「美しいノート」と脳科学   

先日、暗記法の話のところで、怪しい脳科学の話が出たけれど…

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太田あや著「東大合格生のノートはどうして美しいのか?」は、そもそもノートという実物を積み上げて、それにインタビューをプラスしてまとめてあるものなので、別段、説得力を増すために科学的フレーバーが必要ってわけじゃないと思う。

でもあえて、教授先生を引っ張り出してきているページが1ページだけある。

それは、「Q. ノートを推奨する科学的根拠はあるの?」「A. 脳科学的にはありました」となっているページ。

ここで行った実験は、ひとりの東大生(美しいノートをとれる人)を連れてきて、英語の講義を受けてもらい、3パターンの方法でノートをとりながら(各5分)、脳の活性度を調べたものだ。ここで「活性←→鎮静」といっているものはたぶん血流の多さ? ともかく、カラフルな脳の絵が3パターン描かれている。

(1) 板書+説明をノートに書く(彼のいつもの方法) →前頭葉から側頭葉にかけて、活発(赤い)
(2) 板書のみをノートに書く →一部活性化しているが、それ以外はあまり(赤+緑)
(3) 板書+説明をパソコンで打つ→全体に不活性(青)

(1)と(2)の比較で、(1)のほうが脳みそ使うってのはもちろん、感覚的にも明らかで、だって、ただ写すだけなら脳みそからっぽにしてても書けるものねぇ。(1)は、先生の言うことを聞いて考えて、まとめなくちゃいけないし。

ここに書かれた解説によれば、(2)で活性化しているのは「理解」に働きかける部分(?)。「内容は理解しているのですが、記憶に残りづらいという状態です」とされている。

それはいいとして、不思議なのは(3)。ただ板書を写すのと違って、「先生の言うことを聞いて考えて、まとめなくちゃいけない」ってところは(1)と同じで、これって結構「頭使う」と思うんだけれど。それが、ただ「板書マシーン」をしている(2)よりもずっと、脳全体が「鎮静」に近いというのはどうしたわけ。

このページでいいたいことのメインは、(1)と(2)の比較であって、つまりは「ただ板書を写すだけではなくて、先生の説明を聞いてふくらませてノートを取ると、理解も深まり記憶もしやすいよ」ということ。そのことについては、誰も否定しないだろうし脳科学を持ち出す必要もないくらいだけれど。

むしろ実験結果として気になるのは(3)。もちろん、高校までの授業でノート取る代わりにパソコン持ち込む人もいないだろうから、こと授業に関してはどうでもいい。ただ、美しいノートを取るのが苦手な(私のような)人って、結局、社会人になったあとはパソコンのお世話になることで仕事を進めることが多いと思う。

一定のテンションを保ち、美しい仕事ノートを作り続けることができない私でも、メールがあってExcelがあって、その他もろもろパソコンのお世話になれば、データの整理も記録もプレゼンも、ToDoの管理も情報収集・蓄積も、別に困ることはない。私、ノートはきれいに取れないけど、キーボード打つんなら速いですよ。

でも、この実験結果から素直に受け取れば、私がどんなに「頭使ってるつもり」で仕事のメール書いてても、趣味のブログ書いてても、実はまったく脳みそが「しーん…」としててどんどんつるつる(^^;; になってくとしたら怖くない??

もちろん、この「実験」なるものから、きちんとした科学的結論を引き出すにはもっと何段階ものステップを経ないといけないわけだけど(たった一人の、5分ずつの実験じゃね。見せられた画像が、ほんとうに典型的なものかすらわからないし)、ちょっと気になる、追いかけてみたい話です。

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by an-dan-te | 2011-12-24 11:50 | 中学受験 | Comments(2)

Commented by 21vertex at 2011-12-24 13:09 x
(2)>(3)になるのは何となく分かります。
自分の頭で文章を考えてタイプする行為ならもっと脳が活性化すると思いますが。(3)は結局受身の内容をタイプしているだけなので。
重要な用語も手で書くと、手が覚えていることがありますよね。でもタイプしても手が覚えているという感覚に乏しいんですけど。

美しいノートが必要か示すのに、この実験結果が必要かと言うとちょっと疑問ですが。美しいかきたないかというのは、後でノートを見返すことを暗黙の前提にしていると思うので、後で見返すなら美しい方がいいにきまってます。もちろん、それなら自筆よりタイプの方が美しいかも知れませんが、そこまで美しい必要はなくて、記憶整理したり理解するためには、そのためのとっかかりが残っていることが必須だということ。後で自分が読み返したときに自分でも読めないと困るという程度の結論だと思います。
Commented by an-dan-te at 2011-12-25 22:42
21vertexさん、
タイプするっていうとすごい(脳力的には)省力化で、手で書くというと脳みそを振り絞るので、結果として記憶に残るって感じですかね。私はあんまり自覚なくって。

この実験は、「美しい」ノートが必要であることを示しているというよりは、黒板をただ写さないで、先生の話とかポイントとか、プラスアルファを構成して書こうということを言いたかったんじゃないかと思うんだけど、それにしちゃ結果がずれてると思うのね。

そうやってプラスして書いててもタイプじゃダメダメで、ただ写すんでも手を動かしてりゃそれなりって印象になっちゃいました。

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