「始め」と「終わり」を区切れる子になる育て方!?   

昨日、勉強の始めと終わりをしっかり区切る、という話を書いたので、思い出して久しぶりに「東大脳の作り方」という本を手に取った。

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この本は、桜蔭を首席卒業(!)して東大理三に現役合格した人が、大学二年生のときに書いたもので、内容は…なんといったらよいか…違和感の強い(*)本で、少なくとも、読んで楽しい本ではないんだけれども。勉強の仕方については、非常にスタンダードな心得が書いてある(ただしその徹底ぶりは常人とはかけ離れている)。

そのひとつが、時間の区切りをはっきりさせることで、筆者は自分の育てられ方について詳しく書いているので、つまり、「時間のけじめをつけられる子に育てるにはどうしたらよいか」の例になっているわけ。

え?? 興味あるでしょ?? じゃ、ご紹介しましょう。「「始め」と「終わり」の区別をつける」という項目から。

筆者の父親は厳しい人で、筆者が非常に幼いころから、毎日の「訓練」を欠かさなかった。訓練って何かっていうと、まず、歩けるようになったら、歩行距離を伸ばす訓練とかね(一歳前から…)、もう少し大きくなったらドリルとか。毎日のノルマを与えてこなさせ、目標レベルに達したらごほうびがもえらえるなど、細かく監督していた。

このお父さんは、幼児期には子どもを叩かなかったけれども小学生になってからは叩きまくっていたらしく、「とにかくたくさんぶたれました」「小学校にあがってからは、心の奥底に絶対的な恐怖を持って父に接するようになりました。」とある。でも、この筆者はそのことについてマイナスには捉えていないみたい。生活の一環として「訓練」を認識していて、それによって得られたものが大きかったと感じているようだ。

--- 以下引用
しかしそれ(引用者注: 訓練から直接得られるスキル)以上にもっと大切なものを得られたと思います。たとえば一連の訓練において、常に時間を区切って「始め」と「終わり」を明確にされていたことで、だらだらと時間を過ごすことがなんとなく気持ちが悪い、と思うようになりました。公園で遊んでいて、母に「そろそろ帰ろう」といわれたら、…(中略)…恐ろしく聞き分けの良い子供でした。「始め」と「終わり」の観念が形成されていたからこそなのかもしれません。
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…どうです?? 参考になりました?? いやもう、うちの子たちは幼児もいなけりゃ小学校低学年もいないですから。どうも、この方法で「だらだらと時間を過ごすことがなんとなく気持ちが悪い」と思えるように刷り込む機会は逸してしまった気がします。というか、マネできませんな~。

というわけで、いまさら叩きまくって時間のケジメをつけさせるようなパラダイムシフトが不可能な私としては、もっとゆるゆると、あいまいにやるしかない。

昨日の、わかったようなわからないような時間割作成もそれなりに効果はあって、自分で言い出したんだからやろうという気持ちが見えた。塾に行く前の10分少々も、ほんとうに宿題を開いていたようだし、塾から帰ってからも開始はスムーズだった。

ただ、夜ごはんがちょっとだらだら食べだったのと(ごはんのときあまりせかしたくはないけどそれにしても遅い)、算数国語でそれぞれちょっと苦手なところでぐだぐだとダダをこねたのでタイムロスして、目標の9:00をちょいオーバーして9:08くらいに終了。

こうやってまぁまぁに取り組めた日は間違いも少ないし、終わったあとはすっきり遊べるし、お得だと思うんだけどね。だから、「今日はうまくいったね!!(^-^)」とベタ褒めして次につなげる作戦。

ちゃんと時間を区切ってやるほうが、勉強の効果も上がり、遊べる時間も増え、家の中も平和で、いいことづくめ。こういう体験・実感を積み重ねてなんとか定着させられたらいいのだが。上述の本にあった育て方は極端ではあるけれど、要するに時間の区切りをつける生活が「快適」であるということを体感させようとしたわけで、原理は同じ…かもしれない(^^;;

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(*)どう違和感が強いかについては後日書こうと思います。

by an-dan-te | 2010-12-08 13:34 | 中学受験 | Comments(0)

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