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「使える英語」流行りの中で公文は   

自分の子どもが中学生になって(つまりまたろうが公立中に入学して)英語の教科書を見たらば、自分のときに比べて…

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難しくなってない??
と思いました。

昔の教科書が、「This is Japan.」「That is America.」とかで始まっていて、1ページにひとつずつ文型を説明していって、わりと厳密にその範囲で本文が書かれていたのに対して(だからえらく不自然なシチュエーションでつまらない内容になりますが)、

今の教科書は、もうちょっとナチュラルな流れを重視して、でもおそらくはその場で理解しきれないであろう(そしてそれでよしとする)英文も混ざってるって感じかな。

実際に英語を「使う」場面は当然、わからない部分というのが混じってきて、それを気にしすぎないという態度も大いに重要なので、これはこれで正しいのかなという気はするんですが…きっちり仕組みをまずは理解させよう(先生側)とかしたい(生徒側)とか、そういう気持ちが薄れている感じがしなくもない。

旧来の「使えない(といわれる)」英語の批判というか反動から、文法を気にするよりまずどんどん触れて慣れてみたいな流れがあるんですよね。いい面も悪い面もあるとは思いますが。

公文式英語教育の方法 子どもたちに英語の原書まで」では、文法についてこう書かれています:
「母語のように、しぜんに分の規則性を獲得していけばよいとは思いますが、一般にはごく限られた時間と空間のなかでしか触れることのできない外国語では、省略があったり、常套句の多い、いわゆる日常的で、しぜんな言語ばかりでは、かえって文の無秩序さを語りかけるだけに終わる可能性もあります」
「文は語とその並び方によって意味をなします。語彙力と文暴力が、外国語習得の基本要素であるに違いありません。文法偏重による弊害があるから、文法はすべて悪、と断罪するわけにはいきません。英語習得の道具として、また文理解の手助けとして、さらに自ら語を組み立てて、英語を話すためのルールとして、文法は生き続きるでしょう」

このような考え方に立ち、公文プリントで最初に出てくる文は
「The dog runs.」「I eat apples.」
のような定型文(文のかたちがばらばらな日常文ではなく)です。基本の「型」の英文をひとつずつ身に着けていき、だんだん長くなってきても、常にそこまでの学習内容で理解できるようにリライトされた文章を使っています。(原書で読むのはなんとM教材以降です)

そして常に「対訳」をつけることで理解を助けるわけです。

教材体系の考え方としては、もうほんとに理想的だと私は思うんですが…

それでいて我が家の息子たちにとってはほとんど何の意味もないものと化してしまうというorz
(前回記事:公文の英語について思うこと)

まさに、「馬を水場まで連れて行くことはできるが水を飲ませることはできない」でしたっけ、英語と日本語の対比に興味を示さない、英文を読みたくもない子に英語の勉強をさせるのは大変です。

こじろうの場合はむしろ一般的な塾で、テストとか点数とか偏差値とかあるのがよかったようです(中三時に行った市進)。学校の授業でやる「習うより慣れろ」英語はまったくこじろうには向かず、きっちり形で説明してくれた塾はよかった。加えて、点数とか偏差値とかが彼のモチベーションを支えるというわけです。やれやれ。語学ってそういうもんじゃないと思うんだけどねぇ。

またろう英語に何が効くかは今でもワカリマセンorz

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by an-dan-te | 2016-04-28 21:44 | 中学生活 | Comments(0)

公文の英語について思うこと   

英語という教科の扱いって、私が中学生高校生だったころと比べると、ずいぶん様変わりしてきたように思います。小学校から授業があるとか、「使える英語」とか…

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まぁ英語がわからないよりわかるほうがいいとは思うんですが、そんなに今の子たちのほうか英語が使えるようになってるかっていうと、別にそんなふうにも見えないんで(-_-;; いったいどこへ向かっていくのかなーと思っています。

ところで公文というとあまりそういった世の中の流行り廃りといったものとは関係なく、自分のポリシーを貫いているというか(よくいえば)、変わることはぶっちゃけ苦手だというか(悪くいえば)。

たまたま激安古本(50円)で「公文式英語教育の方法 子どもたちに英語の原書まで」という本を入手しましたので読んでみました。

我が家の子どもたちの中では、またろうとこじろうが公文英語経験者ですが、いずれもわりと短期でしたし、私も中をよく見てませんでしたので(^^;; 全体像というか趣旨というものはこの本を読んで初めて知りました。

こじろうが公文英語をやってたのは、中学受験が終わった六年生二月から、中学の部活が本格化する五月くらいまでです。短く切り上げるのは当初の予定どおりではありましたが(暇な期間を埋める趣旨もあった)、公文英語あまり効かないなと思ったのも事実です。

公文の教材やシステムが悪いということではなくて、こじろうの特性と公文が合わないんです。

導入のあたりはまだよくて、だからこの時期にやっておいたのは悪くなかったと思いますが、たとえばアルファベットを書きなれておくとか、綴りと音の関係が素直な単語からいくつか書き方を覚えておくとか。そういえば、英単語を覚えはじめのころに抵抗が一番小さかったのはこじろうです。またろうもはなひめも大騒ぎでしたから(…まぁ確かに英語の綴りと音の関連がデタラメすぎるんですがね)。

そのあたりが過ぎると、文→文章を読むようになっていきます。だいたい対訳がついています。自習が前提だから当然です。そして読み書きの練習や理解の確認のために問題がついています。

ここで公文プリントを「こなす」ということが何を指すのかが問題です。

こじろうは、とにかく丸を貰って用を済ますというか、その効率を最大化することを考えるタイプです。とても極端です。それは彼の良い面でもあり悪い面でもあるのですが…

公文英語プリントを最大効率で片づけようと思えば、まず英語本文は読まない(!) 日本語部分にナナメに目を通し、設問を見る。穴を埋めるのに必要な情報だけ、日本語からアタリをつけてさっと確認するんです。

早い早い!!

…いやそういうことをしても何にもならんのですよ。公文の英語は、本文を聞いたり(音声教材がちゃんとあります)音読練習をしたり、しっかり本文を味わうところがミソ。設問はオマケなくらいです。

で、公文英語を月謝分、きちんと生かしてもらうためにはこじろうの場合、ずっと横について監視しているしかなく、公文の意味ないわぁorzといったところです。もちろん私はそんなことする気分じゃありませんでしたし、公文教室は大規模なところで、本文がぜんぜん音読できてなくても空欄を埋めたプリントができてさえいればずんずん進ませてくれてしまい、まぁこれじゃしょうがないなと。

一方、またろうはというと、こじろうほど天才的に要領いいわけではないのですが、本文読みたくないことにかけちゃ同じなので、嫌々だらだらやってやっぱり最低限空欄を埋める感じで、これまたあまり意味がなく。というか母の見るところ、まじめにやろうにも難しすぎて実は手に負えないようだったのですが、なんかこのとき、高校受験目前だったこともあって、先生が学年相当まで進ませてなんとかカタチをつけようとしていたような…

いやそんなとこでつじつま合わせなくていいんですが…だってスタートが遅いのはこっちの都合で、別に先生のせいにしようってんじゃないですから、本人がすらすら読めてこれなら本文も読もうかなってあたりまで下げてくれて構わないんだけどね??

そのあたりがどうもうまく伝わらず、実力とプリントレベルが乖離しすぎたんでやめました。なんか公文ぽくない挫折(自分のちょうどをやるのが公文じゃない??)。

というわけで、どうもうまくいきませんでしたが、教材はなかなかよくできてると思ったんですよね。
ただし大前提が、ちゃんと興味を持って本文を読む練習をする子ってことで。

それで、その教材はどういうポリシーで作られているの? と思って前述の本を読みました(つづく)

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by an-dan-te | 2016-04-27 13:33 | 中学生活 | Comments(2)

中高六年間折り返し地点   

はなひめは高校生になりました。

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中高六年間の折り返し地点に来たことになりますね。
六年間といえば、保育園も六年間、小学校も六年間でしたが、主観的な長さがまったく異なります。

三年間があまりにあっという間だったので(o_o) 空恐ろしくなってるところです。
もう三年間経ったら、大学受験、そして高校卒業。。えぇぇーーーーorz

なんでそんなに早いの、というと、
親が心配しなきゃいけないようなことがあまりなく、目を離しているからその隙に成長してしまう(笑)
ということはまぁあるのですが、しかし本人的にも「あまりにもあっという間」だそうなので、

楽しい時間は早く過ぎるから

ってところですかね。

なんだかいつでも、興味をひかれるきっかけがあるらしく、
熱中したり、
調べたり、
まとめたり、
しているうちにあっという間に日にちが経っていってしまいます。

そして何に入れ込んでいても、浮いちゃうとかハブられちゃうとかいうことなく、まったりと生温かく(-_-) 見守られつつ友だちとも幅広く付き合っていくことができます。

ありのままの自分でいて心地よく過ごせる環境です。

はなひめは「中学生が人生で一番楽しい時期なのではないか」といっていましたが、
こじろうの意見によれば「そんなことはない」と。

こじろうも、毎日楽しそうであっという間の六年間だったみたいですが、でも今(大学生)のほうがもっと楽しいと言っています。

まぁそんなものかもしれませんね。親としては、多少とも関われるし何やってるかわかる中高六年間がなんか懐かしいというか楽しいというか、そういうイメージですが、大学生になるともっと自分の裁量が増えて、付き合いの幅も広がって、自分の人生という感じがするのかもしれません。

でもそこで信頼して(余計な心配をしないで)手を離すことができたのは、ほんとにこじろうの中高六年間の環境あってこそと感じています。

はなひめの学校で、こじろうのときと違うところは、そろそろ勉強もしっかりしたほうがいいのでは?? という雰囲気が、生徒にも親にも出てきたところです。

部活をやめてしまうとかの人はまだ少なそうですが、どれかの科目だけは塾に通う、という子もぱらぱら出てきてますし、やはり三年後の受験がちらちらと視界に入ってきたという感じでしょうか。

はなひめはまだまだ部活優先らしいです。親から見ると、もうちょっと英語や数学をやっておいたら?? と思わなくもないのですが、方面が「大学受験行き」でなくても(^^;; 充実した時を過ごしていることは間違いないですし、すぐ周りに必要な仕掛けはいろいろ揃っています。その中から本人がどこに進みたいかは明らかになってくるでしょう。必要なことが見えてくればそこからは強いかな? と勝手に思っています。

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by an-dan-te | 2016-04-19 22:50 | 中学受験 | Comments(8)

中学受験のスケジュール(アクセスラボ最新記事のお知らせ)   

入学式/始業式シーズンですね♪ それぞれの新しい学年の始まり、わくわくもありどきどきもあり。

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四月になりましたのでアクセスラボ最新記事のお知らせ
「中学受験のスケジュール」
です。

これはいつもの記事とちょっと違う感じになりました。なにしろ、これから中学受験を始める人、始めたばかりの人向けに「マップ」的なものを書いてほしいというリクエストだったので、

まぁここ読んでる方の大半にはもう用のない記事かと思いますが(^^;;

中学受験といっても、その進行は人それぞれですが、大雑把にいって大手塾の「ふつう」の進行を念頭に置きますと、やはりメインは五年生の「盛りだくさん学習内容」を地道に身に着けていくところじゃないかと思うんです。

すごい分量ですよね。それをカリキュラムとして組んで週割で消化していくと、あら不思議、ほんとにどうにかなっちゃうんだという、

そうやってきちんと学習サイクルが噛み合って回るように、

(なるべく)あらかじめ準備しておく四年生。

そして、応用と仕上げの六年生。

中学受験の「果実」は、なんといっても、この、勉強を積み重ねることそのものにあるわけですから。
学習できる内容も、
学習をする方法も、
その後の人生を支える大きな財産になります。

「偏差値」を気にするなということではないんですが、
むしろ大いに目安として役立てたらいいと思うんですが、
三年間ベタに振り回されていたら疲れます。

模試で出る偏差値というものは、
「きちんと学習サイクルが噛み合って回るように」がうまくいっているかどうかモニタリングするのに役立つひとつの値でもありますし、

そして本人のポテンシャル+学習の積み重ねの結果として、どのへんの学校なら無理なく狙えるかを判断するのに役立つ値でもあります。

というわけで五年生最後らへんの偏差値には注目!!

六年生の前半では応用・実践という感じなのでさらに偏差値の伸びがあれば尚可(というか超難関を受けるならぜひほしいところ)
ここでぐっと伸びる子は、「応用力のある子」というのが一般的な考え方だと思うけど、とどのつまりは基本を大事に積んできた子(どの分野も身に着いている)ですね。

六年生の半ばくらいには志望校も固まってきてあとは対策(過去問)の季節へGo

まぁ大雑把にはそんな感じでしょうか。
とても語り切れないよね1500字じゃ(笑)

けど詳しく書いたら「マップ」にならないからね。
詳細は各記事をご覧ください。→このブログのインデックス

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by an-dan-te | 2016-04-07 22:36 | 中学受験 | Comments(0)

「偏差値の生みの親」死去   

「偏差値の生みの親」として知られた教育評論家の桑田昭三さんが昨日亡くなったそうです。

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…というか、考案者がご存命だったことも今日初めて知りましたし、「偏差値」が日本独自システムであることも今初めて意識しました。(「標準偏差」とかはもちろん万国共通概念ですが、この応用、運用がということです)

桑田さんがご存命中のインタビュー記事があったので興味深く読みました。

これによると、「偏差値」というものを生み出したいと思ったシチュエーションは、生徒をその志望校に向かわせるか向かわせないか(志望校変更)という、のっぴきならない進路指導現場でした。

桑田さん(当時、東京都の教員になって二年目)はある生徒を「いける」とふんで元気づけて送り出してしまったんですけど、進学係の先生(ベテラン)は志望校変更の判断だったんですよね。結果、その生徒は不合格になってしまい、

「その時の、生徒に対する贖罪の思いと、教師としての自分の不甲斐無さが、この偏差値を生むきっかけになり原動力になったとも言えます。」

とのことで、真面目な先生ですね。

当時の進路指導は、校内テストの点数、順位と志望校一覧を元にgo/non-goの判断をするものだったようですが、この成績、この順位なら行けるのかどうかってときに、頼りになるのは「長年のカン(?)」だったようで…

そこで、桑田さんは、「生徒の学力分布を正規分布とみなす」アイディアから偏差値の考案に至ったのですけど。

でも、順位で表示するのと、偏差値で表示するのと、この場合の違いはどこでしょうか?

いずれにせよ、この集団の中での相対的な位置(ある一回のペーパーテストの)を元に指標化しているには違いないので、本質的にはそんなに違いないような気もするんですが。

いちおう、違うと思うところは、
・学年の人数が年度によって違ったりするなら、偏差値に揃えておいたほうが見やすい。
・200人いるとして、1番と20番はけっこう実力差ありそうだけど、100番と120番はたいして違わないような気がする。そのへん、偏差値のほうが「実力」に即した数値に見える。

要するに、母数によらず揃えた指標となり見やすいこと、真ん中が団子になってるあたりは違いを圧縮して示せること、ふたつ合わせて「相対的なポジションを感覚に合う形で表示する」効果があると思います。

本質的な違いはなくとも見やすい数値。そのほうが、「長年のカン」だって働きやすいというものです。この時点では、ある学校の進路指導で順位の代わりに偏差値を使ったからといって、受験先の高校の偏差値一覧がない限りは結局のところ判定はカン頼りになるわけですけど…

だから、ここまでだったら、偏差値という概念導入は、「功罪」の功も罪もたいして大きくないといえるでしょう。

しかし、偏差値というのが見やすい、扱いやすいという性質を持っているため、拡大路線と相性が良かったのですよね。

・何度もテストをやった結果を平均する(ならす)
・校内テストではなく、数千人規模の業者テストをやった結果を使う
・学校の難易度を偏差値を用いた一覧にする

ここまで来ると世界が変わってきます。そこまでは桑田さんの意図したことではないと思いますが。

桑田さんは研究を重ねるうちに
「学力テストによって測り得る生徒の学力的相対位置は、人間がいかに手を尽くしてもその時々、かつ各人各様に揺れ動くものである」ということを実感し、
「試験は一種の測定ですから、測定値には誤差は付きものだからです。学力テストのような間接的な測定では尚更のことです。」といっています。

元々の意図は、ある生徒がある学校を受けに行くべきか否か、「科学的に」判定したいというものであったのですが、結局それはあるブレを持ってしかわからないことだった(当たり前ですが)。

「高校入試関連のテストに限って言えば、偏差値で±3ぐらいの範囲で成績が変動する確率が60%前後でした。厳密には揺れ幅は各人各様です。私でも本番のテストで取る成績の範囲と確率は予言できますが、試験当日、実際に取れる成績は、どう知恵を絞っても予測することが出来ませんでした。つまり、本番の試験は、平均的学力より高い側の成績が出るのか、それとも低い側の成績が出るのか、神様だけしか知らないということです。したがって、この闇の部分を私は『テストの神様の裁量分』と呼ぶことにしています。」

偏差値という扱いやすい概念を導入したことで、「テストの神様の裁量分」の大きさをあぶりだすことができたのです。「データの日能研」もここに依って立っているわけですね。

インタビュー記事を読んで、すごい人だな(しかも謙虚)と思いました。
ご冥福をお祈りします。

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by an-dan-te | 2016-04-01 13:04 | 中学受験 | Comments(0)