12歳で大学を決め打ちするということ   

生まれたときはひとりひとりが無限の可能性を持っていたとして、

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…例えば、子どもが三歳のときに「ピアニストになるために必要な音楽環境を子どもにプレゼントしたい」というふうに親が決断したとする。そしたら、ピアニストになれる可能性は開いたわけだけど、他の何かの可能性は消し去った(時間資源は有限だから)ことになる。逆に、そういう環境を作らなかったとしたら…ピアニストになるという可能性は消したことになる。

そうやって成長過程で、親はひとつずつ子どもによかれと思っていろんな決断をしたり、あるいは何かを与えたり、提案したりしていき、その結果、何かの可能性を育み、別の可能性は摘んでいく。

誰だってゼロ歳の「無限の可能性」のまま成長していくことはできないので、親の決断のひとつひとつによって、何かの可能性が消えることはある程度しかたがない。それを恐れていたら前には進めない。逆に、選ばないことによって全体をスポイルしてしまうかもしれない。

でも、判断するときの「一般的な」心得としては、親の好みで特殊な選択をするときは慎重に、というのがあると思う。上の例でいえば、ピアニストを目指させるという選択肢を取るのは、親に強い信念なり、子どもに才能の予感なり、何か特別な根拠があるときに限られる。特に根拠がなければ、一般に幅広い可能性があるほうを残すものであり、その結果ピアニストにはなれなくなったとしても、子育ての失敗とまではいわれまい。

何がいいたいかというと、こじろうの受験のとき、第一志望を特定の大学系列の学校にすることは、当初私の頭の中にはなかったということだ。音楽の場合であれば、代々音楽一家なのでこの子も当然、ということがあるかもしれないし、小学校受験であれば代々慶応出身の家柄なので慶応を選ぶとか、そういうことがあるだろうけれど、私については、その特定の大学系列を選択したい強い流れはない。

だから、こじろうが日能研に通いだしたとき、私の頭に漠然とあった第一志望校は、家から近い某男子校だった。うちのあたりに住んでいるとわりと自然な選択肢で、知り合いもたくさん通っている。それが、こじろうにはやはり(*)共学校のほうがいいのではないかとか、こじろうが人と競うのが好きで、受験の場面に過剰適応する性質も持っていることから、大学受験が六年後にぶらさがっているとそのことの存在が大きくなりすぎるのではという心配とか、いろいろ言っているうちに現在通っている学校のほうがよいようにも思えてきた。

親としては、すごく違う選択肢だけれど、どちらにもよい面はあるし、微妙なところだなと思って、本人を両方の学校に連れて行って選ばせた。その結果が今の学校だったのだけれど…

さすがにここで、こじろうが自分で選んだのだからといってすべてを自己責任におっかぶせることはできない。親の(意図しなくても)強力な誘導がある中での自由選択といってもいい。将来、「12歳で大学を決め打ちすること」が本人にとって裏目に出たとすればこれは、こじろうのではなく親の失敗だろう。

だから、そのように、親の責任において決断をしてしまう(しかない)時期に、大学系列の学校に入れる(つまり、手広く構えるのと逆の選択をする)のは迷いもあった。

もちろん外の大学を受けることはできて、そうする子も毎年いるわけだが、それには他進学校の何倍もエネルギーがいるはずで、だから極小数の例外をもって「可能性は狭まってない」などという言い訳をするつもりはない。

今のところ、こじろうは学校での居心地がとてもよさそうで、それは大学受験がないということに加えて、似たカラーの家の子が集まるという特徴にも支えられていると感じられることがある。つまり、男の子を中学受験させたにもかかわらず進学校を選ばなかった人たちがたくさんいるということだ。その均質性が居心地の良さを支えているようで、それは入学してからわかった(こじろうにとっての)良い面だ。

だから、充実した六年間を過ごすという意味では、親がした特殊な選択は今のところ裏目っていない…うまくいっている、と思う。問題は、こじろうがこの先の進路を選択するとき、あるいはさらに大学なり何なりを卒業して社会人になったあとどう思うか。答えはあまり先になるのでこのブログに書くことはできない(^^;;

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(*)何がどう「やはり」かというと、行間と空気が読めない子を別学に入れたら、余計女性の心がわからなくなっちゃわないかと…人類の半分は女性なんだからねぇ。
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by an-dan-te | 2010-11-19 13:34 | 中学受験 | Comments(4)

Commented by ぎどん at 2010-11-20 08:22 x
空気読めない子が女性の心が解らないまま成長とかいう面の他にも、
共学の文化祭に行くと女の子のほうが対人姿勢が親しげな子が確率的に高くて、
男の子もそういうのを見ていて刺激されて対人姿勢がよくなる、みたいな面もあるかなあ、と思いました。

男子校に行くと一人一人はいい子たちだしものすごく人当たりのいい子もいるんだけど、
全体の傾向を見るとやっぱり対人姿勢は固まりがちかなあ…と。

私もKYムスコを男子校に入れるのはキョーフです。
Commented by きっと役立つ備忘録 at 2010-11-20 12:01 x
娘が通っている付属中学で将来設計の作業を行ったらしいのですが、その時の選択肢の一つが付属大学の学部にありませんでした。もしその道に進むと決めたら、娘にとっては大変な作業になるでしょう。
でもそれは仕方がないと思っています。
私は娘よりも何十年も生きていますので、娘の失敗を少なくするために、人生を生きていくための知恵はアドバイスとして捧げてます。そのためにも私は娘との信頼関係だけは壊さないつもりです。
もし娘が付属の学校に入ったのが原因と言ったら、それが原因でなく他に原因があると言って、いっしょに原因追求したいですね。
それから娘の友達のお母さんが、中学受験が終わった際に、”この学校では大学は入れないかもしれない”と悲しく言っていたそうです。
子供がまだ小学生なのに・・・
親がこんな気持ちでは子供が悲しみます。
いつだって私も子供も将来に夢と希望をもって今を生きているのですから。
文が長くなり、また稚拙になって申し訳ありません。
Commented by an-dan-te at 2010-11-20 16:58
ぎどんさん、
あ…やっぱり。
男子校の六年間は快適に過ごすかもしれないけど、その後はいったいどうするんだ?? と不安になるくらい不得手な子っていますよね、誰とはいわないけど。

でも、共学校の、しかも進学校と思うとほんとに選択肢が狭いの。
Commented by an-dan-te at 2010-11-20 17:04
きっと役立つ備忘録さん、
自分が進みたい道のことをきっちりまじめに考えた結果、その大学ではなくどこそこに行きたい、というのがあるほどのお子さんでしたら、もちろんいろいろ大変ではあるけれど道は開けるでしょう。

むしろ、「裏目に」出る出方として現実的なのは、自分の適性をまじめに考えず(あるいは、考えた結果違う結論が出ていたとしてもめんどくさがって)そのまま続いている大学の、そのときの成績で行ける学部に行ってしまうことですね(^^;;

ま、それはそれでひとつの人生なので、あとは大きく結果オーライになるように応援するだけです。

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