<   2012年 11月 ( 30 )   > この月の画像一覧   

理系脳と「美しいノート」   

昨日、引き合いに出した本の、「(4)ノートの取り方が雑然としている子」の話なのですが。

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この本では、例の「東大合格生のノートはかならず美しい」に言及して、こう書いています:
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「今日はどんな勉強をしたの? 見せてごらん」とノートを開いて、あまりの汚さに愕然とするかもしれませんが、それが「できる子のノート」です。心配することはありません。
近年、『東大合格生のノートはかならず美しい』(太田あや著・文藝春秋)という本が話題になりましたが、そこに紹介されていたのは、私に言わせれば「数学のできない女子高生のノート」ばかりです。
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たぶん、この著者はこれまでの塾講師経験などの中で、よしぞうタイプの子をたくさん見ていると思うんです。片づけができなくて、判読不能なノートをとり(あるいは速やかに散逸し)、特別ガリ勉しなくても算数・数学はやたらできる子(多くは男子)。

その一方で、美しく色ペンで囲みやフキダシのつけられたノートを取る、文系頭の、算数をいくら教えても伸びてこない子たちにもたくさん遭遇したのでしょう(多くは女子)。

私もこれまでの生涯でそのような二類型にはたくさん遭遇しましたから、気持ちはわかります。たぶんそういう傾向は一面の真実なのです。ただし、それはいわば「素質」の類型であって、でも今と違う明日を迎えるヒントはむしろ別のところにあるように思うのです。

バリバリ優秀な理系脳の人のうち、かなりの部分を男性が占めていることもあって、どうしても字の印象というと…ぶっちゃけ下手です。平均的には。とはいえ、「きれいなノート」というか、要するにそういう外部記憶/外部処理領域をうまく使えるかどうかというのは、字のうまさに比例するものではまったくありません。字は、まぁ下手よりうまいほうが見やすいですが、とりあえず自分が読めればいいでしょう。

字は下手でもいいんで、まずはフォーマット、それと言うまでもないことですが内容です。

よしぞうの字は、果てしなく下手くそで、どうかすると判読不能に陥りますが、たとえば「イコール」は揃ってます。必要な改行はされ、スペースが適切にとられています。そういう条件が揃えば充分、外部記憶/外部処理領域としての役割は果たすのです。

またろうタイプとよしぞうタイプを分けているのはこんなところにあるような気がします。またろうは「紙」メディアをうまく使いこなせない時代が長かったですが、中学生の半ばごろに「文字」に開眼(?)した時期に数学の成績がうなぎのぼりになったということがありました。まぁしかし今でもやっぱりうまいとはいえません…

片付けできない、ノートはきたない、そういうタイプで素質としては理系脳がありながら、それが模試などの成績にははかばかしく出てこないとしたら、今度は「紙」とのおつきあいに目覚めてみると劇的ビフォー・アフターになることもありえます。

バリバリ理系脳で、かつ美しいノートがとれる人として、私はさっと二人が思い浮かびます。ピアノの先生のだんなさんで物理が専門のTさん(「革表紙のノートと万年筆」参照)、それとJGの先輩のKさん(「卓越した観察眼は力である」参照)です。いずれも、紙が自分にとって使えるメディアであるだけでなく、人を巻き込んで説得できるうまさです。

Tさんは字がうまくありませんが図のわかりやすさが半端ないです。Kさんは字も図も絵もめちゃくちゃ美しいです。しかもその美しく書く/描くスピードがぶっとびです(o_o) 美しいノートと理系脳が無縁なわけではありません。でも、「東大合格生のノートはかならず美しい」に取り上げられていたノートとはちょっと違うような気もします。つまりあれはちょっと、機能美よりは飾りに寄っているというか。

途中式を書くとか書かないとかそういう話をまた後日。

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by an-dan-te | 2012-11-30 12:52 | 中学受験 | Comments(6)

片付けのできない子は中学受験に向かない?   

先日、「国語苦手男子の霧が晴れるとき」の中で、高濱正伸氏(はなまる学習会)が言ってた、中学受験向きの子かどうかを見極めるポイントというのを引き合いに出しました。

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それは、「他者性」が育っているかどうか。精神的な発達が早いタイプのほうが、中学受験に向いてるってわけで、まぁそれには特に異議なしですけど、じゃあこの、小学生のうちに他者性が育ってる「できるくん」をうちの子にしましょうかしら、ってわけにもいきませんので、うちにいるのはあるがままの我が子なんですよね。

で、その子にはその子なりの中学受験ってのもあるんじゃないかと思う(そして、そうした)わけですけど。

「他者性」のほかに、高橋氏が言ったポイントで、「片付けができる子」というのがありました。机の周りとかを自分で整理整頓できて、学校へ行く支度、塾へ行く支度、何事もソツなく揃えられて、という資質が小学生のうちから…三年四年にはまだでも、五年六年となったときに整っているかどうか。

これができる子であれば、親がやたら干渉しなくても中学受験できる。自学自習とまではいわないけれど、たとえば塾の助けはばっちり借りるとして、それで充分というような。

これについてはもう、そういう子の中学受験なら、適時の受験生活というか、問題なく行けるだろうけれども、そもそもそういう子だったら、公立中に行ってもそれなりに勉強して提出物も出して内申もとるだろうから、逆にいえば高校受験でも問題ない子なのでは。

なんとなく、個人的な感触からいえば、片づけができる子かどうかって、中学受験のほうに(高校受験より)向いてるかどうかに関係がないような気がするんだけれども。

と、思っていたところ、こんなんありました:
「人気講師が教える理系脳のつくり方」(村上綾一、文春新書)

この中の、「子どもの持ち味を消さないように」の項で、(1)コツコツ努力するのをいやがる子 (2)面倒くさがりな子 (3)身の回りが雑然としている子 (4)ノートの取り方が雑然としている子 について、それに対していわゆる「しつけ」として親がガミガミいわないほうがいい、これらはいずれも理系に優れた素質の発露である場合があるから、というような話が出てきます。

この(1)~(4)まで、といえばもう。よしぞうとまたろうですね、特によしぞう。よしぞうはこの(1)~(4)にくまなく当てはまり、それでがっつり理系で、中学受験向き。

(3)については「「身の回りが片付いている子は、頭の中も整理されているから勉強ができる。雑然としている子は勉強ができない」と親は思っていますが、実際には逆のことも多いのです。(略)「服をしまいなさい」と子どもに言ったとき、「明日の朝着替えるとき、そばに置いておくほうが楽だから」と出しっぱなしにしても認めてあげてください。それは子どもなりに合理性を考えた工夫で、理系センスを養うことに繋がっていくはずです。」と書かれています。

いや、生活のうえで、しつけとして服をしまわせることをやめる必要はないと思う。それはそれ、これはこれというか、快適生活を追究しつつ、子どもの素質を伸ばす、生活の工夫(すりあわせ)が大人の知恵ってもんじゃないのか? とも思うんですがまぁそれはそれとして、片付けられない子で算数がやたらできる子がいるのは事実です。

別に、高橋氏のいうこと、村上氏のいうこと、どっちがより正しいとかそんなことを言いたいのではなくて。結局のところ、いろんなタイプの子がいて、このタイプでなければ中学受験できないとかそんなことはない。本人のタイプ、親の価値観、経済力、地域性、いろいろ含めて総合的に、中学受験しやすい/しやすくないというのがあって、連続的につながっているものだと思うんですよ。

それで、中学受験のほうにしよう、ってなった場合には、その子に合ったやり方で中学受験すればいいし。片付けできる子にはできる子の、できない子にはできない子の、それぞれちゃんと幸せになれる中学受験。

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by an-dan-te | 2012-11-29 13:24 | 中学受験 | Comments(8)

アサガオ、こんな花つけて自家受粉!?   

理科は、いちばんの得意科目のようだけれども、得意な部分は主に計算のところで、植物とか動物とかはだいぶ忘れちゃってるみたい…

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なんか、テキスト見ててもピンと来ないんですよね(-_-;;
やっぱり写真とか見ないと。それで、いちいち検索したりプリントアウトするのも面倒なので

「中学入試に出る植物完全攻略」(学研)

というのを買ってみました。これは、植物図鑑ほど大部なものではなく、薄めの問題集くらいのつくりで、それでいて中学受験に出そうな植物をぎっしりカラフルに載せているという優れもの。しかも、植物図鑑にもなかなか載ってない、中学受験に出るポイントをしっかり解説しているので、おトクです。

過去問とかやってて、「あれ、どんな花だっけ?」「おしべは??」「何科だっけ?」と思ったらこの本を開けばよく、図鑑よりも「ささっと」必要な事柄を確かめることができます。

本の最初には、とじこみカラーで「野菜、どこを食べてるの?」「果物、どこを食べてるの?」というページがあって、これはなかなか便利です。れんこんは根じゃなくて茎を食べてるんですよね(^^) れん「こん」っていうくらいだからどうもうっかりしやすくて。でも、「どこを食べてるか?」って、過去問でも何度かお目にかかりましたし要チェックです。

そして本の最後には、十数ページだけちょろっと、いろんな中学入試の植物の問題だけまとめて載っています。これをガーッとやってみると様子をつかめていいかもしれませんね。そういえば、こじろうのときは、同趣旨で、前期日特のテキストを使っていました。

この本をつらつら見ていたはなひめから突然聞かれたのが、「あさがおはこんな派手な花をつけているのに、なんで自家受粉なの??」ということです。この本の解説には「つぼみのうちに自家受粉し、秋には枯れて種子ができる一年草です。」とあります。確かに~、「つぼみのうちに自家受粉」するくらいなら派手な花をつけて虫を呼ぶ意味はいったいどこにあるのやら??

…いや、四十ウン年生きてきて、一度もそんなことを考えたことはありませんでしたよ。

そうだなー、いちおうぐぐってみましょうかね。すると、出てきたのがこのページ
教えてgoo! 朝顔は自家受精するのに
それと、全国こども科学映像祭受賞作品
朝顔 自家受粉の謎

この、映像作品がもうすばらしいのなんのって、自家受粉の様子もとても詳細にわかるし、それでいてほかの花から受粉しても種子ができることを確かめていたり、なにより興味→調べる→新たな疑問→調べる…という、この自然な流れがすばらしい。

はなひめも、自分と同い年の女の子が作った作品ということで、「すごすぎる!!」と熱心に見てました。

この作品で見られる観察と、教えてgooの妙に詳細な解説を合わせてみると、結局のところ、かなりの確率で自家受粉→受精してしまうんだけれども、種子ができないよりはマシで、ワンチャンスしかない(一年草)以上こっちのほうが…つまり、自家受粉では種ができない仕組みまで採用して他の花からの受粉にこだわるより有利なんですねたぶん。

たまには他の花から受粉できれば、多様性の面でもそれなりに確保できるし、まぁいいだろうというわけです。なるほど。

えー、話を強引に戻しますと、たぶん、本物の図鑑好きにはちょっとこのお手軽さが許せないかもしれませんが、そこまででない場合にはこのようなアンチョコ的な図鑑もどきは扱いやすく、問題演習にもお役立ち、かつ、新たな疑問も広がる余地があり、ということでお奨めです。同趣旨の本はいくつか出てるみたいですね。

ただし、こんな煮詰まった時期になってから図鑑のたぐいを見てるってのもどうかと思うので(^^;; もっと早めからのフォローをお奨めします。

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by an-dan-te | 2012-11-28 21:37 | 中学受験 | Comments(4)

ついにミスノート作成開始!   

これまでのはなひめの成績アップダウンの傾向といえば…

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・答案用紙の頭からみっちり、ほとんど落とさず取れてて、以下空白。。的なゆっくりモードのときよりも、
・読み落とし、書き間違い、ミスはいろいろあるけれど、最後まで到達!! というスピードモードのほうが、
だいぶ成績がよい印象だったので、ブレーキなんてかけるよりもイケイケドンドン!! と励ましてきました。

けど、だんだんそうもいってられなくなってきて…

残りももう10週間切っててね、いつまでもミスのデパートやってる場合でもない。

入試はそういうところで結果が分かれると思うし、今回のカリテみたいなわりと易しい理社の場合は、全体に手はつけても、ミスがいろいろあると順位がめろめろなことに。というのもわかってきた。

というわけで、昨日はごく自然な流れで「ミスノート、いよいよ作ってみようか?」という話になりました。

前にも、「ミスノートを作りたい」という希望が本人から出たこともあったんだけど、そのときはあまりいい材料(笑)がなかったんだか、時間がなかったんだかで私のほうがつい流しちゃってて、すまんことしたかなと思っていたんですよ。

そして今、機は熟した。なんちゃって。おおげさ(^^;;

でも、こういうことは、本人のやる気がないとほんとうに意味なくなっちゃうところだから、だいじに。

新品のノートで、好きな色の表紙で、いい具合の罫線の入ってるのを選び、
ページを国語・算数・理科・社会に四分割して、目印のシールを貼り…

はなひめは、均等に四分割してたけど、母の予想では、国語のページはあまりいらないわね。まぁいいけど。

それで、カリテで「うっかり」したところを、どんどん書いていきました。「どんどん」といいたくなるほどあるのがナンなんだけど、ほんとに今回はね…。特に、はなひめがよくやるお馴染みのミスパターンが出揃ったような回で、記念すべきミスノート作成開始の日にふさわしいと思いましたよ(^-^)
#ここ、喜ぶところ!?

「錐体の体積は、1/3かける!!」のように、ひとことでまとめられるものはそのように書き、
問題文の読み落としなんかの場合は、コピーを貼って、問題の個所をぐりぐりマークしたりしてまとめました。

私は何もアドバイスしなかったんだけど、はなひめは自主的に、項目間の隙間を多めに空けて、日付を書いていました。「ん?? ずいぶん広く開けたね」と私がいうと、「同じ間違いをしたら、日付を足していくの。そうすればどういう間違いをしやすいかわかるでしょう」…お、なるほど(^^;; しかし、この空白が生きるようだとなかなかイタそうだな~

どういうノート作りがいいか考えていたらすっかり時間を食ってしまって、昨日は毎日分のほかは、ミスノート作りと、土曜日にやった過去問(二科目)の直しで終わってしまいました。けど、ある意味建設的だったかもしれない。

土曜日にやった過去問と、日曜日にやったカリテで、例の空白にすでに複数の日付が並んでしまったものもあり、苦笑(-_-;;

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by an-dan-te | 2012-11-27 13:01 | 中学受験 | Comments(0)

掛け算の順番の話題がアツい   

小学校二年生の算数のテストで
「8人にペンをあげます。1人に6本ずつあげるには、ぜんぶで何本いるでしょうか。」
というのがあって、

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子どもが「8×6=48  答え: 48本」と書いたら、式も答えもバツだった

という話から始まるブログ記事を見つけました。とにかく、コメントがものすごくたくさんついていて、それが非常におもしろかったのでご紹介します。

つまり、なんのことかというと
「6×8=48  答え: 48本」
と書けば正解だったのです。指導の意図として、「1あたりの数」に「いくつ分」を掛けるという意味を理解・徹底させたいということがあり、そして掛け算の交換法則を習うのはずっと先だからそれは「ないことにして」みたいな。

ちなみに、式はともかく答えはマルでは? という疑問に対しては「考え方が違ってて『たまたま』答えがあっているようなのは算数ではバツ」という正論が引き合いに出されます。

それで、「なにこの教師、意味わかんない」と思う派と、「いやこの指導は正しい」と思う派と、どちらも理屈があり果てしなく続きます。

…と、紹介だけして去ってもいいのですが(読むだけで十二分におもしろいから)、あんまりフェアでないので、私個人の意見も付け加えておきます。すでに1000個とかある意見に1個付け足してもしょうがないですが。

この、掛け算の順番なんて、大人にとっちゃどうでもいいというか、混乱する人もいないんで8x6だろうが6x8だろうがどう書いてもいいようなものですが、今まさに初めて掛け算の概念を習おうっていうときに、意味をわかってる子、わかってない子、ごっちゃになっている教育の場で、順番にこだわって教える流儀があるのは理解できます。

問題文を読んで、「なんか出てきた数字をかけてみた」という以上の理解ができてない子ってのは、こりゃ放っておいていいもんじゃありません。そういえば、確か掛け算のときじゃなかったんですが、はなひめが低学年のころ、ある時期から足し算の問題と引き算の文章題が混ざって出てくるようになり、はなひめは別の子から「足し算なのか引き算なのかだけ教えて」といわれたそうです(^^;; それで答え合っても困るだろう~

それで、意味がわかってない子をスクリーニングするために、「1あたりの数」×「いくつ分」の順番に書くことを約束事として徹底させ、文章題の文章からそれを読み取れているかどうかをチェックするわけです。

冒頭の文章題ですが、文章中、8が先に出てくるところがミソです。

ただし、そのような趣旨があるとしても、指導として、ただバツをつけて理解はさせずに放置しても、やる気がダウンするだけで意味がありません。件の話は、バツをつけたものの、その趣旨を説明することに失敗している(「ずつ」がある方を先に書く、などという説明じゃ…)ので、それくらいだったら、バツをつけないほうがいいんじゃないかと思います。

確か、こういうシチュエーションは私も遭遇したと思いますが、なにしろ三人の子どもが小学校に通っているのでいつのときだかごっちゃになってしまいました。そのときは、本人が別に掛け算の意味を混乱していないのを知っているので「キニスンナ」と言っておきました。

…というように心の広い(?)私ですが、「そんなんでバツつけるな!!」と怒りに燃えた瞬間がありました。それは、元記事のコメントにもひとつありましたが直方体の体積を求めるときに

縦×横×高さ
の順(だったかな?)じゃなきゃいけないとしてバツをつけるものです。間違いを防ぐために心の中でいつも順番を決めておいて書くということであれば反対はしませんが、そもそもどの長さが「縦」で「横」で「高さ」なのかが決まりません。先生の趣旨では、テスト用紙に描かれた見取り図的なものの見た目から、どれが「縦」で「横」なのかが決まっているといいたかったらしいのですが(別にそのように明記されているわけではない)、そりゃローカルルールにしてもひどすぎます。

前の例は
6(本/人)×8(人)
ということで、単位が違うもの同士なので順番にこだわることにまだ意味が…というか便宜上の意味がありましたけど、こちらの例は全部がcmですからね。

とは思いましたが別に先生には言いませんでした。子どもにはやっぱり「キニスンナ」と言い、ついでに「どれを縦と呼んでもかまわない」と言い添えました。

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by an-dan-te | 2012-11-26 13:10 | 中学受験 | Comments(43)

顕在記憶と潜在記憶   

エビングハウスの忘却曲線を持ち出すまでもなく、一夜漬けでガーーッと詰め込んだものは、いくらも経たないうちにきれいさっぱり忘れてしまうという経験は誰しもしているもの。

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それこそ、「頭からこぼれ落ちないように」そーっと、学校まで運んでいって、定期テスト済んだら、あー終わったー…この場合、忘れるのが早いから、なるべく「直前」に詰め込まないとって感じですよね。たとえば、テスト一週間前から勉強するならまず数学からやっておいて、地理は前日に漬けこもう、みたいな。

しかしこういう一夜漬け型勉強しかしてない場合は、実力テスト(範囲のないテスト)になると歯が立たなくて、ハラホロヒレハレになってしまう。いったいなんだっけの状態。

定期テストの出来と、実力ってかなり違うものよね。なのになんで、たいていの学校では、定期テスト(範囲のあるテスト)ばっかりやって、成績をつけているのでしょう…!?

という感じで始まる、なかなかおもしろい話題の講座があったんです。よしぞうから教えてもらって昨日見ました。放送大学の心理学の講義で、寺澤孝文という岡山大学の先生が説明していました。

心理学のほうの用語では、「顕在記憶」「潜在記憶」というのがあるそうですが、顕在記憶はまさに、一夜漬けで入れたまんまの状態のような、「あのページのここいらへんに書いてあったよな…なんだっけ…そうそう、伊藤博文だ!!」ってな記憶。新鮮ほかほか、でもすぐ腐りそうです(^^;; 一方、潜在記憶っていうとたとえば、日常会話で使う日本語の語彙みたいな、もういつ覚えたとも判然としない、思い出そうとかなんとか意識しないような記憶を指します。

日本語の語彙であれば、意識しないにしてもすらすら使えるくらいにしっかり記憶していますが、潜在記憶の中には、それこそ潜在していて能動的には使えないようなのもあります。たとえば、耳なじみのないでたらめメロディーを1~3回聴いたとして、そんなものは(少なくとも意識的には)すぐ忘れてしまいますが、ところがこの記憶が「潜在」していることは実験によって確かめられています。本人は「忘れた」と思ってるんですけど、日をおいてまた
1. でたらめメロディーをいくつか聞かせて
2. (さっき)聞いたメロディーかどうかを当てる
って課題をやらせてみると、明らかにその、ずいぶん前に聞いたことがあるものは記憶に残りやすい、つまりさっと覚えられてしまうということが出てくるんです。ほんとうに初めてのものと、本人は意識してないけど何度か聞いたことがあるものだと、断然違うんですねこれが。

意識的には思い出せないようなものじゃ、テストには役立たないじゃないかっていうとまぁそれはそうなのですが、でも、こういう「なんとなく」記憶は、繰り返すことでちゃんと定着していくんです。一生懸命覚えようとしたかどうかというよりも、どういう頻度で、どれだけ繰り返したかということが効いて、蓄積されていきます。

岡山大学では、この知見を利用して、中学生に漢字ドリルをさせる実験をやっています。個別にフィードバックして最適化を目指していくところが、非常に興味深いところで、個人に合った反復で、うまく覚えられる可能性がありますね。夢のある、かつ、地に足のついた、良い研究だと思います。

寺澤先生は、この潜在記憶というものがマイテーマであるらしく、潜在にとどまっているかぎり意識しにくく、反復の効果が出ていることもわかりにくく、意欲を引き出しにくいところをどうにかして、表に引きずり出すことによって、意欲を高め学習行動と学習効果に結びつけようとしているようです。

ただ、あんまりにも「潜在記憶」にフォーカスしているために、実力テストに効く実力がすべて潜在記憶のなせるわざみたいな説明になっちゃってるのがちょっと気になったんですが。実際は、潜在記憶に分類されない、エピソード記憶のような長期記憶であっても、一夜漬け→蒸発の短期記憶とは違います。ちゃんと、実力テストで発揮されるものです。一方、潜在記憶が潜在のままにとどまって、特別な実験をしないと感知できないようでは、実力テストの役には立ちませんね。

潜在記憶にのみ注目すると、あんまり必死こいて覚えようとするのではなくて、「つらつら見る」「見流す」ような感じで、反復を確保するほうがよい勉強法というふうに見えてきます。でもたぶん、だからといって一夜漬け的勉強法が効果がないということなのではなくて、潜在記憶方面からのアプローチもあり、一夜漬けから始まって、忘却曲線に対抗していくような想起をかけていく方法もあるということではないかと思います。

そのへんがもっと詳しく研究されてみたら、なんで今の教育現場は、一夜漬け的学力にフォーカスされているのか!? (学校では定期テスト、日能研ではカリテ) もっと学習効果を上げるにはどうしたらいいのか、なんてこともわかるかもしれませんね。ま、私は個人的に一夜漬け上等!! と思ってますけどね(^^;;

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by an-dan-te | 2012-11-25 17:04 | 中学受験 | Comments(0)

公民スペシャル!!   

さて幸甚にも学校も塾もない完璧フリーデーをもちまして、公民スペシャルが粛々と実施されました。

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先日の歴史スペシャルでは、イベント性を重視して、模造紙にこだわった私でしたが、あのスタイルは翌日「腰」に来たもんですから(^^;; 今回はあきらめましてフツーのノートにまとめを作りました。

あとでいろいろ書き足すことを考えて、見開きの左ページにひととおりの重要事項を、そして右ページは空けておきます。まっさらからまとめを作っていくというのは、無茶苦茶時間がかかりそうですからハナっからあきらめて、前日のうちに私があらかた、教科書のまとめページやらメモチェの左ページやらからコピーして、ベースになるものを貼っておきました。

当日はまず、そのコピーを音読しながら重要事項にマーキングをしていくような形でまとめ。それが済んだ項目の分から、メモチェの当該ページをやって記憶チェック。という順で進めていきました。

…夏休みが終わってからすっかり遅れているメモチェ二巡目を進めることができて一石二鳥ですね(?)

メモチェをやってみて、まとめが不十分だと思った部分については、ノートの右ページに手書きでまとめを追加していきます。

じっくりまとめを確認してからメモチェをやると、すらすらと埋まりますから(当たり前だけど…)、テンポよく進んで快適です。開始時に、「一時間くらいやったら休憩ね♪」といったら、はなひめは「えーそんな長い!!」と抗議してましたが、ノッてやっていくと一時間はすぐで、気がついて時計を見たときは一時間半くらい経ってました。本人も「おぉ!! 一時間って短い!!」と言っていました。

そんな調子で、憲法の新旧比較とか、日本国憲法の三原則とか、それから三権分立のあたりまで来ましたが、昼をはさんで国会に来るころにはお互いすっかりくたびれて、いやーこりゃアカンという雰囲気になり、結局どーんと一時間、(ラノベ)読書休憩を取ったりとかしていましたが。

まぁとにかく、夜ごはん前には国会・内閣・裁判所と来てなんとか。ほんとは、財政・地方自治と行きたかったんですけどね…(というかさらに国際とかあるけど)

そして夜ごはん後には、前期日特のテキストを使って問題演習をしてみました。前期日特テキストは分野別に問題がまとまっているのが便利なところで、ちょうど今回カバーしたあたりだけの問題が「日本国憲法、国会・内閣、裁判所」としてひとつの章に出ています。

いろんな学校の入試問題を解きながら、素直な問題の学校だったら、今日頭に入れたあたりだけでもけっこういける!! ということがわかったり、選択肢や正誤問題は、けっこう「正確に」きっちり覚えてないとハマる!! ということがわかったり。

なんか、衆議院の優越とかいって、先に審議できるんだったなぁ…
とかいい加減に覚えていると、それは予算であって法案じゃないよ、ってところで足元すくわれます(^^;;

社会ばっかりやってたらほんと飽きちゃうので、一日の最後はやっぱり毎日分(主に算数)をふつうにやって寝ました。

これで苦手意識から離れて一歩前へ進めるといいんですが…

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by an-dan-te | 2012-11-24 10:26 | 中学受験 | Comments(2)

過去問、記述の添削をどうする   

思えば、こじろうのときの過去問の扱いはとても簡単でした。記述がなくて、赤本見れば親でも簡単丸付けできましたからね。

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なにしろ、結局、どの科目も一度も塾に提出したことがありませんでした(^^;; それもどうかと思うんですけど…たぶん、丸付けは家でやるにしても、提出すればアドバイスとかもらえたはずですよね。でも、当時の我が家は今と比べ物にならない紙洪水(ダブル受験)でしたので、解答用紙をコピーとって提出させて…とかやるのはカオスを助長するからやめておこうかと。

ところが今回は記述が非常に長くてややこしいので、ほんとはプロに添削してもらいたいんです。特に国語。

国語は、九月からもう過去問提出してよいということだったんで、先生の指示どおり、解答用紙と、事前レポート(これこれに気をつけて解くぞ、みたいな)、事後レポート(どういう観点が必要だった、とか、どう読む必要があった、など)をセットにして提出しました。九月、十月、十一月にそれぞれ一回ずつ。

しかしまだ一度も返却されていません(-_-;;

国語の先生は、過去問でなくてもそうなんですが、とにかくすばらしく丁寧な添削をするけど、返却が超絶遅い人なんです。たとえば、授業の始めにやる漢字の小テスト、こじろうのときの国語の先生だと、隣の人と交換して丸付けさせて、その日に返却、そしたら間違ったところを練習して、次のカリテに間に合うということで、まぁこれがふつうかなと思います。ところがはなひめの先生の場合は、回収して先生がじっくり採点。翌週か、悪ければもっと後になって返却されます。とめ・はね・はらいまでしっかり確認して、コメントまで書き入れてあって、それはもう充実した書き込みです。なんですけどね…

やっぱり、丁寧さと、スピードのバランスというかなんというか。

だから、過去問も返却遅いだろうなとは思いましたが、予想のナナメ上をいかれました。どうも、年内に返却されればいいほうらしいです。そうするとまぁ、考え方としては、そのとき何か受験の心得的なものを先生の添削から得られるかもしれませんが、ふつうの意味でいって、過去問の直しをして勉強していくというサイクルにはまったく乗りませんね。

この状況となると、ユリウスやめないほうがよかった? とかチラッと思わなくもないですけど、ユリウスにいたときの状況からすると、私が見るより国語の記述を確かに見られる先生がいたようにも見えないし、あんまり変わらないかな。

それで、今はどうしてるかというと、過去問やったあと、まずは私が学校配布の資料を頼りに丸付け採点をして、それからはなひめが自分でそれと資料、問題を突き合わせてじっくり「悩みます」。それで、自分なりの完璧答案はこれだというものを作ったり、こういうことに気をつけるといったレポートをまとめたり、ま、とにかく自学自習スタイル。

これで大丈夫かどうかちょっと不安ですが…

ほかに、算数を提出するとはなひめはいっていますが(先生から催促されたのかな?)、はっきりいって算数はどうでもいいです。採点もできますし、途中式の確認も国語と違って私にも楽勝ですし、だいいち合格点だいたい取れてるし、問題あったところを再チャレンジに回して定着させればおっけーです。まぁ提出したければしてください。

理科もどうでもいいな。社会は提出したいけど、まだそもそも穴ぼこだらけで過去問より穴埋めという状態(^^;;

はぁ~こくご~

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by an-dan-te | 2012-11-23 08:47 | 中学受験 | Comments(18)

あえて自立を求めない   

昨日の記事を自分で読み返して、これだとスバラシク自律的に、自立して勉強していると誤解される方も出てくるかなと思い、慌てて補足など…(^^;;

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もともと、私は、あんまりにもあれこれな兄たちを育てるうちにすっかり「こなれてしまった」関係上、やたらと基準がゆるくなってしまっております。

私「休憩何分?」はな「20分」私「じゃ、タイマーかけといてね~」…ピッ。
(テレビゲーム中…)
ピヒピピ。「鳴ったよ~始めよう~」「はーい」(セーブしてゲーム消す)
「さっと消せたね♪」(ほめる)
…これで満足なんです。今は。

勉強の楽しみがじわっと出てきたといっても、ゲームをしたい、友だちと遊びたい、そっちのほうが強烈に楽しいのは当たり前です。話し合いで「じゃ、5時には帰ってきてさっと始めようね」と合意し、そのとおりできたら、褒めます。勉強自体が、つまんないよりは楽しいほうが、そりゃー、やるハードルが下がりますし、勉強の効率も上がりますから、まずはそれで充分です。

勉強の内容は、母が決めることが多いですけど、最近ははなひめからも提案があります。なかなか自分の「穴」をよく見ています。成長だと思います。

時間管理も、勉強内容のコーディネートも、引き続き親メインですが、その距離感は、じわじわと変化し、少しずつ本人の手元に返されています。半年前から比べたら、はっきり違います。そういえば、六年前半はユリウスのお世話になっており、「六年後半には、ユリウスがなくても勉強できるようにしようね」と話していたのでした。今、母が不在の時間も、なんとか毎日分プラスアルファをこなせるようになって、この点についても計画どおり進んでいるといえます。ただし、メールや電話でのフォローはやっぱり入れています(何もなしで安心できるほどではない)。

中学受験は、親が手出し口出ししている家庭が多いと思います。そんな必要がないお子さんは、ほんとうの意味で優秀なお子さんです。でもそういう子じゃない場合に、やむなく手を出し口を出しつつ、「私のやってることは、自立の妨げになっているのではないかしら??」と悩んでいる方がいっぱいいるような気がするんです。私もそこに(ちょびっと)ひっかかっていましたから(←過去形です)。

でも勉強の楽しみが、まずは勉強を積み重ねてみないことには得にくいものである以上、たいていの場合は、手出し口出ししないでおけば自然にうまくいくってものじゃないんです。高校受験の場合はまたフェーズが異なりますが、中学受験の場合は特に。

親掛かり、塾掛かりでもいいので、まずは勉強をこつこつ積み重ねる体験。そこから、勉強の楽しさも発見でき、何をやったら「きちんと」やることなのかもわかり、徐々に自分で「やればやれる」素地ができてくると思うんです。

そして、じわじわと、子どもが「自分でやれる、やりたい」分を本人に返して、親は一歩ずつ距離を取っていけばいいんです。このプロセスがうまくいく場合、むしろ親の手出し口出しは自立を助けるものだといえるでしょう。

では、親の「手出し口出し」が、子どもの自立を損ねるか、助けるか、その分かれ目になることは何なのでしょうか?? (もちろん簡単な答えのあるようなものではありませんが…)

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by an-dan-te | 2012-11-22 13:08 | 中学受験 | Comments(12)

勉強意欲の源は、チャレンジ校とは限らない   

なかなか届かない熱望校があることで、必死に勉強する、というのも強烈なモチベーションとなりますが…

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勉強の意欲は、チャレンジ校からしか生まれないわけでは、もちろんありません。

こじろうのダレ方についていえば、うまくチャレンジ校でひっぱれなかったからという面があることはあると思いますが…でも、本人もとにかく第一志望校に合格したいという強い思いはあったので、最低限のことはやっていました。合格ということだけでいえば、もともと無理でない志望校なので、「問題」はないと思います。

でも、中学の学習へとつながる意欲ということではどうでしょうか。こじろうは、熱望校合格で気持ちは盛り上がりましたし、部活中心に楽しい中学校生活へとスムーズにつながりましたけど、勉強する気はあんまりないようでしたね。

もっとも、チャレンジ校に向かってものすごい努力をした場合も、ようやく合格を勝ち取って、それから中一のときの学習意欲がどうなってるかはなんともいえませんが…

ところで、今回の受験も、チャレンジ校のない受験となりましたが、今のはなひめと、当時のこじろうはけっこう雰囲気が違います。

先日の個人面談のときにいわれたのですが、今のはなひめは「ちょうど、いい感じ」。つまり、焦ってもいないし、落ち込んでもいないし、慢心してもいないし、疲れてもいないし、それでいて授業・勉強への集中度、やる気が以前よりじわっと向上している感じ。安定している。
#安定しているのは、気分であって、成績じゃないんですけどね

家でも、勉強しているときに横道に逸れにくくなったし、持続時間が増えたし、親がいないときも課題をやってあるようになったし、バトルが激減したし、ともかく全体に勉強を進めやすくなりました。自分のどの部分が不十分かを考えたり、それをどう補うかを考えたりする部分も、親に全面頼りきりでなく、自分の考えで進めたり、母に相談したりするようになりました。あくまで、以前の本人との比較ですが。よそ様との比較ではなくて。

それが、どうしてなのかについて、確かなことはいえませんが(たぶん、本人にだってはっきりとはわからないでしょう)、ひとつ思い当たる違いとしては、勉強自体がおもしろくなってきたことです。

はなひめは、理解が早いほうではなく、しかも、納得しないまま次に行けないタイプですから、新しいことがどんどん出てくる五年生はほんとうに大変でした(親も)。特に、算数や理科で新しい単元が出てくるたびに、説明したりバトルしたり演習したりまた戻ったり、そりゃあもう大変でした。どんどん難しくなっていったらどうなっちゃうんだろうという不安もありましたし。

それが、ひととおりすべてのことを見通すことができるようになって、もう伏兵が出てくる心配はなく、いわば「中学受験範囲の庭」で迷子にならずにあちこち自由に歩きまわれるようになった状態。これまで歩いたことのある場所を、ちょっとゆとりを持ってもう一度通ってみると、こんなきれいな花が咲いていたとか、仰ぎ見ると空と木々がマッチしていい具合だとか。

あそこに生えていたあれと、ここに生えていたこれは、実はとても似た種類だったとか。つながったり、まとめられたり、あるいは別の見方ができたり、これまで気がつかなかったことにあらためて気づく、つながる楽しさ。優れた過去問を解けば、最近ようやく見えてきた「何か」がまさに、志望校に入るための資質として求められている理解のかたちであることがわかったりするわけです。

おおよそ、勉強のようなことは、楽しむのにコツやスキルが必要です。テレビや漫画を楽しむより、なんとなく敷居が高いのです(*)。そのうえ、楽しみといっても地味です(^^;; だから、勉強をあまりしないでいると、どんどん勉強というものはおっくうに、つまらなくなってしまうのですが、逆に、慣れれば慣れるほど楽しみ方がわかるようになります。小学校高学年は、そのほんの入り口でしょうか?

中学受験という目標をたて、その必要に迫られて勉強するうちに、勉強そのもののおもしろさが見えてきた。となれば、勉強そのものが勉強意欲の源であって、それは、スムーズに中学入学以降へつながっていく可能性を持つと思うのです。

今は、「中学受験範囲の庭」の探検を続けることで、第一志望校合格をより確かなものにしたい、それも単に合格するだけではなくて、充分探検しつくして「ここはもう大丈夫。さぁ次へいこう!!」と思えるようになりたいと、それが勉強のモチベーションだと思います。(本人がそう意識しているわけではありませんが…)

こじろうのときは、辺りを見回す余裕もなかったことが、ちょっと残念です。(やっぱりダブル受験は…(-_-;;)

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(*)だから、勉強がやや楽しくなってもやっぱり、お友だちとは遊ぶし、ゲームもするわけですが。
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by an-dan-te | 2012-11-21 13:18 | 中学受験 | Comments(4)