読書好きは国語が得意になるのか?(アクセスラボ最新記事のお知らせ)
2014年 11月 10日
←若いころはほんと本ばっかり読んでた。今はそうでもない。
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しないよりはしたほうがよさそうに思いますが、同じようにたっぷり読み聞かせをしたつもりでも、読書好きな子(またろう、はなひめ)も、そうでない子(こじろう)もいます。環境は多少助けになるにしても、結局は本人の持って生まれた志向ってことでしょうか…
それで、読書好きなら国語が得意になるかっていうとまた、それも一筋縄ではいかないんですよね。
またろうは決して国語得意とはいえません(ま、そんなにひどくはないけど)。
こじろうは事前(小学校中学年時くらいの)大方の予想どおり、国語はほんとひどくて、
はなひめは、初めのうち国語が得点源でしたが途中で大崩れしました(その後持ち直した)。
本をたくさん読んでること自体は財産ですが、それで自動的に得点できるとは限りません。
漢字は読めるでしょうが練習しないとやっぱり書けませんし、
読書量は多くても、偏っていればボキャブラリーが豊富とも限りません。
漢字と語句はあらためて勉強したほうがいいでしょうね。でも、本をほとんど読んでない子(こじろう)よりはずっとずっと話が早いです。
読書好きの子が陥りやすいところは、「勝手読みの罠」だと思います。
はなひめが当初、勉強しなくても国語は得点できてたというのは、問題がそんなにややこしくなければするっと適当に読んでいくだけでなんとなくわかっちゃうんですよね、慣れてるから。
それが通用しなくなったあとは、やはり素材文の読み方、設問の読み取り方、根拠を持って選択肢を選ぶこと、求められるポイントを過不足なく表現する記述など、ただ楽しく読む以外の「勉強」が必要になります。
ここを乗り越えないと、ほんとにもったいないです…
乗り越えるのにかかる労力は、やはり本をほとんど読んでない子より断然少ないんですから。
塾の集団授業は、国語において「ちょいと乗り越える」ところがうまくいかないことってけっこうあるように思います。親は別に教える技術とかなくても、子どもに直に寄り添うことができるので、ちょいと手助けするには向いています。もちろんそんなこといつもいつもやってられませんが、読書好きの素地がある子なら、親の忍耐が切れる前になんとかなる確率も高いかと。
アクセスラボ最新記事→「本を読むのは好きだけど」
というわけでこじろうの国語は中学受験時にあんまりなんともなりませんでしたが(でも第一志望の国語だけはなぜか解けた)、
…これがまた不思議なことに、高校生になるころには国語得意になったんですよ。親は何もしてません。ただ本人の成長です。
なのにまだあんまり読書好きではないんです…どうしたわけか…
人生ここから先、国語の読解問題ができるかどうかより、むしろ読書好きかどうかのほうが大きいような気がするんですけど。ま、そうはいっても、読めば読める(読み取れる)ようにはなったということで、実際たまにはけっこうややこしい本も自主的に読んでますし、これは逆に、読解問題で練習したら本もまぁ読めるようになったってパターンでしょうか。
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ブログやってなかったころのこじろうの様子がちょこっと載ってます。
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by an-dan-te | 2014-11-10 20:55 | 中学受験 | Comments(16)
特に中受の最初の頃の国語が「得意」かどうかって、「物語が好きかどうか」にすごく相関が強いんじゃないかと思います。「登場人物の気持ち」とか「物事が移り変わっていく様子」とかに興味があって「空気を読める」子が「最初の段階」では断然強いですよね。KYなヤツは人の気持ちや物事の移り変わりに興味ないから、物語あんまり好きじゃない。人の気持ちに興味ないから「太郎の気持ちを下から選びなさい」って言われたって他人の気持ちなんて知らん、と(苦笑)。
対して、いわゆる「読書」って、別に物語じゃなくても、データ物とか解説物とかいろいろあるわけで、データ物を読む力があるんだったら中受の物語文は苦手でも論説文はまあイケるようになる可能性が高い。今現在のこじろうくんも「データ物を読む力がある」んではないかと想像します。高校くらいになると「太郎の気持ちを選びなさい」みたいな国語の問題は減りますし。
我が家の上ムスコは物語が好きではなくてほとんど読まないです。もちろんKYの最たる者。でも解説物は好きでよく読んでます。物語大好きな親から見ると不思議ですが、実生活では物語好きより解説物好きのほうが役に立つだろうなーという気もします。
こじろうは最初どちらもできなかったけど、どこかの時点で後者ならできるようになったのよね。
> 他人の気持ちなんて知らん、と(苦笑)。
はは(^^;;
小学校段階でいうと「図鑑くん」とかいますよね、けっこう。そうすると中学受験では国語苦手男子になりがち。
私は国語が大得意でしたが、間違いなく本を沢山読む子供だったからだと思っています。
勉強が大嫌いで、おっしゃる通り漢字問題は全然勉強していないため苦手ですが、それ以外がほぼ満点なのでいつも90点代でした。
文章読解の問題なんて勉強しなくても息をするように解けるので、何故これに苦労する人がいるのか不思議でした。
母がいつも図書館で借りてきてくれる本は児童文学賞受賞作などが多かったため、良質な本を読んでいたからでしょうね。
読書は役に立っています。
文章力、読解力は全ての科目で必要ですから。私は英語も勉強していなくて苦手でしたが、受験のために改めて自習したら得意科目になりました。単語さえ覚えてしまえば国語の読解と同じだったのです。
大人になってからも助けられています。
社会人もビジネス文書を沢山書きますし、読みますからね。
たまに同僚が、文章がめちゃめちゃなお客様向けメール・資料を作っているのを見ると、閉口してしまいます。
子供はいつまでも子供のままではないですから、問題文に出るとか出ないとかだけではなくて、人に伝える力、人を読み取る力を付けてあげましょう。
父親が、友達のお米屋さんから、
文学全集を買ってきました。
いま思うに、芥川やら世界の名著が様々だった。
そういう小学時代を経て始まった中学の国語が
全員参加型の要点まとめなどをやって頂き
花開いたかんじでした。
今子供の得意な子と不得意な子にはさまれ、こまってます。
ゆうさんは、本をたくさん読むお子さんで、そのまま読解問題も「息をするように」解けたのですね。
漢字や英語が勉強しないとできないのは当たり前ですが、その勉強も、豊かな国語のベースがあるからたぶん効率よく進んだのでしょうね。
読書は量も多いに越したことはないですが、質も重要だと思います。うちの長男とかラノベばっかりだし、やっぱりそれじゃ偏ります。
> 母がいつも図書館で借りてきてくれる本は児童文学賞受賞作などが
> 多かったため、良質な本を読んでいたからでしょうね。
大きな財産ですね(^^)
はじめまして。
「活発でもなく、黙々と家で絵や工作をするのが好きな子」で、一般的に言って中学受験向きでない、というとまさにうちの長男と同じですけど(^^;;
長男の場合、中学受験向きでない上に、高校受験向きでもなく(内申が取れないから)、おまけに公立中に行くと浮くわいじられるわいじめられるわ、ということでどうも八方塞がりな感じでした。
次男のほうが、人間関係能力については長男よりもっと深刻だったので心配していました。国語力がめちゃくちゃ怪しかったので中学受験向きともいえなかったのですが、実際やってみたら読み書きもずいぶんできるようになり、無事、自分に合う学校に入ることができました。
受験勉強をするのは難しそうという場合、どう難しいかによって話はまったく違ってきます。こじろうのような、アンバランスでどこか欠けたところがあって、(公立小では提供されない)なんらかの対応でそこを補えてしまうならば、案外勉強ができるようになるということもあります。
補えるようなことであれば、小学生のうちになんとかしておくというのは価値が大きいです。
そうではなくて、手を尽くしてもやはり勉強向きではないという場合、受験しても学校の選択肢がかなり限られてくるかもしれません。公立より快適・充実の環境でなくてはしかたないですもんね。
というわけで、とてもこんなのでは言い足りない大テーマですけど、中学受験をするかどうかは、「どう受験向きでないのか」「どういう学校が通える範囲にあるか」によってぜんぜん変わってきます。
とにかく、「無理をしない範囲で」がんばったときに、公立よりよい学校に入れるかどうかです。見極めがつかないならある程度やってみるしかしかたないですが、そのときには親がアツくなりすぎないように気をつけるところがとても大事です。
そして、受験する/しない両にらみの時期の勉強をどう運ぶかですけど。長くなりますのでまた。
私もそうなんですけど、でもそういう親から生まれても子どもはそれぞれってことで、うまくはいかないですね。全身から「読書楽しいよ!!」のオーラを発しているつもりだったんですけど(笑)
「私は読書好きでそれが役立った」という意見が多いので、
私はちょっと違うことを。
私も読書好きな子供でしたし、今でも読書好きです。
小学校の時には図書室で毎日、前日借りた2冊を返して新たに2冊借りる、というのを繰り返していました。実父が小学校の教師(専門は国語)だったので、誕生日プレゼントにはよさそうな本を見繕ってくれましたし、読書に関しては全くよい環境だったと思います。
で、確かに私は国語が得意でした。いつの間にか現代国語だけじゃなくて古文なんかも仕込まれていたので、古文でも(単語を覚える以外に)苦労したことはありません。活用覚えるとかやったことないです(「あー否定形にくっつくやつ」と想像すると解るから)。
でもですね。
なんちゅーかこう、夫と私と比べると、夫の方が論文書いたりするのがうまいんですよ。
私だって決してむちゃくちゃ下手なわけでも書くのがむちゃくちゃ苦になるわけでもないです。そういう意味では「読書が役立ってる」のかもしれない。でも、私よりおそらく読書数がかなり少ないだろう夫のほうが私よりはるかに上手なのを見ると、なんちゅーかこう「読書のお役立ち具合もある一定の限度を超えるとサチる」というのが実感です。
夫も多分「読書好き」に分類されるので、それが文の書き方に役立ってると考えると「読書が役に立たない」ってわけではないんです。ただ、私くらいに度を超えて本を読んだとしても、それほど度を超えない読書をしている夫と比べて、役立ってないというか。皆様がおっしゃる通り「基礎」にはなるんでしょうが、「趣味で面白くて」読んでいる限りでは、基礎にはなっても基礎の上に積み重ねる質的・量的な何かになるとは限らないなーという気がします。
で、読書が好きかどうかより、何かに興味を持って調べたい・知りたいと思う気持ちの強さのほうが大事なんじゃないかなーという気がします。だから図鑑くん(夫)のほうが物語読書くん(私)よりも、将来的には役立つんじゃないかな、と。まあ中受では図鑑くんは困ってしまうわけですが(苦笑)。
小三男子が、おっしゃるような意味でいろいろと幼いのはごくふつうの話で、それをもって中学受験向きじゃないとか断じるのはさすがに無理ですね。
しばらく様子を見ていかないとわからないというか、男子なんて幼いまんまで中学受験どうにかするとかよくある話(他人ごとじゃない)。やれるようにやればいいんですけどね。
4年というと大手塾のカリキュラムも始まりますが、そんなにいきなりペースきついわけじゃないので、4年生で通塾させながら様子見というのは十分ありだと思います。通わせる場合…
親としては、塾からいわれたことをそのまますべてさせようとしないで、少なすぎるくらいでこなしていって、慣れたら少しずつ増やすくらいの気持ちでやれたらいいと思います。
まずは塾に楽しく行って、帰ってくること、
漢字だけはやる、
計算はやる、
宿題のうち基本問題だけやる
…というように徐々に追加していって、最適点を探る。
そのくらいの冷静さがあるなら通塾で様子を見るのは可能だと思います。親が、どんどん塾ペースに巻き込まれていくタイプだと「試しに通塾」はあんまりいい手じゃないかもしれませんが。
そりゃもう、読書は役には立ちますよね。私も「度を越して」読んだクチですが、やはり
> 古文でも(単語を覚える以外に)苦労したことはありません。活用覚えるとかやったことないです
そうそう、わかるー
隣のクラスから「くーからくーかり…」とか聞こえるとナニあれ!? やだあのクラスの古文…って思ってました(^^;;
> 「趣味で面白くて」読んでいる限りでは、基礎にはなっても
> 基礎の上に積み重ねる質的・量的な何かになるとは限らないな
それは、読書の内容も人それぞれですし、そこから受け取るものもさらに人によって異なるでしょうから、かっちりしたカリキュラムじゃあるまいし、得るものも人それぞれとしかいいようがないですが。そういっちゃうと何も言わないのと同じなんで。
でも、「図鑑くん」は中学受験の国語のときにそんなにイケてなくても、そのうちなんとかなるかもってのはわりと一般的なことだと思うんですよね。それって明るい希望じゃない!? …あ、でもここは中学受験ブログなんだから、そりゃ中学受験がうまくいくほうがいいんだけどね。
「受験する/しない両にらみの時期の勉強をどう運ぶか」の記事をお待ちしています!
「中学受験向きでない上に、高校受験向きでもない」のって、ほんと困っちゃうんですよね。でも、こじろうも最初はそう見えたんだけど。
「意外と」中学受験向きってことはあるからやってみるのはいいと思うんです。両にらみの時期についての記事はなんか書きにくくて滞ってます(^^;;