先取りがうまくいったことがある   

長く私のブログを読んでくださっている方は、私が「先取り」に対して懐疑的であることをご存知と思います。

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自分については、
・幼いころ、文字・数などの先取り。メリットもデメリットも大きすぎて冷静に良し悪しを判断できない。
・小学生のとき、英語の先取り。余裕で進められるのはいいが、授業を聞かない習慣がついたところは危険!?
というように思っています。そして、自分の子どもたちについては、先取りらしいことはむしろ避けて通ってきました。

でも、先取りをしてほんとうに役に立ったと思うことがひとつだけあるんですよ。

それは、「物理(力学)」です。

ふつう、そんなことをわざわざ先取りする人はいない(思いつきもしない)と思いますが。たまたまの、成り行きです。今、またろうがピアノを教えてもらっている先生は、子どものころ、私の母にピアノを習っていたのですが、成長して、ピアノの弟子ではなくなってからも、よく私の家に出入りしていました。そして、私が小二のころに結婚して、その結婚相手がTさんでした。

Tさんは、教師とかではなくて、サラリーマンですが物理が専門の人です。Tさんも、いっしょによくうちに来ていたし、子ども好きな人だったので、ラジオをいっしょに作ってくれたり、プラネタリウムに連れて行ってもらったり、楽しい体験をたくさんさせてもらいました。残念ながら、電気回路についてはちんぷんかんぷんで、私の中に残るものはほとんどなかったのですが(ハンダづけはできるようになったけど)、心にずしんとヒットしたのが、「力学」だったんです。

私が小二から小四の前半にかけて、断続的に教えてもらっていたと思います。そのあとは、うちが引っ越して遠くなり、そういう機会はなくなってしまいました。Tさんは、非常にきれいに説明的な「図」を描くのが上手で、ノートにいろんな図を描いては、私に「ものの浮き沈み」「てこ」「てんびん」「滑車」などを生き生きと説明してくれました。それがものすごくおもしろくて。

そのころは、なにぶん小学生ですから、物理を考えるのに数字や式で考えることはできなかったのですが、Tさんの描く矢印とかそういうもので説明される定性的な力学の世界が、すんなりと私の心に深く入ってきたんです。

高校で習う範囲の力学というのは、「質点」(大きさがなくて重さだけがあるもの)とか「剛体」(まったく曲がらない・ゆがまないもの)とか、現実の世界とはちょっと違う、ややこしいところをそぎ落としたモデルというのでしょうか、抽象化された世界です。「糸の重さは考えないものとします」とかそんな調子です(^^;;

そういう、「力学モデル」のアイテムが、とってもスムーズに、私の頭の中で動くようになったわけです。何をすれば、どうなるのか、すべて納得できる、そんな気分です。

10歳以降、その夢のようなレクチャーからは遠ざかっていても、いったん私の心におさまった「モデル」は、いろんなことに接するたびに、ものの理解を助け、そして強化されていきました。

だから、高校であらためて物理を習ったとき、その全部がとても「当たり前」な気がして、どこにも難しいところはありませんでした。そして今度は、その「モデル」を数式がバックアップして、もっと詳細なことが計算で求められるようになったのです。これがおもしろくないわけがありません。

高三になってわりとすぐの「校内テスト」のとき(つまり、一般の模試と違って、高三生のみの集計)、私は物理で97点(100点満点)を取りました。そのとき、平均点が20点くらいとか、とても低いところに団子状態だったので、偏差値は103だったか、とにかく100を超えました(*)。そんな偏差値を見たのはあとにも先にもこのときだけです。

受験近くなると、みんなも勉強しますから、そんなぶっちぎりってわけにはいきませんでしたけど、とにかく絶対に自信が持てる科目があるっていうのは、いいものです。

これは、「先取り」の理想形だったと思います。興味の持てることがあって、すばらしい先生がいて、わくわくして学び、その後、その話から離れていた期間にも、頭の中にできた「モデル」がいろんな状況から栄養を吸い取りながら、すくすくと成長してくる。そして、みんなと学ぶ時期にきたらそれが一気に、花開くというような。

でもこれは、狙ってできるものではなく…奇跡のような出会いです。ちなみに、Tさんには息子さんがいますが、息子さんはTさんの話を興味持って聞いてくれたりはしなかったそうです(笑)。親子だとかえって難しいかもしれませんね。

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(*) 私がエデュによく書き込みをしていたころ、偏差値の計算され方の話題があって、このエピソードを書き込んだことがありました。そのとき間違って偏差値97と書きましたが、97は点数でした。

by an-dan-te | 2012-04-19 12:17 | 中学受験 | Comments(8)

Commented by 21vertex at 2012-04-19 12:31 x
すばらしい。物理は動き回ったり遊んだりした体験がないと身につかないので、概念だけの数学と違って早熟の天才は生まれにくいです。電磁気が力学より難しいのは、ベクトル解析とか以前に力学より日常体験に乏しいから。これにつきます。
Commented by 森林浴 at 2012-04-19 16:47 x
うわー!!すごいですね。
物理が楽しくてしかたないなんてうらやましいです。
それに、そんな偏差値の存在知りません。
私は物理は、まさしくその団子の更に下にいた組です(苦笑)

狙ってするものじゃないというのは、とってもよくわかります。
大人ってついついこれが先々受験で役に立つだろうと思って
何をするにも後で受験に結びつくもの・・と考えがちですが
子どもはそういうことを敏感に察知しますね。

まずは大人(親)が心から楽しむことですね。
身近な大人の姿って子どもに大きな影響与えますものね。
Commented by ケロ父 at 2012-04-20 11:23 x
そのTさんってこんな人?
http://k6889.blog.fc2.com/blog-entry-37.html
ちょっと違うか((´∀`))ww
でも、好奇心旺盛な子供と一緒に遊ぶのは本当に楽しいですね。
ウチでは理科=趣味9割+勉強1割なんで、先取りとかの意識はなかったですが、確かに子供たち、理科は得意です。
毎年夏休みの工作は子供と一緒に盛り上がっていたんですが、それも今年が最後かと思うと、ちょっと淋しい。
さぁ~この夏は何を作ろうかな(´∀`)♪
Commented by an-dan-te at 2012-04-20 12:07
21vertexさん、
すばらしいでしょ? もっとあとになっても(中学生とか)Tさんに教えてもらえる環境があったらね~
実は電磁気学とかは、大学に入ってからもいまいちよくわからなかったんですよね…先生に義理チョコあげたらAもらったけど。
Commented by an-dan-te at 2012-04-20 12:10
森林浴さん、
狙おうとしても、どこがヒットするかぜんぜん予測できませんよね~

大人が心底楽しんでる、子どもをバカにしていない、などいくつかの条件があると思いますが、そのうえで、どの分野が当たる子なのかはもう…やってみないとわかりません。
Commented by an-dan-te at 2012-04-20 12:15
ケロ父さん、
あぁわりと…そんな感じかも!?
もちろん、Tさんも先取りしてどうとかいう意識はまったくなかったと思いますね(私の成績を上げなきゃいけない義理もまったくない)。

先取りというかどうかはともかく、親が「自然に」雰囲気をかもし出しているものはやっぱり子どももなんとなくはできるし、親に素養がないもの(うちでは社会)はどうもならんという気がします。うちでは丁寧に理科実験や工作につきあったり、まったくしていないけど、子どもたちみんな理科のほうが圧倒的にマシだもの。

> さぁ~この夏は何を作ろうかな(´∀`)♪
いいですねぇ。
Commented by なりんこ at 2012-04-20 21:28 x
そもそも「先取り」という行為が、文科省が決めている小中高校の教育課程を前提としているので、「先取り」が成功をしたその子に対しては、全く先取りではなくまさに今が吸収する時期だった、ということかもしれませんね。

子どもが何事にも興味を持って、そして自分の知識欲を満足させたいという気持ちになるよう、親が導いていければいいですよね。
それが、「先取り」といえば「先取り」になるかもしれません。
しかし、親(またはそれに値するような人)がその知識欲を十分満足させてあげる手段を持っていなければいけないんですけどね。

そして、後々学問として学ぶときに以前吸収した知識や経験が生きてくる。

言うは易しで何とやら、、、ですが((笑))

うちの息子が世に言う「なぜなぜ??」の第二期でして、毎日私が答えられないような質問をしてくるので、反省の意味を込めてのコメントでした~~♪(まぁ、答えられなかった後、必死に調べてますけどね、汗)

(あ、息子は小学1年生です)

Commented by an-dan-te at 2012-04-22 09:06
なりんこさん、
あぁそうですねぇ…
とにかく、その子にとって「ちょうどの時期」というのはあるもので、それより早くと焦ったって(あるいは、文科省の指導要領どおりだといったって)入りませんもんね。

そして、「ちょうど」のタイミングを発見し、そこにちょうど導いてくれる人を置くというのも難しいですね…

「なぜ?」にてきぱき答えてやるのが導きとして適切、とも限りませんし、案外、親がいっしょに考えたり調べたりしてくれたというのが残るかもしれませんよ(^^)

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