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ホーム・コンサート   

ここ数年のホームコンサートのスタイルは、何かしらゲストをお呼びして、素人演奏と併せて楽しむというもの。

ジャズボーカル&ピアノのときもあったし、声楽の学生さんに来てもらって「素人が伴奏を楽しむ会」というのもあったし、チェンバロ奏者のおうちにお邪魔して開いたこともあった。

しかし、今回は、我が家二人の受験終わっておめでとう、でもあるし、ホームコンサート常連のゆかりちゃんが受験終わっておめでとう、でもあるので、別途ゲストを呼ぶあてがつかないまま、とにかく開催しようということになった。

第一部
(1) 元気いっぱい さぁいこう & 素敵だね - はなひめ
(2) 晴れの日と曇りの日スキップ & 風の丘 - るん(小三)
(3) エリーゼのために - にこばっかい
(4) 渚のアデリーヌ - A(中三)
(5) COSMOS -N(中三)
(6) イギリス組曲 第2番 プレリュード - E(中一)
(7) (歌) 旅立ちの日に - 全員(伴奏 A)

第二部
(8) ファリャ アンダルーサ - アンダンテ
(9) ゴールドベルク変奏曲より アリア - ゆかりしょう5まま
(10) The Last Emperor-Thema - ばっかいず世話係
(11) 中央線(矢野顕子バージョン) - るんちゃんママ
(12) ベートーベン ピアノソナタ《月光》 第1楽章 - Y(高一)
(13) ショパン練習曲 Op.25-2  25-9、プロコフィエフ 戦争ソナタ - ゆかり

おまけ
(14) ザナルカンドにて、アンインストール - またろう
* またろうは昨日学校がふつうにあって、発表会が終わってお茶になってから到着。

こうして実際に聴いてみると、超初心者から超上級者まで、子どもから大人まで、幅広いプログラムはとても聴きごたえがあった。ゆかりちゃんがゲスト、ということで十分なまとまりがある。

今回のホームコンサートでの新顔は、(6)のイギリス組曲と(12)の月光。いずれも、表現したい中身がきちんとあって、それを丁寧に弾いていてとても楽しい演奏だった。

全体に、「音楽が (ピアノが) 好き!!」が伝わる味のある演奏揃い。そういう意味でこんな「粒揃い」の発表会はなかなかないと思う。技術はちょっと…さまざまだけれども…。私としては、ふだんなかなかピアノを弾く暇もない、忙しい友人たちが、このホームコンサートのために時間を作って準備して、そして楽しんで演奏してくれたことがとてもうれしかった。

るんちゃんママの「中央線」は弾き語りの曲だけど、「歌えないので、歌の部分をクラビノーバでお願い」と言われて、急遽昨日の午前中に合わせをした。いろんな音色を試してみたけど、違和感なく、かつピアノの音に埋没しない音色として「オカリナ」を選んだ (はっきりいってあまり「オカリナ」には聞こえないが)。

るんちゃんママは矢野顕子の大ファンで、かつ、ピアノのテクニックもすごく確かなものを持っているので、昨日のは「Super Folk Song」のCDにあった演奏のニュアンスを、細かいところまで頭に浮かべながら弾いていることがわかる演奏だった。私もそのCDは聴きこんでいるので、歌部分を弾いていてとても気持ちよかった。

歌えたらもっとよかったけどね…(^^;;
クラビノーバって、タッチや強弱がピアノと似て非なるものなので、なんか思ったように弾けない。もどかしい。こういう用途(?)には、ピアニカを練習してあればそのほうがおもしろいかもしれない(息で細かいニュアンスが出せるから)。

そして私が、今回の発表会で一番感動した演奏は、またろうのザナルカンドである。ふだん練習しているところはなんとなく聞いているけど、まとめて聴いてみると、それに、やはりまたろうのほうもふだんよりは気を入れて弾いているのかもしれないけど、とても心のこもった、味わい深い演奏だった。音も前よりとてもきれいになった。

しばらく前のホームコンサートではまたろうの「片手」の演奏を聞いていたりするほかの参加者も、「またろうくんこの一年でめちゃくちゃうまくなったねぇ」と感心しきり。そう、うまく(?)なったというより…現時点でもやはり「うまい」演奏とはいえないが、またろうがピアノを使って何かを表現して、それを楽しむことができるようになったことがとてもうれしい。

本人は、「いつも間違わないところを間違った」とかいって気にしてたが、「そんなのどーでもいいんだよ。誰も無傷の演奏なんてもんを、またろうに期待してないって。あれ、ほんとにすごくよかったよ」と力説したら、「なんか馬鹿にされてるような」と言われてしまった。そうじゃないの。そういう問題じゃないんだよ。お母さんは褒めてるんです。

by an-dan-te | 2009-04-30 07:51 | ピアノ | Comments(12)

ランドセル・ブラックホール   

今日はホームコンサートの日なので、昨日はその準備のため午後半休を取った。

食料品を買い込んで帰ってきて、生協の宅配も片付け、さて。。

ホームコンサートの準備といえば:
(1) 家の片付け
(2) ピアノの練習
(3) 飲み食いの準備
…さて、どれがメインでしょう??

もちろん、読者の皆様は、アンダンテさんが凝った料理作るわけないくらいのことはおわかりですね。(3) は、杏仁豆腐作っといて (聘珍樓の杏仁豆腐を使用)、あとはその場でクラッカーにチーズその他を乗せてオードブル。ワインは冷やしておいて。あとは一品持ち寄りがあるからOK。

(2) は、きりがないけれども、どうせ前日にあがいたってたいした違いはないので、まぁ弾けただけ弾けばいい。

ということで、(1) がメインです。

しかし、その (1) が一番苦手なんだけど…ともかく、まず目立つ玄関から片付け始めよう。なんでこんなに靴が出てるのさー。

玄関から廊下に攻め上ったあたりで電話が鳴る。出ると、はなひめのクラスのクラス委員さん。「総会の出欠票と委任状、今日までだったんですけれど…」。あれー(o_o)、その、議案書やら出欠票やらをそもそも見かけたことがないです。あらどうしましょう。

それで、バタバタとはなひめの部屋に議案書探しの旅に出る(はなひめは公文にいってて不在)。はっきりいって、足を踏み入れたくない「汚部屋」です。机の上もわけのわからんもんで満載。でも、ひと目、学校関係のものはなさそう。やっぱりランドセルの中か。

そこで、ランドセルと布バッグを持ってリビングに進出し、解体を始める。まず、教科書とノートをすべて束にしてごぼっと取り出すと、意外なことに底は空っぽ。またろうやこじろうだったら、必ずここに紙粘土状の物体 (おたよりやテストをランドセルにぶちこんで、その上から教科書とノートをぎゅっとつっこむことを相当な期間繰り返すことで生成される) があったのだが、はなひめはそれがない。

それから、教科書とノートを一つずつ分け、さらにそれをぱらぱらとめくって捜索していくと、いろんな日に配られたとおぼしきいろんなプリントがぱらぱら出てくる。給食だより…保健だより…げっ。。個人面談のお知らせ!! 申込期間は言うに及ばず、面談期間が終わってますけど。幸い(?)希望者だけとのことなので、先生はうちが単に希望しなかったのだと思ったことであろう。それにしても、またろうやこじろうの場合よりさらに巧妙に隠されている気がしないでもない。

そして目指すもの(総会の議案書)は見つからず。念のため、いったん私が受け取った書類をとじているファイルを確認し、そこらの書類一次置きボックスも漁る。やっぱりない。しかも、なんかさっきよりリビングが散らかったじゃないの!!

すっかりやる気を失った私は、「(1) 片付け」を中断して「(2) ピアノの練習」にとりかかった。

* * *

…はっ。ごはんの支度をしないとな。
#時間の経つのは早いねぇ。あとは参加者のみなさんに目をつぶっていただきましょう。

by an-dan-te | 2009-04-29 07:53 | Comments(10)

トイレ・ディスプレイ   

素敵な飾り棚がリビングにあればいいと思うんだけれど…

リビングは、生活に必要なものを置くための棚で満杯。まとめて空いている壁もなし。ヨガのとき、体をぴったり壁につけて姿勢を作りながらやるのがあったんだけどできなかったくらい。

なので、「余分」なものを飾る棚はトイレにある。この棚は、トイレに元々ある作りつけ棚 (扉あり、トイレットペーパーのストックなどを置く) の上に乗せている小さな棚で、小さく四角く区切ってあるもの。

最近、箱根で仕入れたものを追加していたら、その棚の上はロボットコーナーになった。

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おもちゃミュージアムで仕入れたロボット君 (ぜんまいで動いてお腹の中で火花がぱちぱちする優れもの) と、彫刻の森のショップで買ったパイプロイド (紙パイプを組み立てて作るロボット)。半分はまたろうが、半分は母が組み立てた。

一番左は、またろうが小三くらいのときに木でつくった「かぶとむし」。

この、最上段のディスプレイは、またろうが入るたびに少しずつロボットの姿勢などが変わっていて楽しめる(^^;;

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古株は、ハウステンボスに一回いくごとに一つ買ってきた、ハウステンボス内のバスやタクシー。このシリーズはとても気に入っていたのだが、四回目に行ったときは売ってなくて、三個で終わってしまった。

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なぜか、「その時歴史が動いた」シリーズはトイレに置いてある。子ども部屋に置くと紛れてしまうのでリビングにおいておきたかったのだが、どうしても置く場所がなくてここへ。

右にあるランプシェードは、陶芸体験で私が作ったもの。確か、またろうが四年生くらいのときだったか?? 同じときにまたろうが作ったのは、謎のタコと何かの化石!?

f0185839_7233085.jpgタコの足はなかなか微妙な太さなので、係のおねえさんが預かるときに、「これ、このままちゃんと焼けるかどうかわからないけれど」と心配していた。しかし奇跡的に八本足のまま我が家に届いたのだった。

この、思い出のつまった飾り棚、リビングに進出できるのはいつの日か??

今回の写真を見ていて、またろうが、「こうして見ると別の家みたいだねぇ」と言ってました。ほんと、ごちゃごちゃを写さず、きれいに飾ったところだけ切り取るとねぇ…

by an-dan-te | 2009-04-28 07:27 | 生活 | Comments(8)

新入生歓迎ロボコン   

昨日、新入生歓迎ロボコンの本番があり、またろうは参加賞の「うまい棒」をもらって帰ってきた。

一年生が7人くらいのグループを4つ作って戦った。各グループにはまとめ役の先輩一人。

一年生は自由に? 勝手に? アイディアを出しまくるが、先輩はそれを現実に着地させるべく、あるいはルールに沿わせるべく「それとなく」導き、方針が決まったあとはそれを徹夜でCADに入力してくださったらしい。なんか大変そうだな。。尊敬しちゃうよ先輩。

今回のミッションは、ラグビーボールを持って、ライントレースしながらゴールまでたどり着けというものなのだが、またろうたちのグループ(「ラグます号」)は、「ラグビーボールそのものを車輪にして進もう」という無謀な計画を立て、「機構としてはおもしろかったんだけど、カーブ曲がれないから (またろう談)」ぐるぐるの部分を通過することはできず、最下位 (ゴールせず)。

ちなみに、優勝したチームは、上下二つずつの「爪」でラグビーボールを持ち上げ、だーっと走ってはときどき地面にボールを「ちょん」とつけるものだったそうだ。ルール上は「ボールをずっと持ち上げていてはいけない」ということになっていたそうで…ずっとじゃないからいい…というぎりぎりの線を狙ったもの。

さらに、先輩たちの模範演技(?)は「腹黒い羊」号と呼ばれるもので、羊らしくもこもこの毛で覆われている。進みにくくなると「ちょっとなでてやると調子出るんですよー」といいながらちょいと手でラグビーボールを持ち上げてスムーズに曲がらせたり、さらにはラグビーボールをごぼっと抜いちゃって(毛で覆われているから見えない)、だーっと走らせてからゴール直前でまた戻したとか。「ほらちゃんと入ってますよ(笑)」

またろうは当初、スタートとゴール地点が近いことを利用して、ゴールそばにまずボールを置いちゃってから「空で」コースをライントレースして周り、ゴールそばでボールを拾うのはどうかと提案したのだが、先輩からダメ出しされたそう。

まあとにかく、中身としては(またろうたちは)たいしたことをしなかったような気もするが、戦略を決める話し合いとか、アルミフレームを切って組み立てるところとか、毎日通ってみんなで準備して、盛り上がって終わったようなのでまずはよかろう。

あーい~な~、楽しそうで。。
#見に行きたかった母

f0185839_7312551.jpg今日の弁当:
ほかほか段: ごはん、鶏つくね
ひえひえ段: こんにゃくきんぴら、メンチかつ、プチトマト、大根葉炒め
* あ、黄色がない…

by an-dan-te | 2009-04-27 07:20 | 高専生活 | Comments(6)

はなひめの授業参観   

昨日は、はなひめの土曜参観に行ってきた。

のろのろしていたもんで、一時間目を見逃して(^^;; 二時間目の社会が始まるところに到着した。今回の題材は「地図」。

まず、前回子どもたちが作った地図がたくさん、黒板に貼られた。これは、学校から図書館まで、実際に歩きながらその道を図というか絵にしたもので、途中のポイント「公園」「団地」などを示して道がわかるように描きなさいというインストラクションがあった模様。

色とりどり、丁寧に描かれたものが多く、とても楽しい「地図」だったけれど、ポイントとポイントの位置関係は地図ごとにばらばらというか、実際のものとはかなり違っていて、道は好きなようにぐにゃぐにゃ曲がっている。地図というより心象風景のような。

そして、それに対比して先生が描いた地図を貼り、子どもたちの地図とどう違うかについて意見を出し合った。

・方位が示してある (十字架に矢印がついたようなやつね)
・地図記号が書いてある (学校は「文」みたいなの、とか)
・○○団地が大きい (つまり、大きいものは大きく、小さいものは小さく描いてある)

というようなのが黒板にまとめられたが、そのほか、「先生のは紙が大きいからずるい。だから○○団地が大きく描けたんじゃないの?」とか、あと、もっと本質的なものとして「先生のは地図を見て描いたんじゃないの?」というたいへんもっともな意見があったのだが、授業の進行上の都合により(^^;; 華麗にスルーされた。

ここまでが導入部分で、ここから今回のテーマの「方位記号」。まず、ノートに今回のテーマと、方位記号を書かせる。

まず特別に扱われていてわかりやすい「北」から…この記号でどこが北だと思う?? まぁそう聞かれれば矢印のついた「てっぺん」だろうということで、大半の子が当たり。でも、違うところで堂々と手を挙げる子もいておもしろい。

そしてその逆が南、そして東、西と進み、「これは覚えてね」と、ノートに書かせる。
次に「この教室でどっちが北かを調べよう」に進んだ。まずあてずっぽで予想をさせたところ、かなり意見が分かれていた。ここで方位磁針の使い方の説明がされ、方位磁針が配られた (数が足りないので二人に一つ) 。

みんな盛り上がって調べている。北がわかったところで、当たったとか外れたとか。

そして、方位磁針が回収され、ざわめきが減って、まとめのコーナー。
「わかったこと、気づいたこと」を各自ノートに書かせる。その発表やすり合わせなどはなく、ノートを回収して時間終了。

担任は、去年新卒で来た先生で、たいへん若いけれども、今回の授業の進行は、これまで見た小学校の授業のなかではわりと上手なほうだと思う。予定どおりの内容と時間で滞りなく進んでいるし、言いたいことはわかりやすいし、板書もちゃんと書き取らせてるし、子どもたちの統制もある程度(*)とれている。

予定にない意見をスルーしちゃうところとかは、これから年季を積んでいけばよくなってくるでしょう。

ところで、ちょっと気になったのは、はなひめが、「わかったこと、気づいたこと」のまとめのとき、ほとんど鉛筆を動かしてないように見えたことだが。

聞いてみると、困ったように、「だって先生が、これまで知らなかったことじゃないといけないっていったから」。ちょうど今月来た「チャレンジ」で、方位磁針が付録についてきたところだったので、方位記号の見方も、方位磁針の使い方も知っていたのだという。それで書かなかったの?? (o_o)

「だからって何も書かなかったら、何もわかってくれなかったのかなーって、先生泣いちゃうよ。そういうときは、知ってたことでもいいから、この授業の中で先生が何を伝えたかったのかをまとめて書くんだよ」
「そうなの?? それでいいのかなぁ??」
「いいんです。母が許可します!! 次からはちゃんと書いてよ」

(*) 小学校の授業は、細かい「待ち」が多い。全員が静まるのを待ち、全員が板書を書き終わるのを待ち、先生が席をぜんぶ回って方位磁針を配ったり回収したりするのを待ち、ステップごとに必ず待たされて間延びする。ぼーっとする子あり、手遊びする子あり、おしゃべりする子あり。これを全部子どもが悪いとは言いにくいものがある。大人が参観してても一時間ずっと聞いてるのはかなり疲れる。集中した結果の疲れとは違う、ぐったりする疲れ方である。これは、この先生が下手なのではなくて、いつも思う。私はこれが嫌で小学校キライだったんだよなー昔からせっかちだから。

by an-dan-te | 2009-04-26 09:24 | 小学生活 | Comments(7)

こじろうと体育会系(和太鼓の話)   

こじろうの第一志望校選びのとき、こじろうは意外と「体育会系」なじみが良いのではないか、というのが一つのポイントになった。

我が家は「体育会系」ノリがカケラもない家なのだが、その中で、こじろうだけはやれそうな気がしたのは、三~四年生のときの和太鼓体験が元となっている。

地域のお祭りで、子どもを中心とした和太鼓サークルの演奏を見かけたとき、そのあまりのうまさにびっくりして、ぜひここにこじろうを入れてみたいと思った。こじろうはリズム感もいいから、けっこういけるのでは??

でも、噂をいろいろ聞いてみると、「カシラ」と呼ばれる年配の指導者がかなり厳しい人で「バチが飛んだり(つまり、手を上げたり)」することもあるとか。そんなんでやっていけるんだろうか。不安はあったけど、好奇心に負けてこじろうをつっこみ、私も送迎かこつけて練習風景その他をずいぶん長く見学した。

すると、カシラは確かに口は悪いけど、あったかい感じの人で、ともかく手を上げるようなことはついぞなかった。噂が間違っていたというよりは、年をとって丸くなったというほうが正しいのかもしれない。あと、現場の指導をかなり、娘に任せるようになった(つまり世代交代)ということもあるかも。でも、和太鼓というのは音楽でもあるけれども、ピアノを習ったりする感覚とは違って、運動系に近いものであることは確か。

「体育会系」ノリに合うかどうか、というのは、単に体力があるかどうか、ということではない。もちろん、体力があるにこしたことはないけれども。

まず、長時間拘束に耐えられるかどうか。だいたいにおいて、長時間の練習、そして本番があればその準備から撤収まで、長い時間がかかる。そして拘束時間の中身は、必ずしも効率よく物事が運ぶわけじゃないので、それにスムーズに参加できるかどうかが鍵になる。ほかにもっとやりたいことがあってジリジリしてたり、下っ端のくせに運営に文句をいいたくなったりするのはNG。

指導者や先輩の指示に素直に従えるかどうか。「でも、~じゃないですか??」などと、まずは反論だの理屈だの議論だのが先に立つタイプ(私のような)はやめといたほうがいい。別に指示がいつも正しいというわけじゃないかもしれないが、上達という面からいっても、指導に忠実についていって、まじめに練習し、指導者や先輩からもかわいがられるほうが早道だろう。

繰り返しの練習を続けられるかどうか。和太鼓サークルの場合でいえば、基本のリズム練習とか、さらに曲の練習になってきたとしても、かなりの割合で単調な繰り返しとなる。それがやれる、さらには快感だ(!)という人はよいが、そういうのが苦痛だという人(またろうのような)には向かない。

プラスして、そういった日常をくぐりぬけて、チームで一つのこと(曲、あるいはコンサート)を作り上げたときに、ぐぐっと一体になって盛り上がる気持ちというのも大事だろう。なんだか「みんな」になったとたんに本能的に一歩引いちゃうようなタイプ(私のような)はあんまり向いてない。

で、こじろうはそういった意味で「体育会系」ノリであった和太鼓サークルになじみ、太鼓もある程度上達したし、上級者にかわいがられつつ単調な練習をこなしていくことにかなり適性を見せた。

あるときこじろうに、「カシラに言われたことで一番印象に残っている言葉は何?」と聞いてみたことがある。すると、こじろうはしばらく考えて「『ばかやろう』って言われたことかな」と答えた。もちろん、ただ「ばかやろう」と言えば人の心に残る、というわけはないので、何かのシチュエーションがあったんだろう。そのときの、カシラが間髪入れず「ばかやろう」といったときの迫力、あるいは普段からの接し方で既に伝えられているものや培われている信頼、というものが背景にったからだと思う。

だいたい、私もよしぞうも変に理屈が先に立つタイプなので、こじろうにお説教するときだって、カシラと違っていちいち回りくどい。あーでこーであーで…それでそのときの気持ち…その後の影響…くだくだくだ、ってなもんである。言葉上はカシラよりだいぶ穏やかかも知れないけど、ありていにいってうっとおしい。

それが、カシラはすぱっと言って、ぱきっとおしまい。それが新鮮だったんだろうな。子どもたちも、そのときのこじろうの年齢が一番下で、上は高校生までいたが、それぞれ「いまどきの子ども」のイメージとはだいぶ異なり、素朴で、年長者に対しては礼儀正しく、下の子の面倒見もよかった。そしてなにより「熱い」。シラケてない。

送迎その他で親もたいへんだったけれど、この和太鼓体験はけっこう大きなものになった。入塾を一年遅らせるくらいの価値は十二分にあったと思っている。

f0185839_8375142.jpg今日の弁当:
部活があるとなると、土曜日まで弁当がいる。
妙に形のいい厚焼き卵は市販品です。便利~
実は、ごぼう煮とまぐろ唐揚げも市販品。料理といえる部分はブロッコリーのみだけどこれも昨日作ったものなので、今朝は純粋に「詰めただけ」。
ほかほか段: ごはん、めかぶふりかけ、まぐろ唐揚げ
ひえひえ段: 厚焼き卵、ごぼう煮、プチトマト、ブロッコリー塩炒め

by an-dan-te | 2009-04-25 08:37 | 中学生活 | Comments(7)

「ヒカ碁」一気読み直し   

うちにある「ヒカルの碁」の漫画は、最近買ったものではなくて、ちゃんと(?)ブームの頃に買ったものだ。

だから、もう何度も読んでいる。読んでいるんだけれども、今回久しぶりに手に取ったらつい一気読みしてしまった。ダブル受験中の最後半年、ベランダのストッカーに漫画を大量に「封印」していたものを、今ぼちぼち戻して本棚に片付けているので、その一環である。(つまり、片付かない。)

Sai (ヒカルにとりついた、碁がむちゃくちゃ強い幽霊) とヒカル、どちらの碁の能力が表に出た結果かというからみ合い、アキラ (ヒカルの目標&ライバル) とヒカル、推し量れない強さにおびえつつ闘士を燃やしつつのからみ合い、そしてどってことないはずのサブキャラがいちいち個性的であることの魅力 (囲碁部の金子さんとか) まで。どこをとっても濃い魅力でぐいぐい惹きこんでいく。

そして、ヒカルがどんどん自分自身の実力をつけてプロに近づいていくのと並行して、Saiの存在が危うくなる不安が増していき、そしてついに消える瞬間の晴れ晴れとした深い寂しさ。明るい窓が印象的なシーンである。さらに、Sai が消えちゃったらこの漫画は成り立たないのでは?? という下世話な心配を吹き飛ばし、伊角のスランプ脱却とヒカルの立ち直りがからんだ対局のシーンまで持っていくところは圧巻である。

こんな力強い漫画が将棋にも出たら、今妙にごたついてる将棋界も、暗雲を吹き飛ばして明るい未来を引き寄せられるかと思われるのだが、これまでのところ、子どもにも大人にもこんなに魅力的な漫画はないな。

ヒカ碁がブームになったときは、ほんとにすごかった。またろうやこじろう(小学生だった)の周りも、「碁をやってみたい子どもがたくさんいた。あちこちで囲碁入門教室が開かれ、子どもが出る大会は軒並み参加人数が膨れ上がった。

またろうとこじろうも囲碁をやりたいといったが、継続的に通えるほど近い教室がなかったので、自前で囲碁教室を開いたことがある。

・会社の囲碁部にメールを出し、ボランティアの先生を募集。
・ボール紙とプラ石の安い囲碁セット(ヒカ碁入門セットとして数百円で売っていた)を大量買い。
・団地の集会所を会場としておさえる。
・小学校前でビラを撒いて生徒募集。

それでつんぐりもんぐり一年くらいはやっていた。疲れたけど楽しかった。またろうとこじろうもいちおうルール+アルファを把握したし、友人たちの何人かも同様なので、学童などでも打てるようになった。

こういうミニ教室をやる場合、一番のネックは先生でも資金でもなくて、実は生徒の参加のきまぐれである。無料の教室の場合は、来るときはどっと来て、来ないときはまったく来ないという調子で、人数が読めないのだ。

先生はずっと確かで、アポをいったん取ればまじめに来てくれるが、それでも急な都合(病気含む)はないでもない。先生が来て生徒がいなかった場合、生徒が来て先生がいなかった場合、どちらも気まずいことになる。

我が家がやった囲碁教室がなんとかやれたのは、我が家の中だけですでに四人(はなひめ除く)の人材がいたからだ。生徒が来ないといっても最低限またろうとこじろうがいるし、よしぞうと私は、人数状況によって、あるときは先生に、あるときは生徒になって(!)調整することができた。

よしぞうは中高のとき囲碁部にいたことがあり、あまり熱心ではなかったらしいが弱い初段くらい。私はルールを知ってるだけの超初心者だが、子どもがあまりたくさん来たときは、ルール指導や、石取りクイズを出したり、子ども同士の対局の決着をつけたり (紛争を解決し(^^;; 地を数える手伝いをする) できる範囲で対応した。

ボランティアで来てた先生は、ほんとに強かったので(六段)、子どもがほとんど来ないときはよしぞうも教えてもらうことができた。

そこまでやったわりに、我が家に囲碁が根付いているかというと現在そうでもないところがなんなのだが。またろうは中学時代、友だちが家に来るとけっこう打っていたみたいだけど、囲碁部創設は失敗したし。今はロボコンしか頭にないし。

私自身も、囲碁は「そのうちやりたいことリスト」のかなり上にランクインしてるのだが、ピアノ→バイオリンのさらに次くらいだからなー。そのへんに手が回るときは50歳を超えているだろう。

囲碁教室をやって私にとっていちばん役に立ったことはむしろ仕事面だったりする。我ながら、根っからのコーディネーター気質なんだなぁと自覚して、そういう仕事を増やしたから(笑)

by an-dan-te | 2009-04-24 07:36 | 生活 | Comments(13)

それであの…宿題は??   

ここんとこ、毎日のようにこじろうとまたろうの帰りが遅い。

昨日なんか、私の方が先に着いてしまったくらいだ。二人とも部活順調のようで、なによりである(^^)

ま、それはいいんだけど、勉強の方も「最低限」クリアしておいてもらいたいと思うわけで…
ところが、二人の通学スタイルがなんか身軽なのである。小ぶりのバッグ一個に、体操着の入った手提げ程度。

またろうもこじろうも、学校には個人持ちのロッカーがあって、家で使わない教科書その他を置いてくることができる。全部持って移動したらたいへんな重さになるので、置き勉禁止とは言わないけれども、その日やる宿題、予習復習に関係ある教科は持って帰るとか、ないわけ??

来る日も…そして来る日も…身軽なままだと、やっぱり親としては気になる。

「宿題とか、小テストとかないの??」

またろう「いや大丈夫だよ」
「大丈夫って…あることはあったの??」
またろう「ないことはなかったけど、宿題はその場でやっちゃったりとか

…とか何だよ。私が知りたいのは、またろうが把握していたその提出物のほかに、なんかなかったのかということだけど。またろうが知らない提出物があるんじゃないの?? と聞いても無効だし。あぁ、子どもの言葉を信頼してやれないダメ母です(-_-;;
#実績が悪すぎるんですケド

こじろうのほうも、日曜日に単語調べくらいやってるところを見たけど、予習復習や問題集解いたり、小テスト対策で暗記するとこまでやったりというのはないな。ぜんぜん。

でも昨日は珍しく、「ぼくの地理のノート知らない??」と探していた。お母さんがオマエのノート管理してるわけないだろ!!(-_-;; とは思ったが、そういえば、さっき子ども部屋に入ろうとしてドアを開けたときに「ずりっ」と邪魔なものが床に落ちてた感触が。

「子ども部屋の入り口の床を探しなさい」 (←神のお告げ風)
こじろう「あった!! お母さんすごい!! ありがと」

もう10時をまわろうというころになって、しこしことノートをまとめているこじろう。「それあとどのくらいかかるの?? もう遅いから」というと、

こじろう「んーでもこれ明日までだから」
「そう?? 明日『まで』なの?? それでいったい、いつ『から』出てたのかしら??」
こじろう「…それ聞くぅ??(ニヤリ)」

まぁそんな調子で、初回の定期テストで「痛い目」にあったところで、やおら話し合いをしようかと思う母である。


f0185839_7375655.jpg今日はめずらしく二色弁当。いりたまごと、サケフレーク(瓶詰め)。
おかずの段は、こんにゃくきんぴら、プチトマト、ピーマンじゃこ、鶏つくね。

by an-dan-te | 2009-04-23 07:39 | 中学生活 | Comments(8)

はなひめの英語どうする??   

我が家はあんまり、英語先取り派ではないんだけど、またろうのときあんまりひどかったから…

つまり、まったく英語に触れないまま中学生になると、年齢的に「音」なじみが悪すぎるので、RとLの区別もあったもんじゃない。子音が続くってのがどうにも納得いかない (str~とか言えずに/書けずに、sutor~とか考えてしまう)。まぁ、受験英語としてまたろうがにっちもさっちもいかなかったのは、またろうに語学の才能がないというだけのことなんだろうけど、「音」については臨界期があると考えるほうが妥当だろう。

その反省に立って、こじろうの場合は、N塾通いも始まったという五年になって慌てて、半年だけ英会話教室につっこんだ。それ以上は塾と両立せずどうやっても無理だった。

音なじみを良くするというコンセプトからいうと、いかんせん時期的に遅いし、期間的にも力弱い。それでも、こじろうはまたろうと違って、自分は英語やれるという根拠のない自信を持つに至ったようだし、受験が終わって今度は公文で始めた英語も、楽しげに取り組んでいるから、やらないよりはよかったかもしれない。

それで、はなひめは?? 我が家では一番、余裕を持ってスタートできることになるが、何をどうしたらよいだろうか。

とりあえず、こじろうが行ったのと同じ英会話教室に入れた。週一回一時間。これが一年近く前のことで、通い始めるまでの説得は長かったものの、通い始めたらとても楽しそうだったのですっかり安心していた。

ところが、ここのところ急に「英会話やめたい」と言い出した。理由は、「なんかいつまでたっても似たようなことの繰り返しで飽きちゃったし、逆に覚えてないこと聞かれたりもするし」。別に覚えてないのはいいんじゃないの。答えられなくてもその場でまた教えてもらえばいいんだから。はなひめが気にしすぎ。でも、いつまでたっても似たような、というのは確かにそうかもね。

週一回、一時間。家でのフォローもまったくなし。これで、何か語学が上達するなんてことはまったくありえないわけで。もちろんそんなことを期待しているのではなくて、単に音慣れを期待しているだけなんだけれども、内容が着々と難しくなっていくわけはないだろう。というか、そんなことされてもついていけない。

そこで、はなひめには、「週一回、一時間」では内容が変化も難化もしないことは必然であることを説明し、前へ進んでいくためには基本「毎日」というのが必要だと言った。はなひめがもう飽きちゃったというならやめてもいいけれど、ここでやめて中一まで全空きにするとさすがにゼロになっちゃうだろうから、何か別のでやったほうがいい。

はなひめは、公文でもいいと言っているが、公文にはよしぞうが難色を示している。今、軌道に乗るか乗らないか、非常に微妙な、そして一番重視したいと考えている算数が共倒れ(=いっしょに嫌になる)、あるいは弾き飛ばされる(=英語が気に入って、算数はやめたくなる)危険が高いのではという。まぁ、一回行って三科目(算・国・英)というのも多い感じはするしねぇ。

私自身は昔、小学生のころ、英語の家庭教師をつけられていっしょに絵本をみたりとかなんかしてたのだが、はなひめとまったく同じ理由で嫌気がさし、ストライキを起こしてやめた経緯がある。そのあとしばらくして、小六でラジオ基礎英語を始めて、それがとても気に入って定着したんだけれども、はなひめはまだ小三だし、自力で基礎英語をするのはちょっと難しいか??

(話が横に逸れるが、小六で基礎英語をやっておくのはとてもよいと思う。でもその結果(?)中学受験は全落ちしたんだから受験をするならお奨めしない(^^;;)

というわけで、考え中。よしぞうともすっごく意見合わないし。つづく。

by an-dan-te | 2009-04-22 07:20 | 生活 | Comments(26)

これがまたろうクオリティー   

昨晩は、買ったばかりのパソコンで、「ニコニコ動画」を次々楽しんでご満悦のまたろう。

今日分の公文、ラジオ英会話と風呂は済ませてあるから、本人的にはミッション・コンプリートの気分。ここでほっておくと、この姿勢のまま寝る時間になってしまう。

「顔洗った? (にきびがひどくなってきたので、洗顔フォームで洗うのが日課)」「あっ、まだ」→洗う。
「歯磨いた?」「あっ、まだ」→磨く。
「学校の支度した?」「あっ、まだ」→時間割確認。

昔と違って、声をかければ一つずつ、やることが進むので、格段に楽になった。成長を感じる。でも、二つとか三つまとめていっちゃいけないんだよな。どうせ一つやったところでニコ動に戻っちゃって、こっちも「さっき言ったじゃない。まだやってないの??」とか言いたくなるし、向こうも「言ってない!!」とか意固地になりやすいから。

でも、これってちっとも自立したとはいえないのでは。。それと、そういえば中身。ちょっとチェックしてみようと思い立った。

またろうの時間割は、コピーして母のファイルにも入れてある。それを見てから、またろうの机を確認。Readingのテキストが残っているということは…「またろう、これ明日いるんじゃないの??」「えー、別にいらないと思うけど…。先生は、読書日記を持ってきてって言ってた。でもまぁいいや、いちおう入れとく」。それって、オプション物品について言及しただけで、メインのテキストについてはわざわざ言わなかっただけでは?

さらに、またろうの机の上でなく、棚に収まって「化学」のノートがあるということは…「またろう、今日、化学のノート忘れたんじゃない??」「あ、うん」「代わりの紙にメモった??」「いや」。ノート取ってない(-_-#

「でも今日は、先生が、ここ覚えておけとかいっただけだから、あんまり…取る必要なかった…」とかごにゃごにゃと。「ここ」というのは周期表のことだそうだが、そんな、「周期表覚えとけ」だけじゃ五秒で終わっちゃうから、何か説明とかしたはずでしょ。単に、最後の一言しか記憶にないだけの話じゃないの。

それでも今日は、弁当箱を自分から出したところと、時間割揃えのときに美術で提出する絵を入れたところなどで、一年前とは違うまたろうを感じさせるシーンもあった。ただし、スケッチブック(先週持って行かなきゃいけなかったはずだがまだ家にある)は忘れ。

よそ様との比較ではなく、一年前、三年前の本人との比較でいえば、「自立」の方向に少しずつ進んでいるのはわかる。でも、今まさに親の手の届かないところに入っていこうとしているまたろうの現状を見ると、つい不安が先に立つことは否めない。

秋には生活面でも勉強面でもまたろうが自立して、母はバイオリンを習うという計画なんだよねぇ。ある意味、受験より遥か険しいチャレンジである。


春の恒例行事に「検尿」があるが、ある日、またろうが自分から、「明日忘れないように」と、検尿キット入りのビニール袋をトイレのドアに貼り付けていた。感心感心、と思っていたが…

翌朝、無事準備できたけれど、家に置き忘れていっちゃった、とかいうのが「ありがち」な失敗だが、この母はそんなことでは驚かない。今年の場合、またろうは、ちゃんとその翌朝、持って学校に行ったのである。しかし。

第二回の検査は**日だからそのときに持ってきてねと言われて、新しいキットをもらって帰ってきた。ナニ!? ほんとはいつだったの??

なんでも、みんなが出してるその日に、あー忘れたと思ったまたろうは、明日こそは忘れないようにしようと思って、トイレドア貼り付けを思い立ったようなのである。ちゃんと、忘れた人はいついつね、と説明があったはずなのだが…。というか、毎日受け付けてるようなもんじゃないことはわかりそうなもんなのだが。

人の話を聴く、というのも大目標のひとつ。はぁ。。

* 昨日の朝、玄関を出たまたろうを呼び止めて「遅くなりそうだったら電話して」と言おうとしたら、なぜかまたろうが駅と逆の方へ歩き始めていた。会話の後はきびすを返して駅のほうにいったのだが…。それを思い出して、「なんで昨日逆に歩き始めたの??」と聞いたら「正直いうと、間違えました(^^;;」だって。ありえねぇー。。

by an-dan-te | 2009-04-21 06:58 | 高専生活 | Comments(25)