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教育虐待に陥らないためにこれだけは   

私が「追いつめる親」を読んでちょっとびっくりしたことのひとつは、(エピソードの中で)親の暴力がけっこう多かったこと。

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毎日のように殴るとか、熱いお茶をかけるとか(!)…

お茶かけると後始末がめんどくさくない?? ということはさておき、なんというか、私だって子どもたちの受験の世話をしていて感情的になったことがないなんて主張をするつもりはまったくないけれど、どんなに感情的になったときでも、殴ったりするという発想はなかった。

だって、たかが勉強でしょ?? 殴るようなことじゃないし…

教育熱心と教育虐待の境目は、自分では判断つけにくいってこともあるかもしれないけれど、少なくとも暴力が出てきたら行きすぎ。いくら勉強しなくても、点数が悪くても、命に係わるようなことじゃないし、人間として許されないってことでもないんだからね。

だから、その線はとにかくアウトっていうことでいいと思うんです。しかしもちろん、空気や言葉で真綿のように首を絞めることはできるので、暴力がなきゃOKというのはいえませんね。

(1) 子ども自身のために

この本の副題に
「あなたのため」は呪いの言葉
ってあるけど、「あなたのため」という言葉で親の勝手な願望をくくるから呪いになっちゃうわけで、
真に「あなたのため」を貫くべし、というのがものすごく重要なところだと思います。

子どもがどういう時期にどういう勉強をして、どういう学校へ行って…人生の幸せをつかむのかっていうこと。

理想像はいつでも、子ども自身から見えてくるはず。「○○家の人間だから」とか「私の子だからこれくらいは」というのではなくて、子どもの現状があって、そこを出発点に、これを足してみたらどうか、この学校に入れたら似合うか? ということを考える。

子どもの口から出た「こうしたい」にいつも従わなきゃいけないという意味ではなくて、
子ども自身が成長したあとの将来の視点まで含めて考えて、
真の「本人の意思」に寄り添うように。

ま、実際のところ難しくはあるんだけど。

(2) 将来のために今を犠牲にしすぎない

実務上、行きすぎを防ぐ便利な心得としては、
「将来のために今を犠牲にしすぎない」
というのがあると思います。合格したあとのバラ色の生活のためには、今の生活のすべてを犠牲にしてでも云々というの、それ、なんだかうさんくさいです。

享楽的にだらだらと日々を過ごせというんじゃないですけど、
将来のための積み重ねであっても、今もちゃんと喜びを持ってできるくらいの範囲にしておく。
そうすればそんなに巨大な勘違いにはなりません。

そして、

(3) 親は親自身の人生を生きる

要するに、親自身のやりたいこと…まぁ自己実現といってもいいですけど、そういうものが子どもとは違うところにちゃんとあるってこと。

過去にひどい虐待をしてきた親の中には、子どもに託す自己実現以外の道を断たれたという状況に追い込まれた人も多かったと思います。特に、私の親あたりの世代というのは、特に比較検討するわけでもなく、自分に向いているからでもないのに、自動的に「昭和の企業戦士を支える専業主婦」になってしまったので、子育て以外にクリエイティビティを発揮し自尊心の元となるようなものがなく、しかもそのようなことでどんな心の闇が生まれやすくなるかについて無自覚であることが多かったのではないでしょうか。

しかし私の母は専業主婦だったわけではなく、むしろかなり稼いでいた(昔のピアノ教室は営業力が特になくても生徒がたくさん集まったんです)のですが、仕事にも家事にもアイデンティティを感じることはなく、いっちゃなんだけど「私一筋」だったようです。重いです。

だから仕事をするしないの問題に限ったことではないのですが、ともかく、子どもがどうであるってことが親の勲章として必要だという状況にならないように。


…と、これまで子育てをする中では(1)~(3)のようなことを考えていたと思います。そんなにはっきり分けて考えていたわけではないですが。

「追いつめる親」の巻末には、「親として、教育虐待をしないための心得12」というのがまとめられています。おおたさんの記述は、基本線において私が考えていたことと同じ方向だと思いますが、ずいぶん切り口が違います。「6. 「なぜ勉強しなくちゃいけないの?」を考える」とか「12. 「子どもは社会の宝」の二つの意味を思い出す」などは、なるほどそこから来たかと思いました。

12. はこれだけじゃ何のことかわかりませんが、つまり子どもは社会全体で守り育てていくものであるということ(これが一般的な意味)、それともうひとつ、子どもは決して親の私物ではなく、そのうち社会に「お戻し」しなきゃいけないということです。

子どもに親の人生を生きてもらうことはできない。子どもと親は別の人間である。結局のところ、それが問題の根っこですね。

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by an-dan-te | 2015-07-30 13:08 | 中学受験 | Comments(10)

教育熱心と教育虐待の境界   

子どもの中学受験の面倒を見ていると、これは「教育虐待」に地続きの世界だなという感じることがある。

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親が「子どものため」に世話をするのはごく当たり前のことで、たとえば食事をちゃんと作ることだって変わりはないわけだが、そこにはやはり何らかのニュアンスの違いがあると思う。

ごはんの支度をするというのは親なら誰でもすることで、
中学受験はしないほうが多数派だというのがひとつ。

おいしいごはんというのは何か目に見える成果を求めている行為ではないけれど、
中学受験というのは成果を出そうとしているというのがもうひとつ。

そして「成績」「偏差値」「学校ランキング(!?)」みたいなわかりやすく物差しがあるフィールドっていうところが決め手かなぁ??

世の中にはたいへん気の利いたお子さんもいて、親は塾の月謝を払いさえすればあとは自主的に着々と学習を進めてくれるということもあるだろうけれど、大方の子どもは、ほどほどのやる気とほどほどの段取り能力しか持っていないわけで、そこはさすがに亀の甲より年の劫、親が何らかの介入をしたほうがうまくやれるってことは多い。

親が手をかける→ちょっとうまくいく
もっと手をかける→もっとうまくいく

というあたりまではしばしば実現してしまう。しかし、親が完璧サポートしたら子どもが最難関に行けるように思うのはたいていの場合錯覚なんだけどね。子どものポテンシャルでだいたいのラインは定まっているもので、親ができるのなんてせいぜい目に見える障害を取り除いて本来のポテンシャルを発揮させることくらいなのだ。

親がどのくらい「錯覚」したままのっぴきならないところまで突っ走れてしまうかは子どもの素質による。いっそ子どもがぜんぜん箸にも棒にもかからないくらいだと(^^;; 教育虐待の重症化も起こりにくいんだけど、期待が膨らんだあとに軋みが出てくるとね。

私は自分が「教育虐待」をされたのではないと書いたけれど、自分が子どもにそういうことをする危険は大いにあると感じていたので、極力その道に踏み込まないように気をつけようと思った。

子どもを三人産んだのも、自分が一人っ子で逃げ場がなかった体験から来た部分がある。実際、一人の子どもに集中できないので、他の子のあれこれに気が逸れてるうちに「まぁいいや」という気分になりやすく、一定の予防効果はあったように思う。けどどうもいろんな事例を見ると、子どもが複数いるからって安全じゃないらしい。ある子だけに過剰な期待をかけ、別の子はわりと放置なんてこともあるみたいですね。

あと、親が子どものこと以外に関心を持ってない状況はたいへん危険なので、仕事とか趣味とか、とにかく自分が人生でどれだけ「やれてる(?)」かという感触は子どもの出来不出来とは別のところに存在する、というふうにしておこうとした。

たぶん、この二点目というのはむちゃくちゃ本質的なことで、要するに子どもがわが人生じゃないってこと…実際、子どもたちの受験を三回経験して思ったのが、私はいわゆる「教育虐待」の典型例にはハマりにくいということだ。それの主な理由は、なんというか「上」を目指してないってことで、私はある意味かなり熱心だったとは思うんだけど、少しでも「上」の偏差値をとってほしいとか「上」の学校に行ってほしいという気持ちがなく、本人にとって「ちょうどよく」居心地のいい学校へ、できれば受験勉強についても「やりきった」感触を持って入学してほしいと思っていた。つまり、子どもの幸せ追求ということでは贅沢でこだわりを持っていたけれど、「一番」とか「最難関」ということには価値を置いていなかった。

「追いつめる親」を読んで思ったのは、確かに私が「上」志向じゃなかったことは、ひとつの好条件ではあったかもしれないけれど、それで安全ともいえなかったということだ。

本の中では「子供を追い詰める「約束」」「理性の皮を被った勘定」という項目に書かれていることが大きなポイントなんだけど、要するに

・現状の問題点について「話し合う」
・「約束」をさせる。生活の条件とか、勉強の仕方とか。
・子どもが「約束」を破る
・叱る(子どもが約束を破ったから、叱らなくてはいけないという理性の形をとって)

という一連の流れ。これはまさに「教育熱心」と「教育虐待」が地続きのところなのであって、カタチだけでいえばその両者は共通している。私は上昇志向ではなかったかもしれないけれど、「きちんと」勉強をするということを体験させたいとは思っていたわけで、それはいつでも「あっち側」に転がる可能性を孕んでいた。

「こっち側」と「あっち側」の分水嶺はどこにあるのか…(まだつづく)

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by an-dan-te | 2015-07-26 11:13 | 中学受験 | Comments(6)

「あなたのため」は呪いの言葉!?   

ネグレクトの挙句、子どもを餓死させてしまうような親は論外だけど、「あなたのためよ」といいつつ親の価値観でがんじがらめにしていくのもそれはそれで怖い。肉体は死ななくても魂の殺人である場合も。

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おおたとしまささんが書いた「追いつめる親」という本は、今までの名門校アゲ路線から考えるとずいぶん毛色が違う。えー、おおたさんってそっち側(光と影の、影のほう)にも詳しいの?? とか失礼なことを考えながらページを開いたが…

最初に出てきた事例を読んでさっそく「ぐ」と詰まる。
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千佳さんが高校生になると、さすがに勉強のことをとやかく言うことはできなくなる。しかし母親はさらに干渉を強めた。理由が何かは忘れたが、とにかく毎日約3時間は怒鳴られた。精神的な成長に伴って親を必要としなくなっていく千佳さんを、なんとか自分の管理下にとどめたいという気持ちだったのだろう。ただし、本人の意志でそうしているのではない。無意識でそうしてしまうのだ。
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これ、まったく私と私の母の状況と同じ。何か些細なきっかけでお説教が始まり罵倒となり、最低2時間はかかるコース。双方泣きわめき、母が「あんたは冷たい子だ。将来かならず私を捨てるだろう」というフレーズで〆になるのがお決まり。

きっかけはやはり些細なことすぎて忘れたが、なにしろ私は品行方正(笑)とはいわないまでも、親にそんなに怒られるようなことは何もしていない。繁華街で遊ぶでもなく酒もたばこもやらないし、家と学校と本屋を往復しているだけの地味な子だったものね。子を持って知る親の恩、という言葉があるけど私の場合は、子を持って改めて思ったのが「怒られるようなことは何もしてなかったぞ」ということである。

とにかく母としては、私が母の価値観からはみ出していくこととか、母より友だちに打ち明けるようになったこととか、そういうのがたまらなく嫌だったんだろうと思う。「嫌」というと柔らかすぎる言葉で、むしろ世界が崩れ落ちるような痛みだったのかもしれない。

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父親は見てみぬふりだった。千佳さんが助けを求めると、「ごめんな。大人になるまで我慢してくれ。大人になったらお母さんの気持ちもわかるよ」と言われた。両親の仲は、悪くはなかった。
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ここもそっくり。私は大学生になったころ、うちの状況は異常だという確信を持つようになり、大学の公衆電話から会社にいる父に電話をかけて助けを求めたが、父は「二人で話し合って解決してくれ」と言うだけで何も助けてくれなかった。父は母にも私にも十分な愛情を持っていたとは思うが、その二人の関係がこじれて虐待に発展していても、そこに分け入ってくる勇気はなく、見れども見えずを貫いていた。

そんな具合で、この本はなかなか心穏やかでは読めなかったのだが、読み終わって思ったのは、私が受けたのはこの本で取り上げられているような「教育虐待」ではないということ。親の価値観の押しつけという面では同じなんだけれども、やはり何か歪みの性質が違うような気がする。

母は、私が「世間的に恥ずかしくない」学歴を身に着け、そして24歳くらいまでに(笑)嫁き遅れず結婚することを望んでいたが、なにしろピアノ科出身でもあるし、いわゆる難関大のランキングというものはあまり知らず、関心がなかった。母にとっちゃ東大早大慶大上智ICUその他、じっぱひとからげでノープロブレムというくくりであったと思われる。だからたとえば、私の駿台での成績が多少上がろうが下がろうが、そのことについては別に何も言われたことはない。

母は、私が母と違う好みや考え方を持った人間であるとか、成長して母から離れていくとか、そのこと自体が許せなかったので、もちろんそれじゃ私にはどうしようもないわけだけれども、逆にいうと、私は何か努力をして母の意向に沿うようにするという道が断たれているので、母の価値観に沿って長年がんばってしまうというようなことはできなかった。

そのことは幸いなことだった…!?

教育虐待の場合は、「あなたのため」といって勉強をさせる、重圧をかける、仮に同じ程度のことをしても、それでやれてしまって大学まで行けてしまう、あるいは大人になってしまうという場合もあれば、途中で押しつぶされてしまう場合もあるけれど、とにかく子どもの側が一生懸命努力して「上」を目指すことによって、少し後まで破綻せず突っ走ることができるというのが曲者だ。

そして、その限りにおいては、子どもの教育においてむしろ成功した、「成果」を出した親ということになる。

うまくいっている間だけを見れば、単に教育熱心な「よい」親との違いは傍から見てそんなにはっきり区別できないかもしれない。

それなら教育熱心なのと教育虐待まで行くのの境目はどこなのか、どうすればそこを踏み越えないで済むのか…(つづく)

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by an-dan-te | 2015-07-21 22:26 | 中学受験 | Comments(6)

いじめ対策、学校と先生ができること   

岩手の中二自殺で、中学校の対応に非難の声が集まっているようです。「殺人学校」呼ばわりしている教育評論家もいるくらいです。

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私は、学校の対応はものすごく常識外れというほどのものではなく、「ふつう」かなと感じました。
「良い」という意味ではありませんが、「よくある」という意味で。

公立中学校において、先生はいじめ対応以外に山ほど仕事がありますし、心理の専門家でもありません。どうすればいじめがなくなるかもわかりませんし、学校をよくすることに対してモチベーションを持っていないことが「ふつう」です。努力してもしなくても毎年生徒はやってきますし、仕事もなくなりませんから。

前に、またろうがまさに中二だったときにいじめで大変だったという話を書いたことがありますが
(「ある公立中のいじめとその収束」参照)
いじめはほとんど空気を吸って吐くように日常的に存在していて、先生もいちいち対応できる分量ではありません。ジャージがゴミ箱に捨てられたり、靴の中にはちみつがべったり塗ってあったり、そんな程度では警察に連絡するようなことでもありません。(またろうが受けていたのはカツアゲでも、怪我するほどの暴力でもないので)

無視やからかいや物への暴力や、怪我しない程度の本人への暴力…毎日積み重なれば本人にとっては重大な問題です。私とよしぞうは担任の先生に直接相談しに行き、対応してくださるという話でしたが…

対応そのいち、校長先生が朝の会のときに「いじめはいけません」って話をしたのですがそんなものでおさまりません(笑)

対応そのに、担任の先生がいじめをした側とまたろうを両方呼び出していわゆる「手打ち」…
いじめた子「ごめんなさい」(←先生が無理やりいわせる)
先生「もうしないわネ」
というのがありましたが、またろう曰く、これ最悪だそうです。その場にいたたまれない気持ちなのはもちろんですが、いじめがエスカレートすることはあってもこんなことではおさまりません。

他に何をすればよかったのか、私もそんなにいい知恵があるわけではありませんが、ちゃんと効果のあった対応もありました。「クラス替え」です。

いじめをした子とされた子を物理的に離し、いじめられた子のクラスには、いじめっ子たちにも押さえの効くリーダータイプの子と、力のある担任を配置します。

これは効果ありました。ただ、この手は学年の変わり目にしかできません。それまでの半年以上が非常に長く感じましたが。

起こったあとの対策としては、なかなか特効薬はないように思います。クラス替えはいいですがいつでもできるわけではなく、そもそも単学級の学校ではそんなものはありません。

ほんとうは起こったあとにどうこうするより、いじめが起きにくい風土を醸成するほうがずっと根本的な対策といえます。公立中よりはるかにいじめが少ない私立中は多数ありますから、それをモデルに考えれば何をするべきかはわかるはずです。

しかし、突き詰めて考えれば考えるほど、公立中のなかで、いじめが少ない風土を目指していくことは実際問題難しいだろうとも思います。第一、生徒を選抜することはできませんし、「空気の教育」をしようにも学校として強力なポリシーを作ることもできません。校長先生が異動になればまたがらりと変わってしまいます。やれることに限りがあるのです。それに加えて、いじめ撲滅(低減)を目指すモチベーション自体が教職員の中で非常に曖昧というか希薄です。

結局、学校の変革を待つより先に、私は公立中から私立中へ逃げ出し、子どもも下二人は私立(もちろん私立ならどこでもいいわけではない)に入れて、個人的に平和をむさぼっていた(いる)わけですけどこれって世の中全体ではちっとも解決になってませんね。

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by an-dan-te | 2015-07-10 13:29 | 中学生活 | Comments(8)

長い夏休み、時間枠を作って活用しよう(アクセスラボ最新記事のお知らせ)   

七月になりましたのでアクセスラボ最新記事が出ました~

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テーマは夏の時間活用です。季節ですから。
長い夏休み、時間枠を作って活用しよう (←記事リンク)

いやー、自分が小学生のころは、
目の前に夏休みが広がっているときには、あれもこれもできるような気がしていたのに、
終わってみたらあれもこれもやれてなくって、なんかあっという間に終わっちゃった…
ってことに必ずなっちゃうのはなぜだろう、って思っていました(^^;;

ま、今も、何にも用事がないはずの日曜日がなんであっさり終わっちゃうのか、って思ってますけどね。

今は「なんで」のところはなんとなくわかっています。
人は、区切られた時間なら出せていたパフォーマンスのまま、
長い時間突っ走るってできないんです。

だから夏休みも、時間をできるだけちゃんと区切って、何をやる「枠」なのかラベルを貼って活用していくのがコツです。

そもそも、各塾がいっせいに色めき立って「天王山」とか煽っているのは、この「枠」づくりを手伝ってあげようという親心です(商売上の必要性ももちろんありますが)。

「枠」のサイズと「やること」の大きさが合っているとやりやすいんで、うちでは(はなひめの六年生のとき)枠のサイズをいくつか設定して、やることによって使い分けていました。「枠」はぎっしり詰めたりしないで、ちゃんと小さな隙間(気分転換、休憩)や大きな隙間(遊び)を持たせます。それでも「枠」なしでのんべんだらりとやるよりきっと捗りますから、ここはあまり欲張らないで設定するのが吉です。

いわゆる夏休みの計画というようなものも特に立てないで、枠の大きさごとに「やることリスト」を用意して、リストの中は優先度順、リストが短くなったら追加する、というようにやっていました。

このやり方のいいところは、計画倒れというものがなくって、「やれたところまでが計画です」。
枠をきちんきちんと消化していれば100%達成といってよく、
仮に予定が狂ったりとか(数日寝込んだり)しても、その分の枠を「なかったこと」にすればそれで終わり。

はなひめの小六夏はそんな感じで、とても「やりきった」雰囲気で〆ることができました。
「やりきった」気持ちでいければそんなに疲労感はたまらないものです。

あ~計画からすごく遅れちゃった、とか
なんかだらだら過ごしちゃった、とか
あれもこれもやらなきゃ、キーー、とか

「疲れ」ってわりとそういうものでしょ。勉強の場合、別に身体的に「筋トレ」「走り込み」してるわけじゃないので、疲れは勉強量に比例しません。やることをきちんきちんと消化していくと、疲れを溜めずに気分よく秋を迎えられます。

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by an-dan-te | 2015-07-01 21:24 | 中学受験 | Comments(2)