こじろうと体育会系(和太鼓の話)   

こじろうの第一志望校選びのとき、こじろうは意外と「体育会系」なじみが良いのではないか、というのが一つのポイントになった。

我が家は「体育会系」ノリがカケラもない家なのだが、その中で、こじろうだけはやれそうな気がしたのは、三~四年生のときの和太鼓体験が元となっている。

地域のお祭りで、子どもを中心とした和太鼓サークルの演奏を見かけたとき、そのあまりのうまさにびっくりして、ぜひここにこじろうを入れてみたいと思った。こじろうはリズム感もいいから、けっこういけるのでは??

でも、噂をいろいろ聞いてみると、「カシラ」と呼ばれる年配の指導者がかなり厳しい人で「バチが飛んだり(つまり、手を上げたり)」することもあるとか。そんなんでやっていけるんだろうか。不安はあったけど、好奇心に負けてこじろうをつっこみ、私も送迎かこつけて練習風景その他をずいぶん長く見学した。

すると、カシラは確かに口は悪いけど、あったかい感じの人で、ともかく手を上げるようなことはついぞなかった。噂が間違っていたというよりは、年をとって丸くなったというほうが正しいのかもしれない。あと、現場の指導をかなり、娘に任せるようになった(つまり世代交代)ということもあるかも。でも、和太鼓というのは音楽でもあるけれども、ピアノを習ったりする感覚とは違って、運動系に近いものであることは確か。

「体育会系」ノリに合うかどうか、というのは、単に体力があるかどうか、ということではない。もちろん、体力があるにこしたことはないけれども。

まず、長時間拘束に耐えられるかどうか。だいたいにおいて、長時間の練習、そして本番があればその準備から撤収まで、長い時間がかかる。そして拘束時間の中身は、必ずしも効率よく物事が運ぶわけじゃないので、それにスムーズに参加できるかどうかが鍵になる。ほかにもっとやりたいことがあってジリジリしてたり、下っ端のくせに運営に文句をいいたくなったりするのはNG。

指導者や先輩の指示に素直に従えるかどうか。「でも、~じゃないですか??」などと、まずは反論だの理屈だの議論だのが先に立つタイプ(私のような)はやめといたほうがいい。別に指示がいつも正しいというわけじゃないかもしれないが、上達という面からいっても、指導に忠実についていって、まじめに練習し、指導者や先輩からもかわいがられるほうが早道だろう。

繰り返しの練習を続けられるかどうか。和太鼓サークルの場合でいえば、基本のリズム練習とか、さらに曲の練習になってきたとしても、かなりの割合で単調な繰り返しとなる。それがやれる、さらには快感だ(!)という人はよいが、そういうのが苦痛だという人(またろうのような)には向かない。

プラスして、そういった日常をくぐりぬけて、チームで一つのこと(曲、あるいはコンサート)を作り上げたときに、ぐぐっと一体になって盛り上がる気持ちというのも大事だろう。なんだか「みんな」になったとたんに本能的に一歩引いちゃうようなタイプ(私のような)はあんまり向いてない。

で、こじろうはそういった意味で「体育会系」ノリであった和太鼓サークルになじみ、太鼓もある程度上達したし、上級者にかわいがられつつ単調な練習をこなしていくことにかなり適性を見せた。

あるときこじろうに、「カシラに言われたことで一番印象に残っている言葉は何?」と聞いてみたことがある。すると、こじろうはしばらく考えて「『ばかやろう』って言われたことかな」と答えた。もちろん、ただ「ばかやろう」と言えば人の心に残る、というわけはないので、何かのシチュエーションがあったんだろう。そのときの、カシラが間髪入れず「ばかやろう」といったときの迫力、あるいは普段からの接し方で既に伝えられているものや培われている信頼、というものが背景にったからだと思う。

だいたい、私もよしぞうも変に理屈が先に立つタイプなので、こじろうにお説教するときだって、カシラと違っていちいち回りくどい。あーでこーであーで…それでそのときの気持ち…その後の影響…くだくだくだ、ってなもんである。言葉上はカシラよりだいぶ穏やかかも知れないけど、ありていにいってうっとおしい。

それが、カシラはすぱっと言って、ぱきっとおしまい。それが新鮮だったんだろうな。子どもたちも、そのときのこじろうの年齢が一番下で、上は高校生までいたが、それぞれ「いまどきの子ども」のイメージとはだいぶ異なり、素朴で、年長者に対しては礼儀正しく、下の子の面倒見もよかった。そしてなにより「熱い」。シラケてない。

送迎その他で親もたいへんだったけれど、この和太鼓体験はけっこう大きなものになった。入塾を一年遅らせるくらいの価値は十二分にあったと思っている。

f0185839_8375142.jpg今日の弁当:
部活があるとなると、土曜日まで弁当がいる。
妙に形のいい厚焼き卵は市販品です。便利~
実は、ごぼう煮とまぐろ唐揚げも市販品。料理といえる部分はブロッコリーのみだけどこれも昨日作ったものなので、今朝は純粋に「詰めただけ」。
ほかほか段: ごはん、めかぶふりかけ、まぐろ唐揚げ
ひえひえ段: 厚焼き卵、ごぼう煮、プチトマト、ブロッコリー塩炒め
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by an-dan-te | 2009-04-25 08:37 | 中学生活 | Comments(7)

Commented by スケルツオ at 2009-04-25 17:36 x
長時間の拘束に耐え、単調な練習を繰り返し・・・
これって、こじろう君の受験勉強にもものすごく役立ったんではないですか?
社会に出てからもその経験はプラスに活かされると思いますよ♪

我が家にも思いっきり「体育会系」の子供が3人いますが、学校生活はえらく楽しそうです。
ただし、うちの場合は日常の勉強面にしわ寄せが行っている感は否めないですが・・・
Commented by メゾフォルテ at 2009-04-25 19:31 x
和太鼓って殆どスポーツですよね。

息子が小動物のような分け判らない2年生からやっていた集団スポーツ、最後の卒業試合の時など、普段は反抗的で親が頭かかえている部員達がコーチや監督の指示に一も二もなく従う姿に、保護者一同感慨深かったです。卒業懇親会の時は、年配の監督やコーチが大泣きして下さり、またそんな姿を初めて見た息子達も。。

しかし幼い時には女子に間違われる程の感じの子だったので、ピアノなど楽器方面へ何度か誘ってみたのですが、ある日「僕は女子の習い事はしない!」と保育園児のくせに驚くべき拒否回答を。

今回、音楽系の部が複数あり、本人も興味を持ったので薦めてみたのですが、結局、小学校時代既に熱血体験をしてしまった息子は今度は別の運動系へ仮入部しようと自ら床屋へ行き刈り上げてきてびっくり。また洗濯おばさんの日々が始まるのか・・・

男子が楽器をやるのはかなりカッコいいんですがねー。
Commented at 2009-04-25 20:04 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by an-dan-te at 2009-04-25 21:32
スケルツオさん、
> こじろう君の受験勉強にもものすごく役立ったんではないですか?
そうなんです。あと集中力とか、本番の緊張とかね。

四年から塾にいってたらどうなってただろうか?? という話を夫婦でしたとき、今よりダメだったと思う!! って結論になってました(笑) 和太鼓体験のあともまだかなりのヘタレだったですけどね…

> 日常の勉強面にしわ寄せが行っている感は否めないですが・・・
こじろうもしわ寄せ行きまくりです。でも、とりあえず生暖かく、部活が軌道に乗るまで見守ります。
Commented by an-dan-te at 2009-04-25 21:36
メゾフォルテさん、
> 年配の監督やコーチが大泣きして下さり、またそんな姿を初
> めて見た息子達も。。
そういう、濃いぃところが体育会系の魅力ですよね。

> 男子が楽器をやるのはかなりカッコいいんですがねー。
そぉなんですよ~
私も、ショパンが弾ける息子とか、ちょっとよかったんだけどな(過去形)とか思ってます。
こじろうはピアノじゃなくても、ブラバンとかどうかなと思ってたんですけど。音楽かつ体育会系だし(^^;;

刈り上げてきましたかー。決意表明ですね。
Commented by オレンジ at 2009-04-26 23:01 x
いつも楽しく読ませていただいています。
小学生の男の子(受験生)の母です。
アンダンテさんの書かれることはホントに同意できることが多いし、
鋭い分析にはいつも感心しています。
特に、体育会系の適性に関する分析、わたしが漠然と感じてたことを文章にしていただいた感じで脱帽です。
わたしは「体育会系」が無理な理由がはっきりわかりました。
でも、我が家の息子たちは「体育会系」みたいで、母としてはうれしく思ってます。
Commented by an-dan-te at 2009-04-27 12:34
オレンジさん、
お褒めいただきありがとうございます。

「体育会系」って、遺伝(環境遺伝?)もあるようだけど、親子で同じとも限らないみたいですね。ハナから決め付けないで子どもの適性を試してみる価値はありそう。

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