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公文に向いてる子   

…つまり、うちの子のことではなくてですね(^^;;
(三人とも公文利用経験はあるが、それぞれ別の難アリ)

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公文の利用方法にもいろいろありますが、まぁうまくいく典型のひとつが、
算数の計算とか国語の読解の基礎、および「毎日こつこつ」習慣とかを学んでおいてから、中学受験塾中心に移行していくパターン (大昔ですがよしぞうはだいたいそんな感じ)

それと、中学受験をしない場合でいえば(というか、元々公文は中学受験のためのものじゃないからこっちが本流)、たとえば小学校でおよそ英数国それぞれI教材(中三相当)まで進めてあって、公立中学では実質ノー勉でほぼ成績トップ、ピアノに専念できた(そして音楽の道へ進む)なんてケース。あるいはもちろんピアノじゃなくて勉学の道でもいいわけですが(ただし引き続き公文でやるとは限らない)。

コメントをいただいた方の場合は、ほんっっとに公文に向いているお子さんで、「小学校卒業時にI終了」よりもっと速い(早い)ペースで飛ばしてますね。これは、親が無理くりやらせればできるってもんではなくて(と、いうことは私が保証いたします-笑)、もちろん親の賢い誘導もないではないですが主に本人の資質です。

公文に向いている資質というのは、毎日こつこつができて、例から学ぶことができて、進んでいくことが楽しいと思えて、素直さがあって(よしぞうは素直だったのか?? というのはおいとくとして)、文字馴染みがいい(読み/書き)とかでしょうか。ひっくるめて、勉強向きの資質のかなり重要な部分を占めているといえます。

気になるとすればむしろ、進行が早すぎることで、小学校終了でIというのは「ほどよい」感じがするんですが、もっとずっと前にそのへんまで終えてしまったとして、そこで公文(というか数学の計算)をやめてしまえば忘れてしまうし、かといって高校教材まで入っていくのも考えものです。

公文数学の高校教材は出来が悪くて、スモールステップ自学自習向きではありませんし、指導者も高校数学がよくわかってなくて、指導書と違う解き方をされたらマルつけも容易でないということが多いです。

その状況でも自力で突き進める天才がごくわずかいるらしいですけど、別にそこに天才を注ぎ込まなくてもいいような気はします(^^;;

せっかく、本人が今、楽しく公文をやっていて、順調に進んでいるのだから、別に先を心配して親が水を差すことはないと思うんです。そういう、すいすいすらすらの公文というのが、もっとも大きな価値を公文から受け取れる状況だからせっかくなのでそのまま活用するのがお得と思います。

でも公文だけじゃもったいないとも思います。もっと違う角度から算数、などの検討はしていらっしゃるようですし、もちろん公文のまま国語や英語と広げていく考え方もありますし、それはそれで悪くありませんが、さらに広く考えてもいいのではないでしょうか。

ピアノその他、音楽であっても、
スポーツであっても、
囲碁将棋のような思考ゲーム、あるいは
レゴブロック、理科実験系、美術系でもなんでもかまいませんが、

ご本人が一番夢中になれる何か。

夢中になれる、というのが一番の脳トレでもあります。「お勉強ぽいもの」に限定しないと受験が間に合わないってトシでもありませんし、できるだけ広く考えられたらいいと思います。

もちろん最初は公文と並行して進めていったらいいですし、あまりに夢中になって公文どころではない、あるいは、公文でうまくいかなくなって(おそらくは高校教材に入ってしばらくしたころ?)つまらなくなったら公文卒業とされればよいでしょう。

将来楽しみですね(^^)


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by an-dan-te | 2017-02-19 16:48 | 中学受験 | Comments(1)

算数は得意ですか??   

うちの家族が一人残らず社会が苦手っていうのは、もうこりゃ疑問の余地がないとして、
算数・数学が得意かっていうとそう一筋縄ではいかない。

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よしぞうがまじりっけなしの理系タイプなのはいちばん間違いがないところで、中学受験のときは算数と理科が得意、大学受験でも理系で数学と理科が得意、英語はぶっちぎりの苦手で社会人になってからはずっと技術畑。

一方、私の場合は、中学受験のとき、理科と国語が得意で算数はいまいち(社会はぶっちぎりの苦手)。それがなぜか算数から数学になってじわじわと浮上して、高校一年や二年のあたりではむしろ得意じゃないだろうかと思った瞬間もあったのだが、結局限界が来て、理科と英語と国語で勝負するから数学なんて零点でもいいことにしよう的なところへ追い込まれた。大学に入ってからの数学は全体が意味不明

子どもたちの中で、いちばん「脳みそのかたち」がよしぞう似と思われるまたろうは、しかし算数の時期には芽が出ず、中学受験はしなかったので難しい算数との馴染みがどうだったのかは不明だが、小学校の算数でも滅多に満点はとらなかったくらいなので、そりゃ論外である。それが中学校の後半くらいから立ち上がって数学はぶっちぎりの得意科目に。

それなら、追いつくのが遅かっただけでここから先は数学ばっちりなのかといえば案外そうでもなく、あろうことかそんなに数学に興味はないらしい。いちおう公文は続けているけれどすぐ枚数を値切るし、学校の数学だって提出が必須なもの以外はやらないし、難問にチャレンジして喜ぶとかの数学少年にありがちな趣味はまったく持ち合わせてはいない。

だからここから先どうなるかは予断を許さない。どうもよしぞうとはそれなりに違うタイプらしい。英語が苦手なところと、その苦手のありよう(傾向)はぴったり同じだけれども、国語が苦手なところと理科があまり得意でないところが違う。それっていいとこないじゃんって?? よしぞうより料理が得意だとか縫い物もできるとか、いいところはあるんですけどね(^^;;

そしてこじろうは、重症の方向音痴であるとか、深い理解はなくても表面上の把握で要領よく課題がこなせるところとか、あと人づきあい的に一部不自由である点などから、脳みそのかたちは父より母に似ているようにみえた。しかし言語能力的には比較にならないほど劣るので、いったい母から言語能力を除いたら何が残るということで一時非常に心配されたが、中学受験の状況を見る限り、母にない才能もあったようだ。

標準的な解き方をせずありえない道筋を辿ることと、それを表現する力がない(ぶっちゃけ途中を書かない、書けない)ことから算数も失速するのではないかと危ぶまれたが、受験本番まで走りきった。昔の母に比べたらずいぶん難問まで解けたようにみえる。

ところが今度、中学にあがって文字式を扱うようになると、ときどき見せる頓珍漢なその操作能力は、よしぞうやまたろうと違うだけではなくてどうも母とも把握の仕方が違うらしく、ありえない迷宮入りをしていたりするので油断できない。このままだと母より早く壁にぶち当たりかねないので、今はオマジナイとして公文を続けさせているが、それだけでどうにかなるのかはわからない。

このように四者四様な状況の中へ、さらに加わってくるはなひめが、どのあたりの位置につけてくるのか興味深いところだ。

幼少のみぎり、曜日演算などの演繹的能力はすばらしい早期の立ち上がりを見せたものの、小学校一年の「チャレンジ(ベネッセの通信教材)」の算数でつまづくという早すぎる挫折を見せ、暗雲がたちこめる。その後、二年から公文を始め、D教材あたりで挫折しそうになるなどの波乱はあったものの、ようやく「数」に慣れることができて、今年塾で受けたテストの結果からは本人的に「算数はまぁまぁ得意になった」というイメージがあるらしい。

そのイメージをそっと…壊さずにいましばらく運んでいきたいんだけど、これまでに見えてきた数々の手がかりから考えるとそれは難しいかな…まず日能研に入ってすぐ危機が来ると思うけど。六年後半まで算数得意でつっぱしって、母の予想を裏切ってくれたりとかは…ナイですかねやっぱり。

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by an-dan-te | 2010-10-31 22:08 | 中学受験 | Comments(6)

公文国語、やっててよかった…のか!?   

こじろうが受験勉強を始めたとき、何がいちばん困るって日本語の読み書きができないのが困った。

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国語の点数が悪いとかそういうレベルではなくて、社会の基本問題をテキスト見ながら解かせるにしても、該当個所を探せないし探したとしても正確に書き抜けないというくらいひどくて、これじゃ社会も理科もできやしない。

それで、公文の国語でもやっておけばよかったなぁと思ったわけだ。あれなら簡単な読解にあたるものは順序よく練習させてくれたんじゃないか??

そう思ったがもちろん後の祭りで、こじろうは日能研テキストに埋もれながら悪戦苦闘、結局のところ理科や社会に必要な読解力くらいであれば最終的には身に付いたのだけれども、国語で問われる読解力には追いつかなかった感がある。

はなひめが二年生で公文を始めたときには、算数と国語をセットでやらせた。これはこじろうのときの教訓を生かしたというよりは、本人の希望。はなひめに必要なのは、なによりも算数、であることはわかっていたんだけど、はなひめは算数をやりたがらなかったので、国語を(おまけで)つけてあげるからとセット販売でようやく了解を取り付けたという経緯がある。

はなひめとこじろうの言語能力には二年生時点で比べても明らかにわかる大差があり、こじろうと同じような意味で、はなひめが困ることはないだろうから、国語はやらなくてもと思ったのだけれども、語彙とか、漢字とかで役に立ったらいいな、というのはあった。

公文算数に関しては、D教材がなかなか越えられないとか算数やめたいとか紆余曲折があったのだが、国語には特に波乱がなかったため、まともに教材の中身を見ないまま二年間過ごしてしまった。

今いくつかひっぱり出してみてみると、やめる直前にやっていたのはFI教材(六年前半相当)で、漢字では「肺活量」「腹筋」とかの練習、読解では本文と合うように空欄を埋める問題が出ている。たとえば「散らばったエサをゾウが鼻でかき集める様子は「【私たちの手のひら】のよう」だと表現され、かき集めたものを鼻先に乗せて、突起でつまんで口に入れる様子は「【茶道のお手前を見ている】ような気にさえなる」と表現されている。」など(【 】内が空欄)。あるいは、指示語の内容を書き抜かせるような部分もある。

そして現在、はなひめの成績でダントツ安定しているのは国語の読解。今いってる塾の読解は何もひねったものがないので、読解部分はほとんど落とさない。成績の変動部分は漢字と語句で、範囲をやっていけばできるしやっていかなければできない。公文でやった漢字はかすかに「見たことあるかも」程度で定着はまったくしていない。つまり、漢字の面でのそこはかとない期待は少なくとも裏切られた感がある。

もちろん、こじろうのとき読解部分がとっても白かった(というか寒かった…)ということを考えれば、そこだけでも別天地といえる。「公文をやっていたから読解では困らないよ」とは、はなひめ談。もっとも、こじろうに公文をやらせれば読解で困らなかったという保証はない(たぶん違う)し、はなひめが公文をやってなかったら読解でひどく困ったという保証もない(これまたたぶん違う)。

というわけで公文国語が役に立つのかどうか結局私にはわからない。勉強方法については実験というのは難しい。無作為抽出検査でもやらんことには…(^^;;

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by an-dan-te | 2010-10-30 10:49 | 中学受験 | Comments(2)

そして公文算数をやめた理由   

ってか、「お金」と「時間」を考えたら、我が家じゃなくても、塾に入ったらたいがい公文は止めるよね?? だから理由もへったくれもないんだけど…

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公文は一教科6300円。算国やったら12600円。塾に行くよりは安いかもしれないけど、塾代にプラスしたい金額ではない。

そして、公文というと、一日ちょっとの時間で~みたいなイメージがあるが、けっこうかかる時間もばかにならない。プリントの枚数にもよるけど、E教材F教材(小学校高学年相当)くらいになってくると、スタンダードに五枚やって20~30分くらいかな?? それと、週二回の教室に行く往復やらなんやらを考えると、塾との両立はけっこうたいへん。

でまぁ、そういうことのほかに、公文で中学受験に必要な計算力を身につけることは難しいから、ほかのもっと効率よいやり方をとったほうがよい、と私は思っている。

(1) 公文で扱う計算のバラエティーは狭い。中学受験でいう「計算」はもっと広い。
(2) 公文では計算ミスがなくならない。中学受験ではもっと高い精度が必要。
(3) 公文では操作だけスムーズになって理解が不十分なまま流れる危険がある。

ということで、特別才能がある子とかの話は別として、ふつうの子に漠然と公文をやらせても中学受験には間に合わない。もし、受験しないで公立中に行くなら、このまま公文を続けさせて英数の先取りさせたいなとは思っていた。それはそれで悪くないコースだけど。

(2) はちょっと説明が必要かも…

間違えたり、できても遅かったりした問題を繰り返す必要があることは言うまでもないことで、公文は当然その部分もウリにしてるんだけど、繰り返し方は甘くて荒い。

指導者によってもたぶん違うけど、うちの子が通っているところ(近所)でいえば合格(先へ進む)基準はずいぶんゆるいし、繰り返すにしても五枚セット。もうちょっとピンポイントでやればすむところ、あるいは逆に類題も入れて広げたいところ、そういうところがあってもそんな対応はできないからね。

そして、間違えた部分の直し方。公文のプリントはスペースが限られているから、消しゴムで消しちゃって直すのが基本。もちろん、消す前に何がいけなかったのか考えるように「指導」されているのかもしれないけど、よっぽど自覚的というか問題意識を持ってる子じゃなきゃまず消しちゃってエイヤと直してるもんだ。そして、うちの子に限ってそんな自覚的なお子様なはずはない(^^;;

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by an-dan-te | 2010-10-07 21:14 | 中学受験 | Comments(6)

入塾前に公文算数   

こじろうは、ほとんどまっさらの状態で新五年の日能研につっこんだからなぁ…

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かなづちなのに、いきなり深いプールへ叩き込んだみたいなもんだろうか(^^;;
最初は、アップアップで大変だった。

はなひめは、もうちょっと準備体操くらいはさせてから入れようと思っていた。その候補として考えていたのが「公文」。それでも、特に先取りをさせてどうこうと思っていたのではないから、小学校入りたてにいきなりつっこんだりはしないで、そのまま様子見してたんだけど、はなひめと数の馴染みが相当悪いみたいだったので、当初考えていたよりはだいぶ早めに入れることにした。

話はすごくさかのぼるけれど、幼児期のいつ、「曜日演算」ができるようになったかなんてことを比べれば、我が家の三きょうだいの中で一番早かったのははなひめ。つまり、「あさってはなんようび??」なんてことをさっと言えるってことだけど、はなひめは三歳くらいのときにはそのへん相当しっかりしたもんだった。

だから、少なくとも、脳みその中の基本的演繹エンジンみたいなのはわりと性能のいいやつが搭載されてるのかと思った。それがどうも、またろうが数学向き、こじろうが算数向きだったのに比べて、明らかにはなひめは数とオトモダチになりにくい体質のようだった…というのは、小学校に入って早々に、10までの足し算引き算がどうもあんまりてきぱきいかないこと(-_-;; などから否応なしに気づかされてきたんだけど。

このまんまじゃ中学受験どころじゃない、ってことで、公文に入れる決断をしたのが小二のとき。それから、公文の教材のあっちこっちで停滞しながら、なんとかかんとかE教材(小五相当)の途中くらいまできた。

公文の教材とか、教室のあり方とか、いろいろ不満はあるけれど、とにかくまたろうとこじろうのダブル受験で忙しかった小二のころ、それがすんで一年くらいは休ませて~の小三のころ、手放し運転でなにがしかプラスのことをしてくれるシステムはほんとにありがたかった。

はなひめが小四になり近所の塾に入ったとき、(あくまでその塾では、ということだけど)算数は得意という扱いにいつの間にかなっていたのは公文のおかげ(^-^)

それじゃなぜ、今度は公文をやめることにしたのかという話を次に。

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by an-dan-te | 2010-10-06 22:12 | 中学受験 | Comments(0)

公文、二とおりのJ教材!?   

公文の数学で、私はそろそろまたろうを抜きにかかっているところだ。

先日、「ちっとも先取りでない公文」に書いたように、またろうはJ教材後半の、未習部分にきてぐだぐだになり、一日二枚ペース (家では。教室に行ったときは五枚) に落としてしまった。私のほうは、ひたすら一日五枚を消化しているのだから追い越すのは当然なのだが…

それにしても、母が公文を始めた当初こそ、またろうは母と自分の距離感について思いを致していたようだけれども、今は慣れっこになったのかすっかり気にならなくなってしまって、抜かれないように五枚に戻すぞーなんて気概は、まったく、ない。

別にそのあたりを期待していたわけではないが、またろうがヨレヨレになってしまったあたりで、公文教材の「スモールステップ」とやらがどういう具合になっているのか、私なりに体感できるかなと思って楽しみにしていた。

しかし、ある日ふと気づくと、もうJ教材が終わりそうなのに、CもPも(つまり二項定理のあたり)出てこないじゃないか!! 整式の割り算とか剰余の定理とかがひたすら出ているが、またろうがつまづきそうなものはさっぱり出てこない。これはいったい??

そこでようやく、またろうの使用済み教材を引っ張り出させて、同じ番号の教材を比べてみると、

[またろうのJ 181] 二項定理 「次の式を展開せよ。」 (a + b)n など
[私のJ 181] 恒等式・等式の証明 「次の等式が、どんなxの値を代入しても、常に成り立つようにa,b,cの値を定めよ。」 (ax+2b)(x-a)=2x2-x-1 など

…まったく別の教材やーん(o_o;;

なんで?? 公文の教材って全国共通、「今 J の 181やってるのよ」といえば通じるもんじゃないんだ??

目を疑ったが、さらに落ち着いてよーく見ると、copyrightの年が違う。またろうは1996と書いてあり、私のは2002とある。つまりこれはバージョンの違いなのかな。それにしてもまったく内容が違うけど。

教材の一覧表を見ると、J教材には二項定理の影も形もなく、その内容はMMあたりに載っているようである。つまり、またろうのやった教材は骨董品。そういや紙も微妙に黄ばんでいる。

そうだったのかー!! じゃ、「J教材の壁」とかいって悩んでたのは何だったんだ?? 新バージョン (新といっても2002だが) のほうだったら二枚に減らす必要なんかなかったんじゃないのか??

またろうは、私の教材を見ながら、「そういえばこの教材もやったよ。なんかJ教材長いなー、と思ってた」だって。気づけよ!!

というわけで、私が事態に気づいたころには、またろうはようやく長かったJ教材も終わり、K教材に突入していた。K教材の最初なんて簡単でさくさくじゃん!! 五枚に戻せば?? …「いや、二枚のままがいい(^-^)」。すっかりまったりペースが板についてしまったまたろうである。どうしてくれよう(-_-#

f0185839_733393.jpg今日の弁当:
生協の冷凍品、「親子そぼろ」を使ったので簡単、きれい。
あとはしゅうまいをメインに、プチトマト、枝豆、大根きんぴら、卯の花。

f0185839_737104.jpgまたろうの
いたずら描き(^^;;→

by an-dan-te | 2009-07-01 07:27 | 高専生活 | Comments(5)

ちっとも先取りでない公文   

「先取り」で有名な公文ですが、我が家で先取りでびゅばーす、といってる人はいません。

またろうは、高校受験一年前になって公文を始めて、今までぐらぐらだった計算力を強化。一気に得点力を上げましたがこれはかなり「後取り」。

こじろうは、中学受験が済んで公文を開始したので、今ジャスト学年相当。

はなひめだけ、わずかに先取り(D教材-四年生相当)だが停滞中。

私は、四十の手習い公文式で、これはなんといったらいいんでしょう、「超後取り」。

でも、「後取り」というのは、めちゃくちゃ効率がいいんです。理解先行型でコツコツ演習を回避するタイプの子に、毎日決まった枚数のプリントをこなすというわかりやすいパッケージを与え、鉛筆をすらすら動かして一気に足元を固める。

いったん習ったことがあるところを公文プリントでなぞっていくと、いろんな部分が「すとん」と納得できて、生き生き動き出すようになるんですね。と、今感じております。日々。

この公文式「後取り」の効果には疑問を差し挟む余地がまったくないほどです。しかし、またろうがここんとこ、学校で習ったことのないゾーンに突入してきて、「後取り」でなくなってきました。そうすると勢いがなくなってきて、モチベーションもダウン。「後取り」の勢いを見たことのある母としては、わざわざ先取りなんてしなくていいんじゃ?? という疑問も沸いてくるというもの。

そこで、インターエデュの公文式スレで相談してみました。「それで、『先取り』すると何かいいことあるの??

===インターエデュ 「【大学受験目標】公文式有効利用法の探求」スレ 私の書き込み 2009 6/9
つまり、長男は、高校受験の際に一年ほど「後取り」で公文の計算練習をすることがものすごく効いて、大まかにいって数学の偏差値(市進テストで)が20上がりました。塾なり学校なりの「習う」が先行して、「慣れる」が後から追いかける学習は、非常に効率的だったという実感があります。

受験が済むころにちょうどJ教材に入ったのですが、それの後ろのほうでは習ってないところが出てきて、「6C2」とか「!」とかいったい何これ?? ということになりました。もちろん各記号の「操作方法」は教材にちゃんと書いてあるんですけどね。

本人的には、わけわからん、つまらんという感じで、だらだらモードに入ってしまいました。もちろん、何らかの工夫をするか、あるいは本人がんばるとかして、先へ進めてもいいんですけど、「後取り」に比べたら時間がかかるしもったいないというか(もったいないっていっちゃいました。だって本人がつまんなそうだから)。

夫に「先取りする意味ってなんだろう?」とふってみましたら、「走るのが好きになった子に、マラソンコースを用意してやるってことだよ。それ以上の意味はない」という答えが返ってきました。「またろう(長男)は、わからないまま操作になれるという練習が嫌いな子なんだから、親が『これはこういうふうに使って、こう役立つものなんだよ』って教えてやったら、楽しくもう少し先まで進められるかも」

…ちょっと待て。その「親」ってどっち?? 私はぜんぜんやりたくないけど、やってくれるの?? ってのは置いといて。

私はむしろ、先取りは放棄して、つい先日の定期テストで凡ミス連発していたsin cosのところを演習させてもらったらいいんじゃないの? と思いました。つまり、教材の順序を変えることによって、まだしばらく「後取り」を続けるという考え方です (高専なので、高校とちょっと出てくる順序が違う)。

でも公文の教材表をみたら、三角関数は、はるかMM教材で出てくるようで、そんなとこまで飛ばして支障がないのかどうか、教材を見てないのでなんともいえませんが…
===

このスレは、なんだかしらないけどものすごい勢いで流れていて、公文式についてやたら詳しい人たちがあっという間に具体的なアドバイスをつけてくださいます。

・K, L 飛ばして MM教材の三角関数を練習することは可能
・学校の授業が「ちょうどの学習」になっているなら、「先取り」をしなくても困らない
・説明がほしいときはチャート式などを併用しても
・高専卒業後、就職するなら、復習重視でいけばよさそう。大学編入を考えるなら先取りもお奨め。編入試験の過去問は早めに入手して傾向を確認するとよい。
・負担にならない程度先取りして、学校で自信と余裕を持って授業に取り組めたら、いろんな部分がうまくまわることも。

私もたいがい、公文式について言いたいことがたくさんあるほうだと思っていましたが、ここの人たちの足元にも及びません。あと、「先取り」もそりゃ半端じゃなくて、中学生のうちに数学最終教材を終わらせておくかどうかとか、そんなレベルです。ま、うちには一生関係ないけど。

今、公文スレが熱い!!

この勢いで、停滞中のはなひめをどうするかも相談しちゃおかな。


f0185839_726103.jpg今日の弁当:
ピーマンじゃこ、こんにゃくきんぴら、プチトマト、厚焼き卵、枝豆、れんこんコロッケ
ごはん、たらこふりかけ、いか天ぷら

by an-dan-te | 2009-06-12 07:24 | 高専生活 | Comments(12)

公文の落とし穴   

公文で、計算が速くならないという子はあんまりいないと思うが、正確にならない子はけっこういる。

というか、公文で先に進むために求められる正確性と、中学受験で求められる正確性が違う、という言い方もできる。もっとも、やや荒い計算をする癖がついてしまったとしても、小学校のうちに中学レベルまで進んでおいて(見通しておいて)中学に進み、中学での数学を余裕をもってこなし、高校受験に臨む…という方針であればあまり困らない、と思う。

ここでは、中学受験塾に入る前に、基本的な計算の速さと正確さは身につけておきたいという目的で公文を利用する場合を考える。

こじろうは、何も準備なく塾に入ってしまい、そのあたりを身につけるのは終盤(六年秋以降)までもつれこんだ。それでもなんとか間に合って、ぎりぎり最後のころは、仮にこじろうが偏差値最高峰の学校を目指していたとしても(^^;; 計算力では困らないところまでつけていた。

計算練習の心得は
(1) 途中式を書く。間違いにくく、見直しをしやすい途中式が書ければばっちり。
(2) 時間を計る。常に時間を意識。
(3) 消さない。×だったときは、消さずに直す。どう間違えたのか振り返る。
(4) 間違った問題は、時間をおいて再チャレンジ。
(5) 間違いを減らしたいという、強いモチベーションを持つこと。
だと私は思っていて、こじろうの計算練習はなるべくそのように実践したし、巷の「心得」もだいたいあんまり違わない。

一方、うちの子どもや、公文教室で机を並べているほかの子どもたちが公文をやる場面というのを考えると、
(2) はばっちり。
(4) はまぁだいたい (間違った問題だけをやるわけではないが)。
(1) は微妙。
(3) はぜんぜんダメ。
(5) はどうなんだろう…

まず、だーーっと計算していって、丸付けの先生にぱっと出し、○×付いたのを見て、あー間違っちゃった…と、素早く消してしまい、まったくなかったことのように、もう一度計算している子が多い。そもそも、どこが間違っていそうかを自分で考えるより先に、とりあえず先生に丸付けしてもらえばいいや、という雰囲気になりやすい。

急いで言い添えておくと、間違いの数を表にまとめさせることは公文でもやっているので、それを見て(5)を常に持てる子というのは、なんだかんだいっても前に進んでいくと思う。でもまぁ、そういうことがない、常にぼーっとした子、欲のない子というのもいるわけで…誰とは言わないけど。

だから、前回の「計算ミス対策: 公文の効果は??」で書いた中で、「数とお友だちになる」はたいていの子がばっちりになるけど、「鉛筆で書く動作がすらすらになる」は、確かにすらすら書いてるけど自分で読み間違えるほどきたないまま、という子もいるし、「目配りのリズムができる」まで追究できる子はごく一部、というと言い過ぎかもしれないけど、そのような変化はごくゆっくりと、しかも不十分にしか起こらないことが多い。

なにしろ私は、いまさら公文をするに至った興味というのが強くあって、間違いの起こる仕組みを知りたい、それを防ぐ方法を知りたい、それをあわよくば本業(翻訳品質管理)でも役立てたいなどという妙なモチベーションを持っているわけだが、ふつう子どもはそのようなことがないので、振り返りというものを自ら進んでしたいとは思わないだろう。

そして公文も、消しゴムを使って直してしまうことを前提にしてしまっている。先生に丸付けをしてもらう前に、怪しいのはどこなのかを自分で察知しようとする空気はない。そのまま中学受験にもつれ込んでしまうと痛い目にあう。

公文の教材の組み立て自体は、(たまに言いたいことがあったりはするが)ほんとうによくできていると思うのだ。でも、前述のような心得をおろそかにしてE(小五)やF(小六)まで進んでしまってから、いきなり「丁寧に計算し」「振り返る」スタイルに軌道修正しようとしても、それを素直に受け入れるのは難しい。

低学年の四則計算をやるときには、「数とお友だちになる」だけでも十分意味があるとは思う。あまりうるさいことはいわないで、先に進んでいくのが楽しい(^-^)という雰囲気でよい。そこから徐々に、字を丁寧に書くこと→途中を書くこと→消さないで直すこと→振り返りをすること→自分の間違いの癖を知ること…と導いていけたらすばらしい。しかし、そのような指導は実際のところなされていないのであって、公文で保証されているのは教材のみ。指導ではない。

現在、はなひめには公文をやらせていて、やり方も教室にお任せ、家ではまったく見ていない。現在D教材。この先どう進めていくかは、けっこう悩ましいと思っている。

f0185839_8181171.jpg今日の弁当:
鶏ごぼうごはん、ゆで卵、プチトマト、スナップえんどう、昆布豆、ゆでキャベツ、プチ串カツ
* 生協の「鶏ごぼうごはんの素」を使っている。プチ串カツも当然できあい品。今日のテーマは「手抜き」。

by an-dan-te | 2009-04-15 08:14 | 中学受験 | Comments(15)

計算ミス対策: 公文の効果は??   

公文を始めて二ヶ月近くたった。ここらで現状のご報告。

H(中二レベル)から開始して、今、I(中三)の60あたり。

始めたころ、一枚に一個間違うほどのミスっぷりで、子どもたちにも「お母さん間違い過ぎ」と呆れられた(自分でも呆れた)私ではあったが、急速に慣れてきて、Hの終了テストでは、17分ノーミスクリアを達成。やっぱり毎日やると慣れるのも早い。。

「慣れ」の中身として感じることを、いくつかに分解してみる。
(1) 数とお友だちになる - 割り切れるかどうかとか、仲の良い数字(?)とかが理屈抜きでピンとくるようになる。
(2) 鉛筆で書く動作がすらすらになる - 普段あまり鉛筆で書くという動作をしないし、したとしてもそんなにすらすら動かす場面とは限らない。速く淀みなく書いて、しかも自分が書き間違い読み間違いしない書き方というのが身につく。
(3) 目配りのリズムができる - 鉛筆を止めるほどの「大見直し」ではなくて、止めない程度の、こことここかけたらいくつ、とか小刻みに目を走らせてチェックするリズムがわかる。自信を持って勢いよく進められるようになる。

その結果、当然、計算のスピードが速くなり、そうすると自然にミスが減る。
「ゆっくり」と「ていねいに」がセットと考えられることが多いと思うが、計算のような作業であれば、リズムがよくてある程度テンポも速いほうがうっかりしにくいようだ。

そのように、ある程度習熟したところで比べると、私にとって

4x+5y=13
3x+2y=8
* 一次連立方程式を解け

とか
6x2+31x+5
* 因数分解しなさい

のような問題は間違えにくく、

(x2+4x-5)(2x2-x+6)
* 展開しなさい

とか

2ax(-3xy)3
* 計算しなさい

のような問題は間違えやすい。

つまり、「答え合わせ」の方法が明確で簡便なものは間違えにくい。あと、正直に言うと、そういうものの方が解けたときの「快感」があるというか、要するに「楽しい」。展開とかの方は、答えを見ても、だからどうしたという感じで感動がない。ツマラナイと間違えやすい

それと、数やプラマイであまり間違えなくなったあとに、引き続き起こるミスが、「問題飛ばし(^^;;」「答えの書き忘れ」。それと、上記でいう間違えにくい問題なのに間違えているときで、ルーチンのはずのチェックが抜けるというプロセス上のミスがある。

これは、私が公文の宿題をやるときというのが、電車の中だったりする都合で、「あっ乗り換えだ」とか変なタイミングで中断するとよく起こる。家でやっていても、子どもになんか聞かれたりして中断することがあるが、そうやってリズムが乱れると、再開したときに前からうまくつながってなくて「抜け」が起こりやすい。

そういう外乱によるものでなくて、自ら「気が逸れた」ときも実は同じ。リズムが悪くなったところは間違いが起きやすいので、なんかキモチワルかったところ(しっくりしないところ、やりにくかったところ)というのは印をつけておいて、スムーズに頭の中が流れたところで戻ったりするといいようだ。

そんな具合に、引き続き間違いが起こりやすい状況というのもわかってくるので、ある程度対策も立てられる。

以上のように、毎日の練習で、計算は速く正確になってくるし、その変化はけっこう短期間で起こりうる、と思う。その一方で、やっぱり子どもに漫然と公文をやらせていたからといってそのような効果が上がるとは限らないとも思う。次回、その話を。

f0185839_7121630.jpg今日の弁当
ほかほか段: ごはん、青菜ふりかけ、鮭バーグ
ひえひえ段: こんにゃくきんぴら、昆布煮、芋コロ、厚焼き玉子、ごまピーマン
* プチトマト在庫切れ~

by an-dan-te | 2009-04-13 06:23 | 中学受験 | Comments(8)

中学受験と公文(算数)   

私の「四十の手習い公文式」はH教材(中二相当)前半終了というところです。

H教材前半はひたすら、連立一次方程式という感じ。最初にちょこっと、G教材までの復習が入っていて、私はそのあたりミスしまくりだったんですが、連立一次方程式のところにくると、答えの確かめが簡単ですから(もう一度式に入れてみればいい)、花丸(直しなし)が続くようになりました。

大人でも、花丸もらうとちょっとうれしかったりします(^-^)

スピードも、「数とお友だち」な感覚がちょっとだけ戻ってきて、だいぶ速くなりました。単調といえば単調ですし、四元一次なんてただひたすら面倒なんですが、がーーーっとカリカリ解いていくのがなんか毎日のお楽しみという感じです。

電車の中とか、昼休みとか、ちょっとした隙間時間に解くことが多いので、平日はあまり負担感がありません。休日は逆に隙間なくだらだらしているので(笑)、あらためて時間を取らなくてはいけませんが、日曜日、朝ごはんの後、食卓に四人並んで一斉に公文をカリカリカリ…とやるのはおもしろかった。よしぞうも「なんかちょっとうらやましいような(?)」と言ってました。

さて、中学受験をする場合、塾通いの前にまず公文をやっておくとどうなんだろう、という話は、我が家でははなひめが初体験となります。だから未体験ゾーンなんだけど。公文の先生は、I教材まで(中学終了)終わらせておくと楽よ、と薦めるようですね。ほんとだろうか??

H教材の100(前半終了)近くになると、文章題が出てきます。
「りんごはみかんより4個多く、りんごとみかんはあわせて32個あります。りんごとみかんはそれぞれ何個ありますか。」とか
「姉は1000円、弟は500円もっています。姉が弟にいくらわたすと2人のもっているお金は同じになります。」とか。
合わせて1500円なんだから、750円ずつで同じになるに決まってるじゃん!! と、なんだかこのつまらないシチュエーションの文章を読まされるのが微妙にイラッとするというか、私にとってはかえってただ単純な計算問題が続いているほうが快感なんですけどね。まぁ、おばさんがどう思うかなんてどうでもいいことですが。

この、xやyを使うと、文章題が脳みそいらずで(操作的に)解けるという公文体験は、中学受験の勉強の中でどう効いてくるでしょうか?

分数小数の計算が速く正確にできたら役に立つに決まってます。だからF教材(小6相当)までは間違いなくお得。塾で教わる算数の中で、確かに入り口のあたりではxを使えば簡単に解ける問題がかなりあると思うんですが、結局最終的に解く算数的難問は、方程式使ったからって歯がたたないように作ってあるんですよね。

算数のパズル的な解き方に、どんどん習熟していくしかないようになってるわけです。もちろん使える道具が多いのはいいことですが、最初のときうっかり算数的な解き方を軽視して進んでしまうことになると逆に足をひっぱるかも。

「だから子どもの性格によるんだよ。公文をI教材までやったほうがいいかどうかは」とよしぞう。

それをいったらおしまいっていうか、じゃあ、どういう子なら向いてるのさ??

「xを使わないと結局解けない子だったら、せめてxを使って解けるほうがいい」…おいおい。
「xを使うやり方は知っていてちゃんとできても、算数的な解き方も好きでそっちはそっちでどんどんうまくなる子だったらいい」…そりゃーそういう子ならなんでもいいんじゃないの??

「正負の数まではやってあるほうがいいと思う」とよしぞう。つまりG教材の前半くらい??
「こじろうの苦手な逆算ができるようにってことだと、結局方程式あったほうがいい??」と私。すると結局G教材の終わりまで? あるいはHの途中??

結論出ず。。(-_-;;

by an-dan-te | 2009-03-11 10:00 | 中学受験 | Comments(8)