本人の意思で中学受験を始めるということ   

「桐朋子どものための音楽教室」という、プロ演奏家をたくさん輩出している教室の発表会を見に行ったとき、そこの先生の挨拶で…

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「よく、入室の面接に見えるとき、親御さんが、『本人がやりたがったら』『本人の才能があれば』というようなことをおっしゃいますが、それは違うんです。本人の意思や、才能がわかるのを待っていたら遅すぎます。親御さんの意思とご判断で、このような音楽環境を用意してやろう…それが、ピアノやバイオリンをやるということなのです」
…(o_o)ひえー。確かに、ピアノやバイオリンの演奏家になろうとしたら、始めるのは三歳とかそのくらいだから、そうなるかもしれないけど。

受験でも、小学校受験なら同じような年齢の話になるわけで、本人の意思を待たず親の意向で始めることになるのだろう。高校、大学受験なら本人の受験として、それならその間に位置する中学受験は!?

中学受験を始める、という決断が、三年生、四年生くらいになされるとすると、これはかなり微妙な年齢だ。本人の意思は、ある面でははっきりある。一方、広い視野をもった判断をするのはまだ難しいのではないだろうか。

たとえば、ある私立中の文化祭に連れて行ったとして、子どもがそこの雰囲気を非常に気に入り、「ぼくはここに入りたい!!」と言ったとしても、その気持ちはひとつの真実なのだろうけれども、それから三年間なり二年間なり中学受験のための勉強をする生活というのが実際にどういうものなのか、あるいは、受験をしないで公立中に行く場合はどのような生活になるのか、高校受験はどのようなものなのか。すべて理解したうえでの「ぼくはここに入りたい!!」であるとまではいえない。

こじろうの場合でいうと、日能研に入れる四年冬の段階では、こじろうは中学受験をする場合のメリット・デメリットをわかっていたわけではない。こちらもそのへんについて確かなものを期待していたわけではなくて、ぶっちゃけ、親の口車に乗せて入れてしまった的なところもある(^^;; 当の親であっても、こじろうにとって中学受験のほうがいいのかどうかなんて、その段階で確信を持てるわけではない。

だから、本人の意思で始めるのが大事だとすれば、はなっからズッコケ状態だったともいえる。

ふと思いついて、昨日、本人に聞いてみた。
「日能研に入るときは、中学受験生活がどういうものなのかって、よくわかってなかったんだよね。入ってから、こういうことだったのか、やられた!! みたいのはあった??」

すると、こじろうは
「んーそういうのはなかった。数ヶ月たったら、あーどこかには行けるかな、というのがあって、やめようと思ったことはなかった」と答えた。ま、過ぎ去ってだいぶ経ってますから、諸々の「事件」「バトル」に関しては記憶がうまいこと飛んでるかもしれませんけど。

つまり、こじろうはいったん走り出したあとには深刻な迷いも後悔もなかった(*)、ということなので、本人の意思が不明確なまま塾に放り込んだことでは特に問題なかったらしい。それはなにより。

ちなみに、こじろうの言う「あーどこかには行けるかな」というのは、親が私立に行かせたいと思うような範囲(?)のどこかには行けそうだなという意味。「親が私立に行かせたいと思うような範囲」というのはうちの場合わりと広く、その中では強烈な上昇志向というのもなかった(こじろうには感じられなかった)ので気が楽だったらしい。つまり、中学受験でがんばったあげくまた高校受験をするような事態は避けられるということ。

それと、こじろうが塾の空気によく馴染み、塾生活が好きだったことも大きいだろう。

こじろうのときは、「五年の夏までに『行くか引くか』決めてね」とよく言って聞かせていた。つまり、本人の意思は不明確なまま走り始めるけど、半年たったときに意向を確認して、走り続けるかどうかを本人の意思と考える、ということだ。実際のところ、半年走ってしまうと、ずいぶん走り続けるほうにバイアスがかかるものだから、フェアとはいえないんだけれども。

ともかく、こじろうは「やってよかった中学受験」とは思っているらしく、内申とか受験の心配をしないで部活に打ち込めるところがよいと思っている様子。「内申=無理!!」ってのが強く頭にあるらしい。親から見ると、授業内容が充実していることや、気の合う友人の中で平和に暮らせることが大きなメリットだと思うけれども、本人は公立中に行った場合と比べられないから、そこはありがたみを感じにくいようだ(空気のようなものだから)。

はなひめは、高校受験と中学受験を並行して目の当たりにするという得がたい経験をして、そんじょそこらの四年生よりはずいぶん多い(しかも生々しい)情報を持って、「中学受験か、高校受験か」を決められそうなものだけれども、これまた「高校受験はすごく(内申が)たいへんそうだから」中学受験のほうがいいなどと言う。うちでは、またろうがまたろうだったために、この点ではえらくバイアスがかかってしまった(^^;;

「本人の意思」がどこにあるのか、公平に決めるのは難しいけど、まぁどちらに決めたにせよ、「結果オーライ」に持っていけば「嘘から出た真」いや、嘘ではないから「いい加減から出た真」になるのかなと。

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(*) こじろうは、上記のコメントに続いて、
「インパクトということでいうと、受験本番の二ヶ月くらい前に『受験やめる』って言い出したら一番でかいかなとか思ったけど」などと言い出した。
…ん?? でかい?? 何のインパクト??

こじ「親へのインパクト。反抗という意味で」…は??
私「反抗のための反抗をするなら、てこと??」
こじ「そう」
私「自分にとっての損得ってのは??」
こじ「うん、だからもちろん実際にそんなことはできないんだけどさー(ニヤリ)」
…なんじゃそりゃ(-_-#

そういう、「妄想」は繰り広げたことがあるのね。
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by an-dan-te | 2010-11-18 13:35 | 中学受験 | Comments(4)

Commented by ocarina at 2010-11-18 20:42 x
私の友人の娘さん(小6)「11月いっぱいで塾辞める。受験も辞めることになった」とか。本人が納得しないままの通塾だったようで、いよいよ本気を出さなきゃいけない時期になって問題が表面化した模様…。

上の子(男子)が公立中から特に問題なく推薦で私立高に入り(それなりに)高校生活を楽しんでいる、というのが大きく影響したようです。

本人は断固受験拒否,夫は娘に味方,友人と長男は受験賛成…と家族内で大モメ,結果
「家族崩壊の危機に直面したので本人の意思を尊重して決めたけど私はまだあきらめがつかない。かけた時間やお金のこともモチロンだけど、何より親子であれこれ見て回って志望校も決めたのに『第一志望校すら受験しない』と全て覆ったダメージが大きすぎて…」と友人は泣いてました。

地頭も要領もよく(親の手出しなしに)ずっと上位クラスで真ん中あたりをキープしてたそうで…。友人の嘆きの大きさもうなずけます。そういう子なら高受もすんなり行けそうですが「今そんなこと言われても慰めにはならない」って(そりゃそうですね)…。「娘がスッキリした顔で『高校受験で頑張るね』と宣言したのが唯一の救い」だそうです。
Commented by an-dan-te at 2010-11-18 21:49
ocarinaさん、
それは…心中お察しします。上でこじろうがいってる「インパクト」大ですよねまさに。
それにしても、今の時期、塾ではもう相当盛り上がっているというか、途中下車できるような雰囲気をまったく感じさせないのではと思うのですが、すごい意思の強さですね。

あと、上の子がどういう道をたどって、そしたらどうなったというのが、やっぱり大きな影響をもたらすんですね。

> 「娘がスッキリした顔で『高校受験で頑張るね』と宣言したのが唯一の救い」
きっぱりした娘さんですねぇ…
Commented at 2010-11-18 23:37 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by an-dan-te at 2010-11-19 22:31
***(2010-11-18 23:37)さん、
「選択肢」は必然的に狭まっていくものですけど、親があさっての方向に狭めるようなことはもちろんしたくないし、でも本人の向きに合わせた後押しはしてやりたいしね。なかなか悩んだらきりがないですよね。もっとも、どう悩んだって結局子どもは親の思惑を外れていくんだろうなって気もしますが(^^;;

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