時間感覚 -つづき   

またろうがエレクトーンを習っていたとき、一度だけ発表会に出たことがある。エレクトーンなので、みんなフロッピーを差し込んで、たとえ本人は片手演奏でも、データで自動伴奏させてたいへんにぎやかな曲になるのだが、またろうだけはフロッピーなしだった。どぉーしてもデータに合わせられなかったので。

代わりに先生が、もう一台のエレクトーンで伴奏をつけ、またろうが「来ない!」となるとアドリブで一小節余分に入れたり(!)して神業でアンサンブルしてくださった。たいへんスリリングな「かっこう 他一曲」であった。

子どもだから、テンポがふらつくくらいよくあることだし、指が迷って間があいたりするのはぜんぜん不思議ではないが、もうまったくそういうレベルではない。リズム感が悪いというより、「リズム感がない」。まるで、脳みその中の基本機能「クロック」を置き忘れて生まれてきてしまったかのようである。

こじろうのほうは、リズム感がかなりよく、ジャズ風でもサンバ風でも教えればすぐばっちりだった。リズム感と時間感覚の精度は何か関係があるのだろうか??


ともかく、中学受験をするなら時間感覚があるにこしたことはない。まず、またろうは塾に間に合わない(--;; という問題があったけど、それだけではない。時間は有限である中、効率よく課題をこなして、かつ遊ぶ時間を確保したいというのに、時間泥棒が棲んでいたら話にならない。

せいぜい10分くらいで終わるはずのドリルが、一時間経っても終わらない…という場合であっても、お母さんが遠ざかるとすぐ、隠し持っていた漫画を広げて読んでいたので終わらない、というなら何の不思議もないわけで(そういう子はけっこういるはず)、本人にも「勉強はしていなかった」ことの自覚があるだろう。またろうはそこで、漫画も読んでない、本人勉強していたつもりで、なぜか一時間経ってしまう…という状況。

実態は、ぼーっとしていたり、口笛を吹いていたり、クリップやボールペンをいじっていたりするのだが、本人は勉強を「していなかった」という自覚がない。「今日は午前中ずっと勉強していた、がんばった」とか真顔で主張するのだがその中身はせいぜい20分くらいだったり。話が噛み合わないので親子の交渉も成り立たない。

こじろうは、時間感覚がしっかりしているので、勉強をさせるためのバトルはないわけじゃないが、話は噛み合っていてその上で意見が合わないだけの話。じゃあ今日は、毎日分と社会の栄冠への道(塾宿題)をやって、それが済んだら九時まではテレビを見ていいことにしよう。…などと話がまとまったらあとは簡単。

パラパラと問題数や内容などを確認すると、こじろうの時間見積りは異様に正確。「これが25分くらいかな?…」あれやってこれやって、途中ちょっと休憩して。何時に再開すれば何時までに終わる、と。

またろうのほうは、びっちりつきそって、目が漂い出したら起動修正を入れる以外、勉強を進める方法がない(そうやってもたいして集中は続かない)。内申がとれないタイプであることもわかっていたが、中学受験できないのも火を見るより明らかなのであきらめるしかなかった。

またろうはこの後、小四の途中くらいになんとかリズムが取れるようになり、自宅に来てもらうスタイルでピアノを習い始めた。いまや、ごくふつうの「あまりリズムが得意でない人」くらいに成長した。それに伴って(?)一時間と10分の区別くらいはつくようになったらしいが…勉強リズムはまだまだ…

by an-dan-te | 2008-10-03 14:13 | 兄弟 | Comments(0)

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