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公民開始、まずは憲法から   

なんか、この時期からようやく「公民」が始まるって遅くないですかね? こじろうのときもそうだったかな? (記憶あやふや)

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私は、大人としては相当社会科オンチだから、地理も歴史も知らないことばかり。はなひめといっしょにようやく勉強した、ってなもんだけれども、これだけは、ぶっちぎりのアドバンテージがある、公民。

社会人として暮らして早やン十年、いくら法律や経済に疎いといっても、生活していくうえで何がどんな影響を及ぼすのか、様々な場面でいやっちゅうほど納得させられているんだからね。国会議員の数は覚えてなくても、テキストに載っているどの事項がどういう意味なのか位置づけなのか、それくらいは大人なら誰でもわかる。

その常識の部分を持ち合わせないのが子どもであって、だからはっきりいって、授業を受けてもテキストを読んでも、どうもなかなかピンと来ないってことがある。こじろうのときも、ずいぶんワカランで苦しんでいたような。

一日二ページ、社会のテキストを音読するという習慣はほそぼそ続けているんだけど、公民に入ってからの分は、たださらりと読んでもはなひめがわかった顔をしていないということはよくあって、そうするとつい、こちらとしてはテキストから想起されたいろんなエピソードを長々と挟んでしまうのだ。そんなことをいちいちしてたら音読は終わらない。

とはいえ、そうやって、一見回り道でも、大人と子どもの常識ギャップを少しずつあちこちから埋めていき、子どもはそのツギハギした知識を土台にだんだんニュースなども見聞きしてイメージを膨らませ、そしてこじろうくらいになった暁には、なまっちょろい意見なども持ち合わせるようになるわけだ。そして半分大人がさらに成長してしっかり大人になるころには…

親の役目はめでたくおしまい。ま、そういうことでしょう。

それがね、社会常識のモトを仕込む機会を逸したまたろうとかは、いまだにこじろうほどもニュースを読んだり、意見を持ったりする力がない。というか、関心があまりない。これは、やっぱりなんかちょっと失敗したような気がする。

はなひめが現在のところ、どういう興味を公民分野に対して持っているのか(あるいはいないのか)わからないけれど、とにかく公民分野の入り口単元は、憲法。この分野はまず、「じゅげむじゅげむ」的に単純な興味を引くこともできる分野で…

社会の授業が公民に入った翌日、早速、塾の休憩時間には男子二人が憲法前文暗唱バトル!? を繰り広げていたそうな。二人で声をそろえてガーーッと暗唱して、どっちかがつっかえるか、あるいは食い違うと…どちらが正しいか確かめて…間違えたほうが「負けました」とおじぎするってだけのゲームである(^^;;

はなひめもちょっと影響を受けたらしくて、その前日、授業が終わった直後に母が「とにかく有名な条文は丸ごと覚えちゃいなさい」といってもぜんぜんその気になってなかったところ、ようやくモチベアップしたのはなにより。

もっとも、彼らが暗唱したのは前文らしいけど、もっと短くないと覚えられないといって、今のところ、九条、一条とかバラで攻めている模様。まぁなんでもいいです。

このようなモチベの元となっているのは、まずは「日本語であそぼ」のときと似たようなものかもしれないけど(覚えて言えるのが楽しいという)。

「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」
…めちゃかっこいい~(^^)

日本国憲法の、すがすがしいまでにきっぱりとした表現。大人になって、そんなのただの理想にしか過ぎないよな~と思ってしまうことがあっても、そのとき、こういう文章を、若いうちに暗唱してみたことがあるというのは、心の中の財産となって残っていることでしょう。

それに、幼児のときに「じゅげむじゅげむ」「祇園精舎の鐘の声…」とやったときと違って、ちゃんと中身も(ある程度は)わかって、さらにこれからの学習で深めていけるんですしね。よい入り口だと思います。

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by an-dan-te | 2012-06-30 22:36 | 中学受験 | Comments(1)

部活で青春!!   

またろうの行った公立中では、極端に文化部が少なくて、美術部と吹奏楽部のみ。またろうは絵が好きだから美術部なんていいんじゃないかと思ったけど、女子しかいなかったのでまたろうには入る勇気がなく(^^;;

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前の年までだったら、パソコン部というのがあった。それが、顧問をしてた先生の異動でなくなっちゃったのが痛い。とにかく中学校では、顧問の先生を確保するってのがネックで、先生も忙しいからね。

運動系の部活は、野球・バレー・バスケ・陸上・テニス・サッカーと、まあまああった。運動部の場合は、「部活」という形をとらないと、大会とかに出られなくなってしまうので、なるべく作る方針だとか。そうはいっても、テニス部(またろうがしばらく幽霊部員してたところ)の場合、顧問の先生は名前を貸しているだけで、テニスに興味もなく、練習を見に来ることもついぞなかったんだけど。

そんな調子で、部活というのは先生個人依存で吹けば飛ぶような、というか、たとえ練習時間はたっぷりあってもなんの指導も方針もなくわいわいやってるだけだったりして、内容的にも非常に低調だった。

ところが、運動系の部でひとつだけ強いところがあって、都大会でもいいところに行ったりしてたのだ。これはどういうことかというと、非常に熱心な先生がいて、ちゃんと指導もしてるし(けどその先生は授業とかは手抜き)、そこをめがけて熱心な生徒が越境してくるってこと。

こじろうがやってるスポーツの場合も(前述のとは別)、そこそこ強いところは私立にもあるけど、都でいちばん強いのは公立中だったりする。そこは市内どころかずっと遠くの地域から、小学生のときにすでに全国クラスの子が越境してやってくるのだ。

いったいどうなってるの? 異動ってないの?? と思ったのだが、ふつうは公立の中学校の先生だと数年ごとぐるぐるまわされちゃうけど、そうやって部活の伝統を作ってる名物教師だと異動からはずしてもらえたりするらしい。

だから、ほんとに全国レベルの選手を目指すなら、私立に行く必要はないわけ。当然だけど小学生のうちからがんがん練習しておいて、その分野で有名な公立中に越境して、部活中心に本気でそのスポーツをやって、高校も推薦を目指す。

しかし、そんな話、うちにはなんの関係もないのであって(^^;;

こじろうの学校は、部活に熱心と聞いていたけど、熱心ってどういうことなのか、事前にはあまりよく理解していなかった。全国クラスの運動系某部活が有名だけど、こじろうはそれとは無縁だし、そもそも、入ってやっていけるわけがないしね。

こじろうはもちろんそれ以外の部活に入った。入ってみたら初心者ばかりで、ゆるーくリラックスムードの部活が始まった。けどまたろう公立中のテニス部なんかと違っていたのはまず、顧問・副顧問複数がいてちゃんと部活に関わっていること。別に顧問の先生自身が、そのスポーツがすごくできるというわけではないけど、大会や練習試合のコーディネート、合宿の段取り、それからコーチの依頼とかをやっている。

コーチというのは、部のOBの大学生。主に、ひよひよの中学生の指導をしてくれる。高校生はすでにかなり強くて、コーチ(別に全国レベル選手とかそんなんじゃないから)の実力と接近してくるのもあって、あまりコーチに指導を受けることはないらしい。

高校生がいるというところも、公立中とは違うところ。特に、こじろうの学校の場合はスポーツ推薦がいるから、めちゃ強い人もいる。いっしょに練習をすることは少なくても、刺激にはなるよね…

設備的にも恵まれている。活動時間もたっぷりあって、合宿もがっつりあるから、スポ根じゃないまったり集団のこじろうたちも、中三になるころはずいぶん対外試合でも勝てるようになって、けっこういい成績を残した。

もともとうまい子が集まる強い公立中とは違う。初心者から始めて、でも恵まれた環境と、部活に打ち込む雰囲気があって、それにものすごく育ててもらった感じがする。

そんなこんなで、ふつうの素質の子が、部活で青春するなら、やっぱ私立でしょう!! と思ったりしたのだが、私立にもいろいろあって、部活の活動時間の制限が厳しかったり、姿勢は学校によってピンキリみたい。ただし、学校の姿勢がどうだということがわかれば、その点に関しては公立より当てになるので、そこがポイントです。入る前には、よく調べてね。

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by an-dan-te | 2012-06-29 13:20 | 中学受験 | Comments(6)

中学受験の勉強は一年で充分!?   

本日の記事のタイトルとして書きました「中学受験の勉強は一年で充分!」という扇情的(?)なオビがついて売られている本があります。「「子供のために」を疑う」(二神能基、朝日新書)という本です。

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この著者の経歴は非常におもしろくて、中学受験塾経営を長年やったあと、ニート支援のNPO法人を設立した人です。つまり、自立に向かわない青年たちを多数面倒見ているうちに、中学受験きっかけで親子関係が壊れたというケースに多数遭遇したのを踏まえて、行き過ぎない中学受験を提案しようとしているのですね。

この本全体は、「10代の子供を伸ばす7つの知恵」という副題がつけられているように、思春期の子育てについて述べることが中心となっているのですが、とっぱなの第一章は丸ごと、中学受験の話に割かれています。

曰く、「中学受験の勉強は、「小学6年生から」で充分」。

最悪なケースというのは、親主導でがりがりやらせて「えいや」とめいっぱいのレベルの中学に押し込んだものの、本人はもう燃え尽きてて勉強する気はナッシング。ぎりぎり合格のうえ、やる気もないとくれば当然あっという間に深海魚になり、とてもじゃないけど「難関中学の名前につりあう」大学なんかは入れるわけもなく、でも本人や親の半端なプライドだけは引きずっているという状態です。例えば。

そう書いてしまうと、作られたステレオタイプという気もしますが、実際、この人が接してきた親子で、中学受験から深海魚、そして親子関係もぎくしゃくしているパターンがそれなりに多かったのでしょう。

いうまでもないことながら、中学受験のあとうまく成長したパターンだと、この人のところには来ないわけなので…

それで、この人の提案する中学受験はどういうものかというと、
・五年から、小規模塾でぼちぼち勉強を始めて
・六年で、中学受験塾に入る。
・余裕を持って入れそうな中学校に進学する。
というプランです。

確かに、その場合は深海魚になる可能性は低そうですが、それは要するに、本人のポテンシャルよりだいぶ低いところにしか行けないことが多いからといえるかもしれません。そんなに上限を狙う必要もないですけど、あまり極端に「ゆとり」だと、私学に行く意味が半減してしまいそうですが。

私の見るところ、上記のプランが現実的によいプラン(ほどほどのところに合格する)として成り立つためには、いくつかの前提があるように思います。
・この人の経営していた塾は地方(愛媛県)にあり、東京圏とは事情が異なる。
・小規模塾というものが、本人の適性や特徴を見て、きめ細かく指導ができることを仮定している。
・短期集中でガッツを発揮する、がんばれる子であることを仮定している。

あと、中学受験塾に六年から入塾できるか、できてもついていけるかというのも難しいところだと思うのですが、この本には
「(周囲はもう総復習に入っているということで戸惑いもあるだろうが)しかし、私の経験から言えば、その戸惑いや緊張感が、子供の潜在的能力を引き出す場合が多い。(中略)前半こそ焦りもあって暗い表情をしていますが、夏休みに入る頃くらいから、成績の上昇とともに表情がリアルに変化してきます。」
そして成績がグンと伸び、伸びを体験することでさらに勢いがつき、志望校中学合格後も順調に伸びていく場合が多い。というのがこの著者の主張です。

どうですか?

私は、うーん、、趣旨としてはわかるけど、状況により、子どもの能力と性格により、合わないケースのほうが多いように思います。あとね。後伸びするための条件には、「勉強をやりすぎず、嫌になっていない」ことのほかに、「勉強が少なすぎない」ことも重要だと思うんです。

つまり、中学に入ってからの勉強が楽しい、そしてやったら伸びる、というためには、基礎学力、基礎知識、そして勉強をすすめるコツというものが必要ですから。中学受験勉強をじっくりしっかりしたからこそ、その後の勉強が楽しくて身になるって面もあるんです。六年からだと、よほど要領よくできる環境と能力がなければ、突貫工事的になっちゃわないでしょうか。

ということで、この著者の提案をそのまま受け取る必要はない(受け取ることはできない)と思いますが、とにかく中学に入れればいい、というのではなくて、その後に伸びるように受験するという視点はしっかり持っておきたいですね。

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by an-dan-te | 2012-06-28 13:04 | 中学受験 | Comments(12)

公立中高一貫校という選択   

こじろうの受験のとき、まだ公立中高一貫校というものは「出たて」で、選択肢も少なかったし、海のものとも山のものともつかない状態だった。

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それに加えて、こじろうがからっきし「記述」がダメと来ているので、もう検討するまでもなかったのよね。

それで、はなひめのときには、いくつか追加で開校されてチョイスも増えるし、なにしろこじろうと違って、意味のわかる文章を書くだろうから(^^;; 公立中高一貫校も併願のひとつとしてアリかな? と思っていたような気がする。漠然と。

公立中高一貫狙いで、落ちたらそのまま近所の公立中という高リスクなことは考えないけれども、私立狙いで公立も受けるんならいいだろうという考え方である。

この場合、近所の公立中は行かせたくないけれども公立中高一貫なら、という趣旨は、
・試験(など)により選抜されている。
・教育熱心な家庭が揃っている。
というあたりである。

それと、「いじめ」関連でちょいと書いたかもしれないが、入ってみてここは合わなかったとなった場合に、とにかく近所の公立中に戻る手がある(つまり、くじを一回余計に引く)という点は、私立中と同じである。

子ども三人いる我が家にとっては、「安い」ということも大きな魅力。だから、四年生くらいのときには、「三日には公立を受けるかもね」くらいに考えていたんだけど…

人は変わるもので(笑)結局今では、まったく公立中高一貫のセンは考えなくなってしまった。

この数年間の、心変わりの元になった材料は何かということだけれども、
・こじろうの私立快適生活にどっぷり漬かってしまった。
・またろうの学校を見ていて、「公立って…」と思うことがいくつかあった。
・とても気に入る私立が複数あって、公立中高一貫を受ける日が残らない(^^;;
・別途対策をするのがめんどくさい。
・選抜の基準が好きになれない(小学校の成績を見ること)
などのほかに、いちばん大きいのはココ:

そもそもなぜ私立に入れたいのかということを考えれば、
学校のカラー(ポリシー、空気)を選びたいから。
…ということに気づいた。途中で(ブログとか書いて整理してるうちに)。

公立中高一貫の場合、まだ歴史が浅いということもあるし、あと、私立のように勝手にできるわけじゃないとかいろいろあるだろうけど、どういう空気なのかは未知数だよね。いやもちろん、学校を見に行けば何がしか感じるところはあるはずなのだが、これまた、なんか「上」で方針転換があったらどうなるかがいまいち不安。

たとえば、都知事が変わったりとかね…そりゃいつかは変わるだろうけど(ご高齢だから)…

そうだ、私がはなひめを入れたいのはやっぱり公立中高一貫ではない、ということがわかってしまった。

という結論で、結局我が家では「ご縁がない」ということになったのだけど。つまり。
ともかく全落ち以外はお金がかかること必然ということね…(-_-;;

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by an-dan-te | 2012-06-27 13:18 | 中学受験 | Comments(2)

苦手こそ やることしぼって 二回転   

はなひめが日能研に入ってこのかた、当然のことながら成績にはいろんな浮き沈みがあります。

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科目ごと、はっきりした差があったこじろうに比べれば、はなひめの科目間格差は小さいし、時期によっての浮き沈みで容易に逆転します。別の言い方をすれば、「時期によっての浮き沈み」が大きすぎて、科目間格差をどっぷり覆い隠しているともいえます。

算数、社会、国語はいずれも「どげんかせんといかん(o_o;;」という状態に陥ったことがあり(時期はバラバラ)、それでも沈みっぱなしということではなく、手を尽くせばちゃんと浮上してきました。理科は、単発で悪い点数を取ったことならあるけど、沈みが固定化したことはない科目。

おかしいな…別に、理科は得意そうにみえないんだけど…
平均で考えると、国語の次にいいということになってます。大はずれと大当たりはなく、小当たりを続けていてたまに小はずれというような成績です。

算数と社会は、沈みが固定化した時期からそれを脱却するまで、やったことに共通点があります。

それは、やる問題を減らして、「二回転」させたことです。

苦手な科目、ましてや苦手な分野となると、「栄冠への道」をひととおりやるにも時間がかかります。全部やろうとするとうんざりします(というか、終わらないんだけど)。でも、ほかのこと(家庭の平和とか)を犠牲にしてなんとか最後までたどり着いても、別に成績上がらないんだよね。そういうことってない??

だから、「栄冠への道」の問題研究(応用のこと)をやる代わりに、基本問題を二度やる。あとは、社会科なら、テキスト音読。算数なら、計算(と一行題)は毎日しっかり。

基本+応用を一度やるより、基本を二度やるほうがずっと楽です。二度目は早くなりますから。それで、余裕があれば問題研究も最初のあたりはできるところまでやります。

そうするとどうなるかというと、できる問題をすらすら解くほうがまず家庭内も平和になります。

それと、基本的な問題を解くのがだいぶスピードアップできます。これは大きい。

はなひめの場合、定着していない問題を解こうとすると(社会の場合なら、思い出そうとすると)加速度的に、所要時間が延びてしまうらしいです。それで、すごい手前のところで時間が尽きて、「以下空白」になってしまうととても寒い点数になるんですよね。

それが、基本部分がさくさくできて、人並みの時間で終わるんならば、手薄だった応用問題もそんなに難しくなければ解けちゃったりね。ずっとずっと、テスト時間を有効活用できるようになります。

というわけで。成績が落ち込んだら、慌てて教材を増やすなんてもってのほか。量も絞って難易度もやさしいものだけにして、その代わり二度。お奨めです。

あ、念のためにいっておきますと、偏差値60超えの科目をもっと伸ばすにはとかいうような話ではなくて、足をひっぱっている科目を「ふつう」まで持って来たいときの話ね。たぶん、まったりさんに効きます。

こじろうは、「基本に絞って二度解き」なんてしたこともなくって、どれでも栄冠への道を一回さらっと、というのが家庭学習のほとんどだったなぁ。理科も社会も算数も。あぁでも国語は、というか語句と漢字は、二回といわずがっつり回していたわね。だから苦手なら二回転、というのにあてはまっているといえばいえる。


それで、はなひめについて、上では算数と社会について書きましたが、国語はどうしたのかって。

国語は、栄冠への道をやるようになりました。というか、本科の読解か栄冠への道の読解かどちらか一問。入塾してからこのかた、一番なんとかなってたのが国語だったんで、家では完全放置で、漢字と語句しかやってなかったんですよ。それで、一年くらい経って気がついたら国語がひどいことになってしまって(-_-;;

週に一度は、読解問題を家でもやるようにしました。それでちょっと持ち直してきたところ。

得意でも 完全放置は いかんです(あ、また五・七・五…)

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by an-dan-te | 2012-06-26 13:31 | 中学受験 | Comments(6)

凸凹くんの育て方   

少し前の記事で「時間のゆとり、どこからひねり出す?」というのがあったんですが、そこのコメント欄が長々続いて、「掲示板のスレッド」状態になってます(^^;;

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今の話題は「能力の凸凹」です。人間誰しも、レーダーチャート描いて完璧な円、なんてことはなくて、ある程度凸凹しているものですけど、それでも非常に大雑把にいえば、国語ができる子は算数もできて、ピアノがむちゃくちゃうまい人は頭もいいみたいに、統計的には、能力の間にかなりの相関があるのがふつうです。

我が家はかなりの凸凹ファミリーでして、特に男三人は極端。自分のことを棚に上げていうけど、あそこまで理数はできて英語はひどくて、物はなくしやすくて字は下手で。またろうはまさに、よしぞうの子なんだけど、お父さんほどの「気合」や「勘」は持ち合わせていなくて、いろいろ困った事態に陥りやすいです。

AVARONさんのコメントで:
> またろう君の凸凹さに対する対応、母としてすごいと思いますよ。
> 凸の部分に凹を無理矢理寄せようとしない、という感じが。
というのがありましたが、これは大いなる(美しい)誤解というものです。

私は、価値観狭いし(狭かったし)、心も狭いので、またろうの凸凹をなんとかしようと思い、それはそれはやっきになって「凹」を埋めにかかったものです。

保育園時代であれば、保育士さんと個人面談や連絡帳のやりとりを重ね、あの手この手で…つまり、ほめたり、叱ったり、にんじんをぶら下げたり、高圧的に強制したり、そりゃあもうありとあらゆる手を使って、「きちんと」みんなといっしょに行動させようとしました。

つまり、凹凸の凸の部分(発想がおもしろいこと、下の子にやさしいことなど)はそのまま素直に喜んでいましたが、凹の部分を底上げすることにはやっきになっていたということです。

就学すれば、凸凹はよけい現実的な困りごとを生むことになり、宿題がわからない、提出物が出せない、ものがなくなる(この場合、いじめとかではなくて本人がどんどんなくしている)。そしてそれをどうにかするためにまた莫大な労力を割いたものです。もちろん、割いた中には、本人の能力の凸凹をなんとかしようということだけではなく、とりあえず「現在」、周囲にかけるご迷惑を少なくするために、集金を親が持っていくとかそういうことも含まれたわけですけど。

そういう長年の闘争を経て、戦い済んで(済んでないけど)日は暮れて道遠く、疲れ果てた私は引退宣言をして高専生活は基本的に本人任せ。今では、頼めばなんでもしてくれるし、雑談してもおもしろいし、あと、高専をこれ以上留年しないで卒業してくれればなんにも文句はないんだけど!! の心境に達してはいますが、これは、私がすばらしい母なのではなくて、またろうの粘り勝ちですね。どうやってもまたろうはまたろうであるという。

だいたいにおいて、凸凹が激しい子を持った母はいつも叫んでいます。喜んでる人はあんまりいないと思いますが…

シャムロックさんから、
> えっそうかなあ。私は凸のあるほうが、豊かな人生を送れると思ってる派です。
というご意見があり、確かにそれはある意味そうで、よしぞうが今持ってる能力の、全分野平均値にそろった人物だったとしたら、私はそんなつまらないヤツとは結婚していない(笑)

…これは間違いのないところで。仕事をするうえでも、もちろん結婚する場合とは違うでしょうけど、それぞれの人の得意なところが必要なわけで、凸凹があるのは必ずしもマイナスでないですね。組織で仕事をするというのは、そういうのを全体としてうまく組み合わせていくということでもありますし。

逆に、オールラウンダーであればその良さを生かせばいいわけで、別に不利とも思いませんけどね…

たとえば、私の場合だったら、ある程度理系センスを持った、元々はコトバ系が得意な人ということで今の仕事(IT翻訳管理)があります。

凸凹がある人はその凸を、ない人はその「ない」ことを、生かせばいいことです。仕事ならば。

それとは別に、誰でも「生活」をしなくちゃいけないですから…
凸凹がありすぎる人ってのは生活上なかなかつらいんです。いろいろ工夫はしますけど(タイプの違う人と結婚するとか、自分の特性にあったミス防止策をとるとか)、そりゃもともと凹の底上げがある程度できるものならそれに越したことはない。

だから、過剰なくらいやっきになって底上げにかかるのもまぁ親心です。必ずしも悪いことではないと思いますけど…でも、あまりそれに成果が上がったためしがないってのがつらいところですね。だから、ひととおり手を打ってみて、うまくいかない時期・やり方であることがわかれば撤退して別のチャンスを待つ、くらいのところが妥当でしょう。なかなか、忍耐が続きませんが。

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by an-dan-te | 2012-06-25 13:30 | 中学受験 | Comments(12)

回転寿司じゃないのよ電流は   

電圧、電流ですっかりてこずってしまい、なんだか毎日理科やってたような一週間でした。

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そういえば、「わからない~」「納得いかないー」で、めそめそしたり大モメにモメたりするのって、最近とんとなかったな。いつからなかったんだろう?? 前はしょっちゅう、算数で新しい単元が出てくるたびにバトってたものだったが。

この単元では何をやるかというと、
「電池1個、豆電球1個」の回路の電流を1とすると、
豆電球を並列につなぎ足した場合、直列につなぎ足した場合、あるいは
電池を並列につなぎ足した場合、直列につなぎ足した場合、などなどの電流を求めるって話ですね。

そういえば四年生のころ、さんざんごたすかしたような気がする…

あのとき、いちおうわかったんじゃなかっただろうか。ぜんぶきれいに忘れてしまったのかしらん。

どうも、きれいに忘れた、というわけではないらしいんですが、例えば、
「電池を並列につなぎ足していっても、豆電球の明るさは変わらない。電池長持ち」
「電池を直列につなぎ足していくと、豆電球は明るくなる
「豆電球を並列につなぎ足していっても、1個ずつの明るさは同じ。電池は早くヘタレる」
「豆電球を直列につなぎ足すと、1個ずつが暗くなる
…というところまでなら同意する。

けれど、このそれぞれの太字部分の先の、電池寿命の話が問題です。
「豆電球を直列につなぎ足すと、1個ずつが暗くなる
暗くはなったけど、2個分つけてがんばってるんだから、電池寿命は同じくらいになるんじゃないの??
…というのが、今回の疑問点の根っこだったような気がします。

といっても、本人がそのように最初から整理して疑問を投げかけてくれるわけじゃないので、まず話を「ほぐす」のに一日、翌日は途中まで説明してどこからわからないか確認、その翌日はわかったところまでを「練習」して、その先の説明を試みるが敗退…というようにしてじりじり、じりじり進めていきました。

そもそも電圧が何で電流が何だというイメージがないのね。

上記の疑問点でいうと、最初に思い描いていたイメージって、「回転寿司モデル」なわけ。
1人の職人さんが、せっせせっせと握り寿司を回る道に乗せていく。それを、一人のお客さんが食べるんなら全部食べるんだけど、二人のお客さんが食べるんなら、上流の人と下流の人と半分こになるみたいな(上流の人が勝手に食べ過ぎて、下流の人に残さないと困るけどね)。
…電流半分っていうけど、それ二人分合わせたら、職人さんは同じだけ仕事してるんじゃないの??

うーん、この場合、その回転寿司イメージは捨てたほうがいいね。話に合わないから。抵抗が大きくなるのって、細い細い管に息を吹き込むんだと、すこーしずつしか吐けないイメージなんだけど。

だからその「抵抗」ってのがなんだかわからないよ!! と険悪に。

それでもう、電圧=電流×抵抗って式を出して、「習うより慣れろ」をさせてみたりして。

で、そのあと、電池の「持ち」はこの電流の逆数でいいんだ、という「操作」を教えつつ、電球の明るさは、電流に比例するのではなくて、電流×電圧に比例すると思えばよく、要するに「電球2つを直列」にして電流1/2しか流れていないときには、ひとつひとつの電球は半分どころかずっと暗くて、二つ合わせても基本の回路のときほど「お仕事」してないわけ。

そういう話にたどり着いたのが水曜日くらい、そして木曜日にようやく
「電球が1つで、電池2つを直列につないだとき(電流は2)って、電池はやっぱり半分くらいの時間でダメになっちゃうの?」
「そうだよ」
「…つまり電球が、倍じゃなくて4倍くらい光ってるってこと?」
「そうだよ」
「…あーそうかー…」

ってところまで来て、トンネル開通。金曜日は問題をいっしょに解いてみて。さらに、日曜日の午前中には、「栄冠への道」を一人で解いてみたら。。

何事もなかったように、解けました(^^) よかった。

よかったけど、ほかの科目の勉強してないうちにカリテ。我が家が電球にかかずらわっているうちに、今週の社会では「太平洋戦争の戦後処理して、高度経済成長から石油危機からバブル崩壊まで」一気に進んで、「…よりよい日本の未来をえがけるようになっていきたいものです。」といって歴史がすっかり終わってしまいましたよ。次回からは公民です。

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by an-dan-te | 2012-06-24 16:09 | 中学受験 | Comments(2)

ノートコピー   

大学生ならば、休んだ日のノートを友人から入手するかどうかもその人の実力、みたいな?? …トコがありますが、日能研ではノートコピーが制度化されています。

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各授業で、先生は出席者のうち一人を指名して、その子は休み時間にノートを事務室に持っていってコピー用に提供する。取られたコピーは、遅刻者・欠席者に提供される、という段取りです。

確か、塾によっては休んだ日の分の授業をビデオで見られるという話を聞いたことがありますが、それよりノートコピーなら簡便だし、授業でどこをやってどこが宿題になったかとかはさっとわかるので、まぁ妥当なフォローではないかと思います。

実際、塾を休んでもそのノートコピーを「授業を受けるがごとくしっかり見て」勉強したことは一度もないのですが(^^;; さっとめくって様子をみたら、そのときの状況に合わせて穴埋め方法を決めるというように使っています。

はなひめが黒板を写すのが遅かったんで(今も早くはないけど)、出席してるときにもノートコピーをもらって帰ったりしたこともあります。うちは欠席+遅刻+ノート取りきれないときで、ずいぶんな回数お世話になってるかも…

その制度はこじろうのときから同じです。ただ、誰をノートコピー係にするかの流れについてはクラスの文化の違い(?)があるようです。こじろうがいうには、M1(Mの中の下位クラス)のときはノートコピー係に人気があって争奪戦で、じゃんけんで勝ち取ったりしてたそうですが、M2(上位クラス)になるととんと人気がなく、先生が指名して決めていたとか。

ちなみに、ノートコピー係になると、日能研シール(つまりポイント)が三枚もらえるというのがごほうびになってます。M2のほうでは、そんなシール三枚より、休み時間にゆっくりできるほうがいいというような、オトナな感じが主流だった??

それで、今のはなひめのクラス(Mがひとつになった幅広いクラス)では、ノートコピー係というと、シールがもらえるからお得というか、ノートコピー係が名誉だからというか、ともかく人気があるようです。ノートコピーの係の決め方は、先生によって違っていて、
・希望者がじゃんけん勝負。
・ノートがきれいな人を先生が指名。
・一列目の端(四位?)に座っている人と決まっている。
など。

でもね…せっかくそういう制度があるんだったら、ぜんぶ
・ノートがきれいな人を先生が指名。
にしたらいいんじゃないかと思うけど、どうだろう。

その場合、指名されることが「名誉」だから、ノートコピーをゲットしようとして気合を入れてきれいなノートを取るし(…そんなことでは気合の入らない子もいるだろうけど)、それに、欠席したりしてもらったノートコピーがなにしろ美しい072.gifという利点が。

単なるじゃんけん勝負で決まるノートコピーのときは、「なんじゃこれ?」なノートの場合もあり(笑)ちょっとそれはね…ノートコピーとしては…

きれいなノートの人が指名される算数なら、はなひめは、ノートコピーに指名されるようにがんばってもいるし、それに、お気に入りの「きれい」なノートを取る子のノートコピーをもらったときには、しばらくNバッグに入れっぱなしにしていたこともあった。「きれい」なノートを取れるようにという、お守りみたいなもの?

そういえば、JGに入ってからしばらく、私は何人かの友人の「きれいなノート」に感銘を受け、いろいろマネしたりしたこともあったなぁと。まー結局、定着はしなかったんですけど(-_-;; 一部は取り入れたりもしたし、そういう刺激があるのっていいよね。

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by an-dan-te | 2012-06-23 23:22 | 中学受験 | Comments(0)

エセ宗教ワクチン   

大学のときのクラスメイトがひとり、卒業と同時にオウム真理教に出家してしまった。

  にほんブログ村 受験ブログ 中学受験へ←宗教的信念の強さに、巻き込まれない自分を持つ。

灘出身で、元々優秀な人ではあるのだろうけど、もう在学中はオウムにハマっていたので、成績はそんなによくはなかった(そんなに悪くもなかった)。まじめな人なんだと思う。たぶんもう現世のそんなこと(学業)はどうでもよくなっていたんだろうけど、それでも最低限はクリアしようとちゃんと努力していた。とにかく卒業に必要な単位は取って、でも卒業証書を受け取るのは待たずに、あっちの世界に行ってしまった。

大学院試験は受けて受かっていたので、当初の意思としては進学して在家の信者をするつもりだったらしいけど、合宿に行って、尊師の言葉を受けて方針変更。

麻原「キミは、出家したほうが、早くステージを上がれるタイプだよ」

いやもう、そのころはいろいろ大事業(? サリン撒くとか)が見えていて、とにかく急いで人材を集めたかったんだろう。テキトーなこと言ってるだけだよ、と彼を止めたいけれども、その期に及んで、周囲で私とかが「そんなバカなこと」といってももちろん彼の耳に届くわけはなし。彼がいうには、アルマゲドンが近いので、急がなくてはいけないんだと。それまでに解脱できていないと、戦争に巻き込まれてもっと悪いカルマを受けてしまい、解脱がさらに遠くなるとか…

当時、新聞を賑わせたオウムの幹部たち、特に男性は、それぞれ錚々たる高学歴の持ち主が多かった。東大、京大、阪大、筑波大、早稲田、慶應などがずらりと並んでいる。みんな、お勉強はできたんだろうに、免疫なさすぎ。

当時のキャンパスには、オウム真理教やら、原理やら、いろんな勧誘部隊が跳梁跋扈していたけれども、そういうものとか、あるいは子どもを持つようになってから…○○教や○○党、あるいはマルチまがい、そういうものと接触する機会はいろいろとあったけど、そのどれかに染まる自分というのはあまり想像できない。ご近所に住んでいて、こちらが小さい子どもを抱えて何か困りごとや悩み事があるときに、ほんとに親身になって助けてくれたような人から何かに誘われると、むげに断りにくいということはあるものだけど、それでも、断ることが非常に困難だと感じたことはない。

あくまでその人と、自分の関係において、自分はこう、あなたはこう、人として礼儀は尽くすにしても、巻き込まれてはいかない。

エセ宗教であっても、末端の信者は、決して悪人ではなく、むしろ善意にあふれている。いろいろ言ってくることも本心だったりするのだけれど、相手の信念を、自分の心に取り込んでいくことは、付き合う上でも、礼儀を尽くす上でも、別に必須ではない。そういう、距離のとり方というのは…

やっぱり、自我の確立してゆく時期として非常に重要な、中学高校のころに培われたものだと思うのだ。友人とのやりとり、先生(や権威)に対する反発や衝突、あるいは宗教の時間、礼拝の時間など。

私の母は、私の中学受験のときに、御三家の中から、宗教のない学校を薦めたけれども、それは自分が無宗教だからで、それはそれでひとつの見識ではある。でも、家の中に、宗教のにおいがまったくない家庭であるからこそ、宗教系の学校へ行ったのも悪くなかったと今では思う。

母は、私が宗教系の学校に入って、その信者になってしまうことを心配していたのだろうか? たぶん、それ自体はそんなに心配していなくて、でも、宗教をおしつけられたらかわいそうだし、と思っていたかもしれない。

宗教や礼拝の時間はあって、でも学校全体の雰囲気はまったく宗教っぽくはなかった。確かに「おしつけがましい」ところはあるのかもしれないけど、だからといってその宗教を信じるようになる人が多いわけではまったくない。むしろ、その「おしつけがましさ」がある場合に自分はそれとどう付き合っていくのか、ということをそれぞれが考えて学んでいくのではないだろうか。

…というような、「エセ宗教ワクチン」としての宗教教育、というようなことを最近チラと考えるようになった。

こじろうの学校を考えるときには、「どちらかといえば」宗教に関係ない学校がいいと思い、実際にこじろうは宗教系でない学校に進学したけれど、今回の受験では、いろいろ見て回っているうちに、宗教の時間とかがちゃんとあるような学校を気に入ってしまうことに(自分でも)驚いた。

私学にはカラーがある。それが中学受験をするうえでのひとつのキーポイントなわけだけれども、宗教系の学校というのは、それだけでしっかりした「芯」ができるので、その他に関してはおおらかというか、ゆるい、ぎりぎりまで生徒の自主性に任せて見守ることに長けているような気がする。生徒のほうも、のびのびやってはいるけど、ココという一線は踏み外さない、というような…それと、大学合格実績がよかろうが悪かろうが、いちいちガタガタ言わないというようなところ(^^;;

我が家は無宗教だから、宗教関係ない学校から探そうと思っている人も、とりあえず最初から狭めないでいろいろ見てみるとおもしろいんじゃないかと思います。

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by an-dan-te | 2012-06-22 13:26 | 中学受験 | Comments(14)

中学受験をしない場合の塾選び   

正直いって、これは私が書くべき記事ではないと思いますが、いろんな方のコメントからたくさんの示唆があったのでまとめとして。

  にほんブログ村 受験ブログ 中学受験へ←地域により子どもにより、結論さまざま

中学受験をしない場合でも、まったく放置で小学校時代を過ごすとあとがつらいよという話を「中学受験をしない場合の勉強法」に書きました。それなら、何を軸に勉強を組み立てていくか。

(1) 家勉
「親子で楽しむ中学受験」というのがけっこう難しい…という話をしていましたが、中学受験をしないのであればだいぶハードルは低いはず。教材は、中学受験のものを部分的に流用することもできるし、それこそ親子で実験・工作をしたり、本を読んだり、博物館とかに行ったり、やることはいくらでもありますから。

程度も内容も自由自在。ただし…やっぱり親の時間がそこまで取れないとか、あるいは親子じゃ喧嘩になるとか(^^;; 現実的に難しいところはあるでしょうね。

(2) 通信教育
まさかベネッセのチャレンジで補った気になるというわけにもいきませんが、例えばZ会なら中学受験に対応できる(とうたっている)コースまでありますから、ちょうどいいコースを選んで、それをペースメーカーにして続ける。

ただ、子ども任せにしておいてちゃんちゃんと進むって場合も少ないでしょうし…いや、それでほんとにうまくいくなら、その先も何の心配もないことでしょう。親がフォローするってことなら、(1)の変形みたいなものですね。

(3) 公文
我が家では、中学受験塾に通う前段階としてはなひめに公文をやらせてみましたが、中学受験をしないならそのまま「いいところ」まで続ければいいわけです。

公文のルーツはやっぱり「算数・数学」ですが、このカリキュラムの大きな特徴は、中学受験算数で扱う文章題や図形や、そういうややこしいところを一気にすっとばして文字式に入っていくところ。「そこそこ」の素質の子を、高校段階の数学までスムーズにつなげようという趣旨でいうと、ある意味非常に優れています。

ただ、ほんとに「すっとばす」のがその子の今後にとってベストなのか…!? とか、あと、計算ばっかりで単調なのが耐えられるかとか、まぁいろいろ現実問題、障害になることはあります。でも通信よりは、週に二回でも直接教室へ行って、先生が励ましたり乗せたりしてくれますから、続きやすいと思います。

中学入学までに、公文で英数国を、I教材(中三)までやっておくというのを目標にできれば、ものすごいアドバンテージになりますね。このあと中学の授業はほとんど寝て過ごしても大丈夫なくらい…ほんとに寝たくなりそうなのが欠点ですが。

あと、理科社会は別途補うってことになりますね。

(4) 中学受験塾
まずは四年か五年から中学受験の塾に通ってみるって手ももちろんあります。この方法のいいところは、それで子どもが中学受験に向いていそうだってことがわかれば受験できちゃうってことで、逆によくないところは、なんだかんだいって、あんまり向いてなさそうだってことがわかっても、つい受験に飲み込まれて行っちゃうというところかな。

あと、ハードな塾じゃ趣旨に反するでしょうから…近所の小規模塾をあたるのもいいし、大手ならサピや日能研より、市進や栄光かな。

(5) 公立中高一貫塾
今は、公立中高一貫をめざすコースもいろいろできています。いずれも、いわゆる中学受験塾よりはまったりしたペースで通塾できますし、作文の練習をしたり、資料の読み取りから自分の意見をまとめるとか、将来につながる感じでいいですね。

この方法のいいところは、「あわよくば」ほんとに公立中高一貫へ、ってところです。ただ、なにしろ倍率の高い受験で、しかも合否の見通しが立てにくいですから、受かること前提に話を進めるわけにもいきません。気持ち的にちょっと半端なところが不安ではあります。

逆にこの方法の欠点ですが、塾時間が少なめな中、どうしても作文などに比重が置かれますから、基礎学力の徹底という点では弱くなりがちなところです。おもしろくはないかもしれませんがしっかりした計算力、語彙・文法力、理科や社会の基礎知識なども補いながら進めていくとよいでしょう。

(6) 公立中進学向けの塾
公立中に進学する子ども向けのコースを設けている塾もあります。それが一般的な地方もあるようですが、少なくとも私の済んでいるあたりでは一般的でないので、要するに流行ってないコースは手薄だっていうのが難点というか不安な点です。しかし趣旨からいえば最も適切なことをやってくれているはずですが…

今、栄光ゼミナールのそういうコースの説明を見てみたのですが、四教科の勉強、計算と漢字、作文(オプション)となかなかよさそうです。でも…あれ?? 英語やらないの?? なんで??


どの塾(方法)も、よいところ弱いところがあると思いますので、やる場合はよく考えて…自己責任でね!!

タイムマシンに乗ってまたろうが小学校四年生の時点に戻るとしたら何をやらせるか…
うーん…
塾に通うこと自体が無理だったと思うからたぶんダメですね。(あれっ!?)

実は、公文に通わせてみたこともあるんですけど、プリントのハンドリングとか無理で、諦めました。公文は大規模教室で、個別フォローはまったく期待できないところだったし、親も付き添えなかったからどうにもなりませんでした。公文に通うことも、塾に通うことも、漢字を書くことも、結局、本人がある程度の年齢(中二とか)になればちゃんとできるようになったんだけど、時期がこないうちに先回りしてもなかなか得るものはありません。もしかして、公立中コースの塾で、ノートの取り方から…ではなくて、「ノートを持って塾に行く」というところから丁寧に指導してくれたら(?)よかったでしょうか。やっぱりダメかな??

仮に、はなひめが中学受験をしない場合だったら、公立中高一貫の塾と、ラジオ基礎英語かな? はなひめなら、いろんなやり方が考えられたと思います。

こじろうは…いやもう、あまりに日能研が似合いすぎてて、ほかの手段を想像できません(^^;;

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by an-dan-te | 2012-06-21 13:33 | 中学受験 | Comments(4)