数字じゃない褒め方   

何事も、一回目より二回目のほうが勝手もわかっていてうまくできるということはあるものだけど、
私の場合、こじろうの受験のときとはなひめの受験のときで決定的に違う条件がひとつあった。

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それは、こじろうのときはまたろうの高校受験とダブルだったということ…(-_-;;

またろうの高校受験のたいへんさは筆舌に尽くしがたいorz

手をかけるとしたらまずはまたろうのほうであって(提出物とか英語とか)
こじろうにはその余力でなんとかしたりしなかったり(^^;;
日能研は長時間預かっててくれてたいへんありがたいというか

まぁそんなところがあった。

はなひめになってからのほうが、断然中身を見る余裕があったんで、たとえば社会科について
こじろうのときはメモチェ覚えるのに、私が解答冊子を持ってて、こじろうが口で答えをいうのを
「ウ!!」「ブブー」
「じゃ、イ!!」「ピンポン!!」
てなもんで(だから私は日本史をまったく理解しないまま終わった)、はなひめのときには
いっしょにテキストの音読をしたり、
暗記も「よりぬきまとめノート」を作ったり、
ずいぶん中身に関わったんですよね(だからようやく私も日本史がおもしろいと思った)。

そうするとどうなるかというと、
成績(数字)を褒めなくても、
褒めるところがいっぱいあるんですよ。

たとえば、
「今回、範囲の漢字を丁寧にやってったらちゃんと取れたね」とか
「基本問題を二回転していったら最後まで間に合って解けたね」のような、「努力」→「成果」をほめてもいいし、

「この途中式を書くようにしたら間違えなくなったね」のように、お奨め事項を守っていることをほめてもいいし、

「○○って、△△と似てるね」
「この説明ならよくわかってすっきりしたね」
「へーー、~なんだ」
知って/わかっておもしろかった、というポイントに共感してもいい。

厳密にいえば、「共感」は褒めるのと違うかもしれないけれど、
案外、うれしさ楽しさでは一番かもしれない。

「受験うつ」に「間違った褒め方」という話があったけれど、
頭の良さを褒めるのはその後の「努力しない」アピにつながったり、
成績(数字)を褒めるのはその後のちょっとした挫折がモチベをへし折ってしまったりと
マイナスになる褒め方というのは存在する。

けれど「知って/わかっておもしろかった、というポイントに共感」するのなら、親の本音である限りにおいてはいくら続けても間違ったプライドを増長させることはないし、
結局のところ、勉強のおもしろみってそういうところ(共感)からふくらんでいくと思うんです。

中学以降は是非、親がそんな中身に立ち入ることはなくっても、
おもしろさのツボを共有できる仲間がたくさんいる場で(そのために中学受験するわけだから)
どんどん成長していってほしい。

でも小学生の間は、親がそういう手助けをしてもいいかなと思います。

そんなことを突然思ったのは、はなひめ中学三年生と、こじろう中学三年生を比べた場合に、
何か課題を調べたりまとめたりしているときの態度…深掘りを楽しんだり、それを文章にまとめたりするときの…が多少違うような気がして、

そういやこじろうのときにはかなり手抜きしたわ

と思い至ったんです。やや。もちろん素質の違いというのもあると思うが。

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by an-dan-te | 2016-03-22 22:59 | 中学受験 | Comments(0)

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