数学って、何の役に立つの?   

こじろうが突然、「数学って、何の役に立つの?」と聞いてきた。

小学校の算数が、役に立つことはわかる。誰だって買い物くらいするだろうし、四則計算くらい知らなかったらいろいろ不便でしかたがない。分数だって、まぁそんなにふだんはややこしい計算をする必要はないかもしれないけど、概念として知っておいたほうがいいだろう。ケーキを分けるにも便利だし(笑)

一方、中学に入ってからの、文字式が出てくるような数学とやらは、そりゃ受験には必要なんだろうけど、生活とはあまり関係ないような気がする。大人も、中学高校で習うような数学をいつも使って仕事しているような人はすごく限られているし、それってつまり、みんなが数学やってみて、それで数学に向いてる人をピックアップして、そういう人は数学を必要とする職業に就くけれど、他の人にとっては、残念でした、別にちっとも役に立ちませんでしたね時間の無駄でした、ってこと??

…まぁあらかたそういう疑問らしい。これはこれでもっともだ。

数日前、またろうが公文の数学で難航してたときに、「何でひっかかってるの??」「正弦定理・余弦定理のところ」って話で、父も母も「はて? 余弦定理ってなんだっけ??」状態になり(*)…明らかに数学を使っていなさそうな仕事をしている母のみならず、仮にも技術者をやってるらしい父も記憶にないとは?? と思ったのかもしれない。

私はこじろうに、「あのね、学校で教わったことなんて、記憶はすっかり飛んで全部抜けちゃってもそれはかまわないんだけど、一度はちゃんとやっとくのが大事なのよ。忘れたことはまた必要なときに調べて見て使えばいいことでしょう」といい、さらに

「数学は特に、考え方の練習であり、センスを身につけるための訓練なわけ。お母さんが、英語のマニュアルと日本語のマニュアルを並べて、大雑把に眺めながら、誤訳のあるあたりをびしっと探せるのは、数学をやってて、その後忘れたおかげなのよ。いや別に忘れなくてもいいんだけど…

「これこれこういう条件しかないのに、これは決まらないだろうとか、ここでこうなのにあそこでああなのはおかしいだろうとか、そういうことがね。要するに、文章の波動を感じつつ、その乱れをハッシ!! ととらえて『ここざます!!』って見切れるのは、数学やったおかげなの。」

こじろうは、何わけわからんこといってるのか、という感じで疑わしそうにこちらを見ているが、そこでよしぞうも、「お母さん、わけわからんこといってるけど、たぶんほんとにそうなんだよ。ある程度にはね」と言い添える。

横からまたろうが、「数学はまだしも役に立つような気がするんだけど、英語は、特別に英語使う人にしか役に立たないよね。外国行ったりしない人だったら、ローマ字くらいわかれば十分でしょう (←キーボードも打てるし、ということがいいたいらしい)」などというので、「んなわけないだろう!!」とよしぞうと私の両方がソッコー却下。

…まったく、何考えてるのか(-_-##

それに英語のほうも、英語自体が必要なだけでなくて、思考力とセンスのための練習でもあると思うんですよね。数学よりややはっきりしないこともあるけど、あれやこれやの手がかりがハマって、ぴたっと読解できることとかね。自分の自然な言葉として日本語があるだけじゃなくて、外国語として別の言語を学ぶということが。特に、理屈で捕まえられる部分と、理屈じゃない部分の折り合いのつけ方のあたりが、数学と違うおもしろさだと思う。

でもよしぞうはそのおもしろさがあまり理解できなかったみたいだし、またろうもそこで終わっちゃうかな…

(*) よしぞうの名誉のための注: キーワードではさっと思い出さなかったようだが、「アレのことかな??」くらいはあって、ちゃんと合ってたのことです。

実際、またろうがやった公文のプリントを見ながら、「ここまではすいすいいったんだよね。つっかえたのここから? 要するに、正弦定理と余弦定理が頭に入ってないんでしょう」「覚えにくいんだよー」というようなあたりから入って、(途中よく聞いてなかったんですが) 「…つまりこれの特殊な場合ってのがピタゴラスの定理でしょ。逆にこうなったらただの直線じゃない。その間の角度ならこの分の補正が必要だってことで…」とかなんとか、大づかみにつかむヒントを解説して、最後にはまたろうが「そうかそうか、大丈夫そうだこれなら」というふうなところまで持っていけたらしい。

表面上忘れてても、結局のところ何の話だったかわかってれば、そして、調べて確認してからまた使えれば、困らない。大人としては、そんな線でよろしいでしょう。


f0185839_13223992.jpg今日の弁当:
昨日、生協が来たので、メインおかずは定番品(鶏つくね)に戻った。
あとは、ゆで卵・ブロッコリー・枝豆・こんにゃくきんぴら・焼きかぼちゃ・梅干・鮭わかめふりかけ。

by an-dan-te | 2009-07-15 10:57 | 中学生活 | Comments(19)

Commented by もも at 2009-07-15 12:45 x
アンダンテさんこんにちは。
いつもなるほど~と感心して、そしてクスッ(笑)と笑わせてもらってます。うまいな~。
私も英語って必須でもないよな~なんてまたろう君のように思わなくもないので、今日のアンダンテさんの言葉に「なるほど」って説得されちゃいました。
Commented by miyu at 2009-07-15 15:49 x
こんにちは。
知的な家族の会話ができてすごいです!深いなぁ~

お弁当にいつも枝豆が入っていますが、(ウチの娘も枝豆入れて~と言います)ご飯のおかずになるんでしょうか?白飯はおかずでがっつり食べたい派なので、素朴な疑問です。
Commented by an-dan-te at 2009-07-15 19:41
ももさん、
ふふ(^-^)
英語の勉強をすることは例えば、押したり引いたり「くすぐり」のある文章を書くのに役立ったり、ピアノの譜読みがはやくなったり、誰かと微妙な駆け引きをするのに役立ったり、そんなふうにつながってるんじゃないかと思います。
Commented by an-dan-te at 2009-07-15 19:46
miyuさん、
いやその…「波動」だの「乱れ」だの、はっきりいってめちゃくちゃですよ。知的も何もない会話ですが、むしろ知的でもなんでもない生活実感を、気合で感じてもらおうと思って。

枝豆は、確かにおかず能力低いです。別個に(デザート的に)食べているようです。あんまりおかず能力の低いもの(ゆで卵、プチトマト、ブロッコリー、枝豆など)ばかり詰めると、つまんないお弁当になりますが、ふりかけと梅干があれば困ることはないでしょう、たぶん。
Commented by origami at 2009-07-15 21:24 x
出身校名を言うと「英語得意でしょ?英会話はペラペラだよね?」とか言われる某大学を出てますが、英語超苦手です。(読み書きより会話が苦手。突き詰めると『たわいもないおしゃべりが(日本語でも)苦手』ということになのですけど、会話苦手がネックになって英語から極力遠ざかるようになり、英語力は中学生以下に成り下がりました…)

そんな私が[英語絶対出来るほうがいい]と思ったのは、新型インフルエンザの流行を知った時。最新情報は、たとえばWHOの発表や流行国の発表なのだと思いますが、
英文原文を読めない場合、厚生労働省や国立衛生研究所が翻訳してくれるのを待つしかなく、情報の取得が著しく遅れるわけです。
(高校まで英語を習った人なら、専門用語を除いて読めないわけない文章だと思うし、専門用語は調べればいいと思うのですが、大学まで英語を学び続けたのに、読む気力が湧かない人(=私)もいるんです)
日本にいても英語は重要だ、と実感として思いますよ!>こじろうくん<というコメントでした。
Commented by 無謀 at 2009-07-15 21:27 x
覚えて忘れて最後に残ったものが「教養」だとか。違ったっけ?!

Commented by origami at 2009-07-15 21:30 x
間違った。
「日本にいても英語は重要だ、と実感として思いますよ!>こじろうくん] は、正しくは[ >またろうくん]でした。

英語を職業にしないのに、英語で勝負しないといけないのは理系の宿命じゃないでしょうか(と、夫を見ていて思いました=夫も英語苦手ですが)。
Commented by yoyo at 2009-07-15 21:38 x
英語の勉強をすることは、主語を意識する=行為や意志の主体を意識する訓練だと 思ってます。
日本語では わたしも あなたも あいまいなまま文章が成立するし、日本人の意識の中でも そのへんがあいまいなことが 多々あると思いますが、それでは 異なった文化や価値観を持った人とうまくコミュニケーションとれないですものね。

翻訳本を読んでいると、翻訳者が日本語にない表現の翻訳にとても苦労しているところがありますよね。それによって、日本と英語圏と考え方の違いを意識させられるし、個々の訳者による工夫の違いも面白い…。

また 明治~昭和の初めの文豪の文を読むと、英語やドイツ語を参考に日本語を作っていた様子がわかって面白い。そういうことに気がつくようになったのも 英語を学んだおかげ。

またろうくんの参考にはならないような気はしますが…
たとえ 今はつまらなくても、英語を勉強しておいて、損はないと思いますよ。
Commented by ももれんじゃ at 2009-07-15 21:48 x
勝手ながらお弁当ネタに反応。

冷凍えだまめ使ってます。隙間を埋め弁当を少し冷やすのに最適です。おかずではなくデザートのように食べていただいてますが、文句は出ません。
明らかに場所が空いていて大物の埋め込みには冷凍大学イモを使います。甘い汁が溶け出すので、横に玉子焼きをぴったり置いて阻止します。でもご飯まで侵入してブーイングの嵐です。

最近、のり弁リクエストがありました。本当にのりと醤油だけで良いのかどうか。。。。

あ、うちの息子は中学の時から数学史やら解法にどっぷりはまっていますが、それだけで食えるようなタイプじゃないから大学の専攻にはしないよう厳しく?言ってます。定期考査真っ只中でも、範囲外問題解くのはやめて、旅行にも役に立ちそうな地理頑張って欲しかったな。
Commented by ania at 2009-07-15 22:26 x
数学的(あくまでも「的」)方法論って、
何かで迷った時とか検討とか決断をする時に役立っていると感じてます。
また物事を認識する時、または説明の手段としてはとても有効。

私は英語はからきしダメなんですが、
他の言語を学ぶことは、「ある文化」を「別の文化」のに置き換えであって、
自分の住んでいる文化圏を映すの鏡だとなーと、
その部分はとても面白く思うんです。
他の国の語彙のバリエーションの違いに触れるのも(解説してもらうと(^^ゞ)
興味深いです。


で、数学やら英語とか科学的な知識は、
豊かな生活にとても役立っていると思います。実感。
でもそんなふうに考えることができるようになったのは、
20歳も過ぎた頃からだから、「勉強」として学んでいる最中は
パズル的な面白さで続いていたような気がします。

最近は大人が思うところを子供に伝えていくことって大事かな、と思います。

Commented by an-dan-te at 2009-07-15 22:43
origamiさん、
確かに、たわいないおしゃべりをする能力は語学力とは別ですね。

また、英語のペーパーテストで点を取る能力と、何か欲しい情報があるときに「気軽に」英文を読めるかどうかも別…

私は英語自体を使うという側面にあまり興味がなくて(^^;; 会話もできませんが、文法や語彙を日本語との対比で考えたり、英語を勉強することで得られる感覚が他の場面で生きることとか、そういうのが好きですね。ちょっと変かも。

技術者になるなら(実用的な意味での)英語からは逃れられない、ということについてはまたろうによーくよーくいっとこうと思います(^^)
Commented by an-dan-te at 2009-07-15 22:46
無謀さん…ウマイこと言いますね。それ、いただきです。
Commented by an-dan-te at 2009-07-15 22:49
yoyoさんの言うこと、私はすごくよくわかります。
でも、私やyoyoさんがおもしろいと思うことと、またろうがおもしろいと思うことは違うだろうし…まぁそれでも違うところがおもしろけりゃいいと思うけど…
Commented by an-dan-te at 2009-07-15 22:58
ももれんじゃさん、
そうそう、隙間埋めに必須です。
大学芋はアルミカップに入れてます。
枝豆も、大学芋(芋コロ)も、子どもたちのウケはまぁまぁよいです。
そういえば海苔をぜんぜん使ってなかったな…

息子さんは知的好奇心があるタイプのようで何よりですね。定期テスト向きじゃないかもしれないけど(^^;;
Commented by an-dan-te at 2009-07-15 23:02
aniaさん、
> また物事を認識する時、または説明の手段としてはとても有効。
うんうん。そうですよね。
私も、aniaさんのブログ読んでいまさらながら勉強してますよ(^-^)

確かに、子どものころ…というか学生のころまでって、勉強の価値については目先の功利的なところしか考えてなかった気がします。やっぱり真の価値は大人になってからじっくり感じ取れてくるものですかねぇ。

子どもたちに少しでも伝えられるのかというと心もとない。結局彼らも大人になってやっと気づくのかも(-_-;;
Commented by シトロン at 2009-07-16 13:34 x
先日60代後半のバリキャリの先輩(業界では女性フロンティアの一人であり3人のお子さんを育てあげ、人生を味わいつくしている方であります。)が、「この歳になって唯一遣り残したと思うことは、言語の違うところで育った男性と深い仲になって真の異文化コミュニケーションをすることであったわー。」としみじみおっしゃってました。またろうくん、世界は広く、人生は深ーいものなのよ。
Commented by an-dan-te at 2009-07-16 16:19
シトロンさん、
あー。私もソレ、遣り残してますね。真の異文化コミュニケーション。
> 世界は広く、人生は深ーいものなのよ。
そうよね~英語がなくっちゃたどり着けないところもあるのよね。英語があってもたどり着けるかどうかよくわかんないんだけど(^^;;
Commented by はる飯店 at 2009-07-19 06:33 x
高校レベルの学習、殊更大学受験の勉強の目標ですが、つきつめると「論理的思考力の鍛錬」というキーワードに集約できるんじゃないかと、現役受験生の時に考えたことがあります。

数学・国語・英語はわかりやすくて、数や日本語・英語というツールの違いはあれど、受験問題で問われるのは80割方は論理的な思考に基づく解です(残りは公式や漢字、文法、単語など、覚えなければいけない基礎知識系)。
理科社会は、現在の生活基盤を成り立たせている前提を一定の仮説のもと「理解」し、「理解」に基づいて論理的に考えられることが求められるという意味で、結局は「論理力」というキーワードに収斂できるんじゃないかと。
Commented by an-dan-te at 2009-07-19 09:36
はる飯店さん、
そうですね。駿台のときの英語の先生が、英語は論理的思考力を測るための入試科目であるといってました。数学ももちろんそうなのですが、文系だと数学がなかったりするので英語が特にそういう位置づけなのだとか(英語の先生だから特にそう言いたかったという面もあるかも)。

理科も社会もといえば確かにそうですね。でも、ひとことで「論理力」といっても、科目ごとにその求められる「論理力」の毛色がかなり違いますよね。そこがまたおもしろいところかなと。

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