エセ宗教ワクチン   

大学のときのクラスメイトがひとり、卒業と同時にオウム真理教に出家してしまった。

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灘出身で、元々優秀な人ではあるのだろうけど、もう在学中はオウムにハマっていたので、成績はそんなによくはなかった(そんなに悪くもなかった)。まじめな人なんだと思う。たぶんもう現世のそんなこと(学業)はどうでもよくなっていたんだろうけど、それでも最低限はクリアしようとちゃんと努力していた。とにかく卒業に必要な単位は取って、でも卒業証書を受け取るのは待たずに、あっちの世界に行ってしまった。

大学院試験は受けて受かっていたので、当初の意思としては進学して在家の信者をするつもりだったらしいけど、合宿に行って、尊師の言葉を受けて方針変更。

麻原「キミは、出家したほうが、早くステージを上がれるタイプだよ」

いやもう、そのころはいろいろ大事業(? サリン撒くとか)が見えていて、とにかく急いで人材を集めたかったんだろう。テキトーなこと言ってるだけだよ、と彼を止めたいけれども、その期に及んで、周囲で私とかが「そんなバカなこと」といってももちろん彼の耳に届くわけはなし。彼がいうには、アルマゲドンが近いので、急がなくてはいけないんだと。それまでに解脱できていないと、戦争に巻き込まれてもっと悪いカルマを受けてしまい、解脱がさらに遠くなるとか…

当時、新聞を賑わせたオウムの幹部たち、特に男性は、それぞれ錚々たる高学歴の持ち主が多かった。東大、京大、阪大、筑波大、早稲田、慶應などがずらりと並んでいる。みんな、お勉強はできたんだろうに、免疫なさすぎ。

当時のキャンパスには、オウム真理教やら、原理やら、いろんな勧誘部隊が跳梁跋扈していたけれども、そういうものとか、あるいは子どもを持つようになってから…○○教や○○党、あるいはマルチまがい、そういうものと接触する機会はいろいろとあったけど、そのどれかに染まる自分というのはあまり想像できない。ご近所に住んでいて、こちらが小さい子どもを抱えて何か困りごとや悩み事があるときに、ほんとに親身になって助けてくれたような人から何かに誘われると、むげに断りにくいということはあるものだけど、それでも、断ることが非常に困難だと感じたことはない。

あくまでその人と、自分の関係において、自分はこう、あなたはこう、人として礼儀は尽くすにしても、巻き込まれてはいかない。

エセ宗教であっても、末端の信者は、決して悪人ではなく、むしろ善意にあふれている。いろいろ言ってくることも本心だったりするのだけれど、相手の信念を、自分の心に取り込んでいくことは、付き合う上でも、礼儀を尽くす上でも、別に必須ではない。そういう、距離のとり方というのは…

やっぱり、自我の確立してゆく時期として非常に重要な、中学高校のころに培われたものだと思うのだ。友人とのやりとり、先生(や権威)に対する反発や衝突、あるいは宗教の時間、礼拝の時間など。

私の母は、私の中学受験のときに、御三家の中から、宗教のない学校を薦めたけれども、それは自分が無宗教だからで、それはそれでひとつの見識ではある。でも、家の中に、宗教のにおいがまったくない家庭であるからこそ、宗教系の学校へ行ったのも悪くなかったと今では思う。

母は、私が宗教系の学校に入って、その信者になってしまうことを心配していたのだろうか? たぶん、それ自体はそんなに心配していなくて、でも、宗教をおしつけられたらかわいそうだし、と思っていたかもしれない。

宗教や礼拝の時間はあって、でも学校全体の雰囲気はまったく宗教っぽくはなかった。確かに「おしつけがましい」ところはあるのかもしれないけど、だからといってその宗教を信じるようになる人が多いわけではまったくない。むしろ、その「おしつけがましさ」がある場合に自分はそれとどう付き合っていくのか、ということをそれぞれが考えて学んでいくのではないだろうか。

…というような、「エセ宗教ワクチン」としての宗教教育、というようなことを最近チラと考えるようになった。

こじろうの学校を考えるときには、「どちらかといえば」宗教に関係ない学校がいいと思い、実際にこじろうは宗教系でない学校に進学したけれど、今回の受験では、いろいろ見て回っているうちに、宗教の時間とかがちゃんとあるような学校を気に入ってしまうことに(自分でも)驚いた。

私学にはカラーがある。それが中学受験をするうえでのひとつのキーポイントなわけだけれども、宗教系の学校というのは、それだけでしっかりした「芯」ができるので、その他に関してはおおらかというか、ゆるい、ぎりぎりまで生徒の自主性に任せて見守ることに長けているような気がする。生徒のほうも、のびのびやってはいるけど、ココという一線は踏み外さない、というような…それと、大学合格実績がよかろうが悪かろうが、いちいちガタガタ言わないというようなところ(^^;;

我が家は無宗教だから、宗教関係ない学校から探そうと思っている人も、とりあえず最初から狭めないでいろいろ見てみるとおもしろいんじゃないかと思います。

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by an-dan-te | 2012-06-22 13:26 | 中学受験 | Comments(14)

Commented by トマト at 2012-06-22 16:21 x
我が家は無宗教ですが、息子たちを宗教系の学校に通わせて感じたことは、まさにアンダンテさんが書いている通り。ちなみに私は宗教系の学校を卒業していますが、息子の学校とは宗派が異なります。

残念ながら世間の人には、勉強ばかりさせている学校というイメージを持たれているようですが、私から言わせれば、宗教系の学校ほど、一本筋を通して心の教育をしている学校はそうないと思います。そして、人生で最も傲慢であろう思春期に本物の宗教に触れることは、心の成長を促す栄養剤になりますね。自分を振り返ってもそうですが、この栄養剤、年とともにジワジワ効果を発揮します。たとえ、宗教の時間に寝ていても(汗)

息子の学校とその姉妹校、両方に勤務経験がある先生で、新興宗教からの脱会支援をされていた先生とまさにオウムの話をした時に、両校の卒業生にオウム信者はいなかったはずだとおっしゃってましたね。このワクチン、一定の効果はあると思います。もちろん、オウムに限らず他にもいろいろあるけどね、あの頃も今も…。
Commented by mimi at 2012-06-22 18:42 x
娘の学校は無宗教。でも(あまりに熱心すぎないならば)宗教のある学校って良いと思います。
ちなみに幼稚園はキリスト教だったので、一応マリア様は心の支えなのか、受験でキリスト教系の学校を受けたときお祈りしていました。
(でもここに来られますようにとお祈りするのってちょっと初詣チック^^;)

我が家も立派に無宗教。というか、近しい人が宗教が理由で離婚してるので、ちょっと宗教アレルギー気味。

でも子供たちをキリスト教系の幼稚園に入れたこと、そこで学んだことはとても大切にありがたく思っています。母もね。

ちょっとどーかなーという学校以外は見学に行く方がいいのかも。宗教団体が設立していても、今はもうただのスポンサーで進学校ですよって話も聞くし。

なんにせよ子供が心地よく過ごすことができる学校であること、これが一番のポイントではないでしょうか。
…例え成績で悩んでもね(- -;)
Commented by 内緒の話 at 2012-06-22 19:17 x
私もカトリック系の女子高に通っていました。
家庭は無宗教なのに、都立高校との併願だった為
まさに思いもよらない進学でした。
しかし数ある宗教儀式や礼拝の時間など
多感な時期に触れた事は、深い所で私の核にもなってます。
聖書って面白いですよね!聖歌も好き!
卒業して一切触れる事はなくなったけど
神様については、悟った気がします。
神様について考えた事により
結局は神というのは、自分の心の中にあり
自分を外から見ている客観的な目であり
自分の中の良心との対話であるという事に
気がつきました。カトリック信者にはならなかったですね~(笑)
Commented by ぎどん at 2012-06-22 23:12 x
学校の宗教も、押し付けられない程度なら、異文化コミュニケーションの一種だと思います。
私の大学はプロテスタントでキリスト教学が必修でしたが、面白かったですよん。

ただ。
宗教系の学校のカラーもいろいろあって、
芯があってよい学校もあれば、
イラッとさせられたり「進学実績にガタガタ言」ったりする学校もある、
と、双方とも身内の体験を通して知っています。

アヤシげな宗教にはまっちゃうってのは…
自分も、うまいこと持ち掛けられれば気付かずにコロッと転ぶかもしれないし、
すごくむちゃくちゃつらい時に、その人だけが話を聞いてくれたら、
「お世話になったから断りづらい」ではなくて「そこしかない!」って焦点が狭まっちゃうんだろうな、とも想像できます。
でも、それ以外の状況だと、
酒飲んで温泉入って子供ハグしてマンガ読んで寝られたら幸せ~という俗物だから、
勧められても別に解脱したくない…←向上心ゼロ(苦笑)

「大衆は解っていない」「現状に満たされない」「より高みを目指すべき(特に精神)」
という理想家のエリートほど、琴線に触れることを言われるとはまっちゃうのかな~、と思ったりもします。
Commented by myco at 2012-06-23 00:14 x
中高、andanteさんの後輩です。
ちょうどサリン事件の頃在学していましたので、牧師の先生が聖書科の授業で、
オウムの勧誘を聖書の正しい見解で論破した武勇伝を話していたのを覚えています。
生徒も礼拝で、キリストもオウムも紙一重だみたいな話をしていましたし。
そういう反発を静観して聞いてくれる懐の深さこそが宗教のある学校ならではというか、
放任主義のあの学校ならではといいますか・・・。
私はナチュラルに馴染みましたし、宗教色は全然ない学校だと思っていましたが、
献金やボランティア活動の多さで母は「宗教すごいな」って思っていたらしいです。
私への影響を考えて、在学中には黙っていたそうですけど(^^;

もっときちんとした(?!)カトリックの学校に行った友達は、
お母さまが「美術館で宗教画を見たり、海外旅行で大聖堂などを訪れた時にキリスト教に
馴染みがあると盛り上がって楽しめるから」という理由でキリスト系の学校を
薦めたんだそうです。そういう選び方もありか!と思いましたよ。
Commented by yoyo at 2012-06-23 08:09 x
年月がたった今では 記憶も薄れているかもしれませんが、
実際にJGに通っていた時期は あの宗教教育に お互いかなり悩まされたと記憶していますけれど?

>生徒も礼拝で、キリストもオウムも紙一重だみたいな話をしていましたし
そうそう。こういう気分になりましたよね?!
私も 自分が新興宗教にはまりこんでしまう心配は まずないと思いますが それは 正しい宗教教育の成果ではなく あのうんざり感が 忘れられないからだと思っています。
反感を 意見として表明する自由があるのは JGの良さでは ありますが 一方的にあれだけ 聞かされた以上 別に感謝しないけどな~

だからといって 宗教がない方がいいというわけではなく、
私が気にいった学校の多くは 宗教校でした。
進学指導に偏ることなく 芯が通った教育をおこなっている学校が多いなという印象です。
実際に行ってみて 判断した方が いいですよね
Commented by のんのこ at 2012-06-23 08:35 x
オウムの事件が毎日ワイドショーを騒がせているときからの疑問が「なぜ高学歴の頭がいい人たちがあんなインチキくさいものに簡単にだまされたのか」ってことでした。

多分みんな成長していくどこかの時点で「人間とは」とか「生と死」とか、そういう周りに聞いても答えが出ないようなことを考えるときがあるんだろうと思います。
その時宗教に対する免疫が全くなかったら「答え」を言ってくれた人に傾倒してしまうのではと思います。
オウム出家信者が「哲学的なことで悩んで親に聞いても軽くあしらわれたとき、答えを出してくれたのは麻原しょうこうだけだった」といってるのをTVで見ました。

そういう意味で「本物の」(?伝統的な・まあまあ安全な?)宗教に触れさせておくのはワクチンになるんだろうなと私も思います。
Commented by an-dan-te at 2012-06-24 13:55
トマトさん、
> たとえ、宗教の時間に寝ていても(汗)
あぁ、わかります(^^;;

> 両校の卒業生にオウム信者はいなかったはず
そんなものかもしれません。JG卒のオウム信者がいたかどうか知りませんが…いたらわりと驚く…
Commented by an-dan-te at 2012-06-24 13:59
mimiさん、
> 受験でキリスト教系の学校を受けたときお祈りしていました。
こじろうは、キリスト教系の学校を受験した帰り、神社で五円あげて「ご縁がありますように」とお祈りしていました(笑) そういう通信ルートがあるかどうか知りませんけど。

宗教アレルギーもわかります。私も結局、JGを卒業したあとも基本的には宗教嫌いではあるし、でも、そういう理屈じゃない信念を持った人のあり方というものに…うーむ、寛容になったとまでいうといいすぎかもしれないですけど、自分なりの距離のとり方に納得できるようになったというか。

> なんにせよ子供が心地よく過ごすことができる学校であること、これが一番のポイントではないでしょうか。
もちろんそうですね(^^)
Commented by an-dan-te at 2012-06-24 14:03
内緒の話さん、
別にその宗教の信者になる必要はないですよね。学校側もさすがにそんな期待はしてないと思います。でも、在学中に聖書や聖歌に親しみ、心の中にある神(良心)というものを感じるようになったとしたら、それは学校としても本望でしょう。

そういうものを持っている人は、エセ宗教に転ぶ確率も減ると思います。
Commented by an-dan-te at 2012-06-24 14:13
ぎどんさん、
> 「進学実績にガタガタ言」ったりする学校もある
えーそうなんだ~(どこの学校かな?? 今度よかったらおしえて)

> 「大衆は解っていない」「現状に満たされない」「より高みを目指すべき(特に精神)」
うーん、そうですね。確かに、なんていうのかな…
とっても純粋でまじめな人がハマりますよね。

オウムを離脱した人がインタビューに応じている映像がありましたが、「大人は(親は)わかってくれないときに尊師だけはわかってくれた」みたいなことを言ってたし、何か生きるうえでの明快な指針というものを求めていて、それを提供してくれる人に依存してしまうというような。

私も、合宿で激ヤセしてきた彼に、「もうちょっと現世の健康と幸福を追求したら」とかつい言ってしまったのですが、そんな言葉では彼には届きませんね。
Commented by an-dan-te at 2012-06-24 14:35
mycoさん、
いやー武勇伝ねぇ~「正しい見解で論破」だなんてねぇ、おとなげないというか、そういう問題じゃないような気もするけど(^^;; まぁでもあの学校、先生も大人なのに世間ずれしていないというか、純粋で青くさい感じの人が多かったですよね。よくも悪くも。

> そういう反発を静観して聞いてくれる懐の深さ
確かに…みんな言いたい放題いってたし、その中身はまっとうなものもあり、単なる「おこちゃま」ってこともあるけど、とにかく結果的にどんな失礼なことを言い放っていてもお咎めなしで、懐の深さは天下一品だと思います。

> もっときちんとした(?!)カトリックの学校に行った友達は、
うふふ(^^) それはもちろん、ひとくくりに「宗教系」といっても、まったく違う中高生ライフがあるでしょうね。
Commented by an-dan-te at 2012-06-24 14:39
yoyoさん、
そう、悩まされた…というか、どうも、どれだけ悩まされたか正確には記憶していないんだけれども、おしつけがましいと感じたのは確か。

> あのうんざり感が 忘れられないからだと思っています。
あぁ…まぁ、そういうことも含めて教育だっていうことで。広くいえば。

> 進学指導に偏ることなく 芯が通った教育をおこなっている学校が多いなという印象です。
私もそんな印象で。進学実績の伸びを売りにしている学校が、ちょいと実績落ちて「おたおたしてる」ところとか感じると、カッコワルイと感じます。自信があったのはそこだけかい!! みたいな。
Commented by an-dan-te at 2012-06-24 14:43
のんのこさん、
まさにそういうことなんでしょうね。「答え」をいってくれた人。

でもね~、あんな薄っぺらい、既存の宗教とアニメSFをごたまぜにしたような「答え」で心酔しちゃうのはなぜでしょうね。やはり、洗脳の技術的なこと(会話の進め方も含めて)には、ものすごく天才的な人だったんだろうとは思います。

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