灘の国語授業「銀の匙」   

「銀の匙」といっても「エゾノー」ではなく。私は先にあの農業高校を舞台とする漫画を先に読んだけれど、つい最近になって「橋本式国語勉強法」という本を読み、ついでにというかなんというか、中 勘助作「銀の匙」を読んでみた。

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こちらの「銀の匙」は明治44年に書かれた小説であり、特に読みにくくはないけれど、改行も読点も少なめな文章がたんたんと続き、作者の幼年時代・少年時代のことがひたすら具体的に細やかに綴られている。

この「銀の匙」を高校三年間かけて精読する授業は、1968年に出版された「灘高式勉強法」という本によって有名になった。この本は、受験勉強一辺倒の本は作りたくない、オーソドックスな勉強法の本を作りたいという熱い思いをこめて製作されたのだけれど、時期がいいというか悪いというか、灘という学校が受験秀才の代名詞のようになったころであったため、もてはやされたり揶揄されたりしているうちにもみくちゃになり、橋本先生としては非常に不本意だったらしい。

ただ一冊の小説(素材文)を材料としても、学び取り方はたくさんあり
・通読する。楽しむ。
・章ごとの主題を考える(タイトルをつける)。
・内容を整理してまとめる。
・語句調べ。
・調べた語句で短文をつくる。
・鑑賞(表現に留意し、うまいと思うところに線を引く。味わう)
・調査(興味のあることを、調べていく)

丁寧に丁寧にやっていければ、いくらでも時間をかけることができる。

一方、ふつうの国語の授業(というか教科書)であれば、素材文は数多くあり、たとえば一ヶ月にひとつとかふたつとか、次々読んでいくことになる。そういう授業に比べて、三年間ひとつの素材を使い続けることにどういうメリットがあるのか…

私はそれが知りたくてこの本を手に取ったけれど、実はそのことについて正面切って書かれてはいなかった。「詰め込みではなく自らの中にあるものを引き出す勉強法です(本のオビ)」というくらいで。

確かに、ずっと同じ素材文を使うことによって、「追われている」感じがまったくなく、「じっくり」取り組むことができて、自分の中からどこに関心が芽生えるかをじっと待つことができるようになる。語句レベルでも大意のレベルでも徐々に理解が深まっていき、級友の違った考え方にも折々の授業で触れていくことができる。数ヶ月ではなく数年かけることによって、その期間のうちには読み手である自分も成長していくわけだから、必然的に読み方も変化してくる。その結果から生じる、ひとつの作品に対する多面的な読み方。

作品世界にどっぷり浸かっているうち、いつしか思考のひとつの軸となっていく、というような。

…というあたりが、私の想像で、そういうどっしりした「宝物」をもっているというのは、いいことかなとは思う。もちろん、ひとつにじっくり取り組むことにはメリットがあるとしても、ほかの作品にふれる時間がその分少なくなることはデメリットにもなりうるのだけれど。たとえば、この小説を題材に語彙の勉強をしても、語彙としては偏るわけで。

とはいえ、自分のことを思い起こしてみると、中学、高校の国語(現代文)の授業でやったことって、ほんとに印象に残ってることがほとんどない。そして、駿台では論理的にイイタイコトをつかむ練習をして(これはこれで、付け焼刃というよりは本質的な勉強のひとつだとは思うけど)、受験には困らなかったにしても、「そういえば、現代文ってほとんど勉強したことないな!?」というような印象だけが残ってる…ってのはあんまりいいことじゃないだろう。

それよりは、精読という勉強の型をひとつじっくり身につけたうえで、短時間ずつでもほかの作品に触れることで、全体のバランスもとっていくようなのはありかもしれない(実際、「銀の匙」ばっかりだったのか、ほかの題材もある程度取り上げられたのかは、この本からではわかりません)。

で、なぜ「銀の匙」だったのか、「銀の匙」でなければいけなかったのかというと、とにかく橋本先生自身が一番愛する作家、一番愛する作品だったからよかったということのようだ。橋本先生曰く「あなたがもし読書嫌いであったとしても、この本を読めばきっと本好きになるだろうと思うくらいです」…いや、どうなんだろう(^^;; 現在の、読書嫌いな生徒がこの本を楽しんで読み通すとも思えませんが。精読に足る素材文ということなら、ほかにもいろいろ考えられると思います。今選ぶなら、あるいは違う学校だったら、どんな本になるでしょうね。

すごく広くいえば、思い切った授業法を実践することができ、それがきちんと実を結ぶ生徒集団がいるというところが私学のおもしろさだということを感じさせる本です。

中 勘助が賞を受けたときにある灘高生が作った歌
「知り人のごとく思へる□ぽんの中勘助は朝日賞受く」

* 橋本氏が亡くなったことを昨日知りました。謹んでご冥福をお祈りします。

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by an-dan-te | 2013-09-13 08:05 | 中学受験 | Comments(10)

Commented at 2013-09-13 16:33 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by スケルツオ at 2013-09-13 22:04 x
「灘中 奇跡の国語教室」の方を読みました。

うちはみんな公立組だからこういう世界とは全く無縁だったわけで、もしこんな授業を受けられていたら、ここまでひどい国語コンプレックスを引きずることはなかったのかな?

孫でもできたら、中学受験をあおってみるか・・なんて妄想しちゃいます。
Commented by an-dan-te at 2013-09-14 07:00
***(2013-09-13 16:33)さん、
親子二代!! 自分が受けた「銀の匙」授業を、息子さんも受けることになると、それは大きな感慨があるでしょうね。素敵(^^)

ひとつのものを徹底的にやると、ほかのものでも応用が利くから、自主性のある生徒だったら、自分の興味の赴くがまま発展させていくことができますよね。

あぁ私は生かした授業が少ないな(^^;;
Commented by an-dan-te at 2013-09-14 07:06
スケルツオさん、
いやー私立だって別に、すんばらしい授業ばっかりやってるわけじゃぜんぜんないですけどね。すばらしい授業もやる余地はあるという程度ですかね。

現代文の授業に関していうと、ごく平凡だったと思うな…(別の人は別の感想を持ってるかもしれないけど) 私が印象に残っているのって、古典文法と音楽くらいかな。
Commented by まる at 2013-09-14 13:07 x
単に知っているということと体感するのは全然ちがうと思います。
最近「過ぎたるはおよばざるがごとし」を体感しました。
言葉とは奥深いものだと思いました。

この先生は1つの言葉でもいろいろ調べたり調べさせたりするので語彙は多くなるのではと思います。

実際に授業を受けた方の話も聞いてみたいです。
Commented at 2013-09-14 17:56 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by an-dan-te at 2013-09-15 08:30
まるさん、
そうですね、本の中でも「調査(興味のあることを、調べていく)」の例として、物語のはじめのほう(つまり幼いころ)のごっこ遊びに出てきた「四天王」と「清正」の話を調べてみるとか書いてありました。発展のさせ方は無限なわけで…

「そうか、「銀の匙」か!!」と思ってうわべ(教材)だけ真似た浅はかな教師が、まったく別の学校で授業をしたとしたら、似ても似つかないことになるでしょうね(^^;;
Commented by an-dan-te at 2013-09-15 08:36
***(2013-09-14 17:56)さん、
そうなんですね~、見てみたかったな。
そうやって自在に発展させられるところが、教師の力量でもあり、受け止める集団の力でもあるんでしょう。

今回の話を書いていて、ふと気づいたのですが、日能研のはなひめのクラスで国語を担当してた先生は、ものすごく型破りな授業をしていましたが、もしかしたら「銀の匙」精読とかが頭にあった(ヒントにしている)のかなと。そんなに成功していたとは思えないんですけどねぇ。
Commented by gura at 2013-09-16 22:56 x
先生の講演会があったんですが、用事でいけなかったんです。とっても残念です。貴重な機会だったのに。

以前家庭教師した生徒さんが、想像が苦手で、語彙の少ないおこさんだったんです。あたたかいご家庭だったんですが、体験不足ではないかなと思いました。そこで、言葉を覚えるとき、文章中で興味が持てないとき、できるだけ体験するようにしてみました。実物をみせたり、触ったり、食べたり。毎回外を見て、季節の移ろいを感じたり。すると、少しずつ読解力がついて、一年後には、問題も解けるようになったんです。でも、戦争とか、昔の暮らしは難しかったです・・。

銀の匙の授業は文学研究のようで面白そうですね。同じ作品を数年ごとに読む、というのをしているんですが、よむたび新たな発見があり、自分の成長がそうさせるんだなあ、としみじみ感じます。自分の子供にも、そんな作品があったらいいなあと思います。
Commented by an-dan-te at 2013-09-17 22:20
guraさん、
それは惜しかったですね~

> 実物をみせたり、触ったり、食べたり。毎回外を見て、季節の
> 移ろいを感じたり。すると、少しずつ読解力がついて、一年後には、問題も解けるようになったんです。
それはそれは(o_o)いい話ですね~

昔の暮らし系は、はなひめも苦労してました。あと、外国人の名前が並ぶやつ(^^;;

長くつきあえる作品があって、読み方の変化を感じていけるというのはいいですね。子どもを見ていると、やっぱりもっと読み捨ての読書ばかりしているようにみえてしまうんですけど…

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