」の部分には夫婦間で大きなズレがあるものの、大学受験と異なり、中学受験は失敗で終わらせてはいけないという部分については同意見だそうだ。

理由は、中学受験は親が誘導して始める受験であるから。親主導で始めておいて、本人任せで(←必ずしも悪い意味ではないが)進めさせ、失敗で終わったら「残念だったね。次がんばってね」ではちょっと無責任ではないかと。

もちろん我が家でも形としては、こじろう本人の意思を確認して中学受験を選択したということになっているが、それが実は親の誘導によるものであったというくらいのことは、こじろうもわかる年齢に達している。ただそれを現在のこじろうは強く肯定し、「やってよかった中学受験」と思っているけれど、これが失敗に終わって公立中に通うことになり、現在高校受験勉強の真っ最中だったらどう思っているだろうか。

ともかく。中学受験経験のないまたろうを除き、我が家でよしぞう・こじろうと私の三人は、「中学受験を成功裏に終わらせるべき」ということでは意見一致した。

それならば、親の誘導でレールに乗せ、本人の意思の形をとって走り始めた中学受験、子どもを支配しすぎることなく、成功に導くためにはどんなことができるのだろうか??

・志望校の選定
・併願の組み方
・勉強のしかた
・どのくらいの時間を勉強に費やすか

どこまで?? どういうふうに?? (この話、つづくのかどうか不明)

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by an-dan-te | 2011-06-27 12:52 | 中学受験

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