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「ヒカ碁」一気読み直し   

うちにある「ヒカルの碁」の漫画は、最近買ったものではなくて、ちゃんと(?)ブームの頃に買ったものだ。

だから、もう何度も読んでいる。読んでいるんだけれども、今回久しぶりに手に取ったらつい一気読みしてしまった。ダブル受験中の最後半年、ベランダのストッカーに漫画を大量に「封印」していたものを、今ぼちぼち戻して本棚に片付けているので、その一環である。(つまり、片付かない。)

Sai (ヒカルにとりついた、碁がむちゃくちゃ強い幽霊) とヒカル、どちらの碁の能力が表に出た結果かというからみ合い、アキラ (ヒカルの目標&ライバル) とヒカル、推し量れない強さにおびえつつ闘士を燃やしつつのからみ合い、そしてどってことないはずのサブキャラがいちいち個性的であることの魅力 (囲碁部の金子さんとか) まで。どこをとっても濃い魅力でぐいぐい惹きこんでいく。

そして、ヒカルがどんどん自分自身の実力をつけてプロに近づいていくのと並行して、Saiの存在が危うくなる不安が増していき、そしてついに消える瞬間の晴れ晴れとした深い寂しさ。明るい窓が印象的なシーンである。さらに、Sai が消えちゃったらこの漫画は成り立たないのでは?? という下世話な心配を吹き飛ばし、伊角のスランプ脱却とヒカルの立ち直りがからんだ対局のシーンまで持っていくところは圧巻である。

こんな力強い漫画が将棋にも出たら、今妙にごたついてる将棋界も、暗雲を吹き飛ばして明るい未来を引き寄せられるかと思われるのだが、これまでのところ、子どもにも大人にもこんなに魅力的な漫画はないな。

ヒカ碁がブームになったときは、ほんとにすごかった。またろうやこじろう(小学生だった)の周りも、「碁をやってみたい子どもがたくさんいた。あちこちで囲碁入門教室が開かれ、子どもが出る大会は軒並み参加人数が膨れ上がった。

またろうとこじろうも囲碁をやりたいといったが、継続的に通えるほど近い教室がなかったので、自前で囲碁教室を開いたことがある。

・会社の囲碁部にメールを出し、ボランティアの先生を募集。
・ボール紙とプラ石の安い囲碁セット(ヒカ碁入門セットとして数百円で売っていた)を大量買い。
・団地の集会所を会場としておさえる。
・小学校前でビラを撒いて生徒募集。

それでつんぐりもんぐり一年くらいはやっていた。疲れたけど楽しかった。またろうとこじろうもいちおうルール+アルファを把握したし、友人たちの何人かも同様なので、学童などでも打てるようになった。

こういうミニ教室をやる場合、一番のネックは先生でも資金でもなくて、実は生徒の参加のきまぐれである。無料の教室の場合は、来るときはどっと来て、来ないときはまったく来ないという調子で、人数が読めないのだ。

先生はずっと確かで、アポをいったん取ればまじめに来てくれるが、それでも急な都合(病気含む)はないでもない。先生が来て生徒がいなかった場合、生徒が来て先生がいなかった場合、どちらも気まずいことになる。

我が家がやった囲碁教室がなんとかやれたのは、我が家の中だけですでに四人(はなひめ除く)の人材がいたからだ。生徒が来ないといっても最低限またろうとこじろうがいるし、よしぞうと私は、人数状況によって、あるときは先生に、あるときは生徒になって(!)調整することができた。

よしぞうは中高のとき囲碁部にいたことがあり、あまり熱心ではなかったらしいが弱い初段くらい。私はルールを知ってるだけの超初心者だが、子どもがあまりたくさん来たときは、ルール指導や、石取りクイズを出したり、子ども同士の対局の決着をつけたり (紛争を解決し(^^;; 地を数える手伝いをする) できる範囲で対応した。

ボランティアで来てた先生は、ほんとに強かったので(六段)、子どもがほとんど来ないときはよしぞうも教えてもらうことができた。

そこまでやったわりに、我が家に囲碁が根付いているかというと現在そうでもないところがなんなのだが。またろうは中学時代、友だちが家に来るとけっこう打っていたみたいだけど、囲碁部創設は失敗したし。今はロボコンしか頭にないし。

私自身も、囲碁は「そのうちやりたいことリスト」のかなり上にランクインしてるのだが、ピアノ→バイオリンのさらに次くらいだからなー。そのへんに手が回るときは50歳を超えているだろう。

囲碁教室をやって私にとっていちばん役に立ったことはむしろ仕事面だったりする。我ながら、根っからのコーディネーター気質なんだなぁと自覚して、そういう仕事を増やしたから(笑)

by an-dan-te | 2009-04-24 07:36 | 生活

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