人工的な学習環境   

自分の感覚からすると「やや」ふつうの生活から逸脱しているかも?? というくらいの長時間、塾に通ってまで中学受験をするのは、それを補って余りあるメリットを感じているからだ。

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時間的には、「もうちょっとなんとかならないのかね」とは思っているけど、日能研で学ぶことの中身は、今の時期に学んでほしいこと満載で、
・しっかり読み取り、達意の文で表現すること
・語彙力、漢字力
・計算力
・算数的な考え方
・幅広いひととおりの知識、概念
・集中力、勉強の仕方
などなど…質も量も、特に「この部分はいらない」というほどの部分はない。現在のこじろうを見ていても、日能研で学んだことは中学生になってからの学習や生活に生きている。中学受験のためにだけやった無駄な部分というのは特に見当たらない。
#むしろ、高校受験に関しては、正直、そういう部分はあった。

なんというか、中学受験をダシに、やることやっちゃおう!! みたいな。

小学校受験については、なにしろやったことがないのでピンと来ないのだが、やはり同様に、受験きっかけでやるべきことをやれるという考え方があるようだ。「お受験」の本からいくつか拾ってみる。

伸芽会の大堀先生によれば:
「受験は、親がそれまでの子育てを見直すよい機会なのです。ウチの家庭の方針はこうです、とはっきり信念を持って(入試の面接で)言えるかどうか。受験ではそこが問われているのです。」
私立小学校が欲しがっているのは、単に知識をたくさん持っている子ではなくて、人の話をきちんと聞き、好奇心にあふれ、欲求を素直に表現でき、体験の豊かな子をとりたいと思っている。伸芽会では、どうすればそういう子を育てられるかを具体的に指導しているというのである。

その具体的な内容は、箸で豆をつまむ練習とか、集団で工作をするとか(協調やリーダーシップの訓練)…

すみれ会の小野先生によれば:
「風呂敷に自分の洋服をたたんで包む。むかし話を十話ほど選んで読み聞かせる。四季おりおりの花や野菜や行事を覚えさせる。徹底的に折り紙を折らせる。必ずやらせているのは、こういったことです。」

つまり、読み聞かせをして、折り紙を折り、絵を描いたり工作したり、季節の自然や行事を楽しんだり…そういうこと。きちんと食べられてお手伝いができて、人の話が聞けて、運動能力と手先の器用さが磨かれていて、両親しっかり話し合って子育ての方針が固まっている、って、そりゃ中身的には「ふつう」。

今後、生活し、学習していく上で、役に立つことばかりだろう。

じゃあなぜ、塾(この業界では「お教室」とかいわれるみたい)とおけいこごとをたくさんハシゴして、時間を惜しんでペーパーをやらせるみたいな、あまり「ふつう」でなさそうな話になっちゃうのか!?

といったらやっぱり、そういった、ごく「ふつう」の中身が、現状の家庭ではフォローできずに、塾のノウハウに頼るから、時間もお金もかかるし、神経すり減らすし、なんか不自然な、余分な感じになってしまう…という面があるとは思う。それのほかに、そういった「ふつう」だったはずの中身に対して、競争が激化するとやたらハイレベルが求められるようになって、そこに穴なく対応しようとすると素人の手には負えないとか。

そこまで考えると、まさに中学受験にも似た構図があるように見える。学校で学び、家で演習して定着を図り、さらに本や新聞を読み、話し合い、旅行や博物館などで見聞を広めておけばOKというふうにならないのはなぜか、といえば、学校や家にそこまでの教育力がないからでもあり、そんなんですまない緻密な仕上がりを求められるからでもある。

大規模塾という、中学受験向けの完全パッケージに乗ってしまえば、時間的にはtoo muchだし、お金はかかるし、余分も出るかもしれないけど、家庭には別段、ノウハウ(や、親の潤沢な時間や熱意)がなくてもやっていける。

そんなわけで、現状の生活は、「ふつう」というにはやや無理がある部分もあるけれど、ベストではなくても我が家にとってはベターなソリューションかなぁという納得感と現実味があるわけです。もうちょっと自然な、もうちょっと無理のない形が実現できたらそれはいいけどねぇ…

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by an-dan-te | 2011-08-02 21:26 | 中学受験 | Comments(4)

Commented by どん at 2011-08-03 10:39 x
前回、今回のテーマ、深く頷きながら読みました~。
確かに塾の拘束時間と宿題の量は多すぎと思います。
でも、今の学校で勉強することが(ゆとりを脱して多少ましになったとは思いますが)あまりにも内容が薄くて不安になることばかりだったので、我が家は少なすぎるよりは多い方を選択したということになりますね。

 スポーツや習い事に打ち込むことは周囲からも褒められたり尊敬されたりするのに、塾に長時間通うことは考え方の違う人からすると非難や同情の対象になりがちなのが残念。まぁ塾に費やす時間の長さを見れば、のんびりしている子の親からは信じがたいとは思いますが。

個人的には、膨大な知識が要求される社会は受験科目から省かれたらうれしいなぁなんて思いますが、そうすると日本の地理を知らないままに中学生になってしまうし。
 親としても常にジレンマと戦っています。
Commented at 2011-08-03 19:26 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by an-dan-te at 2011-08-04 12:34
どんさん、
小中を公立で過ごしたまたろうの学習状況を見ると、眩暈がするほど不十分な点があり(-_-;; でも今さらどうこういっても始まらない(親が手出しできないし)…

そういえば
> 膨大な知識が要求される社会は受験科目から省かれたらうれしいなぁ
関西では三教科受験というものもよくあるんですよね?? 関東では見かけないのはなぜ。ま、私としては、社会がなければすんごい楽だとは思うけど、一方、これこそ受験があるから補ってもらえる部分と思うと、ないのもないで寂しいかなと。
Commented by an-dan-te at 2011-08-04 12:37
***(2011-08-03 19:26)さん、
そうなんです、大手塾利用だと融通が効かないとか多すぎるとかでジャストフィットでない部分もあり、でもやっぱり基本的には効率いいですよね。同等のことを自力でやろうとしたらたいへん。

二回目の中学受験は、一回目よりうまくできるのかというと、まぁそういう部分は多少あるけど、なにしろ子どもが違うからね(^^;; やっぱり「えーっ」とか叫んでいたりして。

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