内申という評価が測るもの   

先日の「内申という評価」では、現在の公立中で、公平性と透明性についてはそこそこ工夫されているようだと書きました。

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ま、でも、評価で一番大切なことって、そもそも「何を測っているのか」ってことでしょ。

学力を測ろうとしているわけではないことは明らか。むしろ、観点別評価で「意欲・関心・態度」という項目が入れられていることからもわかるように、現状の学力ではない何かを測ろうとしているのよね。コンピテンシーというか、学校というフィールドの中で、学生の本分であるところの勉学をきちんとこなせる態度を身につけているかどうか。

もちろん、「意欲・関心・態度」以外の観点は、例えば定期テストの点数が入っているのだけど、これまた「学力」を測るものとは、似ていて少し違う。

・まずは、範囲がとても限られていること。学力としてしっかり定着できていなくても、そこだけ一時的に頭に叩き込んでいくことが可能。
・その範囲に限るにしても、そこを(一般的な意味で)理解しているかどうかというより、先生が授業で取り上げた方向に沿って理解・暗記していくことが必要。

一夜漬けが効くってことと、塾とか参考書とかで一般的に学習してそこがよくわかってても、取れるとは限らない問題が出たりすること。例えば、またろうの国語の定期試験問題をもらって、私が解いてもこれがぜんぜん意味不明だったりするんですよ。それより、先生が授業中で言った答えを暗記していけば、そこそこの点数が取れるってわけ。

つまり、授業を聞くこと、ノートをとること、試験前に覚えていくことが求められているわけで、こちらもまた学力よりはコンピテンシーに寄った評価基準なのです。

結局のところ、内申が高校受験に取り入れられるようになったいきさつというのは、学力一辺倒の選抜方法を避け、まさにこのような…学校の授業を素直に受け取り、消化することができ、提出物も規定どおり出すことができるという…能力を入れて選抜するようにしたということなのでしょう。

「三年間高校生活に耐えられるかどうかをみたい」
(「普通の子どもたちの崩壊」河上亮一著より、内申の狙いについての表現を借りました)
ということなのですね。

学力一辺倒の選抜が行われる中学受験に対して、高校受験はそのような学習コンピテンシー的なものを加味して選抜されるというのは、それはそれで納得できます。ただ、うちのまたろうやこじろうには著しく不利であったというだけの話で(-_-;;

まぁ、うちの子にとってどうこうというのはさておき、一般的にいってこの評価を高校入試に組み込むという制度が成功しているかどうかということですが。よい面はあると思うんです。高校側が自分でできる評価ってのは、当日の一発試験しかありませんから、とにかくそれとは違う見方をするという選択肢が増えるのはよいことです。「三年間高校生活に耐えられるかどうか」を占えるのであれば高校にとってもありがたいことですね。それと、内申を抑止力として、中学校の先生(および授業)の権威を保ちやすくしている面があると思います。

でも、その一方で問題点もあって、
(1) 学校間格差が埋まらない。公平性も透明性も(あるとしても)、各学校の中だけのことであって、ある学校の4と別の学校の4に関連がない。「ある学校では国語で4割の子に5がついていて、ある学校では4%の子に5がついているのです。こんな評価を我々はどう見ればよいというのでしょうか」(某私立高校の説明会にて、先生の発言)。

そういえば昔は相対評価をしていたのでした。そうすると、学校ごとに所定の分布でつけることになり、内申は正しく「学校の中での地位を」示すことになります。その一方で、学校全体の出来に差があると今度は不公平になってしまうんですよね。

(2) 先生が権威を不当に利用することもできる。まぁ、利点の裏返しです。先生の人格次第っていうかね…またろうの中学ではあんまりそんな先生いなかったですけど。

(3) 評価の内容について、必ずしもクリアに関係者間の合意が取れているとはいえない。内申が何を測っているかについて、先生・生徒・保護者・高校の間であんまり明確にはされていない。評価としての根幹が曖昧であるということ。

(4) 学力で選抜したい高校にとっては、内申という評価は不都合。例えば、難関大学合格実績を出したい場合とか。だからトップ都立は、内申の割合を減らし、かつ一割枠を設けてぼかしているわけですね。

上記では、「内申」が測るものが何なのかを「わかったつもり」で書いているけど、これはあくまで私の推測にすぎません。むしろ、内申が「学力ではなく学習コンピテンシーを測っている」なんてことはあんまり表立って言わないのがスマートとされているのでは?? そんな説明、中学では聞いたことがないもの(^^;;

だから先生によって評価の仕方はかなりずれるし、さらには「評価の仕方にまで口を挟まれては困ってしまう」(前述の本より)というように、透明性を必要と感じてない先生もいる始末。

ということで、良くも悪くも、こういう評価と付き合っていく必要があるのが高校入試というもの。やたら話が長くなってしまったが、それなら、内申で評価されないタイプの子の高校入試ってぶっちゃけどうなのよという話をまたこんど。

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by an-dan-te | 2011-01-18 12:18 | 高校受験 | Comments(4)

Commented by とんび。 at 2011-01-18 22:11 x
内申=内部評価は児童・生徒だけでなく、勤め人にもついてまわるわけで、人事で「あの子が欲しい、この子が欲しい」したり、特定ポストに据えるときも、どの程度人事シート記載事項を額面で受け取っているか、まあ微妙ですよね。評価する側も下した評価をもとに評価されているわけで、評価責任者に個別にアクセスする場合もある。もっとも身内の集団がそんな感じ。
じゃあ外はどうかというと医師「会」とか、製薬「業界」とか、情処「学会」とか、芸能「界」(失笑)とか、外に対して畏れられる鉄の掟のギルドながら、どこもかしこも内輪の醜聞に事欠かない。
教育委員会は・・・評価者は…あの先生か…orzとか、あの先生は滅茶苦茶だからな…-_-#とか、どうなんでしょうねえ。
#ケイタイからコメントできないんですね orz
Commented by ばっかいず世話係 at 2011-01-18 22:32 x
>内申で評価されないタイプの子の高校入試って
>ぶっちゃけどうなのよという話

聞きたい、聞きたい、聞きた~い >そういう子の話。
そういう子の高校入試が目の前に迫ってきてるんですよ。それになんと、本人は都立志望のようなのです。だったら頼むから、宿題を出して下さい・・・(--;)
Commented by an-dan-te at 2011-01-18 23:29
とんび。さん、
まぁ人事評価とかもよく、わかったようなわからないような、根拠があるようなないようなのが飛び交うんですがそれも含めてサラリーマンかなと思っているからあんまりなんとも思ってないや。今は。若かったころはチョット(^^;;

けど、ある会社のBと別の会社のBを同じとして計算するとかそんな乱暴な話はありませんよね。評価は難しいけど、まじめにやればそれに意味を持たせることは可能なので、でもそれをよそとも比べちゃうってのはまたずいぶん違う話かと思ってます。

あれ、ケイタイからできませんか?? どうやったらいいのかな?? 設定には特になかったと思うんだけど。
Commented by an-dan-te at 2011-01-18 23:32
ばっかいず世話係さん、
いやいやいや、落ち着いてください、うちのまたろうの話にナニ期待してるんです。いい話が出てくるわけないでしょ。

> 本人は都立志望のようなのです。
まだ間に合う。三年生になったとたん、心を入れ替えられれば(爆)。心を入れ替えなくても、毎日連絡帳書いて世話係さんチェック入れてもらえば少しは!?

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