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国語苦手男子の、六年後。   

こじろうの通っている学校では、ほとんどの子がそのまま系列大学に進学するので、基本的に大学受験はありません。

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こじろうも、みんなと一緒の大学に進学します。今、それぞれ進学する学部学科も決まって、ほっとした空気が流れています。
この先は通常授業がなく、決まった学部ごとに特別講義などがあるようです。

こじろうも、部活仲間なども、ほぼ第一志望の学科になりました。外から受験する場合は、いわゆる偏差値表上のランキングなどがあるはずですが、中ではあまり意識されません。学部・学科ごとに枠があり、成績順で希望のところに入れるのですが、案外、希望がバラけるので、なんとなく収まるべきところに収まる感じになるようです。

ここでいう成績というのは、いわゆる内申的な、実技教科まですべて含まれる10段階評価が半分、学内で行われる実力テストの点数が半分というものです。こじろうの場合、日常の不勉強が祟って、内申のほうはさっぱり(ごく並といったところ)ですが、テストのほうでだいぶ稼ぎましたので、第一志望学科に滑り込むことができました。

形式的には半々ですが、10段階評価で5以下がつくのはよほどのことですし、一方、実力テストの数学とかで20点(!)とか取ってしまうのは簡単ですから、実際に差がつくのはかなりの部分、テストのほうなのです。だから、まじめな女子ばかりが好成績を占めているかというと、そうでもないみたいです。

ところで、その実力テストでは、一般の大学受験と異なり、理系でも国語があります。

日能研の公開模試の国語あたりでは、最後までハラホロヒレハレだったこじろうですが、現在、国語は足を引っ張る科目ではなく、稼げる科目となっています。なんかいつのまにか…たぶん、中学三年くらいのときにピピッと何かがつながったようで、高校になってから受けた定期テスト、学内の実力テスト、外部模試などいずれでも現国は得意科目。あんたダレ!? という感じの成績表になりました。

化けたのは国語だけではありません。

小学生のときにあれほど心配していた、コミュニケーション、人付き合いという面でもがらりと変わって、安心できるようになりました。たまに、何かのはずみでこじろうと二人、まとまった時間いっしょにいて雑談をしていても、しっかり手ごたえのある楽しい相手になりました。

小学生時代の「発達凸凹くん」のかなり多くは、中学校から高校にかけて大化けします。化ける力というのは元々こじろうの中にあったもののはずで、学校が何かを教え込んでどうにかなったということではありませんが…

まだまだ不安定だった時期を含めて、丸ごと温かく包んでくれた、学校環境、先生方、友人たちには感謝してもしきれません。合う学校にいられる快適さ、強みというものを存分に味わった六年間でした。

また、この環境に巡り合う元となった、中学受験そのものと、こじろうのベース作りにものすごく大きな力になった日能研にも感謝しています。

中学受験を選んでほんとうによかった。今は、さらに親の目が届かなくなる大学生活へ、安心してこじろうを送り出すことができます。

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by an-dan-te | 2015-01-08 12:30 | 大学受験 | Comments(4)

難問との付き合い方   

入試の算数では、五年生ならあと一年、四年生なら二年後に、今取り組んでいるような問題よりずっと難しい問題を解かなきゃいけないことになるわけですが…

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どうやったら、難しい問題を解けるようになるのか。

ひとつの考え方は、難しい問題でも逃げずに取り組み、できるだけヒントや答えを見ずに自力で試行錯誤してみる。いわば、頭に汗をかくというか、回り道なようでも、それが地力になってくるというものだ。

「直感を磨くためには、無駄と思われることが大いに役立つことがある。」「あえて、無駄をする…イメージとしては、ジグソーパズルを解くときに、適当にピースを散らしながら、ばらばらに、わざと間違えて置いていくような作業だ。」「適当に置いていくと、当然のことながらたいてい間違っていて、これはこのブロックではないとか、このブロックはこれではできあがらないとか明確な間違いが見えてくる。」「その間違いがある一定量までいくと、ふっと全体の理解につながる。そこから全体を把握できるようになる。」(「直感力」羽生善治著、PHP新書)

一見無駄に見える思考、あるいは試行錯誤の積み重ねが、すぐに役立たなくても、あるとき突然、何かの拍子で役に立ったりする。効率がよくなくても、そういうトレーニングが、後々の直感を支えることになる。

算数や数学がものすごく得意になる人というのは、こういうクリエイティブな試行錯誤が上手にできる人(集中して思考を追える人)なんだと思う。

でも、その手でなんでもかんでも押し通そうとしても、なかなかうまくいかない。

「これまでで私が一番長く長考したときは、四時間弱かけた。しかしそれで素晴らしい手を指したかといえば、きわめて平凡な一手で、これなら三秒考えただけでも指せたというようなものだった。」「将棋の世界には、「長考に好手なし」という言葉もある。長く考えたからといっていい手が指せるわけではないのだ。むしろ、長く考えているのは迷っているケースが多いからで、創造的に考えていることは少ない。」(同書)

ある程度のヨミを入れて、AとBの候補が甲乙つけ難いとなったときに、踏ん切りがつかずに決断をためらってしまう。そういう状態に陥ると、長い時間をつかったわりに思考は堂々巡りをするだけで、次の一手にも今後にもつながらない「下手な考え休むに似たり」になってしまう。

特に、算数が苦手な子に、ある程度以上の問題を「自力でとにかく考えて」と突き放したところで、考える材料も集中力も足りないので、あとは思考が空走(空想)するだけになってしまう。なんでもかんでも時間が足りないなかで、こんな時間の使い方はもったいない。

はなひめの場合、新五年になるときに日能研に通い始めたものの、あっちゅう間に「難問」(難問というのはおこがましいけれどとにかくテキストやテストで出てくる範囲で比較的難しい問題)は「こりゃダメだ」という状況になり、塾の宿題も、テスト直しも、解けないような問題は華麗にスルーして計算と一行題に注力するような進め方になった。

そうするとつまり、今でもすでに解けるような問題、あるいはせいぜいが「解き方はわかったようだけれど結局間違えた問題」「わずかなヒントで解けた問題」などを、たんたんと繰り返してまた繰り返して、より抵抗なく、より正確に解けるように練習するということにばかり時間を使うということになる。

難問に触れる時間は、少なくとも家ではほぼまったく使ってないんだけれど。

六年になるころには算数がやや稼げる科目に転じて、さらに六年秋くらいには第一志望の過去問の中で難しい問題が解けるようになった。

これはどういうことかというと、
「以前、カーネギーメロン大学の金出武雄先生と対談をさせていただいたときに「論理的思考の蓄積が思考スピードを速め、直感を導いてくれる。計算機の言葉でいえば、毎回決まったファンクションが実行されているうちにハードウェア化するようなものだ。それまでは毎回発火していた脳のニューロンが、その発火の仕方がいつも同じなので、そこに結合が生まれ、一種の学習が行われたということではないか」と指摘してもらったことがあった。」「勝負の場面では、時間的な猶予があまりない。論理的な思考を構築していたのでは時間がかかりすぎる。そこで思考の過程を事細かく厳密に理論づけることなく、流れの中で「これしかない」という判断をする。そのためには、堆く積まれた思考の束から、最善手を導きだすことが必要となる。直感は、この導き出しを日常的に行うことによって、脳の回路が鍛えられ、収斂されていった結果であろう。」(同書)

算数でいうならば、基本問題について、かくかくしかじかな問題は○○算を使うって知ってるよ、という状態では、結局あれこれ複合的に作問された入試問題は到底解くことができない、ということだ。どれもほんとに定着して、「すいすいすらすら」になっているから、入試問題レベルであっても、さっと自由にあるべきパスを発見できるのだ。逆にいえば、基本問題さえほんとに定着していけば、自然と少しずつ難しい問題が解けるようになっていくわけだ。

もう少し詳しくいえば、やはり難問を解くには、地道に基本アイテムの習得を図る作業と、全体を俯瞰するような練習の両方が噛み合うのが理想なはずではある。けれども、大手塾に通っていると大概、すでにいやっちゅうほど難問観賞の時間は塾で与えられているので、実際問題、家では足元を固めることばかり留意しててもバランスが取れてしまうのだ。

というわけで、よほど才能ある子でなければ、意図的に基礎寄りに誘導してしまうのが正解。

「よほど才能ある子」というのは、「クリエイティブな試行錯誤」が途切れて単なる空走に入ってしまうときにちゃんと「見切れる」子かなと思うんですが。

「対局中に、自分の調子を測るバロメーターがある。それは、たくさん記憶ができているかとか計算できるかとか、パッと新しい手がひらめくかといったことではない。そうではなく、「見切る」ことができるかどうかだ。迷宮に入り込むことなく、「見切って」選択できるか、決断することができるかが、自分の調子を測るのにわかりやすいバロメーターとなる。」(同書)

天下の羽生さんがこう言ってるくらいだから、結構難しいことなんじゃないかな。
というようなことを、「直感力」を読みながらつらつら考えていました。

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by an-dan-te | 2015-01-03 18:34 | 中学受験 | Comments(0)