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GW、宿題か復習か   

たかが一週間、されど一週間、塾が休みになるならやらせておきたいことはたくさん。

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春休みと何が違うって、そりゃ。親も会社が休みなことですよ。これは大きい。

それで、あれもこれも…と、「夢ふくらませて」て(^^;; でも冷静に考えて、算数と社会を中心に、カリテ復習とか強化ツールとかがいいかなと、思っていたところ…

とてもたくさんのGW宿題をいただきました(-_-;;
いえいえなんとありがたき幸せ。

しかもご丁寧にどれもこれも「提出!!」となっている。もちろん私は、塾の宿題なんぞに義理立てするタイプじゃないし、本人にとっての必要性の高い順にやっていって、できない分をブッチしたって「へ」とも思いませんよ。学校じゃないんだからね。受験の成功が、そのまま塾への恩返しだと思います。

だから、色眼鏡なしに(つまり、宿題だからやる、というのでなしに)仕分けをしようと意気込んでチェックにかかったのですが、どれもこれも、「うーん、やっぱりこれもやっておいたほうがいいかなぁ…」。ビミョーに、気にかかって、放ってはおきにくいものばかり。うまいところを突いてくるよね~

しかも、はなひめは提出の宿題、ならば「やらねば」という意識がせっかくあるようなので、そこを生かして乗っかるほうが平和で効率もあがるかもしれない。それなら、GW宿題に真っ向から取り組んで、さっさと終わらせたうえで、ほかのものも緊急度の高いものから乗せましょう。

GW宿題は
「国語」…漢字語句プリント。本科テキストの語句問題。
「算数」…一行題、難易度でA~Cに分かれている。といっても難しい問題はない。追加で、難関校対策問題集の一部。
「理科」…一問一答式の、主に語句を問う問題。五年本科テキストのオプ説。
「社会」…地理。山地山脈、川と平野など地形から、新幹線、主要な国名など。

分量はかなりなんだけど、内容は基本中の基本、これ知らなかったらヤバイってものばかり。「難関校対策問題集」はやらないにしても…それから、もしかしたら理科オプ説はやらないにしても、あとはさすがの私でも、これは省いてしまえ、というものがなくて。

今日は、一日予定がなく、親も予定がなく、まさに「かきいれどき」。30分とか勉強しては「合間」にゲームなどをして、しまいには勉強と「合間」のどっちが長いやらという感じになってきたけど、でもだいぶ進んだ。

ただ、そうやって細切れに勉強する、その監督をしているとねぇ…

はなひめがゲームをしている間も、なんか集中できなくて、発表会はすぐそこ(5/5)なのに、気合入れてピアノの練習とかできないの。なんか、ずいぶん前に読んだ「ごくせん」を引っ張り出してぼーっと読んじゃったりして、あー、休憩終わった。みたいな…

子どもも、あんまりちょこちょこ、短い勉強、短い休憩、ってやってると、まとまって遊べなくてストレス溜まりそう。がーっとやって、まとめて遊びにいければいいけどねぇ(でも、まとめて勉強をやるってのができない)。でも親がもう飽きたので、「五時まで友だちと遊んでおいで」といって放棄しちゃった。あぁ疲れた。ふだんの塾のありがたさよ。

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by an-dan-te | 2012-04-30 11:00 | Comments(0)

基本問題を、繰り返し。   

英語と相性が悪いよしぞうやまたろうは、英文法なにそれおいしいの、と思ってるらしいですけど、ほんとにおいしいんですって、これは。

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文法の力を実感したのは、中三のときの国語の授業で運命の出会い(私にとって)をした古文の文法のときでしたが、英語でも同じことです。日本人が日本語を覚えるときには、幼いころから浴びるように日本語の実例に触れながら、使い方を徐々に吸収していくわけで、順序としては実例→法則。でも、ある程度の年になってから言葉を学ぼうとするときは、その手ではなかなかうまくいかない。

うまくいかない理由っていうのは、たぶん、幼いときよりその回路がうまく働いてないってことがあるんでしょうけど。それのほかに、ぶっちゃけ一番大きな理由ってのは、そんだけジャブジャブと、大量に、その言語に浸るってことができないからでしょうね。

文法の力を借りれば、年齢が高くなったことをむしろ味方につけつつ、実例に浸る量が少ないという点をぐっと補うことができます。生の言葉のバリエーションなんてものは、そりゃあもう数限りないわけですけど、それを上手に類推して済ませようということです。

じゃあ、どうやって文法を学ぶと、スムーズに広く応用できるかってことですが…

駿台に通った高三のときの、英文法の先生は、文法をやるには「できるだけ薄い問題集を、繰り返し」やるのがいいといっていました。有名な問題集で「英文法頻出問題集」(駿台)だったか、そういうのがありまして、これはお世辞にも薄いとはいえませんが、とにかくそれをやるにしても、ひととおり済んだからといって別の問題集に手を出すことなく、また同じ問題集をやったほうがいい、ということです。

授業では、文法の極意を、非常にコンパクトな形で、「こういうときはこう、こういうときはこう」「これとこれは、これで見分ける」というように、明快に教えてくれました。私はたいていの場合、「ノートは使い捨て」で保存用ノートというものを作りませんが、この文法の授業のノートだけは、繰り返し擦り切れるくらい活用しました。

つまり、文法問題をやる→極意ノートを確認→文法問題をやる…という繰り返しです。「英文法頻出問題集」、略して「文頻」は、もちろんできなかったところに印をつけて、忘却曲線に対抗すべく反復して身につけますが、できたところでもまた戻ってやるのです。

記憶力のいい人は、ここの問題の答えはこれ、と覚えてしまうこともあるようですが、私は幸い、鋭い忘却力を持っていますので、直接には覚えていない状態で、でも同じ問題を解く練習ができます。これが大事なんです。

言葉が持っている無限のバリエーションに対応するのに、どんどん扱う問題を増やしていく、たくさんの例に触れるという方法は、収束させるまでがほんとうにたいへんです。それよりも、極限まで減らしていって、それを繰り返すほうが、実はバリエーションをカバーしやすいのです。

たとえば、文中に括弧があって、前置詞を入れる問題があったとしますね…forやらwithやらtoやら…これを、可能なすべてを尽くして練習しようとしてもエライことなんですけど、厳選された問題をやり、極意(まとまった知恵)を確かめ、おんなじ問題を繰り返す。これで、初見の問題を見たときでも、これはwithだな、というのがスッと浮かんでくるようになります。

英語の文章をたくさん読む、単語集を作って暗記する、やればいくらでもやることはあってきりがないのですが、私はあまりそういうことをせず、英語の勉強にはあまり時間を割きませんでした。でも入試では英語で稼ぐことができたので、英文法中心コンパクト勉強はたいへん有効だったと思います。

というわけで、私にとって英文法の授業は、もちろん直接には大学入試に役立ったのですが、それよりも、基本を繰り返すと応用できる、という極意を体感することができたのが大きかったです。

これはおそらく、場面を変えても…たとえば、中学受験算数を身につけるうえでも、有効な極意だと思います。

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by an-dan-te | 2012-04-29 12:08 | 中学受験 | Comments(1)

「文字と式」で中学受験は変わるのか?   

教科書が変わって「小学校」の範囲が増えれば、中学受験にも取り込まれる可能性がある。

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だから、参観で「文字と式」の授業を見たとき、私の頭をよぎったのは、「中学入試にも、x,yとか出てくるのかな??」ということだったが、それにしちゃ、日能研教材にはその気配もないし、第一、そんなことがあるなら、私が気づくよりずっと先にヨノナカで騒ぎになってるよな、と思い直した。

それで、家に帰ってから、指導要領と教科書を確かめてみると:
---- 文科省のページから、指導要領の該当部分
D(3) 文字を用いた式
数量の関係を表す式についての理解を深め,式を用いることができるようにする。
数量を表す言葉や□,△などの代わりに,a,x などの文字を用いて式に表したり,文字に数を当てはめて調べたりすること。
----
となっている。

これはつまりどういうことかというと、先日の授業の前半でやったように、「いろんな数が入る部分」をxとおいて、たとえば面積を 5 × x と表してみる。そうして、xにいろんな数を入れてみるのである。ここで、「いろんな数」というのは、整数だけではなくて小数や分数でもいい、ということがテーマの一部であるようだったが、確かに、指導要領解説には
----
その際,数を当てはめて調べる活動などを通して,整数値だけでなく,小数や分数の値も整数と同じように当てはめることができることに目を向け,数の範囲を拡張して考えることができるよう配慮する必要がある。
----
と書いてあるから、ここまでは範囲になっているのだ。

それで。狙いは、「中学校数学科とのなだらかな接続という観点からも,簡潔に表すことができるなど,a,x などの文字を用いて式で表すことのよさを味わうことのできる素地を養っておくことが大切である。」とあるので、やっぱり「よさを味わって」おかないとね。

教科書を見てみると、とにかく文字式の計算というものはしない…
つまり、2 × 3x = 6x とか、2× + 3x = 5x とか、文字式の操作的な部分が一切ない。移行もない。実を言えば、「方程式」とか「解く」というところは出てこない

じゃ、何をやっているの?? と疑問に思われるかもしれないが、だからこの範囲で出せる問題というのは、
「ノート 1 冊を x円として、4 冊の代金を求める式を書きましょう」→x × 4
「x の値を90としたときの、代金を求めましょう」→360円
というようなものに限られる。

…と、いうわけで、「何がうれしいの??」とわからないままだったとしても別に不思議はないし、先生がやや勇み足で、式の計算が必要なところを押して「レンズ形」に手をつけたくなったのも理解できるというものである(成功したかどうかはともかく)。

ここまでするなら、y = x + 100 で x にいろんな数を入れてみるだけでなく、x と y のグラフを描いてみるとかしたらちょっと、何がうれしいのか感じられるような気もするけど。

あとね。子どもにとってのハードルは、xが「いろいろに変わる」というほうが高いのではないだろうか。「まだ明らかになっていないけれど何かである数x」というのを置いといて、「x + 100 = 200」、さぁxを当ててみよう!! というほうが、概念的にはむしろわかりやすい。それに、そのほうが、「式を書くだけで問題が整理できて、解けちゃう」という喜びにもつながるんじゃないかと。

そこまで考えてみると、そういえば中学受験には昔から、□を使った逆算というのはあって、とっくにそういうことまで入っていたわけで。

まったく同じことを、xとかyとか使って書く、って変化なら起こりうるかもしれない。

だって算数の教科書で、「x」と「y」(という文字)の書き方を習ったからね。
(でも、それだけ。)

このビミョーな導入で、中学校数学が始めやすくなるのかどうかは謎である。

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by an-dan-te | 2012-04-27 14:06 | 中学受験 | Comments(14)

受験適齢期   

こじろうにとって、中学受験というのは、まさに「適時」。本人のフェーズにぴたりとハマっていた。

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日能研という塾も、こじろうの性格に合っていた。そしてその結果、本人に「似合う」学校に進学できたのだから、よいことづくめだったといえる。

子どもの発達の道筋やスピードは個人差が大きいので、小学校高学年の四年~六年に、中学受験を勉強してすんなりいくタイプと、いかないタイプがあるのは当然だ。またろうが後者であることは火を見るより明らかで、試してみるまでもなかったので、中学受験は見送った。

見送った理由は、点が取れないから、だけではない。もちろん、やってみなかったので正確なところはわからないけれど、こじろうよりもはるかに低い成績でおさまったであろうことは想像に難くない。それは別に、またろうがこじろうより「頭が悪い」からではなくて、単に「適齢期」ではなかったから、ということにつきる。

例えば、時間どおり塾に向かうこと、必要なものをもっていくこと、そんなことの困難さを考えると、我が家では到底支えきれないと思ったからだ。勉強以前に、その、受験勉強「生活」が。

その判断は間違っていなかったと思う。中学生になってから塾に通ったら、しばらくの練習を経て、無事Suicaなどの重要物品を持って、おおむね時間どおりに塾に向かうことができるようになったし、成績もぐんぐん上がった。文字の読み書きも猛スピードでキャッチアップできて、成果は大きかった。

本人なりの「時機」があるということには100%同意する。やりにくい時期に力こぶを入れても、疲れるだけで成果は上がりにくい。

でも、中学受験するか、高校受験するかという違いは大きすぎる。三年のずれはでかい。そこまでずらしたくはない場合は、どうすればいいのか?? 王様の息子(王子様)で、すべての教育はカスタムメイドってことなら、なんでも本人のフェーズに合わせてやればいいだろうけど、こちらは日本に住む一般庶民。良くも悪くも、所与のシステムに乗っかっていかないといけない。

中学受験でなく高校受験というふうに選ぶと、漏れなく公立中がついてくる。公立中のあり方に、その子にとって不都合な点がある場合は、それならどうしたらいいのか。
#またろうの場合の選択も、私は後悔している部分がある。

今週のAERAの特集に、「中学受験から撤退する決断」というのがある。毎度まいど、働く母の不安をあおって部数を伸ばす(^^;; AERAらしい記事で、中身はなんというか、極端な話やなんかピンボケの話の羅列で、もうちっとまじめに書けよとは思うが、これだけは同意する。

「無理に推し進める、中学受験は、よくない」…勉強に不向きな子に、夜中まで勉強させて、内容は消化不良、成績もグダグダで、ストレスで爪かみやタンパク尿。そんなの、よくないに決まってるじゃないですか。

でも、その無理むりコースか、さもなくば中学受験撤退の二択みたいな書き方が、もうね。

( 冒頭の事例では、学校での成績もよくなく、「通知表は毎回ど真ん中の"ふつう"一直線」。それで、長時間の進学塾に通い、そのあとお父さんがついて12時まで勉強させても、成績は上がらず。それを、塾をやめて、学校の勉強に集中させたら成績はみるみる伸びた。
…ってそれ、どんな勉強させてんねん(-_-# ヘタすぎやろ!! )

中学受験というものに、またろうが不向き、こじろうが向いてたとして、はなひめはその間くらいのどこかにいると思う。できる範囲のことを積み重ねて、入れる範囲の中学から、似合うところを選ぶ、身の丈受験。難関校かさもなくば撤退かなんていう、のっぴきならない受験じゃなくていい。

中学受験が、本人の適齢期より手前だったら、その分ちょっと、「ゆる受験」にすることを考える。その範囲で、行きたい私立があるなら、そういう中学受験は十分「あり」だと思う。

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by an-dan-te | 2012-04-26 12:22 | 中学受験 | Comments(10)

小学校で「文字と式」!?   

授業参観を見に行って、一番びっくりしたのは算数の授業でした。

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「文字と式」という単元の導入で…

そもそも、文字式出てくるんだ!! って(o_o) 脱ゆとりですか??
っていうか、ゆとりの前、たとえば自分が小学生だったとき、文字式が小学生で出てきたかっていうと記憶にないんだけど(でも記憶にないだけかも)。

算数の時間は少人数に分かれていたので、三クラスの同時進行を見ることができました。

導入の仕方は相談してあったらしくて、三クラスとも同じ。

縦の長さが「5cm」に揃えてある長方形がたくさん出てきて、ハイ、横が5cmなら面積は? 10cmなら? …とやっていきます。子どもたちは、「なんでこんな簡単なことをするの?」という表情ですが。

それで、いい加減もう面倒ってくらい出てきたら、「こうやって、いろんな数が入るよってときに□で表したことがあるよね」といって、横が□cmになりました。面積は、5×□cmになります。

さらに、この□を、x(かける、と紛らわしいけどエックス)で表すことにします。そうしたら、面積は、5×xcm。このxは、どういう長さでもいい。分数でも、小数でも。しばらく、いろんな数を入れて、面積を出してみたりします。xが指定されたら、面積が出せる。ここまでは、まぁいいですよわかりますよ、それで、だから何なの!? という表情になっていきます。

ところで、xに分数を入れたとき、たとえば7/2cmだったとして、5×(7/2)cmとなりますよね。それの計算ですが、なんでも「分数かける整数」は習っているけど「整数かける分数」は習ってないとかで、子どもたちは「掛け算の答えは逆に並べても同じになるから」といって逆に直してからかけたり、「小数に直した(3.5)」といって掛け算していました。まぁ工夫するのはいいことですが、「整数かける分数」くらいふつうにできるようにしてからこの説明に入ったらよかったような気も。

ここで、みんなの疑問「xで表すと何がうれしいの?」に答えるところまで、この授業は一気に入っていきました。三クラスあるうちの、一番進行の早いクラスだけですけど。

いわゆる「レンズ形」(こういうやつ↓)の面積を求めると、
f0185839_7511523.gif

正方形の面積の0.57倍になるわけですが(円周率を3.14とした場合)、そこまでは別の授業でやっていた模様。でも、なんで0.57倍になったの? いつもほんとにそうなるの? という疑問がみんなの中に残ったので、今日はそれを確かめてみよう、と。

正方形の一辺がxcmであるとして、レンズ形の面積を求めてみて。

それで、えっちらおっちら式を立てる:
(x × x × 3.14 ÷ 4 - x × x ÷ 2) × 2

ここですでに、「あぼーん」という表情になっている子もけっこういるように見受けられるのですが、それで次はこれを計算してみよう、といわれて…

だってxが何かわからないと計算できないじゃない? 計算するってどういうこと?? などと声が上がります。これは、大人には(いくら数学が苦手だった人でも)ほんとに当たり前な話だけど、文字式の「計算」ということをまるでやったことがない子どもには相当ハードル高いです。

それで、誘導しながら(というより、先生がやや強引に)、
x × x × 3.14 ÷ 2 - x × x × 1 = x × x × 1.57 - x × x × 1
と変形し、ようやくゴールが見えてきました。
x × x × 0.57
おぉ!! 0.57だ!! ほんとだ、なった。というか、今、何をやってたの?? という感じで、やや混乱のうちに、授業終了。

どこまでいくのか、小学校の「文字と式」!? 狙いはどのへんにあるんですか??

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by an-dan-te | 2012-04-25 07:54 | 中学受験 | Comments(8)

「先生はえらい」   

「先生はえらい」と、何のためらいもなくいいきれるような、「人生の師」ともいうべき人がいて、その人からたくさんのことを学べたら、それは幸せなことでしょう。

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でも、「そういう人には、出会えていません」という人もたくさんいます。そういう人は、「先生運」が悪いのでしょうか?

「先生はえらい」というタイトルの本があります(ちくまプリマー新書、内田樹著)。この本の観点はなかなかおもしろいです。もともと、この人がえらい先生、という出来上がった存在というのがあって、その人に運よく出会うとか、そういうことではなくて、「あなたが『えらい』と思った人、それがあなたの先生である」ということを主張しているのです。

この本はまた、「「尊敬できる先生」というのは、「恋人」に似ています」とも言います。ほかの誰がどういおうと、自分の愛する人が世界最高に見えてしまうという、「誤解」の自由と、人の数だけ審美的基準があるという多様性ですね。

師弟関係も、恋愛と同じく、基本的には誤解に基づくもので、この先生のすばらしさを私だけが知っているという、その思い込みから、主体的な学びが発生する、と。先生はむしろ、謎めいていて、どうでも読み取れるようなメッセージを発するところに味があり、そこから、学習者がオリジナルな誤読により、自分に必要なことを学ぶ。

ここまで紹介すれば、明らかだと思いますが、これは私が「均質性の中の多様性に価値がある理由」に書いた話によく似ています。あの場合は先生ではなく友人ですが、恋愛にも似た「チャネル」を結ぶところから学びが生まれる、と書きました。たぶん、本質的には同じことでしょう。

私にはそういう、人生の師と思える人が、JGでひとり、駿台でひとりいます。これは幸せなことです。しばらく前に、JGの同窓会があったときに雑談で出てきたのですが、みんなそれぞれ、あの先生のこういう授業が心に残った、その後の人生を方向付けた、なんてことをいってるのですが、それを互いに、「へーあの先生の授業のどこがよかったかしらね」というか、ぶっちゃけ何にも印象に残ってない(^^;; おんなじ先生方に習っているはずなんですけど、どこがヒットしたかはみんな違うんです。

私の場合は、中三のとき習った国語の先生です。強烈な共産党支持者で、新聞「赤旗」を教材に使うような偏った先生でした。キリスト教と共産党って相容れるものだっけ?? 何がどうなってるのか知りませんが、とにかくそういう先生がいて、文法の教え方が滅法うまかったんです(あ、私にとっては、です)。主に百人一首を題材にして、古文の文法をコンパクトにくまなく教えてくれたのですが、これが感動モノで、文法ってほんとにおもしろい、役に立つ、ということから私の将来の飯の種になりました。

実は、駿台のときの英文法の先生にも、私は深い影響を受けていて、役に立ったという意味ではこの人もとてもよい先生でした。でもこれは、文法おもしろい、というベース部分がすでに私の「人生の師」から伝授されていたので、その上にのっかって非常にうまくいった、わかったという感じが強いのです。なので、名前すら忘れてしまいました。ごめんなさい(笑) この場合は、人というより内容に惚れたというか。

なので、駿台のときの人生の師にあたる人は、お分かりかと思いますが、物理の山本先生です。私の頭の中にあった、定性的力学の世界に、数式の裏づけを与えてくれた人です。ま、勉強の中身といえばそういうことなんですが、それ以外のことも学んだような、それ以外のことのほうが大事だったような気がしてしまうところ、山本先生はまさに「先生はえらい」タイプの先生ですね。

つまり、謎があって人生の深みを感じさせる。サラリーマンとはまったく違う、味のある風貌。迫力ある話術。物理学に対する深い洞察。授業を受け始めてしばらくたって、昔、山本先生が全共闘の議長だったこととかを知りました。先生はそのことについてまったくそのニオイもさせないけど、そういった過去のストーリーもまた、「恋」の材料としては有効でしょう。

山本先生を「人生の師」と思ってる人は、だからけっこういるんじゃないかと思いますね。JGのときの、赤い国語の先生は、もっと私だけの、パーソナルな師でしょう。それだけに、私にとってはより価値が高いともいえます。つまり、より大きな誤解に基づく、より独創的な学びができたということです。

この本がいうように、既製品の、「よい先生」というものがあるわけではなく、あくまで教わる側との関係によって決まるものです。教わるということはクリエイティブな営みなんです。でも、「よい先生」になりやすい条件ってのはやっぱりあると私は思うんですよね(←この部分は、この本の主張とは異なります)。

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by an-dan-te | 2012-04-24 07:44 | 中学受験 | Comments(6)

前期日特あきらめました   

今になってやめたというより、ここんところずっと行けてなかったので現状追認した(手続きした)というか。

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もう全然、「週サイクル」が回っていかないので、削るとしたら
(1) MクラスからAクラスへ下げる
(2) Mクラスのまま、水曜日の算数(週の中で算数二回目)をサボる
(3) 日特をやめる
くらいしかなくて。この中では(1)がわりと根本的対策なんだけれども、本人が強い抵抗を示すので (気持ちはわかる。だって、塾は授業のためだけのものではなくて、馴染みのお友達とかいてナンボだものね) とりあえず先送り。

(2) は、いくらなんでも禁じ手っぽい(^^;; 算数以外はMクラスの授業内容で適切だと思うし、土曜日の算数と水曜日の算数を比べると、二回目である水曜日が主に「解けない問題ゾーン」に突入していくということを考えると、実は一番合理的か!? (除く、経済合理性) とも思うんだけれども。

あと、週の中で「寝坊できる日」を確保という趣旨からいくと、(1)や(2)では役に立たないものね。

考えてみれば、こじろうのときはちゃんと前期日特ありで日能研通いの日々を過ごしていたわけで、それがなんで今回は立ち行かないのかというと…

「土曜日の学校が増えた」。それと、朝練やらなんやら、全体に学校というものの存在がじわっと増しているようだ。まぁこれはしかたがない。はなひめのせいではない。

でもそれだけではない。結局のところ、メインの理由は、生活も問題解くのもゆっくりで、同じことをするのに倍の時間がかかるから。

もちろん、同じ理由で、テスト時間内に時間切れを起こすという直接の問題があってこれはこれで深刻なんだけれど、中学受験の際に「ゆっくりさん」だとどう不利かというと、やっぱり生活そのものの余裕のなさが問題になってくると思う (それでいて、遊びの時間はまったり取りたがるわけで)。またろうだったらどんなだったんだろう?? やってみることもできなかったからわからないけど。
#日能研に通うまたろうを想像してみる…しかし想像力の限界(^^;;

国語の「栄冠への道」はとっくに、五年のときから全ブッチ。せめて残りの算数・理科・社会の「栄冠への道」を解くところは死守しようという趣旨である。(結局今週、日特に行かなくてもちょい、はみ出たんだけど)

…ところで問題なのだが…後期日特には参加したほうがいいと思うけど、何をどうしたらいいのだろう??

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by an-dan-te | 2012-04-23 08:00 | 中学受験 | Comments(10)

小学校の教室、今昔   

小学校で参観があって、すごく久しぶりに行ってきました。

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どのくらい久しぶりかって、えと、五年生の間ずっとさぼってたかも(^^;;

だからすごく新鮮で。教室には、でかいディスプレイが入ってるし、天井にはいくつも扇風機ついてるし(夏じゃないのでカバーがかかってます)。廊下にいろいろ置いてあるものも、六年生仕様に入れ替わっていて、土偶やはにわ(の、もちろんレプリカでしょうけど)が積んであったり、朝日ジュニアの新マンガ日本史が揃ってたり。

ところで、この新マンガ日本史っていうの、ちょこっと読んでみたんですけど、のだめカンタービレの二宮さんが「額田王」の回を書いてて、なかなかマンガとしておもしろかったですよ。家で全巻買うのも大変だし(お金もかかるし、かさばるし)、学校の休み時間とかにちょこっと読めるのはいいですね。けっこう人気があるようで、かなり擦り切れていました。

あと、昔の教室にはなかったものというと…

新聞。毎日、朝日、読売、産経と四誌揃って、一週間分ずつくらいが積まれていました。まさか、四誌を学校の予算で取ってくれてるとも思えませんが、先生個人の寄付でしょうか??

電卓。全員分の電卓が、箱に入って積まれていました。電卓はどういうときに使うのかな??

公立小学校・中学校の授業にはかなりトラウマってる私ですが、今日はとても新鮮な気持ちで聞きました。

教室は、廊下と棚で仕切られている程度で開放感があり、隣のクラスと両方を見比べつつ参観することが簡単にできます。独立性が高くないことは不便なこともあるかもしれませんが、全体にスペースがゆったりしているので気持ちがいいてす。

見ると、机の配置なども昔のかっちりしたものとはちょっと様子が違います。それはもちろん、スペースにゆとりがなければ(人数がきちきちなら)かっちり並べるしかないわけで。外側の列の机をちょっと斜めに配置したりして教室中央に注目しやすいようにしてあったり、先生用のデスクが廊下側に配置されていて、教卓のあたりで子どもが発表してたりするときは、先生もデスクにつくと教卓に「向かえる」ようになってたりしました。

そういった配置は、隣の教室とも違いましたので、いろいろ先生ごとに工夫をしているようです。

今日参観できた教科は、国語・社会・算数でした。

国語は、先生が前に立って説明する、生徒は板書を写すという「オーソドックス・スタイル」ではなく、班ごとに分かれてディスカッションという形式で行われていました。

まず、10分間はひとりずつ静かに読む…それから、気づいたことを班で出し合って…最後に、どんな話が出たかを班ごとに発表、というような流れです。先生は「こう読み取る」的な誘導をしたり結論を出したりはせず、「聞きおく」という感じで、どこまで実のある読み取りができるかは個人と班の成り行きに左右されているように見えました。まだ同じ文章の読みが続くようなので、これで数回分のまとめに入るときにどんなふうにするのかは興味深いところです。

社会は、縄文時代と弥生時代の違い(を、前回やったらしいです)のまとめをして、それから「米作りが盛んになって変わったこと」を考えるというのが今回のテーマでした。

まとめのところでは、「土器」「食べ物」「顔」「住んでいたところ」など、項目ごとに問いかけをすると、活発に手が挙がり、みんなけっこう前回のポイントを理解しているようです。「顔」は縄文がソース顔(ロシア系)、弥生がしょうゆ顔(大陸系)ということで、さてどんな顔だっけというときには、そのでっかいディスプレイに先生のパソコンから資料の絵が映されます。なるほどこうやって使うのね。三内丸山遺跡とか遺跡名もちゃんとでてきて、塾で習うことと同じとはいわないまでも、ポイントはしっかり出てくる感じです。

今回のテーマになってから、考える材料としては、教科書にある大きな絵(見開きどころか、折込みを開くと大きな絵に)とかを見て、「門番がいて槍を持っている」とか…昔と何が違うかといえば、教科書がカラフルで写真や絵が豊富なこと、それと、文章が短くて音読もしないということでしょうか。

脱・ゆとりということで内容は昔のボリュームに戻っていく中で、授業のやり方は違うものになっていくのですね。

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by an-dan-te | 2012-04-21 23:07 | 中学受験 | Comments(0)

そういえば星が好きだった   

「先取りでうまくいったことがある」に書いたような状況からの必然(?)で、子どものころはとっても「星」が好きだったんですよ。

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特に、中学生になったころの「COSMOS」ばやりでね。カール・セーガン、覚えてますか? 私の場合は、星座のロマンとかそんなに興味ないんですけど、何はさておき、惑星ですね。外惑星発見のドラマがいちばんわくわくします(^^) あと、研究対象としても。太陽系の中のことを調べると、地球のことがもっとわかるんじゃないかなとか。

でも、私はTさんと違って、子どもにそういうのをアツク語る時間とか取って、しっぽり過ごすことを怠ってきましたからね…というかTさんだって、自分のお子さんには成功しなかったんだから同じことかもしれませんが。

誰も、星好きとか物理好きには育ってません(^^;; でも微妙に得意分野ではあるらしいところが、おもしろい。

先日のカリテに、こんな問題がありました。
f0185839_21314482.jpg

オリオン座、カシオペア座、さそり座、はくちょう座が1~4の線のどれかという話。

カシオペア座が4、さそり座が1は当たり前として、はくちょう座とオリオン座はどっちがどっち?? と思ったら、そこで星座盤の登場です。なんと我が家には、私が小学生のときに買ってもらった星座盤が残っているのですが、最近使っているのは日能研謹製の星座盤。

これ、問題に出てくるような星座(と星)しか載ってなくてすっきり簡単です。前に、夏期講習かなんかのときのオプション講座で、「星を我が手に」というのがあって、そこで星座早見盤を「作った」のです。作ったといっても、星は印刷されてて、そこに星座の名前とか星の名前を書き加え、一等星の色とかも塗って、透明版を割りピンでとめてできあがり。

これ、わかりやすくていいです。ちゃんと、「赤道(地球の中心から見たとして地球の赤道を真上にのばし、天のおわんと交わるところ)」には線が引いてあるので、オリオン座が赤道上にあることがわかります。だから、オリオン座が2で、はくちょう座が3。ってか、星の実物を見てればわかるけどね…

日能研の星座盤には、赤道より少し中心よりのところにもう一本点線が引いてあって、これが「頭のてっぺんにくることがある」位置を示しているのかな。はくちょう座はこの線にのっかっています。

シンプル星座盤を活用して、「星を我が手に!!」(^-^)v

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by an-dan-te | 2012-04-20 22:55 | 中学受験 | Comments(6)

先取りがうまくいったことがある   

長く私のブログを読んでくださっている方は、私が「先取り」に対して懐疑的であることをご存知と思います。

  にほんブログ村 受験ブログ 中学受験へ←うまい先取りって、なかなか狙ってできるもんじゃないと思う

自分については、
・幼いころ、文字・数などの先取り。メリットもデメリットも大きすぎて冷静に良し悪しを判断できない。
・小学生のとき、英語の先取り。余裕で進められるのはいいが、授業を聞かない習慣がついたところは危険!?
というように思っています。そして、自分の子どもたちについては、先取りらしいことはむしろ避けて通ってきました。

でも、先取りをしてほんとうに役に立ったと思うことがひとつだけあるんですよ。

それは、「物理(力学)」です。

ふつう、そんなことをわざわざ先取りする人はいない(思いつきもしない)と思いますが。たまたまの、成り行きです。今、またろうがピアノを教えてもらっている先生は、子どものころ、私の母にピアノを習っていたのですが、成長して、ピアノの弟子ではなくなってからも、よく私の家に出入りしていました。そして、私が小二のころに結婚して、その結婚相手がTさんでした。

Tさんは、教師とかではなくて、サラリーマンですが物理が専門の人です。Tさんも、いっしょによくうちに来ていたし、子ども好きな人だったので、ラジオをいっしょに作ってくれたり、プラネタリウムに連れて行ってもらったり、楽しい体験をたくさんさせてもらいました。残念ながら、電気回路についてはちんぷんかんぷんで、私の中に残るものはほとんどなかったのですが(ハンダづけはできるようになったけど)、心にずしんとヒットしたのが、「力学」だったんです。

私が小二から小四の前半にかけて、断続的に教えてもらっていたと思います。そのあとは、うちが引っ越して遠くなり、そういう機会はなくなってしまいました。Tさんは、非常にきれいに説明的な「図」を描くのが上手で、ノートにいろんな図を描いては、私に「ものの浮き沈み」「てこ」「てんびん」「滑車」などを生き生きと説明してくれました。それがものすごくおもしろくて。

そのころは、なにぶん小学生ですから、物理を考えるのに数字や式で考えることはできなかったのですが、Tさんの描く矢印とかそういうもので説明される定性的な力学の世界が、すんなりと私の心に深く入ってきたんです。

高校で習う範囲の力学というのは、「質点」(大きさがなくて重さだけがあるもの)とか「剛体」(まったく曲がらない・ゆがまないもの)とか、現実の世界とはちょっと違う、ややこしいところをそぎ落としたモデルというのでしょうか、抽象化された世界です。「糸の重さは考えないものとします」とかそんな調子です(^^;;

そういう、「力学モデル」のアイテムが、とってもスムーズに、私の頭の中で動くようになったわけです。何をすれば、どうなるのか、すべて納得できる、そんな気分です。

10歳以降、その夢のようなレクチャーからは遠ざかっていても、いったん私の心におさまった「モデル」は、いろんなことに接するたびに、ものの理解を助け、そして強化されていきました。

だから、高校であらためて物理を習ったとき、その全部がとても「当たり前」な気がして、どこにも難しいところはありませんでした。そして今度は、その「モデル」を数式がバックアップして、もっと詳細なことが計算で求められるようになったのです。これがおもしろくないわけがありません。

高三になってわりとすぐの「校内テスト」のとき(つまり、一般の模試と違って、高三生のみの集計)、私は物理で97点(100点満点)を取りました。そのとき、平均点が20点くらいとか、とても低いところに団子状態だったので、偏差値は103だったか、とにかく100を超えました(*)。そんな偏差値を見たのはあとにも先にもこのときだけです。

受験近くなると、みんなも勉強しますから、そんなぶっちぎりってわけにはいきませんでしたけど、とにかく絶対に自信が持てる科目があるっていうのは、いいものです。

これは、「先取り」の理想形だったと思います。興味の持てることがあって、すばらしい先生がいて、わくわくして学び、その後、その話から離れていた期間にも、頭の中にできた「モデル」がいろんな状況から栄養を吸い取りながら、すくすくと成長してくる。そして、みんなと学ぶ時期にきたらそれが一気に、花開くというような。

でもこれは、狙ってできるものではなく…奇跡のような出会いです。ちなみに、Tさんには息子さんがいますが、息子さんはTさんの話を興味持って聞いてくれたりはしなかったそうです(笑)。親子だとかえって難しいかもしれませんね。

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(*) 私がエデュによく書き込みをしていたころ、偏差値の計算され方の話題があって、このエピソードを書き込んだことがありました。そのとき間違って偏差値97と書きましたが、97は点数でした。
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by an-dan-te | 2012-04-19 12:17 | 中学受験 | Comments(8)