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数学を勉強しとくと、何がいいの?   

またろうの公文が、いよいよ最終教材近くなってきたころ、なにか「わかんない」といって持ってこられても、母の答えはひとつ:

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「解答書を借りてきなさい」

お母さんこのくらいはできたんでしょ?? 覚えてないの? …まったく記憶にありません。だって使わないもの。
韓国の天才児の話のときに出てきた、彼が四歳で解いた不定積分も、「あれ、これを t とおいてそれで??」…なんだっけ、とフリーズ。積分なんて仕事でも生活でも使わないものねぇ。

「大人なのにそんなことでいいの?」
「お母さんだけでなくてたいていの大人が忘れてると思うわ」
「…そんなら、数学なんて、そもそも勉強しなくてよくね??」

そんなことはありません。お母さんは、仕事で数学は滅多に使いませんが…(平均出したりグラフ書いたりはいつもやってます。ほとんど算数ですね…)それでも、日々、数学は仕事に生活に生きているのです。

たとえば、
・問題があるときに、それを切り分けしていくとき
・ものごとを厳密に誰かに説明しなきゃいけないとき
・自分と意見の異なる人と議論したり、妥協点を見つけなきゃいけないとき
・調査結果を目でわかるようにしてプレゼンするとき
・ほかの人の調査結果を見て「ダウト」するとき
・不動産取得とか、保育園申請とか、重要な書類を埋めていくとき
・翻訳物の中から誤訳を見つけるとき

ま、とにかく。どんな仕事にも、数学で培ったスキルが生きてるわけですよ。「高校で」、数学やっててよかったなぁってほんとにいつも思います。

場合分けしてグラフを書きながら、最大値最小値を求めるやつとかね。図形の証明問題とか。ベクトルとか。

「ちょっとお母さん、論理的思考や説得はともかく、誤訳を見つけるのって関係なくない?」

ありありです。翻訳物をナナメ読みするだけで、波動の乱れを「はっし」ととらえて、誤訳はきっとこのへんにある!! みたいなアンテナって、やっぱり数学とか勉強したからできるようになったものだと思うの。

先日の、大学生数学調査で、21vertexさんは

> 「偶数と奇数を足す」問題については、『「2足す1は3。4足す1は5だから」など論理的な説明が
> なく理解できない答えもあり』とあるのだけど、確かに論理的ではないけど、これでも本質は尽き
> ていると思いますね。少なくとも「理解できない」はないよな、と思いました。

とコメントしていましたね。私も、「偶数と奇数を足す」に関して「偶数になることも奇数になることもある」なんて選んだ人がいたらそりゃ論外だけれども、正しいものを選び、説明が感覚的なものにとどまった場合は、このことに関して「理解できてない」ということにはならないと思います。実用レベルの理解はあるといってもいいでしょう。

でもその次に、たとえば奇数を表すのに「2n+1 (nは整数)」って表すとその後の話がしやすいとか、人にも理屈が伝わるように説明を書くとか、そういうことをぜひ中高生の間に練習しておいてほしいとは思うわけです。それが、数学を使わない大人になったときも、生活を支えてくれるんだからね。今回の場合、調査をした人たちは、そういうことがいいたかったんじゃないかな。

ある学校説明会で、高校のカリキュラムについて、文理で振り分けて科目を絞る時期を後延ばししたという説明がありました。「早くから科目を絞ると、小さくまとまってしまう感じで」…これは、即物的に、国立を受ける子が少なくなってしまうというような、学校の戦略上のことを言っているのかもしれないけど、そのほかに、幅広い教養を持っていることの意味ってのもあると私は深読みしました。

高校で、あんまり早く数学を捨てたらもったいないですよ。せっかく、人間に生まれたんだから。

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by an-dan-te | 2012-02-29 13:16 | 中学受験 | Comments(8)

ダブルスクールからの脱却   

なんでこんなに日々慌しいのだろうかといえば、それは言うまでもなく、ダブルスクール状態だから。

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小学校ではふつうに毎日授業があり、さらには朝練だの宿題だの土曜授業だの居残りだの。
そして塾は塾とて週五日で、土日はぎっしり。

この二つの、カリキュラム上なんのつながりもない学習の場が、ごたごたと進んでいく。その両方を追いかけるんだから、物理的にも学習的(っていうのかなんなのか)にも、たいへんに決まっている。

このダブルスクール状態を避けようとするなら、
(1) 中学受験をしない。
(2) 塾にはいかず、家勉する。
というようなことが浮かぶといえば浮かぶが、(1) は結局高校受験のとき(中学生時代)にダブルスクールになり、(2) は塾よりさらにたいへんだ。

いや、たいへんかどうかは人によると思うが…
通う必要がないという意味ではダブルスクールとはいわないけれども、結局、大手塾でやっているような内容をカバーしようと思えば、結局、勉強時間は同じくらいかかる道理である。楽なわけではない。

家勉で中学受験させる人はいるだろうけれども、学校の学習に沿ってその定着や補足をするというような、学校を軸にした家庭学習で中学受験をめざす人はあんまりいない。いるとしたら、公立中高一貫狙いかな? まぁそれはそれとして、家勉であれ、塾勉であれ、中学受験をするなら「ダブルスクール状態」は程度の差こそあれ、避けられない。

では、
・中学受験のための、小四~小六ダブルスクール状態と、
・高校受験のための、中一~中三ダブルスクール状態と、
さぁどっちがマシ?? といったら、これは微妙な問題で、人によって違う感じ方があると思うけれど、私は両方同時進行でやらせてみて(←これはお奨めしません…っつか疲弊します)、圧倒的に前者がマシという結論に達した。

別に前者が楽とまではいわないんだけれども。高校受験塾より、中学受験塾のほうが拘束時間長いし。勉強も、中学受験生のほうがだいぶしなきゃいけないし(あれ??)。時間的なものでなくて、精神的なもの。

中学生のダブルスクールって、ねじれた方向にある二つのベクトルに沿ってがんばらなきゃいけないみたいな、しんどさがあるのよね。私立難関校とか、都立でも自校作成問題出すところとか、そういう入試できちっと点を取れるようにする勉強と、学校でよい成績をとるための勉強が、不必要にずれてるというか、いらっとさせられる。

小学生のほうは、もちろん学校生活(勉強も行事も)をきちんとやるにしても、自分的にきちんとしてればOKで、評価を気にする必要はないものね。これってぜんぜん違うことだ。

ま、ともかく、ダブルスクールをダブルでやってたまたろう・こじろうの受験が済み、いっぺんにダブルスクールが解消されると、これは霧が晴れたように…すっきり。ダブルスクールがシングルスクールになったとたん、生活はシンプルに、時間は余裕たっぷり。青春は、こうでなくっちゃ!!

中高一貫校に入れば、少なくとも中学校のうちは、晴れてダブルスクール解消。こじろうは、その後も引き続き、大学受験がないので学校の勉強をしっかりすればよい。
(注: しっかりしないとどうなるかというと、学部が選べなくなってしまう)

これはほんとによかったとは思うんだけど、はなひめはとりあえず大学つきのところじゃなくて進学校をめざしている。そうすると結局、高校になるとダブルスクールという場合も多いけどね…

私の母校とかと違って、もうちょっとカリキュラムとか授業内容とかしっかりしていて、ダブルスクールにしなくてもいいくらいのところに行けたらいいんじゃないかと今は思っているけど、それで塾に行かないで済んだという話もあんまり聞かないし、最後まで塾なしで大学受験をするというほどの期待はしていない。ま、でも、なるべく「ダブルスクール」の時期をぎりぎりまで延ばせたらいいかなと思っている。せっかくだから、六年間(になるべく近く)めいっぱい「シングルスクール」で楽しめるところがいいな。

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by an-dan-te | 2012-02-28 22:17 | 中学受験 | Comments(3)

平均の意味がわからない大学生!?   

標題のようなニュースをご覧になった方も多いのでは?

  にほんブログ村 受験ブログ 中学受験へ←なかなか興味深い(怖い?)調査です

私は、最初このニュースをMixiニュース(中身は読売オンラインの記事)で見たので、なんか話がうまくまとまってなくて、それってどういう問題だったの?? 平均がわかってないってどういう意味で?? という感じだったのですが、NHK NEWS WEBでだいぶ詳しいのがありました。

「数学 基本理解しない大学生も」

それから、件の問題もちゃんと見つかりました。

大学生数学基本調査で使用された問題用紙

古くなるといずれもリンク切れになっちゃうと思うから、関心のある方はお早めに保存してね。

平均に関する問題はこういうのでした:
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ある中学校の三年生の生徒100 人の身長を測り、その平均を計算すると163.5 cm になりました。この結果から確実に正しいと言えることには○を、そうでないものには×を、左側の空欄に記入してください。
(1) 身長が163.5 cm よりも高い生徒と低い生徒は、それぞれ50 人ずついる。
(2) 100 人の生徒全員の身長をたすと、163.5 cm × 100 = 16350 cm になる。
(3) 身長を10 cm ごとに「130 cm 以上で140 cm 未満の生徒」「140 cm 以上で150 cm 未満の生徒」・・・というように区分けすると、「160 cm 以上で170 cm 未満の生徒」が最も多い。
-----

言うまでもなく、これでマルになるのは(2)だけですけど。
そのように正解できたのは76%だったということですね。どう間違えたのかは書いてませんでした。

(1)、(3)の選択肢って要するに、「正規分布である」という前提があればそれらしいものを並べてみたんですよね。(3)なんて、ほんとにクラスの身長測って平均が163.5cmだったってときにはいかにも「160 cm 以上で170 cm 未満の生徒」が最も多かっただろうなって思いますし。

日常の感覚としてはそういう推測をするのって悪くないです。(1)も、ほかに手がかりがなければそうイメージしていたって、日常生活的にはまぁ妥当かなと。

でも、もう少しきっちりしたことが気になったことのある人なら、さすがに数学としてまじめに勉強してなくても、このへんを誤解してることはないですよね。たとえば、テストの偏差値表とかをじっくり見てしまったら、「平均点は取れたけど、順位は半分より下になっちゃった~」ってな経験があったりとか(満点続出の簡単なテストではそんなことがありますね)、あと、何かのアンケート結果とかの意味するところをじっくり考えてしまったりとかしたら…

結局、この「じっくり」というところが鍵なのかな、と思うんです。まぁ大学生の年になるまでには誰だっていろんな経験を積むものだし、見聞きしたことがなんでも「ナントナク」で流れてしまうのか、きちっと詰めるのかっていう違い。習慣の問題というか。

中学受験の体験というのは、本人が根っからまじめかどうかに関わらず、塾カリキュラムと、親の世話焼きに乗せられて、それなりに「きちっと」幅広く勉強してしまう、という性質があります。私が、どこに進学できるかという結果にかかわらず、中学受験勉強はしておいたほうがいいかなと思う理由のひとつはこれです。

こののち、大学受験で数学を取るかとらないか、そういったところで、難しい数学の問題が解けるようになるかどうかというのは違いが出るでしょうけど、ある程度、見聞きしたり、体験したりしたことを、最低限の知識の支えをもって、ちゃんと自分の頭で考えて吸収する態度というのがあれば…

少なくとも、この24%の大学生のグループには入らないで済むでしょう。

もちろん、中学受験なんかしなくたって、ちょっと気の利いた子なら、自らきちっと考える習慣を身に着けて、パープリンじゃない大学生になれるでしょうけど、そうなるかどうかはまったく本人次第。およそ中学生から先は親がコントロール、というのはもちろん言いすぎですが誘導、テコ入れできないと思ったほうがいいですからね。

えっと、それでこの話、「平均」の話よりむしろ「偶数と奇数を足す」問題についての結果が興味深かったです、私は。でも、長くなったので続きはまたこんど。

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by an-dan-te | 2012-02-27 23:10 | 中学受験 | Comments(14)

睡眠と学習   

昨夜、はなひめの塾バッグから「ぴらりん」と出てきた算数のプリントで、解けてないのに直しがしてないのがあった。

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問題は、
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13をたすと31で割り切れ、31をたすと13で割り切れる整数のうち、最も小さい数を求めなさい。
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というもので、早速はなひめをとっつかまえて直しをさせようと思ったが、あれ?? そもそも自分で解けない(-_-;;

その場は、もうはなひめの寝る時間だったので、ごたすかしてそのまま寝かしてしまい、そのあとこじろうに「これどう解くの?」と聞いてみた。

そしたら、なんか早口で「あぁこれは31を足すとさー(ごちゃごちゃ)13を足すと…だから18違うけど(うんたらかんたら)、13と31の公倍数が403だから31と13引いて359だろ」。

お母さんならわかるっしょ的な、テキトーにはしょった説明で、わかったようなわかんないような、っつーか、正直いってちっともわからん。

でも、夜遅かったんで、その場はとにかくこじろうがぐちゃぐちゃっと答えを書いてくれたそのプリントを食卓の上に放置して、追究せず寝てしまった。

翌朝、そのプリントを見て、あーあの問題、と思ったとたん、こじろうのテキトー説明が頭の中で突然意味をなし、私にも解き方がわかりました。

つまりこういうことですね。
求めたい数(★)に、13を足したのは31の倍数(A地点)、31を足したのは13の倍数(B地点)、それでAに31を足したらまた31の倍数になるんだけれども、それってBから13を足したところでもあるわけだから、13の倍数でもあるわけ。
f0185839_23234723.jpg


ということで、31と13の最小公倍数から13と31を引けばいいのね。うむうむ。

別に、プリント放置のあとは、これっぽっちも算数のことは考えてない。寝て起きただけ。なのに、無意識の私が勝手に状況を整理して、理解しておいてくれたわけね。これは便利。

こういうことって、けっこうあります。どうもすっきりしなかったことが、寝て起きてわかっちゃう。

たとえば、ピアノで、どうしても通らない部分があって、片手練習したり…リズム練習したり…あの手この手ですごい時間かけたのに、結局その日はダメ。あーこんなにやったのにすっきりしない!!

それで、一晩寝て、起きると、なんだかふつーに弾けるようになってるんですよ。魔法みたい。

今日、電車の中で読んだ本「受験脳の作り方(池谷裕二)」の中に、このことがちょうど出てきたんです。

「脳は睡眠中に、情報をさまざまな形で組み合わせ、整合性をテストして、過去の記憶を「整理」してゆきます。」
学習して、しばらく「寝かせる」と、突然「目から鱗」。この現象にはちゃんと名前がつけられていて「レミニセンス(追憶とも訳される)」効果といいます。

仕込みだけはしてみて、「あれー、納得がいかない」ってときでも、夜更かししないでもうさっぱり寝ちゃう。そうすると、頭の中の小人さんがいつの間にか解決してくれてたりするかもね…

ところで、前に同じ著者のブルーバックス本を紹介したことがあるけれど、学習のコツ的なものであればこっちの本のほうが詳しくて、かつ読みやすいです。記憶の物理的な仕組みとか詳しく読みたい人は、ブルーバックスのほう、ノウハウがわかればいいならこっちがお奨め。

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by an-dan-te | 2012-02-26 23:24 | 中学受験 | Comments(9)

語句、たしなんでますか?   

中学受験の国語の中で、とりたてて語句問題として出される分の点数はさほどでもないけれども、「語句」は決しておろそかにして済むものではない。

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語句がよくわかってないということは、読解でもなんやかやでつまづくということでもあるし、問題文が長くややこしくなってきたころ(六年後半?)には、理科や社会に響くことだってあるかもしれないのだから。

実際、国語がどうにもこうにもだったこじろうに、漢字・語句を毎日テコ入れするようになって、数ヶ月たったころには、「ちょっと国語の下支えができたか??」という雰囲気が出てきたものだ。しかし、喜んだのもつかの間、今度は国語の読解問題の難化のせいだか、またぐぐっと引き離されて、結局、国語の偏差値はしょぼく終わったんだけどね。

でも、やらなきゃもっとヒドかったと思うし…あれだけやったおかげで、そもそも中学に入ってからの学習というものが成り立ってるような気がするよ。証明はできないけど。

というわけで、語句をしっかり勉強したほうがいいなとは思っているんだけど。そのやり方に関してはまだあんまり心が決まってないというか、軌道に乗っているとはいえない。

こじろうのときはもう、状況的にもタイミング的にも「待ったなし」だったので、あんまりしのごの言ってる場合ではなかった。手を広げる余裕もまったくなかった。とにかく、本科テキストに載っている語句問題を中心に、類題が足りないときは「でる順」を使って、やっては印をつけ、すらすらできるようになるまでしらみつぶしにつぶした。

内容的には、やや薄っぺらいものにとどまったかもしれないが、最低限なんとかなった、と思う。よくまとまっている、良い教材だった。特に、六年後期の本科テキストにあった、語句完成ナントカだっけ、あれは完成度の高い問題集だったよ。

はなひめ五年のときには、こじろうのときにはなかった、「語句のたしなみ」という教材ができていた。これは、身に着けておきたいと思われる語彙が豊富にのっていて、そういう意味では充実した教材。

これは、範囲を区切って、小テストがあるので、それに合わせて勉強していこうと始めは意気込んでいたんだけど、挫折するのは早かった。なにしろ、「語句のたしなみ」は、いってみれば語彙リストみたいなもので、問題集としては使いづらかったし、はなひめは国語よりいろいろいろいろと緊急の課題があるから時間はかけられないしで、もう三回目くらいからは(挫折はやっ!!)丸ごと無視してしまった。

小テストはよくまとまっているので、それのできなかったところだけを毎日ノートに貼って消費すると効率がよい(これは、「こじろう方式」として、我が家では広く知られている手法。勉強しないで小テストに臨み、小テストの問題だけ復習する。コスパはよいが、成績が激下がりになるのが難点である)。

ま、そんな調子で、五年の間は、カリテ前にさらっと「栄冠への道」の語句問題をやるくらいで、あとは完璧放置で来てしまった。さて、ここからどうすれば??

いまさら、「語句のたしなみ」でもないよねぇ…

と、思っていたところ。六年前期、本科テキストのうしろに「資料国語の力『完成』シリーズ」という部分がある。ページ数からいっても、本科テキストの1/4以上を占めるという力の入れようで、これはこじろうのときにあった「語句完成」なんたらの前倒しなのか??

ま、ともかく、この教材は、「語句のたしなみ」なんかより、ずっとお奨めです(てなことをいっていいものかどうか…)。とにかく、まとまりがいいし、内容もしっかりしてます。

一章「語句の完成」、二章「文法の完成」、七章「入試頻出語句」。三章から六章はほっとくとして、一、二、七を毎日ノートに入れてコツコツやれば、語句では困らなくなること請け合い!!

…それでね。ほんとは、ひとにお奨めしてる場合じゃないの。今、六年のカリキュラムが始まってばたばたと、ペースがぜんっぜんつかめてなくて、毎日ノートをやってない状態だからねー。早く、立て直さないと…。

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by an-dan-te | 2012-02-25 16:04 | 中学受験 | Comments(2)

飽きっぽい人のための「続ける技術」   

まめな性質の人ってのはいるもので、ほら、小さいころでもきちんと「お小遣い帳」つけられたりね…

  にほんブログ村 受験ブログ 中学受験へ←もろもろ、読者の皆様のおかげです

私は、そういう人とは正反対で、日記を書こうと思っても三日坊主、新しいノートをおろした瞬間は「こんどこそきれいに書くわ♪」と思っても三ページくらいでぐちゃぐちゃ、なにか趣味にのめりこんでも一時のことで長続きはせず。なにしろ、大学院にいたときに、自分で選んだ研究テーマに一年で「飽きて」、二年目には変えてしまったという、筋金入りの三日坊主体質。

そんなわけで、性質としては非常に「飽きっぽい」のだけれど、気がついたら…たぶん四十近くなったころから?? 続けようと思ったことはきちんと続くようになっている。人の性質はそんなに簡単に変わらないだろうが、自分で自分の調子をとれるようになったというか、これはテクニック(コツ)の問題なんじゃないかと思う。

先日、コメントで「続けること」について書くようにリクエストいただいたので、参考になるかどうかまったくわかりませんが、書いてみます(^^;;

(1) 混ぜる。

まず、飽きっぽいんだから、同じことばっかりやってないほうがいい。違うものを混ぜる。たとえば、会社の仕事も、子育ても、ピアノもバイオリンも、いろいろいっぺんにやる。何をやるにしても、つきつめるとやっぱりストレスに感じたり、プレッシャーに感じたりということはあるものだけれど、ひとつのことをやって受けたストレスは、まったく別のことをやっているといつの間にか解消することが多い。煮詰まったときもヒントになったり。

(2) 記録する。
続けられている、ということが一目でわかるような、記録を作る。レコーディング・ダイエットの要領ですね。はなひめの「計算と一行題」で、月次タイプの手帳で一覧できるような記録を作ったのも同じ考え。振り返って、あーコンスタントにやってるなー続いてるなーってわかるようにしておくことはけっこう効く。給料明細を一個所に束にして取っておいて、もらうたびにそこに追加していくとかも、数年たまると自分で「やーここまで来たな」とか思う。

(3) 手ごたえを得る。
仕事ってのは、ほめられたり、感謝されたり、比較的手ごたえが得やすいものだけれども、子育てとか家事とかだと、もっと手ごたえは微妙~になることが多いもの。でも、意識して極力、自分で自分をほめる。保育園のときは、ちょっといやになっちゃうと連絡帳読み返したりとか。ま、飲み友と語り合うとかでもいいし。

(4) 好きになる。
なんであれ、好きなことのほうが続きやすい。これはあたりまえ。趣味なら、最初から好きではあるんだけども。もっと好きになっていく、深まっていく、という変化があるのも続けるためには大事。

たとえいやいや始めたようなことであっても、小さな発見を取り出して、眺める。ちょっと視点を変えると、おもしろいと思える部分があったりする。そして、材料をせっかく見つけたら、しっかり味わう。だんだん、もっと好きになれるように。

(5) 続けた成果の大きさを実感する。
小さなことでも、コンスタントに積み重ねるとものすごく大きな成果が得られる。そのことが実感できていれば、また次のことも続けてみようという気になる。


…こうやって考えてみると、ブログって、続けるためのパワーアイテムだと思う。

だって、ブログを書こうと思ったら、日々の活動を通して、新たな発見を取り出して、それをつくづく眺めるでしょう(「(4) 好きになる。」)。

そして、それを書き留める(「(2) 記録する。」)。

さらには、コメントをもらえたり、何がしか反応があったりするし(「(3) 手ごたえを得る。」)。

いやすごいね。効果的です。ピアノもバイオリンも、もちろんやりたくて始めたことではあるけど、ブログがあるおかげで、いろんな楽しみ方を発見できているし、困ったときにはアドバイスももらえるし。考えてみれば、中学受験のサポートをするなんてめんどくさいことも、なんで続いているかっていえば、かなりの部分、ブログのおかげだと思う。私の場合は。

そう、そして中学受験の勉強そのものも、子どもにとっては、「こつこつ続けた」→「こんなに進んだ」の成功体験をビッグに得られる貴重なチャンスだよね。そういうふうにまとめたいなぁ…

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by an-dan-te | 2012-02-24 18:46 | 中学受験 | Comments(3)

「持ち偏差値」と「進学先偏差値」   

とりあえず、ここでいう「持ち偏差値」とは、日能研公開模試の年間平均偏差値だと思ってください。

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そして、「進学先偏差値」は、受かった学校の中で進学先として選んだ学校の、いわゆる日能研R4表に乗っている値。

ご存知のように、R4の偏差値は、それ以上の「持ち偏差値」の子が8割受かるように「えいや」と線を引いたもので、もちろんいつも見ている表は、その「予想」でしかないわけですけど、その「予想」がどのくらい妥当だったかは、白書のようなデータがあればわかります。どのくらいの持ち偏差値の子が、何人受かって何人落ちたかという。

でも、どこか受けて、あららダメだったといっても、本当に行きたかった学校に受かってればかまわないんだし…
熱望する学校に、一回目はふられても、二回目三回目のチャレンジで通ればそこに通えるんだし…
お試しのときに難関校受けて、奇跡の合格を果たしたといっても、実際には通えない場所というのでは進学できないし…

結局のところ、ひとりひとりの子どもにとっては、どこに進学できたかが重要。

だから、akira先生がブログにまとめてくださったデータは非常にわかりやすく、一年後をポジティブにイメージする助けになるんじゃないかと思います。
年間平均偏差と進学先平均偏差」←日能研の歩き方

これを見ると、各クラスの平均でいえば、ともかく「持ち偏差値」以上の学校に進学できているということ。
(あくまで「進学先」ですから、埼玉や地方などの、進学しなかった学校は入っていません)

それと、顕著なのは、下位クラスほど、「持ち偏差値」より高い学校に進学できているということです。

もちろん、これを見て安心するのはまだ早くって、持ち偏差値より高~い学校にいってる子もいるし、どっと低~い学校にいってる子もいて、平均するとこう、というんじゃどきどきしてしまいますよね。でも、akira先生はそこんとこが重要ということもわかっていて
> 多くの生徒(私の教室の場合79.2%)が、自分の年間平均偏差よりも高い学校に合格している。
と書いています。

ぜひ、他の教室でも教えてほしいですね(^^)

ところで、この集計でいうと、こじろうは持ち偏差値より低い学校に進学した子ってことになります。第一志望ですけど。たぶん、最上位クラスでは、第一志望が二月一日に来るケースが多くて、そこに受かると(二月の二日とか三日とかに発表)、そこで受験やめちゃうから、あんまり高い値にはならないのでしょう。

二月一日に第一志望以外の学校を受ける余地がある場合は、首尾よく前半で合格をモノにした場合、じゃあさらにここで!! とより難しい学校に挑戦をつづけていくことができますし、あるいは、ちょっと偏差値が足りない熱望の学校に、複数回受験を全部受けてなんとか滑り込んだという場合もあるのは報告会のときの記事に書いたとおりです。

そして、akira先生は、「R4 (合格可能性80%偏差値)に満たなくても十分合格の可能性がある」ということを強調しています。進学者平均偏差値を計算すると、R4より低くなる学校が多いことからも、それはわかりますね。

ということで、持ち偏差値くらいのところには行けるイメージを持って、たんたんと、あと一年を乗り切りましょう。

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by an-dan-te | 2012-02-23 07:40 | 中学受験 | Comments(2)

高学年への読み聞かせ   

はなひめの通う小学校では、週一回、朝の時間に「読み聞かせ」タイムがあって、ボランティアの父母が交代で、クラスごとに読み聞かせをする。

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ボランティアといっても、図書室の本の補修というような話とか、休みをとらないといけないようなものはハードルが高いのだが、「読み聞かせ」なら、ちょい遅刻していけばいいので参加しやすい。

しかし本のチョイスは悩むところで、低学年なら素直に幼児向け絵本でいいけれど、五年六年ともなると、もうちょっと読んでおもしろいものにしたいと思い、さりとて、時間はせいぜい10分くらいだから長いものは読めない。

星新一とか佐藤さとるとかの短編はよく探すとちょうどいい長さのものもある。ただ、読むほうの自分の好みにも合い、子どもにもうけそうで、長さがぴったりで、となるとそりゃなかなか難しい。

短編といえば芥川龍之介(?)。こじろうの強いリクエストで、あるとき「魔術」という短編を読んだことがある。これは不気味おもしろ話で、六年生なら十分楽しめると思うけれど、短編といっても長い。事前に、タイム計測しながら削りに削って、無理やりおさめた。こじろうは喜んでいたけど、ほかの子のウケはいまいち!?

うまい本が見つからないときは、「語り」をすることもある。こじろうが四年生くらいのとき、動物園への見学が近々あるというタイミングだったので、大きな動物のサイズについて語ってみた。キリンを教室に連れてきたらどのくらいハミ出すとか、ゾウならどうかとか、クジラをプールに連れてきたら?? 恐竜は校庭のトラックに置いたときどのへんまで?? というような。そして、クジラの破格の大きさは、水中ならではのもので、そのまま地上に連れてくることはできないとか…

語りだったら、時間にいくらでも合わせられるし、子どもの反応をみて内容を軌道修正することもできて、私はわりと好きなのだが、ボランティア的にはふつう「読み聞かせ」をするように求められているところ、やや違反のような気がしなくもない。「語り」では、「はやぶさ帰還」の話を去年、今年度になってからは「外惑星発見の話」をしてみた。

先日、また当番があったとき、よしぞうが行くか私が行くか決まってなかったので、とりあえず図書館に行ってネタの調達。
「江戸の笑い」興津要(講談社)…すごく短い話もあり、調整しやすい。無難におもしろい。
「へそまがり昔ばなし」ロアルド・ダール(評論社)…よく知られた昔話だけど、へそまがりな角度から語ってみた。
「12の怖い昔話」スーザン・プライス(長崎出版)…昔話風だけど、オチが独特で、むやみにおもしろい。

私的には、スーザン・ブライスが「推し」だったのだが、結局よしぞうが読みに行くことになり、無難なほうを選択(ちっ)。ウケは、それなりによかったようである。はなひめも、気に入ったらしくて、家に帰ってから、ほかの話を熱心に読んでいた。(いつも、よく本は読むのだが、またろうの流れでラノベばっかりなので、たまには毛色の違う本を読んでほしいものである)

それで、「怖い昔話」のほうはというと、一般的には、「欲をかいたらひどいめにあった」的なオチになりそうなところ、悪魔とか幽霊とかをだしぬいて、うまくやったような話とかいろいろあって、変わった感触の本なのだ。どこからか採話した昔話的な体裁をとっているけれど、作者のオリジナルらしい。

たとえば、「怖いもの知らずのメアリー」という話。お手伝いさんをしているメアリーって子が、夜だろうが幽霊だろうが怖がらない子で、しかも働きもので、ある農夫のうちではそのお母さんの幽霊が出るもんだからどの使用人も居つかなかったところ、メアリーは幽霊に対してもたんたんと接して(礼を尽くして?)ちゃんと仕事をしたもんだから、ついには幽霊に信頼され、床下にかくしてあった金貨の袋を教えてもらうに至った。

「大きな袋は息子に、小さな袋はあんたにあげる」というのがそのお母さん(幽霊)の言葉だったのだが、メアリーは小さな袋を息子にやり、大きな袋を自分のものにする。私がいなくちゃこの金貨だって出てこなかったんだから、ということでしれっとそういう話にすりかえたわけ。でも、それだからといってあらためて幽霊が来て呪われることもなく、メアリーはそれから一生、他人のうちで奉公しなくてよくなって、幸せに暮らしましたとさというハッピーエンディング。

そんな調子で、なかなか秀逸なんですよ。どれか、読み聞かせしたら気に入ってもらえるかなぁ??

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by an-dan-te | 2012-02-22 07:53 | 中学受験 | Comments(8)

ユリウスのある生活   

こないだの体験を受けて、やっぱりお願いしようってことで昨日から正式にユリウス。

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月の半端ですが問題ないってことだったのでスタート。月曜日のひとコマだけでお願いする趣旨は、親のいない時間帯、月曜日はユリウス利用でがっつり課題を進め、金曜日は逆にエイヤっと遊んでしまえというもの。

ひとコマ勉強して帰れば、私が帰ってるから…という寸法だったわけなんだけど、ところがどっこい、昨日は私の発表会が近いためアンサンブルのリハがあり、はなひめが家に帰っても監視はいないという事態に。

というわけで、早速ですがユリウスの自習室を試してみました。

はなひめにはひとコマの授業が終わったあと自習室で引き続き勉強しててもらって、7時くらいに待ち合わせ。そのまま大戸屋さんでごはんを食べ、はなひめは帰宅。私はユリウスの手続きと、音楽教室。

いつも、私がいない間に課題を進めさせようとすれば、会社から電話攻撃するしかない(^^;; 「そろそろ始めてね~」「今、どこまで進んだ?」「今からでもやって!!」(←だんだんトーンアップ)

それで、家に帰りつくと「こんなに進んでないとは…」とがっくし。いつもこんなことやってるとほんっとに疲れるので、何もいわずにユリウスのお兄さんが(体験のときはお姉さんだったが今度はお兄さん)着々と算数の栄冠への道を進めさせてくれるのはほんとに助かる。

ごはんが出てくるのを待ちながらノートを見ると、「考えよう」の後半あたりをいっしょに確認するところから始めて、栄冠への道の基本問題、そして問研は、怪しい問題がいくつかあったらしく、でも怪しかった問題にはちゃんとしるしがつけてある。さらには、怪しかった問題の類題が、宿題として出ている。おぉ~っ072.gif

最初、えっ宿題を増やされたの、と、どきっとしたけど、漠然と出したのではなくて、解けなかった問題の類題にしぼってピンポイントで二題だけ指定されていた。はなひめは、「もうわかったよ」といっていて、ごはんを待っている間に解けちゃった。これはいいね。

自習室に移動してからはほんの40分かそこらだったと思うけど、理科の栄冠への道がそれなりに進んでいて、はなひめにしては非常に順調なテンポ。しかも、自分できちんとマルつけ直しをして、それがとても丁寧。間違ったところについて質問してみたけど、しっかり「こうじゃなくてこうだった」と説明してくれた。ばっちりじゃん。

「自習室どうだった?」と聞いてみたら、「緊張した~」とはなひめ。自習室で緊張する人もいないんじゃないかと思うけど、とにかく勉強する雰囲気だったらしいのでよかったね。

私もそのあと手続きに行って、自習室の様子を見てみた。それぞれしっかり勉強している。前に書いたことがあるけれど、またろうが行ってる個別塾の自習室はまったく機能していなかったのであきらめたのだ。自習室効果がちゃんとあるようなので、必要なときは小出しに使っていこう(あんまり使うと慣れちゃって効果が薄れるかもしれないから)。

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by an-dan-te | 2012-02-21 13:09 | 中学受験 | Comments(13)

脱ゆとり時代の塾通い   

週五日は塾、とりわけ土曜日は2~7時、日曜日は弁当持って午前・午後、というような塾通いって、「ゆとり」あってのものだとつくづく思う。

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ゆとりというのは、またろう世代くらいから始まって、こじろう世代を経由して今に至る、いわゆる「ゆとりちゃん」時代の学校生活ということ。具体的には、土曜日が休みであるなどで、トータル拘束時間数が少ないこと。

小学校でやらなければいけないことの分量はじわじわと増やされ、各自治体、各学校では、それを消化するために、たとえば平日の時間数を増やし、たとえば土曜日を授業に使い、あるいは長期休みを使って時間を確保する。

小学校のあり方が変わってくれば、ダブルスクールのもう片方を担う「塾」のあり方として、どこいらへんが適切かということだって、当然変わってくるはず。

今は過渡期であるから、小学校の時間数は増え、一方で塾カリキュラムの見直しは行われていない。当然、全体的にじわーっと無理があるわけだが、しかも、数個所の小学校の生徒が集まる塾では、どの学校とも重ならない授業の組み方にも四苦八苦することになる。ある学校では土曜日を使い、ある学校では長期休みを削るとなったら、移動のしようがないものね。

塾のほうからはこの状況に対するソリューションが特に提案されていないのが現状であるから、それぞれの家庭で、小学校と塾と家庭の事情と子どもの状態を考え合わせて、自衛するしかない。

ユリウスに行くというのはそのひとつ…一見、ゆとりを増やすという趣旨からは逆方向のようだけれど、短時間で集中して課題を終わらせるというのが、ゆとりを増やす大きな鍵になるので、現状からいえば我が家にとってはそこが一番のポイントだろうと思ったのだ。

さらに、無理と感じるときは日特を削ろうとか、さらにどうしてもダメとなれば算数の水曜日も休ませてしまおうなどと考えているわけだが、欲を言えば、そうやってバランスの悪いカスタマイズをするより、ほんとだったら塾そのものがもう少し短時間化してくれたらいいなとは思っている。

おそらく今でも塾の先生は、あれも話したいこれもやらせたいと悩みつつ、なんとかかんとか時間におさめている状態だろうから、今より時間が減るとしたらブーイングの嵐なのかもしれないけれど、たとえばひとコマ80分を70分にするとか。あるいは、週に5コマ算数をやっているけどそれを4コマにするとか。ちょっとずつ削ってくれたら、ある部分のみをばっさり個人的に削るよりは助かるなと。

それで、仮定の話だけど、たとえばこじろうのときと比べて、小学校の時間が延びたのとちょうど同じだけ、塾の時間を減らしたとするでしょ。そうすると、

「学校時間短い+塾時間長い」のこじろうの時代と、
「学校時間長い+塾時間短い」のこれからの時代と、
どっちのほうがより学力が伸ばしやすいのだろうか。

もちろん、小学校カリキュラムをどうしていくべきかという議論は、日能研に通う子どもをスタンダードとして考えるものではまったくないから、上記の比較と、学校教育がどうなるべきかという話は直結しない。あくまで、中学受験のために大手塾に通ってる子の都合としての話。

直感的には、「学校時間短い+塾時間長い」のほうが効率よさそうに思うけれど、そこまで単純な話ではない。小学校で行われる教育は、時間の長短だけではなくて、中身や考え方も含めて少しずつ変わっている。指導要領的にも少しずつ見直し・追加が行われているのだろうけど、私の実感としても、こじろうのときと今を比べると、ほんのちょっと、学校教育は充実してきているような気がするのだ。

つまり、学校で習ったことがちゃんと基礎として役立っていて、塾で習う内容を支えてくれている、と感じる場面が増えた。ただし、こういうことは先生個人の技量で左右されることが多いから、一般的にこうとはいえないけれど…

学校が、より多くの時間を使って、より充実した教育をしてくれるなら、それに合わせて、塾のほうはその先を担えばよいはず。今までの「ゆとりちゃん」用カリキュラムから少し変更して、微妙にライトなカリキュラムを組んでもいいということにならないか??

それくらいのことがなければ、追加で学校に吸い込まれた時間が浮かばれない…

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by an-dan-te | 2012-02-20 13:10 | 中学受験 | Comments(8)