書くことは学ぶこと(女子学院)   

中学三年生のときの夏休みの宿題として、「身近な人の戦争体験の聞き書き」というのがあった。

  にほんブログ村 受験ブログ 中学受験終了組(本人・親)へ←書く力、考える力、伝える力
はじめての中学受験 第一志望合格のためにやってよかった5つのこと ←アマゾン
*「なか見!」機能で「立ち読み」できます♪

私の場合、両親は終戦時まだ小学校入学前だったので、直接にはあまり戦争の記憶がない。ということで当時存命だった祖母に聞いて書いた。この宿題は後にも綿々と続いていき、「35年間で8000編あまり」の実績が蓄積されている。

今回、恩師のめりこ先生に会う機会があり、先生がこの夏に出版した戦争体験聞き書きのまとめ本を手にした。
「戦争しない国が好き! 女子学院中学生が綴った日本の戦争22話」(おのだめりこ編著)

一学年上にNさんという人がいて、その人が大作(規定が原稿用紙10枚以上だったところ、32枚)を仕上げた。長いだけでなく中身も文章力も素晴らしかったので、それを読んで感動した別の生徒が、すべて清書してプリントを作り、配布してくれた。それで後輩である私も読むことができて、とても印象に残っていたのだが、それもちゃんと含まれていて「再会」することができた。

Nさんの作文のほか、同期のSさんなどを含む22人分。いずれも力のある文章で、目を離せず一気に読んでしまった。

ここに載せられている体験談は、特殊で数奇な運命を辿ったものや、珍しいほどの悲惨な出来事を取り出して集めたものではない。たまたまJG生の身近な人であった市井の人々であり、かつ、結果として生き残ったからそうして語れているわけで、いわばふつうの人の身にふつうに起こった出来事であるといえる。

それだけに、戦争というものがひとたび起こると、人々の命や暮らしがどう扱われるのかということが、リアルに迫ってくる。

この宿題はしかし平和教育としてではなく、国語の宿題として出されたものである。つまり宿題の狙いとして第一義的には、インタビューをすること、その話の意図を伝えるための構成を練ること、歴史的背景などについてはウラをとる(資料を調べる)こと、達意の文章表現を工夫することなどが課題になっているということもできる。

でもそのように書くこと、それを読み合うことでこの深さの学習に到達できるのってやっぱりすごいと思った(ちなみに私の作文は載ってません。当時かなりの作文ギライ)

私学としては、このように「書くことで学ぶ」体勢を作りたければ、まずはある程度「書ける」人材を集めること(入試)、そして入ってからも折に触れまとまった文章を書くように求め、その添削などにも力を入れていくことになる。これもひとつの「私学の価値」だろう。

おのだ先生は、百人一首を使った古典文法の授業で私の心をわしづかみにして、ひいては将来の「飯の種」をくれた人で(過去記事:「心に残る授業 (国文法)」)、つまり非常に指導力のある人であってこの聞き書き課題においても中心的な役割を担っていたはずなんだけれど…

(私が下二人を中学受験させたことを言うと)
「ぜひお子さん方をね、中学受験なんかさせないで、地域の中学校に進ませてほしいの。そしてその中学校で充実した教育が行われるように、親として工夫をすることにこそ力を入れてほしいのよ。自分の子どもだけ私立に入れて(逃げて)よい教育が受けられればいいというのは、違うと思わない??」

うーん、それはもちろん正論だけれど同時に自己否定的というか(^^;; 親が何を工夫したからといって、めりこ先生が展開していたような授業が地域の公立中で成り立つわけはなし、やっぱりこういう(JGのような・こじろうが通った学校のような・はなひめが通っている学校のような)学校があることも、そういう学校を選んで子どもを進学させることも、大きな意味があると思うんですよ。ねぇ先生。

にほんブログ村 受験ブログ 中学受験終了組(本人・親)へ
にほんブログ村

にほんブログ村 中学受験終了組(本人・親) ←ランキング参加しています。
にほんブログ村 中学受験(指導・勉強法) ←こちらも参加しています。

実用書じゃないけど文句ナシのおもしろさ↓
ブログやってなかったころのこじろうの様子がちょこっと載ってます。
中学受験 叫ばせて! (地球の歩き方BOOKS) ←アマゾン

by an-dan-te | 2015-09-23 18:33 | 中学受験 | Comments(10)

Commented by limoncello at 2015-09-23 21:01 x
先生のお言葉、考えさせられますね…。

親の経済力により、受けられる教育のレベルが大きく変わってしまうという現実はやるせないです。
Commented at 2015-09-24 16:24 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by an-dan-te at 2015-09-27 07:57
limoncelloさん、
そうですね…親の経済力がなくても、学校を選んで(受験して)入って、中高一貫で過ごしたいというニーズがあって、なので公立中高一貫が人気あるんだろうと思うんですけど。

今の形態のまま公立中をよくするのと、公立中高一貫を増やすか私立を安くする(公立並みにお金をかける)のとどちらが早道なんでしょう?
Commented by an-dan-te at 2015-09-27 08:07
***(2015-09-24 16:24)さん、
中高一貫選びはその六年間のためにあって、大学合格はその結果としてついてくる(こともある)オマケみたいなものだと思います。オマケ部分だけ見ることは、中身(六年間)のある側面を推し量る指標とはなりうるのですが、指標が独り歩きしたら中身を見誤りますね。

講習で先生が毎日のように違うって、そんなことがあるのですね。初めて聞いたような気がします。それはなんというか先生をあてがう(経済的な)効率はいいかもしれませんが勉強の効率はよくないでしょうね。まだ四年なのだから(行く場合でも)もっと合う塾をゆっくり探せばよいと思います。

関東系と本部系ですか? うちが通ってたのは関東系で、私がアタリマエと思っていることの中身は関東系の話です。けどその後変わってるかもしれないし新しい人に聞いたほうがいいと思いますが、本部系のほうが教材でも講座でもオプションが多い印象です。
Commented at 2015-09-28 10:54 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by yoyo at 2015-09-28 14:34 x
これ 覚えてますよ。まだ やっていたんですね~
戦争体験者の話を聞くのも大切だけど 戦争を起こさないための現実的なメカニズムについて ちゃんと教えているのかしら?
当時は全くありませんでしたね。
私は とても興味があったから 注意して授業を聞いていた方だと思うけど、6年間を通じて 秀子先生が
「核抑止力っていう考え方もあるんですけどね」
と 一言おっしゃったのが すべてだったと思います。

私は当時 ポールボネの「不思議の国ニッポン」というエッセイにはまって 右派の思想を知ったところで、とても合理的だと思いました。
それに対し JGが朝に晩に 
「戦争の悲惨さを世界中に訴えれば戦争がなくなる」
一年中 訴える式の平和運動が 心底息苦しくてね。
だから 私は 今でもJGが好きじゃないです 
あ、今のJGのことは知りませんから 昔の話です。

それもあって めるを私立一貫校に入れなかったんだけど、
とらは どうみても内申がそろわなそうだから 受験させて…
結果からいえば 私が好きな順番は、
めるの高校>公立中学>とらの学校>JG かな。
とらの学校とJGは やっぱり雰囲気似ているところがあります。
私立一貫校は 幅が狭い。
同じような考え方。同じような家庭環境。
だから そこに入りたい人が 行けばいいのであって、公立と私立は 別物でいいと思う。

みんながみんな私立に行かせたいわけないと思うよ~
公立の方が好きって人 たくさん知っているし、
私も含めて 周囲の保護者はたいてい公立中学に満足してたもの。
もちろん 荒れてない公立中だったし、塾に通わせるぐらいの資力は十分ある家庭ばかりだったからかもしれないけどね。

そもそも 私立に行かせる資力がないうちは 私立に行きたいと思わないんじゃないかな?
雰囲気を嫌う気がするんだよね。



Commented by an-dan-te at 2015-09-29 20:32
***(2015-09-28 10:54)さん、
そりゃーもう、塾との相性ってありますよ。きちんと学習サイクルが噛み合って、学習が積み重ねていけるところにしなかったらもったいないですよね。それに、おっしゃるとおり、親が不信感持ってたら、口には出さないように努力してたとしてもやっぱり子どももあまりうまくその塾で吸収していけなくなると思います。

学校選びと同じですね…

でも、学校より気軽にお試ししたり変えたりできますから。

なんか溜まった(弱った)ときはまたいつでもどうぞ~(^^)
Commented by an-dan-te at 2015-09-29 20:47
yoyoさん、今でもやってるというか、めりこ先生がいたころはやってたというか。今はさすがに、祖父母でももう戦争の話はできなかったり、難しくないですかね??

JGでは、宗教的なことにしても、政治的なことにしても、「偏向」した教育が行われている(いた)と思いますが、それを押し付けられるわけじゃなし、自分が好きなように学べばいいことじゃないのかな? あれだけ好き勝手やらせてくれた学校に、私は何の不満もありませんが、yoyoさんは好きじゃないのね(^^;;

もちろん、誰もがフィットする学校というのもないのだし、私立に行きたい人も(その中でもどの私立に行きたいかは様々)、公立に行きたい人もいるでしょう。

ほんとは私立のほうが好みでもそれだけの経済的余裕があるとは限りません。私立は(払う側にとって)高額だけれども、教育にそれだけ公立よりたくさんのお金をかけてるわけではなくて、ほとんどは税金から出てるお金が違うだけの話なのだから、

子どもの教育には一定額が支給されて、公立も私立も経済力に関わらず選べるという社会でも別に理屈のうえでおかしなことはないと思います。今そうなってないだけで。
Commented at 2015-10-19 13:51 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by an-dan-te at 2015-10-23 13:33
***(2015-10-19 13:51)さん、
そうですか…ほんとうだとすると、かなり意外ではありますが、最近の女子学院について聞く話は、私にとってはかなり意外なことが多いので(^^;; 「そんなことはないでしょう」とも別にいえません。

もちろん昔の女子学院ならそうやって「みんなが」するように奨めるということもあまりやらなかったでしょうし、もしそういう先生がたまたまいても(なにしろ先生の間で統一が取れてないってのが大きな特徴なので、絶対ないともいえない)、あーなんかいってるわでテキトーに流されるというのがありそうなことです。それにみんなが従ったとすれば時代も違うんでしょうね。

接種しなくても感染するものじゃないですから学校から推奨されるいわれはない性質のものですし。なんか変な話。

<< 成績で順番をつけないこと 統一性と多様性(高入のある中高一貫) >>