「ふつう」の生活ってなんだろう   

夏休み中、二十数日にわたり塾に通い、一日五時間の授業を受ける生活は、小学五年生として「ふつう」の生活といえるのだろうか。

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「ふつう」というにはやや長いような気がするというのが私の感覚だけれども、さりとてどのくらいなら「ふつう」かと聞かれても線引きはあいまいだ。なんとなく、あと一時間短いとか(そしたら同じく午後二時から始まっても、六時ちょいに終わって七時までには帰れて、夜ごはんもふだんどおりの時刻に食べられる)、日曜だけでなく土曜も休みにするとかすれば「ふつう」に入れてもいいかなという気がするのだが、それなら大差ないといわれればそうかも。

だから、現状の日能研は、私にとって、やや多めの「ふつう」。「ふつう」の線引きは人それぞれだけれども、やっぱり「ふつう」と思える範囲内で受験勉強をして、それで入れるところに行くのがいいかなと思っている。

なんでこんなことをつらつら考えてみたかというと、今日、電車の中で読んでいた本が「お受験」(片山かおる著、文春文庫プラス)という小学校受験を扱った本だからで、その中にこんな一節があった。

「できるだけ子どもをホメて、毎日楽しくふつうの生活をさせるように心がけてください」と常に指導している「チャイルド右脳研究会」の山本先生に、それならその「ふつう」の中身って何?? と問いかけると、その塾での「合格体験記」はこんな:
「(この塾に)来るまでは、毎日勉強させなくてはとあせって、子どもをたたいたりもしていたが、山本先生の話を聞いて『ふつうの生活』をすることの大切さを知った」
「朝六時に起床させて、前夜読み聞かせをしたお話を記憶しているかどうか質問してたしかめ、幼稚園から帰ったら紙工作、夕方にはペーパーとパズルをさせました」

つまり、塾通いに加えて、家でも時間を無駄にしないでお手伝い、工作、「お話」やペーパーがぎっしり詰まっているが、たたいたりどなったりしないし、睡眠時間もきちんととらせるという「ふつう」。

未就学児童のこの生活は、小学校受験の経験がない私から見ればあまりふつうには見えないのだが、この渦中をくぐりぬけて合格し、現に私立小に通っている親子からしたら別のとらえかたがあるのだろう。

逆に、この筆者がなぜ小学校受験に向かっていったか、その理由の大きなひとつには中学受験がとてもたいへんそうに見えた(ふつうの生活ができないように見えた)というのがある。

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きっかけは友人のひと言だった。「中学受験はたいへんよぉ。三年間は一家あげてテレビも旅行もすべておあずけ。…(略)友人の疲れきった顔は強烈な印象を与えた。
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(11時ごろによく塾カバンを持った小学生を見かけたことから)小学生が11時まで外をウロウロしているというだけでも異様だ。しかも、それが受験のためだと聞いて背筋が寒くなった。夜11時に帰宅してから塾の宿題をして、寝るのは毎晩午前1時だという。ウチのかわいい小百合がそんな過酷な生活をすると想像しただけで、涙が出そうだ。
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いや、そういうことを「ふつう」じゃないと思うなら(私も思うけど)もっと自分の「ふつう」にシフトすればいいわけで…塾のあとは勉強しないと決めれば、9時に終わる日能研でも、たとえばうちのロケーションなら10時ちょいに寝られるし、別に1時じゃなくても。

でも、1時就寝でもそれは我が家の「ふつう」と思う人もいるかもしれないし、10時だって、小学生で10時はよくないと思う人もいるかもしれない。

「ふつう」ってなんだろう。(この話、つづく、のか!?)

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by an-dan-te | 2011-08-01 22:55 | 中学受験 | Comments(10)

Commented at 2011-08-02 00:42 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by at 2011-08-02 08:02 x
ふつう、私がいつも気になることなので考えさせられました。
私立受験ではないので、私の中でものすごく迷いがあります。長男のときは「ダメでもいいんだ」と言い続けました。落ちて今高受に向けてそれなりにやってますが、不合格という苦しい経験をさせてしまいました。
以前、アンダンテさんが「不退転の気持ちで」と書かれていて、ものすごく響きました。Nでがんばってる次男本人はできるだけ楽しんでやってもらいたい。でも母はこっそりと不退転の気持ちでのぞもうと思いました。
ふつう、人それぞれで難しいですが、アンダンテさんのブログ参考にしながらとりあえずは明るい毎日を目指したいと思います。
Commented by 震電08-G at 2011-08-02 11:15 x
「普通」とか「常識」って言葉は難しいですよね。
定義はあいまいですし。
私もよく「普通」とか「常識」って何だろうと思います。
「子供を深夜12時まで勉強させている家庭でも普通」と思う人もいれば、「子供が中学生にもなって"通分"が出来なくても普通」と思う人もいる。

結局、「普通」とか「常識」って、同じ価値観にいないと、通じないのではないかと思います。
「多少のケンカは男なら普通」って思う親もいれば「暴力をふるうなんてありえない!でも万引きは今時の中学生なら普通」って親もいますし。

とりあえず「法に触れない」事を最低レベルとするしかない、と考えています。
そして現代は「普通」や「常識」が自分に合う「階層」を選ぶしかないのでは?
Commented by milktea at 2011-08-02 16:31 x
ふつう、というか、「自分は何を許容できるか」ってけっこう難しいです。

自分が子どもの時は小学校高学年でも9時前に寝ていたのですが、うちの子はすでに保育園入る0,1歳児頃ですら9時前だったかどうか...。
#さすがにその頃はお昼寝+送迎時の朝寝、夕寝とかありますが。

受験に関しては、自分が受験したかどうかもけっこうからんでくる気がします。
Commented by bun at 2011-08-02 21:22 x
「ふつう」シフトは同じ親でも子によって変遷する。
長男のときは中受を考えもしなかったので、日曜も塾通いの近所の子を気の毒に思い、毎日暗くなるまで遊んで早く寝る生活が「ふつう」。数年たって紆余曲折あり、がっちり中受を目指した次男のときは、遊べる日を制限して夜の弁当持ち塾通いで遅寝が「ふつう」。どっちも同じ私だなんてびっくりだけど、どっちの時も真剣にそれが「ふつう」でした。ましてや家庭が違えば、バラバラですよね。
Commented by an-dan-te at 2011-08-03 07:28
***(2011-08-02 00:42)さん、
そうなんですよね~
中学受験は、怒涛のように過ぎていき、これが自ら選らんだ生活なのかどうかもよくわからないまま終わってしまいましたが、今となっては結果オーライのようでもあり…

せっかく二回目なので、どこまで?? というのを考えてみるのも悪くないかと。
Commented by an-dan-te at 2011-08-03 07:32
Kさん、
我が家の場合は、地域的に通える学校もいろいろありますし、「とにかく受かるところを確保して通う」ことはだいたい可能です。ただ、「どこまでやって」受かるところを考えるのかというのはひとつ、考えどころですけどね。

ま、仮に母が「もっとやる」と決意したところで、どうにも動かないって気はしますが(^^;;
Commented by an-dan-te at 2011-08-03 07:34
震電08-Gさん、
もちろん…
自分で決めるしかないわけです。妥当な線がどこなのか。だから基本は、他人から見てごちゃごちゃいうのはお門違い。なんだけれども、振り返ってみれば、あるいは子どもの側からすると、「あれはやりすぎだった」という場合もあるかもしれず、親が「子どものためを思って」決めたから正解ともいえませんよね。
Commented by an-dan-te at 2011-08-03 07:36
milkteaさん、
子どものことを考えるとき、自分が子どものときどうしていたか、それをどう思っているかは、考えの出発点になっていますよね。

私はぬるい中学受験をして、そして痛い失敗をしたので、やっぱり失敗しない中学受験というものをまず先に考えてしまいます。それがいいことかどうかはわからないのですが…
Commented by an-dan-te at 2011-08-03 07:39
bunさんの場合、ご自分の中でガラリと変化があったのですね(^^;;

ま、我が家でも、中学受験なしとありを体験してますけどね…うちの場合はほら、またろうのときは、ふつうとかなんとかいうレベルじゃなくて、五・六年のときなんてふつうじゃなく大変でしたから。受験もしないのに。またろうと「ふつう」は無関係です(笑)

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