12歳のジコセキニン   

別に、勉強しないならしない、落ちるなら落ちるで、それも本人の「自由」でしょ? 自己責任じゃない??

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…って、放棄しそうになったことってない?? 私はあります(^^;; (かっとなったとき…)

なにぶん、本人の人生なので、中学受験をするもしないも、あるいはするにしたって、どの程度勉強してどの学校にいくかということもね。親が決定権を持っているわけではないです。本質的には。

もちろん、親が中学受験をさせないと決める権利はありますけど(スポンサーですから)、そして中学受験してもいいよと決めることはできますけど、とにかく受験しろとか、とにかく勉強しろとか、それは無理ですね。親子であっても、別の人間ですから。

それで、中学受験してもいいよと決めて、塾を選び月謝を払い、親がやってやらなきゃどうにもならないのはそこまで。あとは自己責任ってことでよくない??

それに、親が手を出しすぎると自主・自律の精神が育たなくて、もっと成長してからも、自分から勉強するようにはならないんじゃ??

だいたいこの二つの「正論」ですかね、これが頭をよぎると、すべてから退いて、静観したくなってしまうという…

これはこれで正しいのです。確かに。そうやって育って、立派な大人になっていく子はたくさんいます。

こじろうのとき、日能研で同じクラスにいた出来杉くんの場合、親は塾テキストを開いたこともないしカリキュラムも知らないとか…お子さんが勝手に勉強していて、それもかなりあとのほうまでなにかスポーツ(野球かサッカー?)してて、開成と筑駒に合格したのよね。そういう子は、そういう子でいいんだけど。

じゃあ仮に、何も手を出さず、塾テキストも開かず、月謝を出す以外のフォローはしないでただ見守っていたら、うちの子もそういうふうに育つの? そうじゃないですよね。そうじゃないことは、というか、そういう例が稀であることは、さすがにみんな知ってると思います。

塾にはしっかりしたカリキュラムと、教材と、ノウハウがあるんですけど、各家庭にインプリメントしてくれるわけじゃないんです。自力でそれができる子はやっぱり稀。

今なら勉強ができるという、時間枠と環境を準備してきっかけ出しをすることで、「勉強をしてみる」ことができる可能性は飛躍的にアップする。

どの教材から手をつけて、ざっとやって丸付けしたあとどう確認するのか、勉強の勘所みたいなのを伝授するかどうかで効率はかなり変わる。

勉強の成果が出たときに、具体的に「こうがんばったら」→「こうなった」がわかるように褒めれば、次にやる気がつながる。

たとえばそういうことで。それが、過保護と呼ばれる範疇なのかどうかよくわからないのだけれども、とにかくそういうふうに、親のバックアップがあってようやく「きちんと勉強」する体験ができただけだとしても、そこから「わかった!!」「いい点がとれた」などの小さな成功体験の積み重ねができればその後の行動が変わってくる。

だから私は、小学生のうちに、親がかりでもいいから「きちんと勉強できた」体験を積んだほうが、中学生以降のほんとに自主的・自律的な勉強につながると思っています。やり方がわかって、やればできるという見通しがあれば、それがないよりはずっといいでしょ?

過保護を恐れずに、親のできる範囲で「水辺に連れて行く」(やり方を示す、提案する)ところをやってみるのは、いいと思う…それで、「水を飲む」かどうかはそりゃもう本人次第なんだけれど。

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by an-dan-te | 2012-10-13 17:35 | 中学受験 | Comments(6)

Commented by asapon at 2012-10-13 18:08 x
>過保護を恐れずに、親のできる範囲で「水辺に連れて行く」(やり方を示す、提案する)ところをやってみるのは、いいと思う
↑ココ、励まされますー。。。
私の父が、“放任万歳主義”でして、うちの子供たちに中学受験をさせると決めた時から、いつもチクチクやられるんですよね。
そのたびに、ややくじける自分。。。
でも、みんながみんな出木杉君じゃない、普通の子を育てようと思ったら、「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、 ほめてやらねば、人は動かじ」を辛抱強くやるしかない、と思い直すようにしています。
私自身、子どもの頃もっと親のフォローがあったら良かったのに、と思っているクチです。
うちの子供たちが、将来、私と旦那がやった子育てをどう思うのか、、、自信はないですけど、私たちなりに水辺に連れて行ってやりたいと思います(^^)
Commented by umauma at 2012-10-13 19:15 x
そうですよね。それが中学受験させる意味でもあると思います。親は忍耐強く笑顔でいないと・・。
Commented by ぎどん at 2012-10-14 06:32 x
いやなんちゅーか前提が違ってて

>> 何も手を出さず、塾テキストも開かず、
>> 月謝を出す以外のフォローはしないでただ見守っていたら、
>> うちの子もそういうふうに育つの?

じゃなくて、
「うちの子は、親が過保護に手を出そうが自立を願って手を出さなかろうが、どっちに転んでも『そういうふう』に育つことはありえない」
です。はい。

その上で、どこを狙うかは親と子それぞれかなーと。
子供にも個性があって、痛い目に遭わないと頑として水辺まで歩こうとすらしない子供と、いつでも「誰か水辺まで連れてってくれるんじゃないかなー」と待ってる子供だと、多分対処が違っても仕方ないかな、と。中受の目的もそれぞれに違うでしょうから、どの道を選んでも親が「これでいい」と思えるところを狙うしかないかな、と思います。
Commented by an-dan-te at 2012-10-14 18:31
asaponさん、
> 「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、 ほめてやらねば、人は動かじ」
はー(^^;; 確かに。

結局のところ、親のフォローが必要ないようにみえる子どもは、本人の資質+それまでの親の誘導によって、本人が努力の方向と方法と価値をつかんでいるということなんですよね。

それで、まだその域に達してないんだったら…援助しないで待つと、一年かかるか、三年かかるか、二十年かかるか、一生かかるか…
Commented by an-dan-te at 2012-10-14 18:32
umaumaさん、
せっかく、ある程度親が援助できる中学受験なので、親の持っているものを伝えられる場とも考えられます。忍耐…は著しく不得意なんですが(^^;;
Commented by an-dan-te at 2012-10-14 18:37
ぎどんさん、
> どっちに転んでも『そういうふう』に育つことはありえない
ぶっちゃけるとそうなりますが(^^;;

まーいつでも本人の現状から出発して「よりよい」を求めていくに尽きますが。キャラによって適切な援助って違うけど、「ほっとくのが常に真」と思って縛られる必要はない。

少なくとも、こじろうにせよはなひめにせよ、手を出しすぎるシーンも含めて試行錯誤しながら、「やや」自立に向かう援助ができたかなと思います。

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