人気ブログランキング |

「ちゃんと」勉強するというのは具体的に   

たとえば、中学校の定期テスト「英語」のために、範囲の問題集をやるとする。

  にほんブログ村 受験ブログ 中学受験へ←「ちゃんと勉強しなさい」といってもその中身がわかってなきゃ意味なし

この場合、「ちゃんと」勉強をするというのは:

(1) 試験期日と、範囲がどこかを把握する
(2) 試験期日までに余裕を持って終わるようスケジュールする
(3) 問題を解く。答えは写しちゃダメ
(4) 途中、辞書とか調べるのはいいけど、その問題にはマーク
(5) 丸つけ。赤ペンに持ち替えて。間違った問題には問題集のほうにもマーク
(6) どうすれば正解を出せたのかを確認しながらすすめる
(7) 後日、マークした問題は再チャレンジ。できるようになるまでつぶす

という作業をすることだ。これがひとりでスムーズに回せる子は、すなわち「勉強ができる子」ということになる。

またろうは中学生のころ、まずのっけから(1)に難があったので困ったのだが、まぁ(1)(2)あたりを親が援助して進めるにしても、援助がある程度スムーズに進むかどうかの鍵になるのが「答えは写しちゃダメ」「間違った問題にマーク」などの、なんというか、「誠実さ」に関わる問題だ。

つまり、自分がわかっているところ、わかっていないところをあるがままに見つめて、後者に集中して労力を割いていくことができるのかどうか。この部分が「ちゃんと」できない場合は、解答編を親管理にして親が丸つけ?? 中学生の勉強としてはありえない。

…というか、ありえない、はずなのだが、またろうは中学受験もせずそもそも勉強らしい勉強をするという体験もないまま中学生になったので、「きちんと」勉強をするということがどういうことだかさっぱりわかってなかったのだ。体験がなくたってちょっと考えれば何が必要かわかってもよさそうなものだが、そういうのはできる子もいるだろうしできない子もいる(ということが、子育てを通してよくわかった)。

この「誠実さ」というのは、別段、正義感とかそういう問題にかこつける必要はない。道徳的な説教はいらない。単に、せっかく勉強にかけた自分の時間を無駄にしないために必要なことであるというのが体感できればおかしなことはやらなくなる。

こじろうはこのへん、中学受験の最初から最後まで問題なかったし、はなひめは、間違った問題にマークをつけることを当初嫌がっていたけれども(答えを写すたぐいのことは最初からなかった)、さすがに最近ではその必要性がわかるようになった。

こじろうが、中学受験をとおして確実に身に着けることができたと思うのは(6)のあたり。解答編を手にしたとき、ちゃんと赤ペンに持ち替えたとしても、「イ」はバツで「ウ」が正解っと…単に「ウ」と赤ペンで書いて終わりにしたら意味がない。当たり前だが「ウ」と覚えてもしかたがないので(^^;;

そして正解の中身を確認するのはもちろんのこと、なんでここは複数形にならないの?? とかきちんと疑問をもち、この場合はこうでこの場合はこう…と弁別できるように事を分けておかないといけない。サクサク丸つけをして終わらせてしまうのではなく、考えて進めていくのは時間がかかるけれど、これこそが勉強なので省くわけにはいかない。これを親が監視しなければいけなかったらとてもじゃないがやってられない(またろうの高校受験のときにはそれをかなりやったんですけどね)。

だから今、こじろうが問題集の丸つけをしながら「あれー、なんでー?? わっけわからん」などと叫びながら、それでもいちおう疑問をクリアしながら進めているのを見て、あぁ中学受験させてよかった…と思っているのだ。

ただし、反省点もある。最後まで、(2)と(7)を親掛かりで進めてしまったことだ。(7)はできてない中学生が大半だから、トップを取りたいのでなければそんなに問題ないけれど、(2)ができてないのはよくない。中一のときにはこれを親が監視して進め、中二では放置して成績が沈み、中三でようやく自立に向かっての動きが感じられる今日この頃だけれども、回り道といえば回り道だ。

はなひめの中学受験では、せめて(2)が身につくように…できれば(7)まで体感できるように進める心の余裕(目先の結果を求めない)を持ちたいと思う。

にほんブログ村 中学受験 ←ランキング参加しています。

by an-dan-te | 2011-05-24 07:52 | 中学受験

<< 算数や数学に男女差はない!? 春の運動会とカリテ >>